女神ヘラの復讐
かつて婚約者を病気で失った真夏はトルコキキョウを栽培をしている、ある日死を発見し、その捜査に当たるのが婚約者の母親だった。
彼女は真夏が息子を殺したと恨んでいた。
盲目の青年と恋に落ちるが、事件は思わぬ方向に。
女神ヘラの復讐。
おはようございます。真夏はトルコキキョウの匂いを胸いっぱいに吸い込む。花たちは一斉にこちらを向いて挨拶してくれるようなきがした、茶色い長い髪をゆるくスカーフで結びデニムジーンズにゴムのエプロンをした真夏は。早速、仕事に取り掛かろうと、ビニールハウスの温度を確かめに進んだ所で足を止めた。
人が死んでる。
中年の男が倒れていた、ずぶ濡れである、トルコキキョウのための、スプリンクラーの水が彼にかかっていた。
癖毛の髪は、シットリとぬれ、乱杭歯はボンヤリ空いている。ビー玉見たいな眼球はその人が死んでると直感させた。
警察よ。
郊外の一軒家で一人暮らしを初めてもう長い。家庭菜園で小松菜の苗が根こそぎやられている警視の児玉咲子は大きなため息をついて巨漢を震わせた。
一体誰が、ネズミ?モグラかしら?
眉間に皺がよる、眼下に広がる伊那谷の景色が好きだった私この地に何年いるだろうか、ずっーと変わらない。
朝の空気を胸一杯に吸った時、作業台の上のスマホがなった。
やれやれたまの休日も台無しね。
現場に着くとビニールハウスの手前に見覚えのある、黒いFZRが止まっていた。コレは、まさか。
遺体は?
ハウスの中にはキキョウの華やかな匂いに満ちている、その中に血の匂いが微かに混じっている。
遺体はトルコキキョウの白と紫に覆われ地面に横たわっていた。
華やかなしたいね。
美しい花と中年の被害者はミスマッチだなあと思う、だからと言って美女の死体がいいと言うわけではないが。
死亡推定時刻は?
手袋をしながら、屈んでる鑑識に問うた。
死因は頭部陥没による、脳挫傷からの出血死と思われる、死亡推定時刻は昨夜のに1時半から2時の間かまた、詳しく解剖してみないとわからんが。
初老の監察医は大儀そうに腰を上げたおおかた休日に呼び出された口だろう。
春日、第一発見者の事情聴取は?
ざわついている現場で、部下に向かって大声を出した女ということをなめられないようにいつでも大声はだすようになっていた。
こちらです。
彼女は作業台の前に立っていた刑事の勘、いや母の勘は的中した。
やっぱり。
長い髪が背中まで伸びていて柔らかくウェーブがかかっていた。やっぱり、間違いない、町田真夏、彼女がゆっくり振り返った時にその強い眼差しに胸の奥がざわついた。
奥底に封印していた記憶が一気に蘇る。
母さん。
伸ばした手はもう、向こう側が透けて見えるほど薄くなっていた、 大地の手からも伝わる力だんだん薄くなって行く、皮肉なほど穏やかな日差しの中遠くで雀の鳴き声だけが聞こえる静寂なとき。
大地、しっかり、
虚空を睨み眼が誰かを探すようにさまよう息子の手を死神から引き離すように咲子はきつく握ってはみたがその端から温もりが失われていく、今彼は死んで行こうとしたのだ。
真夏。
最後に小さくつぶやき彼は亡くなった。
咲子の心に息子を失ったよりも病気の恋人を息子を見捨てていった不実な彼女に向かっての怒りが沸沸と湧いできた、大地は最後まで貴方を愛していたのに。この私よりも、彼女と別れて急速に容体が進んだのもきっと心の支えを失ったからだ。
まさか、この現場であうとは。
彼女がもっと側にいてくれたら、大地も生きてくれてだかもしれないのに心の支えを失ったまま、息子は寂しく死んでいったのだ。
発見者は貴方?
はい。
緊張から真夏の顔は青ざめていた。
何時ごろ来たの?
