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アイラ 〜真っ直ぐな気持ち〜

 学園は明日から夏季休暇に入る。休暇前の集会も終え、学内は学生たちの解放感に満ちていた。


「休暇に入ったらアイラとも会えないし、休暇前に一緒にお茶でもしたいな」


 春以来、アイラはリディアを慕ってくれている。お茶の好みも合うし、星詠みの会話も楽しい。そして何より彼女の屈託のない明るい笑顔はいつもリディアを癒してくれた。


「……って、これじゃ私がアイラに攻略されているみたいね」


 そう呟き、ふふっと口元に笑みを浮かべながらアイラを探して校舎の渡り廊下を歩くリディア。

 ふと、裏庭へ続く回廊に見覚えのある亜麻色の髪の少女と数人の貴族令嬢たちが連れ立って歩いて行くのが見えた。

 

(あれ? アイラ……?)


 なんとなく変というか、嫌な気配。令嬢たちが複数で1人を囲む光景は、乙女ゲームあるあるだ。リディアはそっと後について行き、物陰に身を隠して様子をうかがった。


「いい加減にしなさいよ」


 トゲトゲしい声が響いた。アイラに高圧的な口調で話しかけているのは、貴族令嬢たち数名。全員、リディアが見たことある顔だった。名前は……ちょっと思い出せない。


「あなた最近、リディア様とよく一緒にいるみたいだけど……ご自分の立場、わかっていらして?」


「庶民出身のくせに侯爵令嬢に付きまとわないでくださる?」


「リディア様もおっしゃってたわ。『迷惑だ』って」


「そうそう。『貴族のマナーもなってない者と付き合うと疲れるわ』ってね」


(え? ちょ! 言ってないし!? )


 リディアは思わず叫びそうになった。

 こういう陰湿なやり方は好きではない。しかも自身の知らないところで、自分の意見を捏造されるとは。

 アイラの表情は俯いていて見えない。


(まさか彼女たちの言葉を信じた? こんなところで、好感度下げのイベント起きる!?)


 好感度の心配もあるが、何よりアイラには誤解されたくない。リディアが飛び出して行こうとしたその時だった。


 俯き、しばらく黙っていたアイラがゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「……私は、市井にいたころ、仕立て屋で働いていました」


「は?」


 責め立てる令嬢たちが意味がわからない、という顔をする。


「仕立て屋では採寸中、たくさんの噂話が飛び交います。『あそこの奥様は浮気してる』、『あの家の旦那様は破産した』——本当かどうかもわからないことを、皆が囁いて、噂に尾ひれをつけて。それを楽しんでいるようにも見えました」

「それを見ていて、思ったんです。私は、自分の目で見て、自分の耳で聞いたことだけを信じようって」


 アイラは正面から、令嬢たちを見据え、はっきりと言った。


「リディア様が、私に『迷惑だ』と直接おっしゃるなら。そのときは、私はあの方の前から消えようと思います。でも、それ以外は信じません! 私はあの方本人と、そしてあの方と一緒に過ごした時間を信じています!」


(……あ)


 リディアの胸に、ぽっと温かいものが灯る。


(この子、本当に……真っ直ぐなんだ)


 だが。


「……庶民上がりのくせに、何を偉そうに……」


 リディアの耳に、不穏な声が届いた。令嬢の一人が、手に持っている扇をアイラに向かって振り上げた。

 危ない、と思ったが間に合わない。その瞬間——


「おっと、お嬢さん方。その辺にしておいた方がいいんじゃない?」


 すっと現れたのは、銀色の髪に笑みを浮かべた青年、カイルだった。


「複数で1人をよってたかって。あまつさえ手をあげるなんて。騎士の訓練じゃ減点対象だよ?」


 言葉は柔らかいが、はっきりとした物言い。

 ただでさえ、人気のあるエヴァンズ侯爵家の長男だ。令嬢たちが色めき立つ。


「えっ! あっ! カイル様!? なんでここに!」


「ん? 偶然通りかかっただけさ。ただの通りすがりの幼馴染の知り合いってやつ」


 彼はにっこりと笑い、隠れているリディアの影にちらりと視線をやった。


 カイルが現れたことで、令嬢たちは気まずそうに顔をそらす。

 

「わたくしたちは……、別に…」


 もごもご言い訳をしたかと思うと、足早に去っていった。一気に静かになった裏庭。


「あの……、ありがとうございます」


 アイラがぺこりと頭を下げる。


「いやいや、大したことしてないよ。怪我がなくてよかった」


 そう言いながら、カイルはリディアが隠れている方を見て、聞こえるように声を上げた。


「それに、そこにいるストロベリーブロンドのご令嬢も、心配してたみたいだし?」


「……ちょ、ちょっとカイル!」


 ばれていたらしい。

 リディアが顔を出すと、不安で強張っていたアイラの顔がパッと輝いた。相変わらず可愛らしい。


「でもリディア、心配するなら最初から出ていったらよかったのに」


 カイルがからかうように言う。


「そ、それは……タイミングがね……!」


「へえ、そういうことにしておく」


 どこか悪戯っぽく笑うカイルと焦るリディア。アイラは2人を交互に眺め、ポツンと一言。


「おふたりは、仲がいいんですね……」


「えっ……!?」


(これは……もしかして、攻略対象と親しい悪役令嬢への嫉妬!?)


 一瞬、リディアの頭に乙女ゲーム脳が発動した——が。


「幼馴染なんだよ、リディアはすぐに変なことに首突っ込むからな。いつもハラハラしてた」


「ちょっ! そんな子どもの頃のこと、アイラ様の前で言わなくてもいいじゃない!」


 2人のやり取りにアイラはクスッと笑った。


「そうなんですね! 私も、市井にいたころ昔から仲良くしてた子がいたんです。何かあるとすぐに飛び出してきて……『おまえは放っておけない』って言われてました。もう、会えなくなっちゃったけど、元気かなぁ…」


 明らかにカイルへの恋愛感情ゼロのトーン。


(この子……本当に攻略対象に興味ないんだな)


 カイル側も特に何も変わらない。

 ヒロインだからといって、シナリオが強制的に恋愛に落とすということはないみたいだ。リディアは胸を撫で下ろした。


***


「そうそう、リディア様に見てもらいたいものがあって」


 カイルが騎士団の練習に行くと言って別れた後、中庭のベンチでアイラがハンカチを取り出した。


 そこには、中央に大きな星、その周りに小さな星々、それをぐるっと取り囲む小枝を模したようなカーブライン、控えめで素朴ながら、清らかな印象を持つ刺繍が施されていた。


「これ、私が昔、なんとなく思い浮かんで、母にねだって刺繍してもらったものなんです。この前見せてもらったリディア様のブックカバーの模様に似ていませんか?」


「確かに。そんなにありふれた図案ではないと思うんだけど……」


 リディアは自分のブックカバーを取り出す。

 中央に同じように大きな星、そこから光芒が伸び、周りには星々、取り囲むのは月桂樹の輪。金糸や銀糸を使った豪華な刺繍ではあるが、確かにこれをシンプルにすればアイラのもつ刺繍のようになるだろう。


「私も自分で考えた図案なの。こんな不思議なことってあるのね」


「ふふ、でも、なんだか嬉しいです。ずっと前からリディア様と繋がりがあったみたいで」


「そうね、やっぱり気が合うのかも」


 ふたりは笑い合った。

 初夏の太陽が2人の笑顔を照らしていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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