魔王様からラブレターをもらった時に私は
「ど、どうじゃ、思い知ったか!」
「……」
魔王からよくわからない手紙を受け取った私は体育館の裏に呼び出されている。
思わぬ展開に目が白黒の私に「思い知ったか」と言われても、目の色を色々変える以外のことができるわけはない。
「で…、どうなんじゃ!」
いきなりそう言って、魔王が口からボッと宙空に炎を吐き出す。
女性がこういうことを言うのはどうかと思うけど、ちょっとチビリそうだ。
「ま、魔王様」
「な、なんじゃ」
「わけわかんないけど!けど勘弁してください!無理です!」
「…ぐっ」
魔王が緑色の顔をどす黒くする。
色々な思いに私の顔もピクピクと引き攣った。
「あのね、マオさん」
横にいる(たぶん)側近の魔族が口を開いた。
「怖がらなくていいですよ」
これは新手の恫喝なのだろうか。私は脇から嫌な汗を出しつつ、コクコクと頷いた。
「ダイジョーブデス。ワタシ コワガッテナイ」
「魔王様、これはどうやら伝わってないですよ」
側近が魔王に言う。
「伝わってない…というのはどういうことだあ!」
またもボッと炎。めまいがする。
「すいませんね。魔王様からもらった手紙、見せて貰ってもいいですか?」
側近が言うので、差しだそうとすると魔王が慌てる。
「な、なんじゃああ!ぷ、プライバシーの」
「魔王様、そういうこと言うなら、僕は帰りますよ」
「な、なんじゃと。うぐぐぐ」
「すいませんね。はい、預かりますよっと」
私から受け取った手紙を側近が読み始める。
「なになに、『鵜乃間様へ 煉獄の炎と薔薇の鮮血に染まりし我が戦慄の魂の君よ』…何ですか、この出だしは?」
「だ、だめか?」
「だめに決まってるでしょう」
どう考えても脅しの手紙だ。
「どう考えても脅迫状の出だしです」
私が思ったことを側近がそのまま言う。
「ワシの熱い思いを表現したんじゃあ!」
目から黄土色の涙をダラダラと流しながら魔王が叫んだ。正気の沙汰ではない。
「次は…『三つ叉の槍にて串刺しにした我が心臓を捧ぐ。雷と業火が大地を覆い、地獄の天使が舞い降りるべし』…魔王さまぁ」
「て、照れるじゃろうが!」
「いやいや、照れるとこじゃないです。中二病の創作小説ですよ、これじゃ」
創作投稿サイトの中学生にも怒られそうだと思う。
「えっとそれから…『捧げよ、汝の心臓を!捧げよ、汝の処女を!』…うわぁ、魔王様。エグいうえにエロい」
「ほ、褒めてる?」
「勿論褒めてません。この手紙をもらった人の気持ちを思うとつくづく同情します」
もらった人、ここにいるんですけど。
「ええと…それから」
「グオオッ!もう止めろぉ!」
魔王が手紙をひったくって、ムシャムシャ口に入れてしまった。
「ムシャムシャ。ひひはへんにひほお!はふはひいほほぉ!はひほははへるはぁ!ムシャ」
「魔王様、何ですって?」
私がおずおずと口を開く。
「あのぉ、たぶん魔王様は『いい加減にしろ。恥ずかしいだろう。恥をかかせるな』と」
側近が目を瞬かせる。そりゃあ判るだろう、私なら。
「ほぉっ!よく判りましたね。これは脈ありかもです、魔王様」
ムグムグと手紙を飲み干して魔王が口元を緩めた。
「おおお、い、イケてるか?側近」
馬鹿いってんじゃない。
「バカ言わないでください。イケてません」
…でも実は私は魔王がとても可愛い。彼は純情もいいところだ。
「ただ、私なんか魔王様に釣り合うような者じゃありませんので」
魔王が目を見開いて、宙空を見る。ビームが発射されて、ジュッと体育館の壁が焦げた。
「そそ、そんなことないわい!」
側近も頷く。
「マオさん、そんなことはありませんよ、きっと多分」
「だいたい魔王様は何で私が好きになったんですか」
思い切って訊いてみた。こんな経験はなかなかない。訊いておきたい。
魔王がまた顔をどす黒くする。またもや。
側近が私の様子を見て、「ああ」と頷いて説明してくれる。
「魔王様は顔色が緑でしょう。顔を赤くすると補色対比で黒っぽくなるんです。怖がらなくていいですよ」
じゃあ、最初にどす黒くなったのも。
「最初にどす黒くなったのも恥ずかしかっただけですから。アハハハ」
やっぱり。側近が爽やかに笑い、魔王がますますどす黒く変色する。何だか不憫だ。
「こう見えて魔王様、まだ16歳だから純情なんですよ」
…16歳。
「…そうなのね」
「ですよねえ。何万歳とかそう思うでしょ。こないだ先代が引退されて、最近『25827代魔王』を襲名されたばっかりでして…。アハハハ。笑っちゃいますよねえ」
何を笑っちゃうのかよくわからないが。
「それでね、先代も3万歳すぎてからの子供だから、可愛くって仕方ないみたいでして、過保護っていうんですかね、人間界の高校に入れるとか、もう本人の好き放題で。アハハハ」
3万歳過ぎての…そういうものかしら。
「先代の魔王様、奥さんに逃げられてから、ご自分でこのヒト育てたんで、ついつい言い回しとか手紙の言葉とかご大層で古めの感じになっちゃうんで、すいませんねえ。アハハハハ」
