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裏切りは光に照らされて

 リブルライト廃坑。


 王国の西側に位置するその廃坑は、元々は多くの鉱山労働者が働く巨大な鉄鉱山だったが、ある日内部からいきなり大量の魔物が出現するようになり、人が寄り付けない魔境と化した。


 魔物出現と時を同じくして満ちるようになった膨大な魔力の影響で、周期的に内部の構造が変化するその鉱山を、やがて探索者ギルドは正式に”ダンジョン”として認定。


 以来、王国から委託される形で、探索者ギルドが出入りする冒険者たちを管理している。


 ----


「コナー! ケルヴィン! 右からガーゴイルが3体だ!」

「了解、ボス!」


 中堅探索者パーティ 『風の翼』のリーダー、ドマスの指示に従って動いた重戦士コナーの戦斧が、今まさに飛び掛からんとしていた先頭のガーゴイルを叩き落とす。


 次いで、その背後から飛び出てきた2体のガーゴイルの翼を弓士ケルヴィンが次々に射抜き、失速した怪物の頸をドマスの長剣が斬り捨てた。


 油断なく周囲を観察し敵の気配がないことを確認して、ドマスは張り詰めて過敏になった神経を少しだけ緩める。

 前に出たコナーとケルヴィンも傷一つなさそうで、一安心というところだ。


 ふぅと息を吐いて心を落ち着けていると、後方から声がした。


「いやー、順調だねボス。あたしらの出番も無かったじゃん」

「ベル」


 魔導士ベルベッキーが駆け寄ってきた。

 彼女は神官のシスと二人で、後方からパーティ全体を支援する役割を担っている。


 小柄だが優秀な魔法使いであると同時に陽気でお喋りなベルベッキーは、危険なダンジョンの中にあっても自然と空気を和らげてくれるムードメイカーだ。


 対照的に隣で控え目に微笑むシスは、その穏やかで温和な気質に艶やかな紫の髪、そして目を惹くような豊満な体つきから密かにドマスの憧れの女性でもあった。


 今の戦闘では後衛である彼女たちの出る幕はなかった。


 今回はいつもの狩り場よりも深く危険地域まで潜っていることを考えると、これは安心材料と言えるだろう。

 何せ、魔法は精神力を消費する上に自然回復には時間がかかるのだ。回復アイテムの用意もあるが、いかんせん値が張る。

 気軽に使えない分、強敵と遭遇するまではなるべく温存しておきたい。



「いいことだ。 魔力回復の薬は安くない。必要のない場面では周囲の警戒だけ頼む」

「そーそー。 今みたいなザコの相手は俺らに任せといてよベルちゃん! ちゃちゃっと片付けるからさ」

「きゃー、さっすがコナーくん。頼りになるぅ!」


 重厚な兜の内からコナーが軽口をたたき、それを受けてベルベッキーがはやし立てる。

 全身を覆う黒く光沢のある鉄製の重鎧からは想像もつかないような、軽々しい物言いを好む男である。


 これで鎧を脱ぎ捨てれば、思いのほか端正な顔をした優男が出てくるものだから、街のご婦人からのウケは悪くなかったりする。


 その隣で、ケルヴィンが黙ったままそっと頷く。彼はコナーとは違い無口で、あごには無精ひげを蓄え、いつもしかめっ面をしている。

 目つきが鋭く人を寄せ付けない空気を放っているが、実は人見知りをしているだけというのはパーティ内公然の秘密だ。



「あまり油断するなよ、コナー。 特に今回は非戦闘員がいることを忘れるな」

「忘れてませんって、ボス。 アンタも、あんまり俺らから離れんなよ?」

「ヒヒ…わかっておりますとも」


 コナーに声をかけられたのはフードを被った小柄な男だ。

 気味の悪い薄笑いを浮かべるこの陰気な男が、今回の依頼人だった。

 ドマス達は彼を護衛しつつ、薄暗いダンジョンを松明で照らしながら進んでいく。



『風の翼』 は、リブルライト廃坑の探索を主として活動する、銀級の探索者パーティだ。


 ギルドに所属する探索者は、その強さや実績に応じた等級が割り振られ、そのグレードに応じてギルドから発行されるダンジョンに関した様々な依頼をこなしたり、魔物の素材を売却したりなどして報酬を得ている。


『風の翼』 は普段、リブルライト廃坑の第二層を中心に活動している。

 ダンジョンによっては浅い階層であっても強力な魔物が出現するケースもあると風の噂で耳にしたことがある。

 しかし廃坑の第二層には比較的危険も少なく、彼らにとっても命の危機を感じることは稀で、堅実に活動するには丁度いい階層だった。


 しかし今、彼らがいるのは第三層、いわゆる中層と呼ばれる領域である。


 それは、フードの男が先日の酒場で、『風の翼』 を名指しで依頼してきた内容が原因だった。


 ”廃坑第三層に咲くと言われる【パイオエンの花】を手に入れたい” というのだ。


【パイオエンの花】といえばダンジョン内で稀にしか見つからない貴重な花で、重病を治癒することができる霊薬として高値で取引されている代物だ。


 男はその花を求めるとある高貴な人物の代理人で、ダンジョンにも同行したいという。


 当初、ギルドを介さず持ち込まれたその依頼を受ける気はドマスには無かった。


 第三層には二層と比較にならないほど強力な魔物がうようよいる。ダンジョンでは一つ層をまたぐと魔物の強さも段違いに変わるものだ。過去、うかつにも安易な気持ちで第三層に降りて、手痛い目に遭った苦い記憶が蘇る。


