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迷宮の護り手

 戦いが終わった、その後。


 『廃坑』から脱出したルジュラック達は、疲れ切って宿に戻る 『風の翼』 の一行と別れてギルドへと出向いた。

 仕事の詳細は後日に報告することになっていたが、目的はギルド備え付けの医療施設である。


 先刻ルジュラックが思いっきり壁に叩きつけたせいで、クラリーナは気を失って目覚める気配がない。

 よって念の為に医者に診せようという判断だった。

 そうしておかないと、後々目を覚ました時に怒られそうだという保身でもある。



 そして翌日。



「…………」

「いやー、昨日は大変だったね、クラリーナ。

 でも無事に仕事は完了したんだし、今日はぱーっと打ち上げでもしよっか!」

「…………」

「あ、それとも疲れたからもうしばらく休む?

 いいよいいよ、どうせしばらくは大きな仕事もないし。好きなだけ休んでても」

「…………」

「あー……ええと。そのー……なんだ」


 無言。


 無言の圧力がルジュラックの双肩に圧し掛かる。

 今日になって顔を合わせて以来、ずっとこの調子である。

 ルジュラックは困り果てていた。


 いや、原因は分かっているのだ。

 いくら彼女が敵に操られていたからといって、思いっきり壁にぶん投げて気絶させるのは後から考えると自分でもどうかと思った。

 その気になれば、結界を無効化して穏便に済ませる手段なんていくらでもあったのだ。力業で強引に解決したのは、彼がその手間を面倒くさがったからに過ぎない。



 とはいえ、あの時は分不相応な相手の発言に腹が立ってたし、ちょっと歯止めが利かなかったっていうか、むしゃくしゃしてやったっていうか。

 第一、あっさりと敵の手に落ちるクラリーナもクラリーナじゃない? 功夫が足りないよ功夫がー。


 などと内心でつらつら考えているが、口と表情にはおくびも出さない。

 それを出した瞬間、ただでさえ最低な機嫌がさらに急下落する事くらいは流石に能天気なルジュラックにも理解できた。


「団長」

「ん。なーに?」


 辛抱強く待っていると、ようやく彼女が口を開いた。

 本日顔を合わせてから、実におよそ一時間後のことである。

 ルジュラックは己の根気を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。


「団長、この度は申し訳ありませんでした」

「いいよ。気にしないで」


 即座に返答する。

 正直、彼女が何を謝っているかはいまいち分からないが、こういう時はとにかく素直に受け取って慰めるのが一番だ。

 ルジュラックは長い付き合いの中で、彼女のことは隅々まで知り尽くしていた。


 ところが、あろうことか彼女はジト目を向けてきた。

 その様子を見るに、どう見ても怒っているか呆れている。

 何故だろう。

 彼女のことを隅々まで知り尽くしていると思っていたのは、どうやらルジュラックの勘違いだったのかもしれない。


 ルジュラックが頭を掻いて誤魔化すと、クラリーナはハァと小さくため息をついて口を開いた。


「私が至らないばかりに、あのような魔の者の手に落ちたことです。

 ……まして、その手先と成り果てるなど」


「あー、それね、その話」


 彼女は操られた時の記憶を鮮明に覚えているという。

 それは、彼女の持つ特殊な能力のせいだが、この場ではひとまず置いておく。


 責任感の強い彼女のことだ。それはそれは気にしていることだろう。

 自責の念に駆られているに違いない。可哀想に。

 自分が先ほど内心で文句を言っていた事など忘れ去って、ルジュラックは眼前の女性を憐れんだ。


「あれは仕方なかったよ。不意打ちだったし、相手はまがりなりにも高位魔族だからね」

「ですが、団長であれば造作もなく回避なさいましたよね?」

「うん」


 何も考えないまま脊髄反射で答えると、クラリーナは更にズーンと落ち込んでしまう。


 しまった、やらかした。今のは余計な一言だった。

