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放送部


 突然の申し出に、葉菜と千歳は言葉を失い、ただひたすらに頭を下げる上條槇峰の姿を茫然と見つめていた。何度も繰り返される深い礼に、二人の間には戸惑いの空気が漂う。


「えっ……と、ほ、放送部?」


 先に沈黙を破った葉菜の声は、どこか頼りない。その言葉に、千歳は訝しむように葉菜へ視線を向け、再び槇峰へと振り返った。二人の視線を受け止めながら、槇峰は必死な様子で彼女たちの返答を待っている。その表情には、切実な願いが滲み出ていた。


「えぇとね、あたしのお兄ちゃんがここのOBなんだ。一昨年までここに通ってて、放送部に入ってたんだけど、次の年は後輩が二人しか入らなくて、今年はたった二人しかいないから、このままじゃ廃部になっちゃうかもしれないんだ……」


 捲し立てるような槇峰の早口な言葉を、葉菜と千歳はゆっくりと咀嚼しようとしていた。しかし、その中で【放送部】という聞き慣れない単語だけが、まるで異質な音のように二人の意識に引っかかっていた。


「それでね、あたしを合わせても、あと二人必要なの。五人在籍していれば、部活として成立するんだって! だから、どうしても二人に、お願いしたくて……!」


槇峰は今にも泣き出しそうな表情で、再び深く頭を下げた。突然の彼女の懇願に、葉菜と千歳の中には無数の疑問が湧き上がってくる。最初にその疑問を口にしたのは、千歳だった。


「え? なんで、水泳じゃないの?」


 何の飾り気もない率直な質問に、槇峰は一瞬きょとんとした表情を見せた後、カラカラと明るく笑いながら答えた。


「水泳? ああ、もうやめたんだ。中学校までって決めてたし。親とも、一位になったらやめてもいいって約束してたからね!」


 屈託なく笑う槇峰の言葉に、葉菜と千歳は完全に意表を突かれ、言葉を失ってしまう。次々と疑問は湧き上がってくるものの、先ほどの彼女の必死な頼み込みの真意を聞きたいという気持ちが先に立ち、二人は顔を見合わせたまま、次の言葉を待っていた。


「二人とも、ぜっったい! 楽しい部活だと思うから。ね? 部室で、ほんの少しだけでも話を聞いてくれない?」


 槇峰は、ぐっと顔を近づけると、その可愛らしい容姿からは想像もできないほど無邪気な笑顔を二人に向けていた。その笑顔には、強い期待の色が宿っていた。





 旧校舎の三階、突き当たりの部屋の前には、【放送部】と手書きの張り紙が貼られていた。三人はその古びた扉の前に立っている。


 真新しい校舎とは対照的に、木造の旧校舎は、足を踏み入れるたびに床がギシギシと音を立て、廊下を歩く人の足音がやけに大きく響く。どこか懐かしいような、それでいて少しばかり心細いような雰囲気が漂っていた。


「旧校舎って、こんな感じなんだー。結構古いんだね? ちーちゃん」


 葉菜は、辺りをキョロキョロと見回しながら、興味深そうに呟いた。千歳も同じように、足元の木製の床を何度か軽く踏みしめ、その感触を確かめるように頷いた。


「さ、ここが放送部の部室だよ!」


 槇峰は、元気いっぱいの声で張り紙を指差し、まるで自分の秘密基地を紹介するかのように嬉しそうだ。ボロボロになった、年季の入った教室の扉は、わずかに傾き、隙間から薄い光が漏れている。その様子は、この部室の歴史を物語っているようだった。


「お疲れ様でーす!」


 勢いよく扉を開けると、目に飛び込んできたのは、所狭しと置かれた古いテレビ、積み上げられた雑誌、無造作に置かれたカメラなど、雑然とした光景だった。部屋の奥には、使い込まれたホワイトボードと机があり、その机に向かい合うようにして、一人の男子生徒が座っていた。


「あ、上條さん! お疲れ様です」

 

 声をかけた男子生徒は、熱心に見入っていたホワイトボードから顔を上げ、こちらを見た。一瞬、真剣な表情を浮かべていたが、すぐにぱっと笑顔に変わり、私たちの方に手を振ってきた。その笑顔は、どこか人懐っこい印象を与えた。


和泉(いずみ)先輩。おつかれさーです!」


 槇峰が明るく返事をすると、その男子生徒が上級生なのだと理解できた。どうやら彼が、現在この放送部に在籍しているもう一人の部員のようだ。


「あれ? 後ろの二人は……も、もしかして、入部希望者!」


 突然立ち上がり、興奮したようにこちらへ近づいてくる小柄な男子生徒。彼の髪型は、まるで校則の手本のように整えられていた。耳はすっきりと出ており、前髪は眉にかからず、襟足は制服の襟に触れていない。誰も気にしないような校則をきっちりと守っている彼の姿からは、生真面目さが滲み出ていた。そして、その顔には、疑いようのない爽やかな笑顔が広がっていた。


「いや、まだ体験で。これから説明してもらいに来ました」

 

 葉菜が少し戸惑いながら言葉にすると、その爽やかな上級生は、まるで全身で喜びを表現するかのように、ぴょんぴょんと跳ね上がった。その様子は、少しばかり滑稽で、しかしどこか憎めない。


「ようこそ放送部へ! 僕は3年の和泉頼斗(いずみらいと)です。これからよろしくね!」


「いやいや、和泉先輩? まだ入ってないから……」


 即座に訂正した槇峰は、その大げさな喜びぶりにゲラゲラと笑いながら手を振っていた。その様子に、部屋の緊張感がほんの少し和らいだ気がした。



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