そうですね、5時ですか無い花の手入れをするので。
生花業を営んでるのね、被害者に見覚えは?
いいえ。
彼女は少し顔を背けた。
良く見てくれないかしら、咲子は少々乱暴に彼女の背を死体の方へと押し出す。
知りません。
今度は真夏が真っ直ぐに咲子を見つめてきた、気の強い女。
いいわ、なんかあったら連絡を。
はい。
根負けしたのは咲子の方だった。
部下の驚く顔を尻目に真夏はバイクに跨り去って行くかつて何度も聞いた、エンジン音が遠くなっていく。
課長、彼女と知り合いなんですか、
答えない咲子の代わりに同僚の土居がこたえる。
死んだ息子さんの婚約者、まさかこんなところで会うとはね。
幸人、余計なことは言わない私情は挟まないわ、でも、彼女はマークして、。
メットのインカムから何度か電話しているが、塁は一向に出ない。
全くこんな時になにをしているの?
苛立ち前方に注意がいかなかった。
突然飛び出して来た若い男の存在に真夏は気付かなかった。
彼女のR1はスピンして横倒しになってしまった。
危ないじゃ無いの!
ぼうっと突っ立っている白シャツの青年を真夏は怒鳴りつけた、よく見ると、右手に杖をもっている。
大丈夫ですか、
唇に笑みを讃えて、彼女の方に手を差し伸べてくる。
ごめんなさいあなた、目が。
薄茶色の髪がうねっているせいで、少しハーフの印象を受けた、倒れたバイクと真夏に屈んでなおも、助けようと手を差し伸べている。
大丈夫です、でもバイクが。
オイルが漏れていますね?持ち上がりますか?
ええ。どうして。
どうしてわかるのかと尋ねる前に、彼は笑った。
視力が無い分私は嗅覚が発達しましてね、命綱ですから、多分鼻炎の犬より鼻は効きますよ。
そうなんですね。
真夏はジーンズのお尻を叩くと起き上がった、バイクの損傷は酷かったカウルにヒビが入りミラーも折れていた。ああ、これは修理費が嵩む、今日は踏んだり蹴ったりだわ
良かったら、僕の家ちかくなんですよ、休んでいきませんか?
ええ、でも。
躊躇う真夏に再び、盲目の彼が笑った。
あなたも怪我をしている。
え、どうして?
血の匂いがします、言ったでしょ
犬並みの嗅覚だから。さあ。
そんな、大丈夫です。
あ、雨が降る。
彼が小さく呟くと間もなく澱んだ空から雨が落ちて来た。今度は真夏も
笑ってしまった。
嗅覚は犬並み。
10分後、真夏は彼の家のテラスにいた、大きな葡萄棚は日差しを遮り小さな青い実をつけている、葡萄の葉越しの日差しが白い木製テーブルに鮮やかな模様を作っている。
アイスコーヒーでよかったかな?
あ、すみません。
良いんだ気にしないで、なんでも自分でやりたい、水出しだからちょっと自信があるんだ、
彼は氷を入れたグラスを手探りながらほぼ正確に真夏のまえにおいた。
自分の前になんの違和感なくグラスを置く彼に、真夏は再び驚いた。
通り雨でしたね。
ええ、洋服まで貸していただき有難うございました。
真夏はシャワーを浴び、彼の大きめなTシャツに着替えていた。
コーヒー。
え。
美味しいですか?
ええ、とっても。
良かった。
破顔一笑、無邪気に微笑む彼にひどく惹かれた。
申し遅れました、僕、隅田祐希といいます。
町田真夏です。
あなたは、良い匂いがしますね。
そんなことは無いと思います。
急に恥ずかしくなり、真夏はたちあがった。
洗剤の匂いだと思います。
言ったでしょ嗅覚は犬並み。
今度は真夏も、声を合わせた。
愛車のR1は、隅田家のガレージに置かせてもらっていた。
工具類に混じって、旧車のバイクも片隅に置かれている。
どう、直りそうですか?