不憫だわ。ごめんなさい。あれは精一杯頑張ってのラブレターだったのね、呪いの言葉じゃなくて。
魔王がコソコソと側近に耳打ちする。ふむふむと側近が頷き、それから口を押さえて震える。
「ププププ。そ、そうでした。あなたを好きになった、プププ、す、好きになったきっかけでしたね。プーッ!」
魔王の顔はもはや真っ黒でどこが目でどこが口なのか…わかる。目は光ってるし、口からは煙が出てるし。よく似てるし。
側近が咳払いする。
「ゴホン、失礼しました。鵜乃間さま、先月の体育大会で膝をすりむいて救護用テントに行ったときがきっかけのようです」
「?…どういうことでしょう」
「魔王様、100メートル走で転びまして…」
「あの1年生の徒競走ですか?」
「そうです」
「そういえば坊主頭の可愛い男子生徒がテントに来ました」
「それが魔王様です」
「…はい」
「魔王様、普段はあのお姿でして…」
魔王がいっそうモジモジしている…が3メートル近い巨体なのでモジモジが似合わないにも程がある。
「あの時、ケガの手当をしていただいたのが鵜乃間様で」
「そりゃ保健委員ですから、バンソーコーくらいは貼りますけど…」
側近が笑いをこらえて続ける。
「そ、その時手当をしてくれるマオさんが…て、天使に見えたそうで、プーッ!あ、悪魔の王様が、て、天使ってヤバイでしょ。プププ。はー、ぐるじい」
魔王は真っ黒な顔から数カ所プスプスと煙を出して俯いている。可愛いくて抱きしめてあげたい。
私は決心した。
「ゴメンね。あなたのお気持ちには応えられない」
魔王が泣きそうな顔で側近の方を向く。側近がそりゃそうだろ、という顔で魔王に頷きかけた。
「申し訳ありませんでした。人間との恋は無理だと申し上げたのですが、魔王様がどうしても思いだけは伝えたいと。本日はお時間をいただきまして」
側近の言葉を遮って、私は自分の本当の姿をさらけ出す。
「ごめんなさいね。これが私の本来の姿なの」
可憐な女子高生から変形して、突如魔族の姿に変わった私に魔王と側近が驚愕する。
「あ、あなたは」
「私は先代魔王の妻です。簡単に言うと、魔王様、あなたの母ですよ」
「ええええっ」
「な、な、何と!」
側近が平伏する。
「知らぬこととはいえ、ご無礼をーっ!」
魔王は呆然と私を見ている。
「側近、あなたが息子の面倒をよく見てくれていることはわかりましたが、それでもちょっと不敬です。もっと魔王様を大事に扱いなさい」
「へへぇーっ!」
「それから、魔王ちゃん」
「え、えっ?」
「こっちにいらっしゃい」
魔王がよろけながら私の側に来た。私は魔王を抱きしめる。
「ごめんね。ずっと会いに行けなくて。あれから14年、大きくなったわねえ。生まれた時は100㎏しかなかったのに」
「…」
まだ魔王は何も言えずにいる。
「照れると黒くなるとことか、イライラすると火を噴いちゃうとことかあの人にそっくりだわ」
「ママ…なの?」
「プーッ!ま、ママ?」
盛大に噴きだした側近を私は金色の眼でギッと睨む。
「すいませんでした」
「ママはまだあなたのお父さんを許していないので家に帰ることはできませんが、あなたはいつでも遊びにいらっしゃい」
側近が遠慮がちに口を挟む。
「あの…先代魔王様、反省されてましたよ」
「だまらっしゃい!」
「すいません」
「たった七千年の結婚生活で浮気が1万回って何?反省って何?」
私は側近の首をつかんで、ぐいぐい揺さぶる。側近が頭をグラングランさせて叫んだ。
「すいません!すいません!悪いのは先代です。全部先代のせいです!」
「ふん!もう千年は実家にいますから!」
「あのー」
魔王が私の眼を上目遣いに見る。何て愛らしい。
「何て愛らしいの」
次の瞬間、ボワンと丸刈りの高校一年生の姿に変わった魔王が尋ねる。
「じゃあ母様がこの高校に在籍していたのは…」
「そうよ。あなたが人間の高校に入って社会見学をするって聞いたので、私もこの姿になって」
ボワン
私も元の女子高生に戻り、続ける。
「この姿になって、編入してきたふりで見守っていたの」
「ママ…母様」
「ずっと見ていましたからね。いいえ、これからも」
「おうおう」
側近の嗚咽が体育館裏に響いた。
それから高校に不思議なカップルが誕生した。
しっかりしたお姉さん保健委員に甘えんぼの丸刈り下級生、周囲の友人はどう見ても姉弟だと笑ったが、さすがに親子だとは気づかなかった。
側近は学校ではその世話係を母に譲って陰で見守るようにしたが、鵜乃間マオが魔王の世話を甲斐甲斐しく焼いているのを見ると、これはこれでマザコン製造機だよなあとため息をついた。
と同時に、気がつかなかった自分の不明を恥じた。
「『うのまマオ』…『うのままおうのままおうのままおうのま・まおうのママ』か…」
読んでいただきありがとうございます。やっぱりラブコメは書いていて楽しいですね!