 ルジュラックは反省する。世の中には、たとえ事実だとしても取り繕った方が良いこともあるのだ。


「……そもそも、団長は、背後から襲い来るあの輩にお気付きだったのでは?」

「うん」


「では、襲われる前に対処することも容易だったはずですね?」

「それは……そうだねえ」


「何故、私が襲われるのに見て見ぬふりを?」

「あー……なんていうか……」


 どうせ最終的には力技でなんとかすればいいから。なのでとりあえず成り行きに任せて様子を見ることにした。

 などと本音を言えば、全ては終わりだろう。失望した彼女の手によって、明日からの酒代が全て没収されかねない。


 ルジュラックは適当なことを言って誤魔化すことにした。先ほどの反省をさっそく活かす時が来たのだ。


「それは……君への試練だ」

「……試練?」


「これからも僕らが仕事を続けていくのなら、この先も同じような危機には何度も遭遇するだろう。そのたびに僕が助けられるとは限らない、そうだろう?」

「…………」

「だから、今の内に失敗することが今後の教訓となる。そして、次に同じようなことがあった場合にそれを乗り越えることこそが、僕が君に与える試練だ」


 咄嗟に思いついた事を適当にまくし立てる。ルジュラックの舌は適当を言っている時が一番よく回るのだ。


 勢いよく言い終えてクラリーナの表情を伺うと、彼女は何やら神妙な顔で考え込んでいる。その顔つきから真意を疑うような思惑は見えない。

 ルジュラックは成功を確信した。


「……理解しました。未熟な私を成長させるための試練だったのですね」

「そーそー。そういうこと」


 完勝だった。ルジュラックはやり遂げたのだ。

 誰を傷付けることもなく、見事に誤魔化してのけた。

 自らに心の中で祝杯を上げる。


 極めて晴々とした爽やかな心持ちで、ルジュラックは席を立った。


「そういえば、リズは何処に行ったんだろ?」

「あの子なら先ほどお見舞いにきてくれました。またあれこれとつっかかってきましたよ。全くもう」


 ふと思い立って尋ねると、クラリーナはため息混じりに答えた。


 どうやらルジュラックよりも先に会いに来たらしい。

 よほど彼女のことが心配だったのだろう。


 しかし、いざ本人を前にすると生意気な物言いになる辺り、やはりリズはまだまだ反抗期真っ盛りというところだ。


「昨日はお姉ちゃんお姉ちゃんって大泣きしてたのにな」

「あら、そうなんですか? あの子ったら」


 くすくすとクラリーナが口に手をあてて笑う。

 見た目も種族もかけ離れているが、こうしてみると姉妹のようだ。

 生意気盛りの妹が可愛くて仕方がない姉と、大好きな姉に素直になれない妹。


 ほんのりと微笑ましい気持ちになりながら、ルジュラックはロビーに向かった。





「おお、ルジュラック。昨晩は本当に世話になったな」

「やあ、『風の翼』 の皆さん。昨日ぶりです」

「おはよっす。おかげさまで、どうにかギルドの処分も軽めで済みそうっすよ」


 そこには『風の翼』の面々がいた。

 ドマス、コナー、ケルヴィン、ベルベッキー。


 本来はもう一人いたはずだが。彼女は現在席を外しているようだ。

 人数を数えるようなルジュラックの視線を察してドマスが答える。


「シスは今、念の為に検査を受けている。

 魔族の魔力が体内に残留していないか、のな。

 念入りにやってもらうよう頼んだから、もうしばらくかかるだろう」


「当人は記憶がないから、混乱してたっすけどね。

 ボスが適当な理由をでっち上げて送り出しましたよ」


「大怪我したあたし達がピンピンしてるのに。外傷はせいぜい頭を打っただけのシスが一番検査に時間かかるってのもおかしな話だけどねー」


 シスの事を語る彼らはひどくあっけらかんとしたものだ。

 いくら本人の意志とは無関係の行動だったとはいえ、あわや全滅寸前の事態となったのだ。

 ある程度は今後の人間関係に影響を残すのではとルジュラックは予想していたが。


 疑問が顔に表れていたのか、ベルベッキーが口を開く。


「やだ、あたしは気にしてないよー。

