動き出す物語
「うふふ………」
暗い部屋の中、笑い声が響く。
ベッドの中に感じる、もう一つの体温、確かな温もり。
私以外の女の香り。
それを肺いっぱいに吸い込む。
甘くていい匂い………
身体を起こし、私の横ですやすやと眠る無防備な少女を見つめる。
彼女は、私が用意した寝巻きを身に纏い、とても安らかな顔で眠っている。
その髪に手を伸ばす。
サラリとした絹糸のような感触が指の間をすり抜けていく。
そのまま指を滑らせ、彼女の頬を撫でる。
くすぐったそうに彼女が身をよじった。
それに構わず、頬から首筋、鎖骨へと指を這わせていく。
私好みの純白の寝巻きへと、指がかかる。
そのまま指を下ろしていくと寝巻きの胸元が捲れる。
普段は隠された、素肌が露わになっていく。
あぁ……美味しそうだなぁ………
涎がポタリと、彼女の首筋に落ちる。
……………
「……?」
………私……何やって、んの?
なんか、涎垂れたんだけど………ばっちいなぁ。
私は慌てて自分の服で涎を拭う。
ふひぃ……なんか体が熱いぞ。
ヨタヨタとベッドから抜け出し洗面台へ向かう。
水が溜めてあるバケツを引っ掴むと、冷たい水を頭から被る。
少し頭がスッキリしてきた。
鏡の中の自分を見る。
そこには紅い目を爛々と輝かせた自分が映っていた。
またか………
堕落四将になったあの日から、時々自分の中の欲望が抑えきれなくなる。
どうやら魔族としての本能が強く出る時、この瞳は色を変えるらしい。
父親と同じ血のような紅い瞳。
反吐がでるね。
私は他の魔族とは違う。
元日本人として常識を弁えた魔族なのだ。
無理やりアルマさんを襲ったりなんてしない、したくない!
エッチなのはいけないと思います!!
それなのに魔族としての本能が時たま顔を出す。
今までこんなことなかったのに、一体何が原因で目覚めたんだ?
自分の中に、知らない自分がいるみたい………
その未知の感覚が恐ろしい。
私は頭を振って気持ちを切り替える。
夜風でも浴びて気持ちを沈めよう。
私は窓からバルコニーに出る。
外に出ると空には満月が浮かんでいて、辺りを照らしていた。
静寂に包まれた不毛の大地。
ラスボスが城を構えるのに相応しい、荒廃した光景が広がっていた。
ため息が、口から漏れる。
私の悩み事は1つだけではなかった。
近頃魔族の攻勢に敗北が目立つようになってきている。
敗戦でたびたび目撃される白銀の天使………
今まで目撃情報がないことから新米の天使だと推察される。
だと言うのに連勝を重ねているのだ、その強さは新米のそれではない。
…………主人公じゃね?
劣勢だった天使の希望の光、反撃の鍵。
とても………主人公っぽいです。
私はこの世界がエロゲーの世界だと確信しているが、残念ながらこの世界のエロゲーを私は知らない。
だから件の白銀の天使が主人公だと明言できないのが辛いところだ。
まぁ、この調子で快進撃を続ければ、じきに堕落四将である私のもとにもたどり着くだろう。
私は、彼女と戦うべきだろうか………
そう考えて、私は頭を振る。
いや、それはないな。
今までも、そしてこれからも、天使を堕とすつもりはない。
私の望みはなんだ?
ゆったり娯楽を楽しめる、平和な世界。
小説を書いて、それをアルマさんに読んでもらって感想を聞く。
それが今の私の唯一の楽しみ。
その幸せ空間を害すやからは誰1人として許さない。
………幸せ空間を維持するためには魔族と天使の争いは邪魔だ。
この争いが続く限り、私とアルマさんが本当の意味で平和になることはない。
今は私の権力で彼女だけ無理やり守れているだけにすぎない。
天使か魔族、どちらかには消えてもらった方がいい。
そうなると、消えてもらうのは魔族だ。
天使を辱める、唾棄すべき生態系、私の倫理観と噛み合わないその本能。
うん、私以外の魔族は滅ぼそう、それがいい。
ラスボスである父親も、他の堕落四将も、木っ端の雑魚魔族も、みんな、みんな、いなくなればいい。
私とアルマさんのために。
せっかく主人公っぽい天使が現れたのだ。
彼女にもっともっと活躍してもらおう。
堕落四将として表では主人公たちと敵対する傍ら、裏では主人公たちの手助けをする。
最終的には、主人公側に寝返り、天使と協力して父親を倒す。
FOOO!完璧なシナリオだね!