 正式な依頼ではないから断っても不都合はないし、むしろ報告も無しに受けたのがバレるとギルドから何を言われるか分かったものではない。


 最悪の場合、ペナルティを受けて等級を下げられるということもあり得る。


 しかし、男が持ち出した前金の額を聞いて話が変わった。

 

 なんと、その額1000万ゼニー。とんでもない大金だ。

 『風の翼』が数年かけて第二層で得る額に匹敵する金。それをたった一度、依頼を受けるだけで得られるのだ。



 それだけあれば、装備を整えて第三層に主戦場を移すことも不可能ではない。

 万が一、ギルドから降格処分を受けても十分に元は取れるはずだ。


 ギルドを通さず、わざわざ自分達を名指しで依頼してきたことに若干のきな臭さは覚えたが、もし何かあれば危険を感じた時点で撤退すればいい。


 ドマスは仲間と相談して、依頼を承諾することにした。




(改めて考えても、美味しい仕事だな)


 ドマスは記憶を振り返って思う。


 本来であれば、第三層に進出するのは数年単位の計画を立てて、しっかりと装備と準備を整えてからと考えていた。

 それが、前金のおかげで一息に短縮できたのだ。


 今後第三層を主戦場にして更なる力を付ければ、ギルドも 『風の翼』 の実力を再評価するだろう。

 仮にペナルティで一時的に銅級に落ちたとしても、すぐに銀級、もしかするといずれは金級まで上がるかもしれない。


 そうすれば、あの探索者なら誰もが憧れる”英雄”の代名詞である白金級の探索者にも近づける。


 ドマスには野望があった。

 それは、己が率いる探索者パーティ 『風の翼』 を、何時の日か白金級探索者の地位に押し上げるという夢だ。

 その為ならば、多少の危険は飲み込むだけの価値がある。



「しかし……【パイオエンの花】か。そんな貴重なシロモノが本当にこの三層にあるんすかね? 俺はどうも信じらんないっつーか」

「依頼主によれば、それは確実だそうだ。そうだな?」

「ええ、ええ。勿論でございます。信頼のおける御方からの言いつけでございますので。この私めが花のある場所までご案内さしあげろ、と。イヒヒ」


 コナーの疑問に答える依頼主の男は、相変わらずニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべている。


 その笑みを横目に、妙な依頼だとドマスは首を捻った。


 貴重な霊薬を求めるのは不思議でないにしても、その為にダンジョンにまで同行させろとはどういうことだろうか。

 花の特徴さえ教えてくれれば、自分達だけでも探すことはできる。わざわざ護衛などさせてまで付いてこなくてもいいはずだ。


 道案内などと言っても、刻一刻と構造が変化するダンジョンの内部で、具体的な花の在処までの道順など分かるはずもない。


 そこまでが依頼の条件だと言われれば、従うより他はないが。




「あ! もしかして、あれじゃない!?」


 歩いている最中、突然そう言ってベルベッキーが指を指し示した。

 その指の先に伸びる横道の奥には、廃坑内には不釣り合いな色とりどりの花が一面に広がる空間があった。


 不可思議な光景にドマス達は一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直して目的の花がないか探そうと花畑に足を踏み入れる。


 よくよく周囲を見渡してみると、様々な種類の花が咲き乱れている。この中から目的の花を探すのは骨が折れそうだ。

 止む無く、ドマスは花を踏み潰さないように気を付けながらどっしりと腰を下ろした。


(やれやれ。わざわざ大の男が危険なダンジョンに来てまで花摘みとは……ん?)


 そこまで考えたところで。

 身体に違和感を覚えたドマスは、いったん立ち上がろうとした。

 しかし、足が上手く動かない。思わずよろめいて膝をついた。


(なんだ……?立ちくらみか?)


 身体の調子を訝しみながら周囲を見回すと、同じく花を探していたコナーやケルヴィン、ベルベッキーもドマスと同様に、身体を思うように動かせずふらついている。


 おかしい。明らかに不自然だ。ひょっとすると、この花畑は……。


「まずい……毒か!」

「だめだ……! 早くこの場から離れないと……」


 逡巡は一瞬。

 すぐに震える足に鞭打ってどうにか全員が花畑からは離れたが、身体の不調が回復する気配はない。


 迂闊だった。

 いくら毒を治癒できる神官が仲間に居るとはいっても、不用意に怪しげな場所に足を踏み入れたのは軽率な行動に他ならない。

 周囲に咲き誇る花が、擬態した魔物じゃなかっただけ不幸中の幸いだろう。


 とにかく、今は解毒を優先するべきだ。

 ドマスは団長として責任を果たすべく指示を飛ばした。


「毒の治療を頼む、シス。放っておくと、しばらくは身体の痺れが抜けなさそうだ」

「……」

「シス?」


 返事がないことを不審に思い、ドマスが背後を振り向く。

 そこには、ベルベッキーに寄り添うように立つシスが居た。


 すでに解毒を始めているのか。

 そう思った時。

 ふいに、彼女の手にきらめく白銀の刃が見えた。


「ベルちゃん!!」


 咄嗟の事態にコナーが叫ぶ。

 倒れ伏すベルベッキーの脇腹に突き刺さった短剣が、松明に照らされて鈍く光を放っていた。

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