4.映像①ポーション
メイビスは少しだけ話せるようになってきた。
彼女の生きてきた映像の中に入ってやらかしてみる。
映像の中は子供部屋のようだ。
先ほどよりは狭いがこれまた可愛らしいベッドと家具が置かれている。
まだ銀の髪の小さなメイビスは部屋から窓に向けて祈っている。
くりっとした猫目とハーフアップにした大きなリボンが愛らしい。
私はそっと小声で話しかける。
「メイビス、メイビス」
小さなメイビスはビクッとして顔をあげてキョロキョロする。
「可愛いメイビス。薬を作れるように祈ってほしいの」
「・・・・神様?・・・・母様?」
「あなたを愛してるものよ。
メイビス忘れないで。あなたは愛されているのよ」
小さなメイビスは小首をかしげる。
「アイ?」
「あなたを幸せにしようと頑張る人がいる」
「シアワセ・・・・」
「まだ難しいかな。そうね、お腹がいっぱいな感じが幸せかな」
どうやら時間切れのようで、私は白い部屋にもどってきた。
猫のグレール爆笑中。
「ちよっ・・・よりによって・・・お腹がいっぱいって・・・うはは」
「こ、子供に幸せとか愛とか説明できないもん」
「いや・・・でも・・・あははははは」
ひっくり返って笑い転げてる。
なんだかむかつくわね。
そのあと映像の中の小さなメイビスは真剣に「薬が作れるように」と祈っていた。
「かわいい」思わず声に出る。
こちらのメイビスは恥ずかしそうに「ありがとう」と言う。
メイビスもほんのすこし感情が顔に出るようになってきた。
いいことだ。
ちょっとここでグレールに反撃しとこう。
「ところでグレール。あなたに仕事を頼みたいんだけど」
「うにゃっ!」
優里は猫のグレールを抱っこしてメイビスの膝に乗せる。
「うわ!な、なにする」
「大人しく猫になりなさい。これはメイビスの心のケアにもなるのよ」
「ケアだと?」
「そうよ。私の国ではアニマルセラピーって言うのよ。
さあ、メイビス。これを猫だと思ってナデナデしてみて?」
メイビスもちょっと触ってみたいと思っていたのだろう。
恐る恐る手を伸ばす。
「柔らかいわ。服の毛皮ともちょっと違うみたい」
「グレール。撫でられたら猫はゴロゴロいわなきゃだめなのよ?」
グレールは器用にゴロゴロ音を出し、そのままメイビスの膝の上で眠ってしまう。
嫌がらせのつもりだったけど本当に眠ってしまったわ。
やはり本性は猫なのね。
◇
翌日の映像は3歳のメイビスに弟アンドレが産まれていた。
産んだのは恋人のアザレアである。
父伯爵は大喜びである。
メイビスの母親と離縁をしたいが、相手はいつ亡くなるかわからない病人。
さすがに外聞が悪すぎてもたもたしているうちに産まれてしまった。
伯爵では第二夫人や側室は持てない。
そしてまだメイビスの母親は生きているため、弟は庶子扱いだ。
養子に入らないとレモネード伯爵家は継げない。
そのころの子供メイビスは家庭教師から『ポーション』を習っていた。
スキルがなくても下位の薬は作れる。
(かあさま、待っていて)
『ポーション』で治るくらいならとっくに治っているだろう。
子供にはそんなことわからない。
一生懸命何度も練習をしている。
◇
次の問題はメイビスが『回復』スキルに目覚める日、
つまり弟のアンドレが怪我をする日だ。
「今の状況で低位ポーションを使ったとて傷は完治するの?」
「外見だけはなんとかなるね」
「え?どういうことでしょうか?」メイビスが首をかしげる。
「低位ポーションだから『回復』みたいに丸々治せるわけじゃないんだ」
グレールの言葉に現代医学の知識が少しある私は気が付いた。
「ということは頭を打っているのなら脳震盪とか、その他いろいろ後から出てくる心配があるのね」
「君たちの国の知識でいうならその通りだ」
メイビスは青ざめて言い出す。
「私が映像に入って『回復』を使いますわ」
「それだと君が2人になる。この世界の者は干渉できないんだよ」
「つまり異世界の私なら入れるのね」
「そういうこと」
メイビスがなおもいう。
「で、ですが、ユーリーさんは『回復』使えますの?」
当然の疑問だ。
そこはにやりと偉そうに笑う神の代理が言う。