立ち位置的には、魔法少女物や戦隊物の追加戦士、それが理想だ。
敵っぽく登場して光堕ちする例のアレだ。
よし、そうと決まればいろいろ準備しなくちゃね。
待っててね魔族共、1人残らず殲滅してあげるから❤︎
―――――――――――――――――――――――――――――――
「はああぁぁああ!」
私は大きく振り上げた剣を勢いよく振り下ろす。
白銀の閃光が舞い、敵を切り刻む。
剣から放たれたその斬撃は、敵を切り裂きながら直進し、奥の魔族へと迫る。
でも、届かない。
「くっ!待ちなさい、ボーバン!!」
すでに私たち天使の攻撃をくらい、満身創痍の魔族は豚のようなその顔を醜悪に歪め、必死に逃げている。
獣魔軍団長ボーバン、彼はこの街を襲った魔族の軍勢の長だった。
こいつを倒せば、もうこの街が襲われることはなくなる。
もうみんなが怯えて暮らす必要なんてなくなるの。
ここで逃すわけにはいかない!絶対に逃がさない!
私は逃げる背中を追いかける。
「待ちなさいミリア!深追いは危険よ!」
背後から先輩の制止の声がかかる。
その言葉を聞いて私は…………
私は止まることなくボーバンを追いかけた。
先輩の言うことはもっともだ、ボーバンの逃げる姿は必死すぎて少し演技っぽい。
でも、奴が手負いなのは事実だ、このチャンスを逃せば次はないかもしれない。
今ここであいつを仕留めなければ、また大勢の犠牲者が出ることになる。
そんなの、私には耐えられない。
罠であろうと、上からねじ伏せる。
遠くでボーバンが洞窟へと逃げ込んでいくのが見える。
私は迷わず後を追う。
暗い洞窟へ足を踏み込むと、異臭が鼻をつく。
「うぅ!一体何?」
加護であたりを照らすと、そこには異様な景色が広がっていた。
魔族の死体、死体、死体。
大勢の魔族の亡骸が散乱し、洞窟内に血と臓物の臭いが立ち込めていた。
吐き気がこみ上げてくる。
私たち天使は天より授かりし加護で魔族を浄化する。
そのため倒した魔族の死体は塵となって消える。
こんなふうに死体が残ることはない。
明らかに、天使以外の何者かによる惨劇。
「…………同士討ち?」
よく見ると、死体に刺さっている凶器はどれも魔族の武器だ。
でも………なんで魔族同士が殺し合いを?
そこまで考えて私はハッとした。
いけない、ボーバンを追ってここまで来たんだった。
ここで止まっていては彼を逃してしまう。
私は血溜まりの中を駆け抜ける。
暗い洞窟の深部、そこにボーバンはいた。
「………?」
死んでる………!?
ボーバンはその巨体を横たえ、静かに息絶えていた。
どうして?
確かに彼は私たちの攻撃で傷ついていた。
でも、致命傷には見えなかったのに。
あたりを探る、でもこの洞窟にいるのは物言わぬ死体ばかりだった。
いったいここで何が起こったの………?
カサッ
その時、私の耳が小さな物音を捉えた。
「誰っ!?」
「ピエッ」
剣先を向けると、そこには小さな女の子が隠れるようにうずくまっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
こちらノーラ、魔族の拠点の潜入に成功した。天使には気づかれてない。
というわけで、いえ〜い現在私は魔族の拠点に来ているよ。
私の幸せ計画の第一歩として、街へ進行する魔族を内側から弱体化させることにした。
まず手始めに魔族が伏兵として潜ませていた洞窟の魔族を一網打尽にした。
これで伏兵をあてにしていた魔族たちは来るはずのない援軍を待ち続けながら主人公たちに蹂躙されるという訳だ。
私が無双しすぎても天使たちに経験値が入らないから、こういった程々の手助けが肝心だね。
もちろん魔族側にも私の動きが露呈するとまずいので、私のステルスは完璧だ。
目撃者はいない!(目撃者はすぐに物言わぬ骸にして対処する脳筋ステルスプレイ)
我ながら惚れ惚れする仕事だぁ。
これで後はこっそり離脱するだけだ。
あとは任せたぞ主人公。
洞窟を出ようとした時、突如騒がしい足音が洞窟に入ってきた。
「クソッッ!どうなってやがる!?お前ら、誰にやられた!!」
大声で喚き散らしながら豚顔の魔族が洞窟へ入ってくる。
あれは、この拠点のボスのボーバンじゃないか!
