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闇を支配する魔

「イヒヒ……ヒヒヒヒヒ……ヒャーッハッハハ!」


 唐突にフードの男が嗤った。


 その横では、花の神経毒によってろくに抵抗できないベルベッキーの腹部を、二度、三度と無表情のシスが短剣で突き刺している。


 身体を蝕んでいく毒と動揺で咄嗟に動けず、呆然としてその光景を眺める男たちを尻目に、フードの男は機嫌良さそうに語り始めた。


「あー。ここまで本当にご苦労様です、皆様。これにて今回の依頼は達成とさせていただきます」

「ど……どういうことだ? これは貴様の仕業か!? シスを操っているのか!?」


 ドマスが叫ぶ。しかし、フードの男は小馬鹿にするように嫌らしくにやけている。


 間違いない。この男が首謀者だ。どうやってかは知らないが、シスをおかしくしてドマス達の命を奪うつもりなのだろう。

 考えている間に、フードの男はシスの傍に歩み寄ってささやいた。


「そろそろ、その辺にしておいてください。いくら探索者どもが頑丈とは言っても、やり過ぎて死んでしまうと()()()()()がお怒りになりますからね」


「……はい。わかりました」


 言われてシスは無表情のまま素直に短剣を下げた。


 腹から大量の血を流しながらベルベッキーがびくん、びくんと震える。

 明らかに深手だ。今すぐに治療しても、果たして間に合うかどうかは分からない。


「ぐ……ぐがあああああ!!」


 コナーが重鎧を引きずるようにしてフードの男ににじり寄った。

 怒りが毒の効力を上回ったのか、あるいは分厚い鎧のおかげでドマス達よりも毒を吸わずに済んだのか。


 いずれにせよ、よろよろと近づくのが限界のようで、とてもではないが戦うことなど出来そうにもない。


「無様なものですねぇ……イヒヒ。そんなに急がなくとも、皆同じ目に遭っていただきますよ」

「何故……何故このようなことをする? 目的は一体何だ!」


 問い詰める声にフードの男は目を見開いた。その質問を待っていたと言わんばかりだ。


 フードの男は勿体つけて前に歩み出ると、ちらりと後方に目をやった。


「ククク……それが、我が主の指示だからです。かの御方は偉大なる夜の王にして、この『廃坑』を支配せんと欲しておられるのです」


 恍惚とした表情で語るフードの男の後方で、廃坑の奥に広がる暗闇が、ゆっくりとその形を変えていく。


 いつの間にか現れて飛び交う何匹もの蝙蝠の羽音が、通路に反響して響き渡る。


「しかし、ダンジョンは果てしなく奥深い。その深淵に潜む強大な魔の物どもを統べる力を得るには……生贄が必要なのです。豊富な魔力を持った、探索者たちの贄がいくつもね……イヒヒヒ」


 男が語り続ける。しかし、ドマス達はその背後から視線が離せない。

 いつだったかドマスはギルドで聞いた覚えがあった。


 銀級以下の探索者が決して戦ってはいけない相手。

 魔物とは比べ物にならない魔力をその身に宿した人類の仇敵……魔族。


 その中でも、夜を統べると伝えられ、蝙蝠を眷属とする高位魔族の存在を。


「僭越ながら、御紹介申し上げましょう。

 かの御方の名は……吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)


 フードの男がその名を口にした瞬間、周囲の暗闇が一気に膨張する。

 膨れた闇は形を変化させ、やがて人の姿を成していった。


「な……」

「嘘だろ……ッ」


 数瞬ののちに現れたのは、身の丈3mに届こうかという巨大な偉丈夫だった。

 赤黒い肌は筋肉で隆起し、艶やかな黒髪は闇に溶けて混じる。

 身体中から漏れ出る魔力が、濃密な瘴気となって周囲を侵していた。


 ピリピリとした大気の震えを感じて、ドマスの背筋を凍えるような寒気が襲う。

 やがて深紅に輝く両の眼がゆっくりと開かれると、ベルベッキーの流した血に向けられた。


「おお、偉大なりし我が主よ。魔力を宿した探索者の生き血を御身に捧げます!」

「あぁ……主様!」


 感極まった様子で叫ぶフードの男の脇を抜けて、シスが吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)の下に走り寄り、そのまま胸元にしなだれかかった。