ちょっと工具お借りします。
真夏は2時間ほどかかり応急処置をすると、スロットをそっと回す。
小さな悲鳴をあげるように、エンジンが振動した。
良かった。
お世話になりました。
振り返った拍子に、お互いの指先が触れた、戸惑い、真夏が沈黙した隙に、祐希の唇が真夏の唇に重なる。
もうそれは当然のように。
こうなることが、運命のように。逃れることもできたけれど、真夏は再びキスを受け入れた。
夏の天気は変わりやすい。再び降り出した雨がガレージの屋根を叩く、バイクの背にもたれながら、彼のシャツをゆっくりと脱がされていく、まるで目が見えているように、彼女の乳首を摘むと優しく愛撫して来た、。
あ。
小さく言ったのは、彼の手がよろけてバイクごと倒れそうだったからだ、真夏は彼の手を掴み自らの腰に回した、祐希の白シャツの中引き締まった胸板に触れ、乳首を小鳥のように摘んだ。
あ。
今度は彼が声を上げた。彼は真夏の乳房にむしゃぶりつくと、脚を高々と上げさせ、隠部を剥き出しにさせた。
恥ずかしいわ。
綺麗だよ。
見えてないのに?
わかるさ。
乳房から離れた祐希の唇は彼女のクリトリスを舐め始めた。真夏は全身が溶けていく感覚を味わいやがて彼を受け止めたのだった。
冷たいレザーが火照るほど絡み合った2人の体が離れた頃には雨が上がっていた。
またね、
服は乾きいつものライダースジャケットに袖を通す頃にはすっかり頭が冷えていた。
ああ、また。
叶えられそうもない約束を交わして2人は分かれた。どうかしていたんだわ、少しの間だけでも、忘れたかったんだわ。真夏が家に着くと、母親の信子が血相変えて飛んできた。
真夏、警察が。
視線の先には咲子の厳しい目があった。
なんですか?
弟さんに少し話を伺いたいんです、
遺体の身元が判明しました、土産物店で働く、杉村清さんです、弟さんの同僚ですね。
え。母の驚く声が真夏の背後でした。
どうぞ、累は多分部屋にいるでしょう、ただし私も立ち合わせて下さ
い。
部外者遠慮してもらいたい。
という春日を押し留めたのは、咲子だった。
いいでしょう。許可します。
いいんですか?警視。
彼女は何か隠しているわ、それがわかるかもしれない。
累?入るわよ
累は巨大な体躯をベッドに投げたして嗚咽していた、慌てて帰ってきたのか床にゴアブーツがてんでばらばはに、転がっていた、白いシャツから褐色の肌がのぞいている、その白シャツも、皺だらけだから、着替えていないのだろう。
警察の人が話を聞きたいそうよ。累。彼は不安そうな目を一瞬だけ真夏に向けたが泣き腫らした目を警視に向けた。
杉村清さんが殺されました、貴方の同僚ですね。
はい、僕が働いている土産物店の上司でした。
累は繊細なタチで声が微かに震えてる。まずいわ、怪しまれる。
どんな方ですか?
そうですね、かもなく不可もなく、どうって言われても。
累は緊張し、目を逸らし窓の外を見た、微かに庭先の沙羅の花が揺れる。
揉めていたのではありませんか?
咲子の声は厳しく、決め手を持っているかのようだった。
貴方と、杉村さんがもめているのを見た人がいるんですよ。
それは僕の作っている香水を売り場から外すっていきなり言うからですよ、香水を作らせてくれる条件で、勤めているのに。
ちょっと失礼。
連絡を受けて咲子は一瞬、春日と退出した。
累、もめてたの。
姉さんどうしよう。
とにかく落ち着いて、貴方の痕跡は私が消してきたし、死体も移動したわ。貴方、殺してないのね。
信じてくれ。
兄弟は硬く手を握りあったが、咲子が入ってきたため、慌て手離した、動揺を悟られるわけにはいかない。
すみませんね、署から緊急連絡が入ったもんで、咲子の表情は固かった、良くないニュースに違いない真夏の胸が早鐘のように鳴り出す。
貴方はいつもメガネですか?