 だってあたしら冒険者だもん。ああいうヤラしい手で攻めてくる魔物なんてダンジョンにはいくらでもいるしさ。

 その度に喧嘩なんてしてたらやってらんないよ」

「その通り! さすがベルちゃん、懐が深いっすね! よ、良い女!」

「もーやだ、コナーくんったら!」


 人目を憚らずイチャイチャと戯れだした二人を横目に、ケルヴィンがため息を漏らす。

 仲間の様子を見たドマスが苦笑を浮かべて言った。


「朝起きたらこうなっててな。

 ま、うちは恋愛禁止ってわけじゃないからダンジョン攻略に支障がない限り好きにやってくれて構わんが」

「禁止にしたらボスも困るっすもんね」

「おい、コナー!」


 医療室の方をちらりと向いて揶揄するコナーにドマスが声を荒げる。

 どうやら 『風の翼』 の今後を心配する必要はなさそうだ。


「心配は要らなさそうだね。じゃあこの辺で僕は行くよ」

「ああ。本当に助かったよ、”英雄”!」

「恥ずかしいからその呼び方は止めて」



 ----



「……以上が今回の成果です」


 ギルド本部。

 ギルドマスターの執務室にて。


 男は書類が積み重ねられたデスクに座って、仕事を終えたルジュラックの報告を聞く。


「ご苦労だったな。

 中堅探索者を狙って廃坑内の危険区域に誘い込み、魔力を奪って殺す。

 最近多発していた探索者の失踪事件は、これが原因とみてまず間違いないようだ」


「あの吸血鬼が持ち出してきた人形には相応に巨大な魔力が宿っていた。

 あれが全て探索者達から奪ったものだとすれば、被害は結構な人数に上ると考えていいでしょう」


 報告を聞くにつれて、巨漢のギルドマスター『遠雷』のシダンは眉間の皺を深くする。


 己が管理するダンジョンに魔族が幾度も出入りしていた事に気付かなかったのは、彼の失点となる。

 金級の探索者として数々の華々しい武名を上げ、引退後はギルドに勧誘されて所長の立場に就いた。

 誰からも憧れられる人生を歩んできた『遠雷』 にとって、今回の失点によりギルド本部から叱責を受けることは苦渋の至りだった。


「忌むべきことだ。『廃坑』に魔族が入り込んでいたとは……。

 このようなことは、他国のダンジョンでは?」

「僕が知る限り、あまり前例がないですね」


「やはりな。

 奴ら”魔族”はダンジョン内に自然発生する”魔物”とは根本的に別種の生物だ。

 連中からしても魔物が巣食うダンジョンは危険な場所のはずだからな」

「う〜ん……」


 疑問は尽きない。何故魔族が『廃坑』を利用していたのか。

 ″ダンジョンを支配する″とはどういう意味なのか。


 言葉をそのまま受け取るのなら、巨大な力を得た魔族はダンジョンの内部に蓄積された膨大な魔力や凶悪な魔物をその支配下に置けるということだろうか。


 シダンは内心で首を振る。それはあり得ないことだ。

 人類の”英雄”とされる白金級探索者ですら、未だダンジョンの全てを解明できてはいない。

 もしそんな事が起きたら、人類と魔族の勢力図は一夜にして描き変わることになるだろう。


 しかし。いずれにしても『遠雷』にはある確信があった。

 魔族がダンジョンを狙う限り、その目的が果たされることはない。

 何故ならば。


「まあ、何でもいいですよ」


 目の前に立つ男の口許が吊り上がるのを見て、人知れず『遠雷』の足は震えた。

 思わず額から冷や汗が流れ落ちるのを乱暴に手の甲で拭う。


 それは、彼らがいるから。

 ”英雄”たる白金級探索者 『微笑む魔人』 ルジュラック・シーカーが率いる、世界最強と謳われる組織。


 世界中のギルドや国家からも独立して、大陸に点在するダンジョンの《《護持》》を目的に活動する変わり者の集まり。

 その在り様を体現するかのように、彼は不敵に微笑んで言う。


迷宮(ダンジョン)に手を出そうとする奴は、誰が相手だろうと僕らが出ていってやっつけるんで」


 彼らが。

 彼ら『迷宮ダンジョンの護り手』が、その全てを阻むからだ。

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