3話 フランチェスカ班
朝の礼拝を終えた聖女候補生たちは、その日の作業として料理に掃除、洗濯などの一般的な家事をします。朝の当番の人や昼、夜の当番もありますので、このあとすぐに作業がある人は限られていますけどね。
そして私の今日の当番は朝食づくり。
食事について教皇国が国教と定めるアウラ教では、空を飛ぶ生き物を食することが禁止されています。
鳥や翼竜、有翼の獣類が該当します。この島では鳥類くらいしかいませんので、あまり意識する必要はありませんけどね。
それ以外の食事の禁止はありません。個人の好き嫌いは無視で食事の準備が始まります。
みんながもう集まった中で、シスター・タチアナの説教のせいで私だけ遅れて集合してしまいました。
「料理担当の皆様おはようございます! 聖女クリスチナちゃんです! 崇めてもいいですよ?」
「貴女が噂の寝坊した聖女候補生ね」
「もう聖女を名乗るか。すごい自信じゃねぇか」
「はぁん。ちっちゃいなぁ可愛いなぁ」
「いい自信だ。過信しすぎて挫折しなければいいけどな」
班員から当然のリアクションが返ってきたことを確認して作業分担が始まりました。
本日の私たちの朝食づくり班のリーダーは、ここにいる聖女候補生の中で最年長の女性。フランチェスカ・ディ・アンジェリ。
黄色い髪と灰色の瞳。シワが多くもうすぐおばあちゃんになりそうな女性。
微笑み方こそ聖母のようですが、規律を重視するお説教ばかりの女性です。
「聖クリスチナ。貴女は野菜の皮をむきなさい」
「はいはーい」
「聖モニカはパンを焼いてちょうだい」
「了解でぇす」
「聖ステファニアはこちらで食材を斬ってください」
「へーへー」
「聖アレッサンドラはスープをお願いします」
「うーす」
「もう少しちゃんとした返事ができる者はいないのですか?」
パンを焼いているのは私より少しお姉さんのモニカ・エレナ・ピッチニーニさん。
金髪碧眼の女性で、髪は肩より少し長いセミロング。
年齢不相応な色気ある女性で正直羨ましい限りです。私のことを可愛い可愛いと言ってくれるから、私の次に聖女に近い女性です。産まれは貴族らしいので、朝食作りが不安な方でもあります。
包丁を握っているのはモニカさんよりも年上のステファニア・デ・コストナーさん。
赤い髪にロングヘアで桃色の瞳の女性です。
聖痕が発現する前はレンジャーと呼ばれる護衛職についていた方で、サバイバル知識豊富で面倒見のいいお姉さんと言った印象です。
鍋でスープを作り始めたのはアレッサンドラ・ラファエラ・チマッティさん。
綺麗な水色の髪の女性で、サファイアのような青い瞳の女性です。
口調は少々荒々しい方ですが、少しワイルドな女性です。
基本のローテーションでは、このメンバー、フランチェスカ班で一緒に作業をしていくそうです。
「クリスチナだっけか? 私はステファニアだ。長いだろうからステフでいいぞ。皮むきが終わった野菜をそこのボウルに入れといてくれ」
「わかりましたステフお姉ちゃん!」
「は? お姉ちゃん?」
私にそう呼ばれたステフお姉ちゃんは、頬を紅く染めてたじろいでしまいました。でも、まんざらでもなさそうです。
「クリスちゃん。ワタシはモニカ。ワタシのこともモニカお姉ちゃんで良いからね?」
「えへへ、ありがとうございますモニカお姉ちゃん」
「あぁ本当に可愛いわ」
モニカお姉ちゃんがお姉ちゃん呼びに反応し、こちらの会話に加わってきました。
それを遠目で見ていたアレッサンドラさんは、切られた野菜の山をスープに投入しています。
「名乗りの時に遅刻でいなかったな。あたしはアレッサンドラ。あたしにはお姉ちゃんはいらないからな」
「えー? では愛称で呼ばせて頂けますか?」
「…………サーシャ」
「サーシャさんですね!」
少しだけ乗り気ではない返事ですが、愛称呼びはは拒まない。
サーシャさんは周囲の人を拒絶しているようにみえて、本当はすごく優しい人なんです。
「あー、クリスちゃんだけずるいですよ! ワタシもサーシャさんって呼ばせてください!」
「呼びたければ、そう呼べばいいだろ」
「おう、改めてよろしくなサーシャ!」
「お前は馴れ馴れしい」
モニカお姉ちゃんがずずいと近づき、ステフお姉ちゃんがサーシャさんの肩をバシバシ叩く。
私達フランチェスカ班は、一日目からそれなりに友好的に行けそうです。
「あなた達は少しは黙って作業ができないのですか?」
「すまない」
「わりぃわりぃ」
「ごめんなさぁい」
「えへへ」
「聖クリスチナ。もうその気がない返事でも良いですから謝罪で返事してください」
朝食の準備ができ、私とモニカお姉ちゃんの二人で配膳をし始めると、手の空いている聖女候補生たちが手伝いに来てくださりました。
「クリスチナ? あっちのテーブルはやっておいたわよ!」
「わぁ! ヴィーちゃんは偉いですねぇ! よしよししてあげますからこっちにおいで」
「いや、配膳がまだ終わってないのだけれど」
手伝いの中にはルームメイトのヴィーちゃんもいましたので、ついそっちに駆け寄ろうとしてしまいました。
そこに現れたサーシャさんに襟首を掴まれてキッチンに連行されてしまいました。
「お前はまだ手伝いが残っているんだよ」
「うにゃあああああ」
「猫か」
手足をじたばたさせながらキッチンに連行される私を、多くの聖女候補生たちは変な子だと思いながら眺めていました。
朝食の準備を終えた私たちは、余った席に座り、祈りを捧げてから食事を始めます。
礼儀正しい人から、粗暴な方。空気になじめず手を震わせる方。
ここには身分も格差も今までは違う。貴族の娘もスラムの少女も、みな平等に聖女候補生なのです。
パンを手でちぎる私を見たヴィーちゃんが、ナイフで切ることを勧めてきますが、耳半分で聞き流します。
私達のすぐそばでは、豪快にパンを噛み千切るステフお姉ちゃんと、その姿を見て言葉を失うフランチェスカさんがいました。
フランチェスカさんはステフお姉ちゃんの次に私の方に視線を向けると、一口大にちぎっていたことを確認して胸をなでおろしています。
あはは。フランチェスカさんには私も粗相しそうな娘って思われていましたからね。
今回もありがとうございました。