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魔人の誕生

 彼にとって、世界は既知だった。


 とある異世界。

 地球と呼ばれる場所から転生してきたその青年には、赤子として産まれ落ちたその瞬間から既に、この世界に関するありとあらゆる知識が備わっていた。


 過去に起こった災厄も、現在何処かで起きている悲劇も、あるいは未来に起こる破滅ですらも。


 彼には全てが既に知り得る情報の一つでしかなかった。

 何故か。彼を喚んだ女神がそう取り決めたからだ。



 ----




 青年が目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。


 理解が追いつかない。自分は普通に道路を歩いていたはずだ。いくら思い返そうとしてみても、直前の記憶は曖昧だった。


 訳も分からずに周囲を見回していると、何もなかったはずの空間に突如として人型の影としか言いようのない()()が現れた。


 思わず硬直する青年を気にする様子もなく、その()()は人の形を成していく。

 やがて口を開いたかと思えば、自分は女神だと名乗った。


 唐突な事態に戸惑う青年を前にして女神は云った。

 信仰薄れゆく世界で、女神は既に邪悪から世界を護る力を失ってしまった。

 青年に女神の代行者として世界を救ってほしいと。そして、その為の力を与えると。


 突然の出来事に戸惑ったが、どうやら自分は救世主として呼び寄せられたらしいということだけは理解した。



 青年は興奮した。

 その手のファンタジー小説は子供の頃から何冊も読んだものだ。


 物語の主人公たる彼、彼女らの多くは、召喚される際に大いなる能力を与えられ、頼もしく善良で心優しい仲間達と多くの困難を打倒し、様々な冒険を楽しんでいた。


 自分もまさかその中の一人になれるのか。

 想像は、突然の事態に対する混乱など吹き飛ばしてしまうほどの感動を青年にもたらした。


 どうせ、元居た世界では天涯孤独の身の上だ。そう考えてしまえば、これまでの暮らしを手放すことも惜しくはない。

 自分は主人公として選ばれたのだ。歓喜が青年の全身を貫いた。



 しかし、青年が喜んでいられたのはそこまでだった。



 次の瞬間。

 女神が右腕を振り上げると、その手のひらを中心に真っ白な光の波動が空間内に広がった。


 辺りを染め上げる純白の眩しさに思わず目を瞑った青年だったが、再び目を開けるよりも早く、その頭の中に膨大な量の情報の波が流れ込んできた。


 それは、異世界の記録だった。


 原初より世界に刻まれた全ての事象。全ての想念。

 全ての軌跡がアーカイブ化され、青年の脳裏に入力されていく。


 世界の分布図、大陸で暮らす人々。飛び交う魔物の群れ。


 野に自生する草花の種別から、今まさに何処かの密室で行われている商人と貴族の怪しげな取引の内容まで、ありとあらゆる情報が知識として頭の中に詰め込まれる。

 未曾有の衝撃に、頭が割れんばかりに痛んだ。


 今この瞬間。

 青年にとって足を踏み入れたこともない異世界から、全ての未知が取り払われた。




 そして、青年は悟る。

 全てを知るという事。それは、彼にとって致命的なまでに退屈なのだという事を。


 なにせ求めるべき謎も、仲間も、冒険も。

 何もかもが始める前から陳腐と化したのだ。

 ファンタジー世界に強い憧れと期待感を持っていた青年は、その事実に絶望した。



 確かに英雄にはなれるだろう。

 世界には大いなる危機が迫っていて、そして青年は全てに対処する方法を《《知っている》》。


 強くなる手法も既に理解している。

 あらゆる邪を貫く聖なる槍も。万物を護る神の盾も。その他の如何なる強大な武具や強力な魔道具も彼には容易に手に入れられるだろう。


 未だ力に目覚めていない封印の巫女に、神託を授かりし盲目の聖女。

 そして勇者の生まれ変わりである少年。

 底知れない力を持つ彼らの能力を引き出して協力すれば、どんな困難であっても打ち破れるに違いない。



 なるほど、簡単だ。

 そして、なんてつまらないんだろう。


 そんな異世界転生は望んでいない。

 今すぐにでも抗議しようとしたが、目を開いた時には既に女神は姿を消していた。


 慌てて周囲に呼びかけても、返事はない。

 直前までと同じ、何もない真っ白な空間が何処までも広がっているだけである。


 なんてことだ、僕は夢もロマンもない世界で英雄にならないといけないのか。

 何もかもがやる前から分かっている世界で英雄気取りなんて、そんなのただの道化じゃないか。


 青年の心に失意が滲んでゆく。

 代わりに湧き上がってきたのは怒りだ。



(あー、腹立つ。どうせ英雄なんて役割を押し付けるのなら、せめて要望くらい聞いてくれたっていいじゃないか。

 僕はこんな無敵なチートは要らなかった。もう知らん。あんな神様の言う事なんて知ったことじゃない。世界の救済なんか誰かやってやるものか。

 世界の民よ、恨むならこんな投げやりで大味な祝福を与えた神を恨んでくれ……)



 八つ当たりじみた愚痴を頭の中で垂れ流しているうちに、段々と意識が遠のいていく。


 そうして、青年は転生した。





 やがて、彼は気付くことになる。

 異世界には、神の威光も届かない領域があることを。


 陽光も届かない世界のバグ。

 入るたびに内部の形状を変化させ、何処までも広大なその場所は、神の祝福を以てしても予測のつかない不定形の迷宮。


 そこは、世界の記録に記されることのない不可思議な異空間。


 前人未踏たる迷宮の奥深くには、誰も見たことのない大いなる秘宝も、世界を揺り動かすような武具も、異形の怪物との死闘も、何もかもが未知のまま眠っているのだ。



 いつしか青年は夢を見る。

 いつか、頼もしく善良で心優しい仲間を作って、ダンジョンを攻略しよう。

 全てのダンジョンを制覇して、未知の冒険を楽しもう。


 抑えきれない欲求を前に、自然を笑みが形作られる。

 それまでは、ダンジョンを穢す者はすべて、この手で排除するのだ。


迷宮ダンジョンこそが、僕の異世界だ!!」



 これが、世を揺るがす”魔人”誕生の瞬間だった。

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