一人ぼっち
超説明回です。
すまぬ、うまい伏線回収方法が思い浮かばなくて……
文才が……欲しいです…………
沈黙が、あたりを支配していた。
悠然とたたずむ堕落王。
偉そうに胸を張るその様子は、まさにラスボスの風格。
平然としているが、このどうしようもなく気まずい空気は全部こいつのせいなんだよなぁ。
娘を孕ませるって…………それはさすがに問題発言すぎるよ。
「娘で、花嫁?どういうことかしら」
地面に伏せっていたリエルさんがよろめきながら立ち上がる。
まだ、あのサキュバスにやられたダメージが残っているのか、少しふらついているが、その目には強い意思が宿っていた。
さすが天使代表と言ったところか、ラスボスの前なのに全く怯んでないね。
そういえば、そもそもエルさんたち天使側は、そもそも私が堕落王の娘だってことも知らないのか。
この気まずい沈黙は、いきなりの情報開示に対する疑問も含まれていたんだな。
「どうもこうもない。ノーラ・キャロル、愛しい愛しい我が娘だ。そして、私の子を孕む運命の娘でもある」
うん、もう一度言うな、このクソ親父。
一度だけならまだ聞き間違いかもって思ったけど、2回も言ったらもう確定だよ。
今世の父親がこんなロリコンの変態野郎だったなんて知りとうなかったよ…………
どうやら私は今世でもロクでもない父親の元に生まれる運命らしい。
「……それは彼女がリリィナの血を引いていることと何か関係あるの?」
その質問に堕落王はピタリと動きを止める。
リリィナ・シルヴィナス、私の母親であり当時最強の天使だった女性だ。
私の容姿は彼女と瓜二つだ。
確かに父親が私を花嫁と称するのにそれが無関係とは思えない。
…………いや、無関係であって欲しいなぁ……
死んだ女と顔が一緒だからって娘に欲情する父親とか…………控えめに言って地獄です。
「リリィナか…………」
堕落王は何かを思い出すように、空を仰いだ。
母親の名を呟くその声は、いつになく優しいものだった。
だが、それも一瞬のこと。
「所詮あいつも孕み袋でしかない、ノーラという完全体を生むためのな」
次の瞬間には冷徹な堕落王へと戻っていた。
うん?
完全体…………?
どゆこと?
私ってもしかして結構特別な存在なのだろうか。
疑問符を浮かべていると、父親が私の方へもう一歩足を進めた。
リエルさんが、それを遮るように立ちはだかる。
邪魔者に対して王は腕を上げた。
「私の目的まで、あと一歩なのだよ、邪魔を、するな」
その一言と共に、腕が振るわれる。
ただ腕を一薙ぎしただけ、それだけで空間そのものが震えた。
これは、やばい。
「止めろ」
とっさに父親の攻撃を止めに入る。
でも命令した瞬間、とんでもない抵抗力を感じた。
私の洗脳に対する暴力的なまでの抵抗。
成長し、強化したはずの私の命令でも一瞬止めるのが精一杯だった。
「リエル先輩!!」
その一瞬が生死を分けた。
ミリアさんがリエルさんを突き飛ばし、その攻撃を受け止める。
金属が砕ける硬質な音が響いた。
「…………あ……!」
かろうじて受け止めたものの、ミリアさんの剣は粉々に砕け散った。
ミリアさんはそのまま衝撃を受け流せず、地面に叩きつけられる。
ただの腕一本、武器も何も持っていないのに、それが振るわれただけで今代最強の天使が地に伏せられた。
防御もせずにリエルさんに直撃していたら…………命はなかっただろう。
その威力に戦慄する。
おいおいおい、今の一応主人公なんですけど!?
なにモブみたいにあしらってんの!
あ〜あ、見ろよミリアさん砕けた剣を見て絶望に顔を歪めているじゃん。
な〜かせた、な〜かせた、せ〜んせにい〜ちゃお〜。
「天使を庇ったか……やはりお前は優しすぎるな」
堕落王は倒れ伏す天使2人には見向きもせず、私だけを見ていた。
むう?
「天使を庇って何が悪いの?」
私が天使贔屓で魔族を嫌悪してることなんて、もうとっくに分かっているだろ。
私は天使に味方し、数多くの魔族を屠ってきた。
今までは隠してきてはいたが。
今日城で起こったこの事態、王である父親が気づいていなかったとは思えない。
それでも父親は私を止めなかった。
いまいち、目的が見えないな。
「お前の精神は人に近すぎた。だから歪める必要があった、堕落四将はいい働きをしてくれたよ」
私を歪める。
いったいそれになんの意味があるというんだ。
いや…………意味はあったか。
私は自分の身体を見下ろした。
成長した身体に、みなぎる力。
前とは比べものにならない全能感。
私はもはや別の生物になったと言っても過言ではないほどその力を増していた。
「そうだ、お前の精神が人から外れた時、ようやくお前は本来の姿へと覚醒した」
本来の姿?覚醒?