突然の質問に累はオドオドと返事をする、
あ、はい。
では何故今日はしてないのですか?
コンタクトです、今日は。
メガネ枕元にありますよね。
真夏には何を言ってるかわからなかった。
かけてみてくれませんか?
え?それは。
累は言い淀み全身が、ガクガクと震え出した、視線も定まらない様子だ。
無理でしょうね。そのメガネでは。
片方のレンズがないのですから。
累!。
真夏は必死で弟を抱き止める。
杉村さんの自宅からメガネのレンズが発見されました、そこから町田累さん貴方の指紋が検出されました、同行して詳しく話を聞かせてもらいます。
待って累は殺してない!
弟を抱きしめた真夏の手は咲子の部下春日によって振り払われた。
連行します。
待って!
慌てて追い縋る母親を止めたのは真夏だった。大丈夫。大丈夫だから。
自分に言い聞かせるように繰り返していた。
昨日の夜中2時の事である、弟の累からの電話で、睡眠を破られた真夏はすでにもう、嫌な予感に見舞われていた。果たして電話口の、累は酷く動揺していた。
姉さん大変だ。人が死んでる。俺は関係ない。
待って落ち着いて、そこはどこなの?
電話では、累と上司は自作の香水を巡って対立、しかし、首を言い渡され、それを撤回すさせる為に家を訪ねたら死んでいた、という事だった。夜風を縫ってバイクを飛ばして行くと累はアパートの前で震えていた。
累。
姉さんどうしよう、
落ち着いて、早鐘のようになる心臓で、そっとドアノブを回すと、中年男が死んでいた。
本当に死んでるの?
青ざめた顔で累が頷く。
貴方は帰りなさい、姉さんに任せて。真夏は累を自宅に送り届けると車に乗り換えて、死体をビニールハウスに運んだのだ。その夜の事は、夢中過ぎて切れ切れにしか記憶が無い、指紋は拭き取ったはずなのに累のメガネのレンズが落ちていたとは。やっぱり2人は、揉めていたのか?それとも。
ああ、真夏。本当に大丈夫なのね。
母は泣き崩れていた、母のためにゆっくりコーヒーをドリップで入れてやりながら、真夏は次の作戦を練っていた、じっとしているのは苦手だった。まずは警察署に行いかなくちゃ。
お母さん、ちょっといってくるわ。
皮のライダースジャケットを羽織ると真夏は素早く、R1に跨って家を後にする、リビングのソファーで泣き腫らしていたが、娘のバイクが窓から遠ざかるのを見届けるとすっくと立ち上がり、携帯電話で、厳しい顔つきで誰かに電話し始めた。
母親としてやる事をやらねば。
電話口に、相手が出ると衝撃的な言葉を口にする。
累を助けて下さい、あなたは累の父親なんですから。
それほど切羽詰まっていた。
真夏は轟音を立てて、バイクを駐車場に止めると受付の警官を振り切って2階にズンズン上がっていく。
取調べ室から出てきたのは警視の咲子だった。
部外者は侵入禁止よ。
累を離して、累はやってない。
帰りなさい。
息子さんの復讐のつもりならやめて、
何ですって。
あなたは累を逮捕して息子を見捨てたわたしに対して息子の敵を打とうとしてるかも知れないけど、私はまだ、彼を愛しているの。
愛してるならなぜ、最後まで一緒にいてくれなかったの、でも、そんな事今はどうでもいいの、公私混同はしない。
累は何か喋ったの?
咲子が首を振った。
自供するわ、死体をビニールハウスに移動させたのは私よ、さあ、逮捕して。
無論逮捕はするけど、だからといって弟さんを釈放する訳にはいきません。
そんな。
お帰りください.