「そこがミラクルなんだよね。なんとこのユーリ君は『回復』使えちゃうんだ。
僕の魔力を補充してあげるから頑張って来てくれ」
「ユーリって魔法使えましたのね。どうか小さな私を助けてくださいませ」
さすが猫だけど神様代理だ。
ちいさな前足にミント色のペンダントを出してきた。
「これの中に魔力を封じ込めてある。頼んだよ」
グレールごとむぎゅっと抱きしめて私は蔦のペンダントを受け取る。
以前聖女エリスにも魔力の入ったペンダント貸してもらったことを思い出す。
あれのおかげで大切な人たちを守れたんだっけ。
そのおまけで『回復』スキルが生えてしまったんだった。
◇
翌日はさらに映像がすすんで弟アンドレが怪我をする日が来た。
優里は映像の中に入って「ポーション忘れないでね」と伝えておいた。
近場の公園にピクニックだ。
父も恋人アザレアもお世話係が子供たちの近くにいるからとほったらかしだ。
実際公園には危険なものなど何もない。
花壇には花が綺麗に植えられて水が落ちるだけの噴水。
道は石が敷き詰められているし、草はきれいに刈り取られている。
弟アンドレは元気よく走り回る。
子供は風の子。
侍女たちも最初は追いかけていたが途中であきらめた。
見える範囲なら危険はないだろう。
弟アンドレは大きな木によじ登り、低い枝にぶら下がった。
追いかけてきた7歳メイビスはすぐ降ろそうとするが突風が吹いて二人を巻き上げた。
運が悪いことに木下の柔らかい草ではなく、その横にあった階段下に落ちてしまったのだ。
弟アンドレは頭を打ったのか血だらけだ。
小さいメイビスは真っ青になる。
あわててポーションを弟に振りかける。
残った半分を飲ませる。
こっそり映像に入り、子供たちの後ろから『回復』をかける。
ほんのり光っているが、昼間の外なのでほとんど見えない。
子供たちに気付かれないように映像から出る。
子供たちが見当たらなくなったことに気が付いた侍女がかけてきた。
そのころには傷も綺麗に塞がってうっすらと傷跡が残るだけになっていた。
ポーションすごい!
傷がみるみるふさがっていったわ。
小さいメイビスはうれしくなって飛びはねる。
「すごいわ、すごいわ!
私のポーションってすごいわ!」
父である伯爵の冷たい声が降りてくる。
「大事な跡取りに怪我させおって。おまえは弟のめんどうも見られないのか」
小さいメイビスは嬉しくてほとんど聞いていないようだった。
◇
「なにあれ」と優里が驚く。
「あれがお父様の普通なの」
「本当に失礼だけど、あれが親だなんて思いたくないわね」
カップを持ったまま驚くメイビス。
「親って・・父親ってああいうものではないの?」
「違うに決まってるじゃない。まあ私の親も毒持ちだから人のこと言えないけど」
考えてみればお互い毒親を持ったもの同士話が弾む。
それでも優里には祖父という守ってくれる存在がいたのだ。
「メイビス。あなたの味方はいないのかしら?おじい様とかおじ様とか」
「わからないわ。会ったことないの」
一応親戚は何人かいたはずだ。
「父方ではなくて母方がいいわ。メイビスが覚えてなくても相手が覚えてるはず」
「残念だけど」と猫のグレールが続ける。
「伯爵の名はメイビスの母が継いだんだが、親戚付き合いは父方だけなんだ」
◇
映像は小さなメイビスがポーションを使って領地で人気になっていく様を映し出す。
小さな治療師として評判になっていった。
ポーションは下位で効果も弱かったが、ちょっとした傷には便利であった。
止血効果もあったので、大怪我をしたときの応急処置にもなった。
やがて王家から王子の同年代友人候補としてお茶会の招待が届くようになった。
悪役令嬢っぽい見た目にかかわらず、友人は平民ばかり。
両親が弟ばかり連れ出すので、まだ一度も貴族のお茶会に参加したことがないのだ。
そんなことも都合よく忘れてる伯爵は、王太子妃候補者もさりげなく探すだろうと力を入れ始めた。
この父伯爵、メイビスの教育や服装の資金は惜しみなく出すようになった。
ユーリの『回復』は不慣れなのでメイビスほどの力は出ないようです。
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