これが、私の本当の姿だというのか。
「自分の容姿について疑問に思ったことはないか?」
容姿…………
母親似の容姿のことだろうか。
特に疑問に思ったことはないんだけど……それが何か関係あるのだろうか。
「私は、ずっと疑問に思っていたよ」
堕落王は、そう言うとマントを脱ぎ、仮面を外した。
「人……間……?」
信じられない物を見たのかのようにアルマさんが呆然と呟く。
そこに立っていたのは、どう見ても人間だった。
黒髪に、彫りの深い顔。
ラスボスとは思えない陰気な中年の男がそこにいた。
複眼も触手もただの服の装飾品でしかなかったのか。
「人間の姿に、魔族の力…………私はずっと疑問だったよ。自分が何者なのかを」
「そ……れ、は…………」
確かに、私の姿は人間だった、魔族なのにもかかわらず。
魔族であるのならば、なんらかの人外的特徴があるはずだった。
でも、私と父親には…………それがない。
「我々は魔族ではない。魔族と人間の完全な融合体……魔人だ」
魔族と人間の完全な融合体!?
そんなの、初耳だ。
ここにきて設定生やすなよ!
「少し…………昔話をしようか」
そう言って堕落王は語り始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ずっと昔、私が生まれるよりももっと前の話だ。
地上には静かに暮らす人とそれを脅かす、魔王がいた。
魔王は地上を支配せんと、日々地上をのさばる人間たちを攻撃していた。
人間はなんの力を持たず、ただ魔王に殺される日々を送っていた。
そんな人間を哀れんで神は加護を人間に与えた。
加護を与えられた清らかな乙女。
魔王に対抗する戦士、天使だ。
天使の力はとても強く、魔王はあっという間に追い詰められた。
困った魔王は対天使用に、ある生物を作り出したのだ。
我々の始祖となる、魔族の原型を。
それは天使を犯し、次なる戦士を産み出させ、永遠に増殖し続ける生物兵器だった。
魔族は天使に対して、とても効果的だった。
汚れを知らない乙女は、性的攻撃に弱く、魔族に抗う術を知らなかったからだ。
天使が敗北するほど、魔王の戦士はその数を増し、もはや勝敗は決したようなものだった。
しかし、1人の例外が生まれたことで情勢は変わった。
1人の天使から生まれたなんの魔族的特徴を持たない子供。
それが、私だった。
魔王は一際強い天使を孕ませたので、どんな強力な生物兵器が生まれるのかと期待していたらしい。
生まれてきた私を見てひどくガッカリしていた。
私を欠陥品だと思ったらしい。
魔王にとって私はいらないものだった。
魔王は、私をさっさと処分して天使に次の戦士を孕まさせようとした。
だから、殺した。
自分を守るために。
魔王など敵ではなかった。
人外たる魔族の力に、人間の知性。
私はまさに完全体だった。
すぐに、私は兄弟たちと自分が違う存在だと気がついた。
兄弟である魔族たちは天使を孕ませるしか脳のない下等生物で、自分とは違う。
魔族たちは魔王を殺した私を新たな魔王として祭り上げようとしたが、私はそれを拒否した。
犯し、孕ませるしか考えない獣に興味はなかった。
一緒にいるのなら、もっと自分と対等な存在がよかった。
だから、それを探すことにした。
人間は、駄目だった。
私を受け入れてはくれなかった。
自分たちを苦しめた魔王を屠った化け物、新たな魔王。
彼らは私を恐れ、迫害した。
天使も私の敵でしかなかった。
身分を隠して交流したこともあったが、彼らの臆病さに結局私の方から離れた。
世界中を探した。
だが私のような生命体は、この世にいなかった。
強大な力、誰とも相容れぬ生き物。
いないなら……作ればいい。
何千分、いや何万分の一かはわからないが、自分が生まれたのだから。
魔族が天使を犯す時、自分のような存在が生まれることもあるはずだ。
手始めに、そこらの天使を襲った。
生まれたのは、不定形で知性のない生き物だった。
目に付く天使は一通り試したが、結果は全員同じだった。
天使が弱すぎるのかもしれない。
私が生まれたのは一際強い天使だったらしい。
ならばと強い天使を探したが、なかなか難しい。
1人でやることに、限界を感じた。
だから、私は魔族の元へと戻った。
王となった。
より効率よく、天使たちを堕落させ、孕ませるために。
魔族たちが天使とまともに相手をすれば、天使は負けてしまうだろう。
だから、うまく魔族たちの気をそらした。
以前のように天使を根絶やしにするのではなく、飼い殺しにするために。
強い天使が現れれば、自ら出向きものにする。
理想は強い天使を生み出すための、牧場。
そうやってずっと続けてきた。
何年も、何年も。
そうして、ようやく生まれた。
運命の娘が。
それが………………
―――――――――――――――――――――――――――――――
「お前だ」
堕落王の赤い瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。
あー、なるほど。
確かに魔人という種が存在すると仮定するならば、魔人同士、すなわち私と父親の間の方が同種は生まれやすいだろう。
そんなくだらないことのために今まで大切に育てられてきたのか……
天使と魔族の戦いは、結局無意味なものだったのか……
決着なんて、もうとっくについていた、ただこの男の私利私欲で引き伸ばされていただけ。
怒り、悲しみ、呆れ、様々な感情が私の中で駆け巡った。
そうして、最終的に私の中に残った感情は…………
哀れみ、だった。
「なんだ、お前寂しかったのか?」
結局父親も私と同じだな。
1人が嫌で、誰かに愛して欲しくて駄々をこねているだけ。
アホらしい。
魔族を嫌悪したくせに、結局やっていることは魔族と変わりがないじゃないか。
「貴様……なんだその目は」
堕落王の顔が屈辱に歪む。
可哀想に…………あんたには愛してくれる人がいなかったんだな。
もう、私にとって目の前の男はラスボスでもなんでもなかった。
哀れで滑稽で……一人ぼっちの男が目の前にいた。
もう終わりそう、終わりそうじゃない?