咲子がにべもなく真夏を追い返そうとし抵抗する真夏2人の間に春日が慌てて駆け込んできた。
天竜川に死体です。急行して下さい。
暴れ川と呼ばれる天竜川は川幅が細くうねるのか特徴で、花崗岩が多い岩肌を砕き切り立った岩の数々が、県歌信濃の国に歌われる寝覚めの床という景勝地であった。
松村邦子は、そこに数日前から現れたカワセミに夢中だった、カメラを携え毎朝寝覚めの床にもう1週間も続いていた、その朝も、双眼鏡とカメラを下げトレッキングシューズを履き大きな岩陰から双眼鏡の覗き、カワセミの訪れるのを待ったが、彼女の目は川に浮かぶ花柄のワンピースに身を包んだ女性を捉えていた。
死んでる。
川面に浮かんだ女性は何か眠っているように穏やかな表情をしている、長い髪がクラゲの触手みたいに、ゆらゆらゆらめいていた。
真夏はパトカーの後を追跡し寝覚めの床へとやってきた、青いビニールシートからだらんと垂れた青白い腕で死体が女性だということがわかった、その傍らに咲子と話をしているサングラス姿のすらっとした金髪の青年を見て真夏は胸が苦しくなった。あの人。
懸命に手を振ったが、気づかない、彼は盲目だ。
角田さん!
咲子のもとからこっちへ進んでくる彼の方に真夏も岩を越えて手を差し伸べた、彼は最後の岩を越えられずに大きくよろけた、彼を抱きとめた時涙が流れている事に気づき更に彼女は胸が苦しくなった。
一体どうして?
母なんです、さっきの遺体は母なんです。
真夏は背を震わせ泣く祐希をきつく抱きしめた、この温もりで、少しでも悲しみが和らぐように。
帰りましょう、いいですね。
彼女は咲子に声をかけると、彼をタンデムシートに乗せた。
いい、しっかり掴まってて
2人の温もりが重なって溶け合っていく、折り悪しく降り出した雨から逃れるように2人は小さな緑あふれた、祐希の家に駆け込み濡れた体を湯船に入れて互いに貪るように繋がった。
真夏は弟、祐希は母のことを忘れるように。
皮肉なことに祐希の母、莉子が殺された事で累は程なく釈放された。その、裏にはある出来事があった。
真夏のバイク音が遠ざかっていくのを耳を澄まし聞いていた、真由子は徐ろに立ち上がり、携帯電話を手に取り通話ボタンを押した興奮して手が細かく震えている、恐らく声も震える事だろう。
はい。
懐かしく忘れえぬ低くて太いよく通る声が出た、快活な印象を受ける、累を産んでから随分とあってないが、たちまち真由子は過去へと遡って行く。あ、私はこの人をかって命懸けで愛したのだ。
なんだ、真由子か
久しぶりね、
どうしたんだ、なんかあったのか?
なんかあったのか、じゃないわ、貴方、累がどうなってるか知ってるの。
あ、何が。
殺人容疑で今警察に連行されたの
なんだって、杉村殺害の容疑か。
そうよ。貴方なんか、知ってるの。
2人が新作の香水で揉めていた事は知っていたが。そうなのか。
馬鹿ね、累が人殺しなんか出来るわけないじゃない。
それはそうだが、
何とかして下さい、お願いします、累は貴方の子供なんですから
何とかしよう。
祐希の母が殺されたせいで皮肉にも累の容疑は晴れ、釈放となったが、代わりに容疑者に浮上したのは、累が勤めている観光会社の社長、旧谷茂雄だった。祐希の母、隅田美穂と彼が愛人関係にあった事実が判明したのだ。4代続く名家の生まれで東京の有名大学を出た、苦み走った2枚目は取調べ室の中でも堂々として落ち着いていた。まるで自分が主演俳優でここは舞台上のように錯覚が起きる。
私が犯人な訳ないだろう、私は彼女を愛していたんだ。
でも、この頃貴方達は上手くいっていなかった。
相手のペースに呑まれない為に咲子は立ち上がってブラインドを下げ外を見下ろす、真夏が、被害者の息子と心配そうにこちらを見上げていた、もう、新しい男が出来たというの、忌々しいこと。
3日前の事だオフィスに現れた莉子は緋色のワンピースを着念入りに化粧を施していた。フラワーデザイナーをしている彼女は元々美的センスがあったが、今日は特別に美しい。
どうしたんだ、血相を変えて?