ボスキャラがなんでこんなところにいんねん!?
彼の瞳が私を捉えた。
「ノーラ様!?なぜここに……?」
あれ?
お互い初対面だと思うのだが。
どうやら私を知っているらしい。
もしかして私って魔族間では結構有名なのかな。
私は笑顔を浮かべると、彼に一歩近づいた。
「お前は私を見ていない、少し眠っていろ」
私は彼に命令を下す。
ここに私がいるとバレるのはまずいので、記憶を少し弄らせてもらう。
「うぐぇ………ッ!ノーラ様?な、何を!?」
あれぇれぇ?
洗脳がレジストされた。
バルブブといい力があるやつには洗脳がうまく通らないな。
もうちょっと力を込めるか。
「お 前 は 私 を 見 て い な い」
瞳に力を込めてボーバンを睨みつける。
ボーバンは苦しげにうめき声を上げていたが、やがて泡を吹くと動かなくなった。
ふぅ、とりあえず洗脳は完了したか…………
………………うん?
……こいつ、死んでね????
は?え?うそぉ………
よく見るとボーバンの体は傷だらけだ。
もしかしたらここに来る途中で天使との戦闘があったのかもしれない。
ここに来た時点で既に満身創痍だったのが私の洗脳に抵抗して最後の魔力を使い切り、昇天した……ってコト!?
まずいよ、まずいよ。
ボスキャラは主人公に倒してもらわないと………
焦ってあたふたしていると、洞窟の入り口付近から明かりが近づいてくる。
うえ、もしかしてボーバンを追って天使がここまで来た!?
私は慌てて近くの岩陰に隠れる。
光を伴って姿を現したのは白銀の天使だった。
主人公じゃねぇええか!!
もう私の情緒はめちゃくちゃだよ!
主人公ちゃんはお亡くなりになっているボーバンを発見すると、一瞬驚いたような表情を見せた後あたりを探り始めた。
夜目がきく魔族と違い、天使は普通の人間のように暗闇を見ることができない。
私の姿は彼女からは見えなさそうだ。
ほっと安堵の息が漏れる。
それがいけなかった。
私の身動ぎによって生じた小さな衣擦れの音、それを彼女は聞き逃さなかった。
「誰っ!?」
「ピエッ」
物陰に隠れた、私の姿が照らされる。
見つかった。
天使は剣を構えている、臨戦態勢だ。
ヤバい、このままだと戦闘になる。
私はまだここで主人公とことを構えるつもりはない。
ここはどうにか穏便に済ませたい……
そこで私はある行動に出た。
「うえ〜〜〜ん」
嘘 泣 き (やけくそ)
無害な女の子アピールである。
天使は私の突然の泣き声に面食らったのか、剣を下げる。
「人間の女の子……?どうしてこんなところに」
私が泣くと天使がオロオロし始めた。
私の見た目は人間の女の子そのものなので、私を魔族とは思わないだろう。
まぁ、人間の女の子がこんな場所にいるのもおかしいのだが、その違和感は追求しないでいただきたい。
「ここは危険よ、こっちにおいで」
そう言って天使はこちらを安心させるように優しい声で話しかけてくる。
よしよし、そのまま騙されてくれ。
私がおずおずと近づくと彼女は私の手を握って洞窟の外まで導いてくれた。
洞窟を出た瞬間彼女の手を振り解いて逃走を試みる。
「あ!」
あばよ〜とっつぁん!!
私はアルマさんの待つ魔界へ帰らせてもらうぜ!
と、考えていたら………
目の前に現れた主人公に衝突した。
え?
私あなたに背を向けて逃げ出したはずなんですけど………?
動き速すぎません?
主人公ちゃんが私を抱きしめる。
「大丈夫……大丈夫だよ………ここにあなたを傷つける人なんていない……」
主人公は私を落ち着かせるように優しく背中をさすってくれた。
え、何これ。
もしかして私魔族に捕らえられた奴隷か何かだと思われてる?
逃げようと必死でもがくけど、主人公ちゃんの拘束が強固で全く抜け出せない。
それどころかもがけばもがくほど拘束が強くなる。
結局私は逃げ出すことは叶わず、主人公に人間の街までお持ち帰りされてしまった。
えぇ…………どうするよこの展開???
ノーラちゃん暴走中!!