 主を見上げて陶酔するような潤んだ瞳はまさに夢見心地といった様子だ。

 もはや、仲間だった者達のことなど視界に入ってもいない。


 ギルドで聞いた話によれば、吸血鬼は眷属とした者を魅了して自由自在に操ることができるという。


 彼女が魔族に操られて 『風の翼』 を裏切ったことはもはや明白だった。


「ぐ……ううう……!」


 唸り声を上げてどうにか身じろぎしようにも、ドマスの身体は満足に動かなかった。

 用意していたはずの解毒薬はベルベッキーとシスの二人が管理していて、今はもう手が届かない位置に転がっている。


 そうこうしている間に、吸血鬼が腕を振りあげる。

 すると、ベルベッキーが流した血が浮き上がって球体になり、吸血鬼の手のひらに吸い込まれていった。


 血を取り込んだ吸血鬼は力を増す。自分達を餌にして、更なる力を得ようというのか。


 なるほど、確かにそれなら探索者の血が相応しいのだろう。鍛えた探索者は多かれ少なかれ魔力の保持量を増やしていくものだ。

 目の前の魔族にとってはさぞ御馳走に違いない。


 流した血だけでは飽き足らず、ベルベッキーの傷口から直接体内の血を吸い尽くそうとして吸血鬼が近づいてくる。


 そこに向かって一本の矢が飛んだ。


「ケルヴィン!」

「……ッッ!!」


 神経毒によって満足に身動きが取れないケルヴィンが決死の思いで放った一撃は、しかし吸血鬼が腕を持ち上げると、眼前に発生した血の障壁によってあっさりと防がれた。


 吸血鬼の視線がドマス達の方向に移る。


 食事の前に煩わしい羽虫を除こうとでも思ったのか、敵は歩む先を変えてドマス達の方に向かってきた。


 毒のせいで自由に動かない身体が恨めしい。せめて、真っ向から戦って死ぬのなら探索者としてまだ納得できたのに。

 しかし、だまし討ちで何も出来ないまま殺されるのは無念だった。


 吸血鬼の王ヴァンパイアロードは、かろうじて立っているケルヴィンに腕を向けると、指先から垂らした血を刃のように成形して飛ばした。


 高速で飛来する血の刃は、あっさりとケルヴィンの右手首を斬り飛ばすと、弾けてまた主の指先に戻っていく。

 寡黙なケルヴィンの口から絶叫が飛び出すのを、ドマスは唇を噛み締めながら聞いた。


 続いて視線を向けられたコナーが硬直する。先ほどは怒りで我を忘れていたコナーだったが、死の絶望を間近にして力が抜けてしまったようだった。


 重鎧に守られた彼に対して血の刃では不足と思ったのか、おもむろに距離を詰めた吸血鬼は自らの赤黒く発達した右脚で、レッグガードごとコナーの膝関節を正面から蹴り折った。

 またしても悲鳴が響く。 ドマスは耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。


 どうやら、先ほどフードの男がシスに言っていたことは確からしい。


 奴の主はドマス達が死ぬことは望んでいない。

 その証拠に、先ほどから即死に繋がるような攻撃はしていない。

 あくまで無力化して、生餌としてせいぜい長く魔力を搾り取る気なのだろう。


 全滅を目前にして、ドマスは悔やむ。

 失敗した。あんな怪しい依頼、受けるべきじゃなかった。

 報酬の大きさに釣られて引き受けたが故にこのざまだ。


 思わず涙がこぼれる。

 自分が判断を間違えたせいで、仲間達まで凄惨な目に遭わせてしまった。


 シスにしても、本来の彼女は仲間が傷付くことを何よりも嫌う、優しい女だった。

 それを魔族が変えてしまったのだ。


 赦せない。

 決して赦せるものか。


 自分の下に歩いてくるヴァンパイアロード。

 そして脇に付き従うシスとフードの男を視界に捉えながら、ドマスは覚悟を決めた。


 これは銀級探索者としての意地だ。最期に、せめて一太刀くれてやる。

 決意を込めて長剣を握る両腕に意識を向ければ、かろうじて数秒は動けそうだった。


 ドマスの空気が変わったことに気付いたのか、吸血鬼の王が立ち止まる。


(クソ、もっと近づいてこい……!)


 しかし、無情なことに近づいてきたのはヴァンパイアロードではなくシスだった。


 彼女は手にした杖で思いきりドマスを殴りつける。

 後衛職である彼女の細身による殴打は大した威力ではなかったが、痺れた身体では受け身も取れず、ドマスは無様に地を転がった。


 崇拝する主の敵を倒した歓びの表情を浮かべて、自らの主に駆け寄るシスを眺めながら、ドマスは終わりを悟った。


「ちくしょう……」


 ヴァンパイアロードが悠々と歩み寄ってくる。

 力尽きる前に、せめて思い切り睨みつけてやろうとドマスが顔を上げた。

 その時だった。


「ちょっとお邪魔しますよ」


 という軽い掛け声と同時に、ヴァンパイアロードの巨体が真横に吹き飛んだ。

 ドォンと大きな音がして、吸血鬼の王が壁に叩きつけられる。


「は?」


 何が起こったか、ドマスはすぐに理解できなかった。

 もう終わりだと思って見上げた瞬間、敵が視界から姿を消した。


 いや、正確に言えば横から盛大に蹴り飛ばされたのだ。


 自分の目に映った光景が信じられない。

 毒で幻覚を見たと言われた方が納得できるほどに。



「な、なんだ貴様はッ!?」


 一瞬遅れてフードの男が叫ぶ。その視線の先にいるのは、一見どこにでもいそうな見た目の若い男だ。

 左右には2人の女性が立っている。


 ドマスには、その男の特徴的な表情に見覚えがあった。


 時折ギルドに姿を見せては、ギルドマスターが直接応対しに出てくる大物。

 ”英雄”であり探索者の憧れ。千里眼を持つ男。


 危険なダンジョンの中にあって、いつでも薄い笑みを張り付かせている狂人。

 果ては、世界中のダンジョンを股にかける巨大組織の長などという、出所の怪しい噂まで流れているのを聞いたことがあった。


 その二つ名は――。


 目の前で余裕たっぷりに佇んでいるその男に、ドマスは恐る恐る声をかけた。


「あんたは、一級探索者の……」

「こんばんは、ルジュラックです。良かったら仲良くしてください」


その軽い口調は、まるで緊迫感を感じさせない。


『微笑む魔人』 は、平和な街中にいるかのようにおどけて見せた。

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