貴方、私に隠して居たわね。
何のことか。
祐希の他に子供が居たのね。
誰が一体、一瞬杉村と真由子の顔が浮かんだが真由子が他人に話すはずはないと思い直した。
違うんだ。
何が違うの?私はずっと入籍は望んで無かった、ただ祐希は貴方の後継者にはして欲しかったし、そうすると信じて居た
彼女の声は震え、目が潤んできた気丈な女のプライドが粉々に砕けていく瞬間だった。
私達もうこれきりね。
待ってくれ。
茂雄は立ち上がり莉子の腕を掴んだが振りほどがれた、冷たく刺すような眼差しで愛人を見た。
愛を重ねた月日がサラサラと砂のように崩れて溶けて行く、昨日まで誰より近かったのに今は遠く遠くない離れている。声も届かないほどに。
緋色のワンピースを翻し去っていく莉子の姿を見下ろしながら深い後悔を彼は味わっていた。失ったものがあまりにも多すぎる。
真由子は茂雄にとって学生時代の憧れの人だった。
久しぶり、旧谷君。
再開した時は既に人妻だった、学生時代の面影を残しつつも、それなりに歳月を刻んでいた。長かった髪も切り揃えられている。
取引先の研究者の妻として出会った真由子は疲れている様子だった、夫がご他聞にもれずワーカーホリックだったからだ、一人娘を育てつつ、気心が知れた男女の中が深まるのはそう難しくなかった。
天竜峡でもドライブに行きませんか、
誘ったのは旧谷からだった。
真由子は無邪気に頷いた、少女の面影そのままに。
ギシギシと、大きく左右に揺れる吊り橋を渡る時には2人の手が自然と繋がっている、旧谷は思った、2人は今どう見えるのだろうか。
ちょっと、休んでいこうか。
遠くの山を見つめ、ハンドルを握り彼は呟いた、返事がなかったが、それは、Okととった。
少年の頃に時間が巻き戻ったように胸の動悸がおさまらなかった、カジュアルホテルに車を滑り込ませ部屋に入るまで、2人は無言だった。
所在なげに薄いピンクのベッドカバーの上に腰を下ろしている真由子の姿がたまらなく愛しかった。罪の意識を感じているのだろうか?目を合わせようとしない。
シャワー浴びる?
首を振り見上げた彼女の瞳は潤んでいた。
抱いてちょうだい。
欲望に火がついた、ベッドに押し倒してブラウスのボタンに手をかけた。
嫌!
急に抵抗し出した真由子だったがそれは旧谷の欲望の人に油を注いだだけだった。
はだけられだブラウスから、隆起した二つの乳房があらわになった、真由子は真っ赤になっていやいやをする、
あかりを消して、
ふっくらとした乳房の下には少し脂肪が乗っている、若い時には、無い肉がついて美しいとは言い難いが、愛しさと欲望が内混ぜになり、彼のものはいきりたった。
嫌だね。
白くまろみがある乳房に子供みたいに胸を埋めると、彼女は叫び体を仰け反らした。
久ぶりだわこんな感覚、もうとうに終わっていた感覚、真由子は自分の全身が旧谷のものを受け入れる性器変化したような錯覚に陥った。
妻でもない、母でも無く、ただの女として受け入れる性行為のなんと、甘美な事か、落ちていくわ。
真由子は夢中で締め付け腰を振り続ける。
また、逢える?
汗をびっしょりかいた体で男の背中に問うたのは真由子のほうだった、罪悪感に満たされると思ったが全くそんなことは無かったのには自分でも驚いていた。
旧谷は真由子の中に精子を放出すると急速に深い後悔に襲われて行った、真由子の体は莉子とは違いやはり所々弛んでいたそれは子宮内も例外では無かった。顔は昔の面影を留めていたが、体はやはり違っていた莉子に優っているところは色が白いというところぐらいか、彼女を抱いて分かった、どんなに莉子を愛しているか、彼の胸の中は罪悪感に満たされていた。正直なところ、早くこの場から去りたかった。
やっぱりこういうのは良くないよ、
悪かった、君を苦しめてしまった。
彼女は立っていって屈み冷蔵庫からビールを取り出して、プルトップを開ける。
そう思うなら、また、会ってよ、会わない方が苦しいわ。
君がそういうなら。
そういうしかなかった。
町田の事を大事にしてあげた方がいいよ。
説得力はなかった。
彼は、私を女と見てくれてないの。
ビールの空き缶を躊躇なく、ゴミ箱に放り込むと真由子は、笑った。
そんな風に思ってくれるのは、旧谷君だけよ。
嘘だ、最初顔も覚えてなかったくせに‼️。俺はだだ昔の忘れ物を取りに行っただけた、過去なんて取り戻せる訳も無いのに。
その後、数回あったが、真由子から不思議と連絡は無かった、ただ、累という息子のDNAの鑑定書が一枚送ってこられた、だけだった。
いつもの何気ない晩夏の一日だった、真由子は旧谷の息子類を出産し、実家から戻ってきて1週間立った頃だ、保育園が休みに入り真夏が昼間遊んだ簡易プールが陰りかけた陽射しに揺れていた。
真夏、おもちゃ片付けて。
プールに浮かぶビニールの浮き輪だのアヒルだのが、翳りいく日差しの中でどんどん見えなくなっていく。
娘は何処へ行ったのか、
返事がない。
累をベッドに寝かしつけると、縁側に降りたった真由子は初めて、夫の存在に気づいた。
あなた、帰ってきたの?
ああ。具合が悪くて、早退してきた。
大丈夫?薬飲んだ。
ああ。
今にして思うと、夫の目は虚だった、だがその時は気づかなかったのだ、夫の重大な決意と、夫が握っていた秘密に。
翌朝、起きてこない夫を見つけたのは真由子だった、遺書はない、だが、DNAの親子鑑定書が1枚、累と自分の中に親子関係がないどの内容だ。夫は抗議の自殺だったのか、どこまでも自分勝手、独りよがりなひとだが、このまま彼に会う事はやめた方がいい気がした。
これまでだわ。
別れの気持ちとして、この通知を送り真由子の一世一代の恋は終わった。夫の狙いは当たった訳だ。
真由子からの突然の電話莉子の死、旧谷は疲弊していた、何とかしてくれと言ってもな、
彼は書斎のデスクでため息をつく、マホガニーのデスクの上に置かれた金細工の時計が一時を指している。
もう、寝なくては。
誰かが自分を見つめているような気がして彼は不意に振り返った、書斎のドアが音もなく開き動悸を抑えつつドアを閉めに立った、廊下を覗き込む、誰もいない。
不吉な予感がすると同時に頭に衝撃を受け昏倒してしまった。
累、良く帰って来たわね。
真由子は満面の笑みを浮かべ息子を迎え入れた。花が溢れる庭園、色づき始めた、紅葉が風に揺れているのを累はぼんやりと眺めている。1週間の勾留期間がよほどこたえたようだ
現在意識不明の重体で病院にいる旧谷の事も気にかかるようだ、後ろに付き添っている真夏も、浮かない顔だ。警察は莉子と旧谷の事件を連続殺人未遂事件と断定し、咲子が釈放したのだった。だがまだ、容疑かされた訳じゃ無い。
食卓には秋咲のピンクの薔薇が飾られ、ローストチキンなど累の好物が並ぶ。
さ、座って。スープもあるわ。
あんまり食欲が無いんだ。
彼は首を振った。真夏はもう我慢ができなくなっていた。
かあさん、もう隠し通せないんじゃない?
立ち上がって母親に最後通牒を突きつけた。母親は何も言わない。
累、私が養子っていう事は知ってるわね。
彼は繊細さの残る瞳をこちらに向ける、手料理には手をつけず、そっとライム入りのミネラルウオーターのグラスに手を伸ばす。
うん。
実は貴方の本当の父親は死んだ父さんじゃない
真夏。
母親のかおは怖くて見れない、彼女には事件の重要な鍵が累の出生の秘密にあるようなきがしてならなかった、遂に母親が泣き出した。何よりそれが肯定のサインだ。
貴方の本当の父親は生きているの。
誰?
旧谷社長よ。
そんな、姉さん嘘だろう。
累は狼狽し、汗だくになっている。
母さん。
真由子は顔を覆って泣くばかりだ、何が悲しいの?泣きたいのはこっちよ、父は優しかった、血のつながらない自分にも、母と旧谷社長のせいで父は死んだのだ。真夏はずっとこの事を累の為に胸に秘めていた。だが、もう黙ってはおけない。
真夏、やめて。
累、今旧谷社長は襲われて昏睡状態よ、今会わなきゃ後悔する、行きましょう。
累はよろよろと真夏の呼びかけに立ち上がって出て行く、真由子が累の腕を取るが彼はその手をふりはらった、
待って!
ドアは閉められ出て行く、真夏は彼にヘルメットを私バイクのエンジンをかける。
行きましょう。
病院の集中治療室の赤いランプの下には、レインコートをきた、咲子が座っていて2人を見て小さくため息をついた。
来たのね。
容態は?
まだ、手術中よ。
お話があります。
私もよ、だけど貴方が先に話して。
これを読んでください。
真夏が集中治療室の前の椅子に座っている咲子に向かって手紙をさしだす、角が汚れて古い手紙のようだった。開くと、咲子には懐かしい息子の字が目に入ってきた。
読み進むめるうちに込み上げてくるものが抑えきれず目頭がじんと熱くなる。
貴方は大地を見捨てた訳じゃなかった。悪かったわ。
私も大地さんに寄り添いたかった、でも、彼の最後の望みをかなえてあげたかった。大地さんは優しくて強い人でした、お母さんは誇りにしてください、今でも私大地さんを愛せて良かったと思ってます。
ありがとう、悪かったわ。さ、犯人に会いに行きましょう。
殺すつもりは無かった。
包帯姿の痛々しい姿でベッドから起き上がり、ぽつりぽつり語り出した、目が虚である。
累をみせから追い出そうとしたんだよ、彼のトルコキキョウの香水も全部、彼は累に嫉妬していた。
私が累を引きたてるものだから怪しんで調査をし累が私の子だと突き止めたんだ。あの日杉村を説得に家を訪ねたが、口論して殺してしまった、まさか、あの後累が来て容疑がかかってしまうとは。
莉子には、遺言書の中身を書き換えた事を知られてしまったから、強く責めれた視力を失った祐希には店の経営はとても無理だと思ったからね、莉子は愛していたが、これは別だろう。莉子は激怒して全て不倫も全てぶちまけるっていうから、つい、俺はただ、累に。
嗚咽し泣き崩れた。
貴方が襲われた会社の防犯カメラには侵入者は無かった。全ての事件が累君と繋がり、貴方と繋がっていた。お会いになります?
咲子は聴取を終えると、病室のドアを開けた。
累。
すまなかった、
いいんだよ、僕のお父さんはこんなに近くにいたんだね。
累の手は立派に成長し、年老いた父親を支えるまでになっていた。
一年後。真夏にはいつもの日常が戻りつつあった、ゴムびきのズボンを身につけてピンクや紫、白などの美しい花々を束ねては出荷用のダンボールに詰めて行く大地の月命日には咲子と少しだけ会話をするのが楽しみだった。累の香水は好調で、彼は旧谷の会社を継ぐ為家をでた。
母は寂しがりやだから真夏が常にそばにいるが、何をする気力もないらしい。時々ぼんやりしている。
これでいいわ。
作業が終わり、日がだんだんビニールハウスを照らし出す頃軽自動車の止まる音がした。業者が到着したのだ。
なんで。
目の前に信じられない光景が広がっていた、初めて出会った頃のまま祐希が立っていた。外国人みたいな、緑の瞳もそのままに。
どうして。ここが。
言ったでしょ、嗅覚は犬並み。
彼は笑って、真夏を抱きしめキスをする、2回目のキスの時落ちたトルコキキョウの花びらが春風に煌めいては飛んでいった。
完。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これからも、強く生きる女の話を書いていきたいと思います。