21話 人攫い
サーシャさんが川に入らずに待機していることを確認し、私はさきほど視認した跡地に一人で向かいます。ここからさらに森の向こうにある海岸に人攫いの船がやってきます。
私は迷わず歩く。ここをまっすぐ歩けば私は見つかる。私が見つかるタイミングも完璧。見つからないように小型の船で移動している彼らが攫えるのは一人二人が限界でした。私を見つけて満足して帰る。そこまでが今日の昼間にお昼寝して視たこの島の未来視。
私は座り込んで海を眺め始めました。さすがに未来視でも正確な時間なんてわかりません。
登る月の形がまん丸で、海も海岸も見通しがいい。雲一つない空を眺めて、黒い海に散りばめられた星は宝石のようでした。
こんな夜は好きな人と二人でいたい。そう思いましたが、どうやらこの時間も終わりのようですね。後ろから聞こえる足音。この足音はゆっくりと私に近づいてくる音。
普通なら波の音にかき消されて注意して聞かなければ聞こえない音だったと思います。しかし、私は来ることをあらかじめ知っていたから対応できる。
ここで無防備に攫われるルートは私がこの島に残らないルート。そしてここから彼らに気づいて逃げ出そうとするルートは、私の知らない未来。
私は立ち上がる際に足元の砂を握りしめ、後ろに勢いよく投げつける。
「うわぁ!!」
「気づかれていたか!」
男は二人組。夜の暗がりのせいで服の色はおそらく白いシャツにベージュのズボンということがわかる程度。二人とも私より大きい身長で一人は筋肉質でもう一人は中年太りの男性でした。
走って逃げ出せるかわかりませんが、とにかく走る。少しでも捕まる時間を伸ばせればなんとかなる策を見つけられるかも知れない。
特に私の場合は少しでも隠れられれば数秒先の未来視が使えるのですから、とにかく彼らの視界から消えることさえできれば逃げ隠れできるはず!
大丈夫、だって私は…………私はもっと先の未来もみんなと一緒に!
お昼の最後の未来視ではもうありえない未来。私の好きな未来。私がこれから取り返す未来。
本当なら私が失踪することによってここの警備がより強固になることも考えましたが、人攫いの目的がまだ読み切れていない。もしかしたら聖女の力を悪用する相手かもしれない。
悪用されてしまえば、もしかしたらもっと多くの人を傷つけてしまうかもしれない。
だったらここで捕まるわけにはいかないんです。
長いスカートに短い足。足場の悪い砂場は視界を遮る遮蔽物もない。逃げ切るには限界がある。私はサーシャさんがいないとわかっている方に向かって走り始めます。
「逃がすな! 聖女候補生かもしれねぇ!」
「身体のどこかに聖痕が浮かんでいるはずだ! 捕まえて探すぞ!」
何か叫んでいるようですが、こちらは喋る余裕もない。とにかく前に足を出す。それだけを考えて茂みに飛び込みました。
顔や手に擦り傷切り傷ができるなんて構うものか!
「まて!」
「逃げるな!」
逃げなきゃいけない相手だから逃げているんですよ! ってそんなこと言い返す余裕もないんですけどね。
茂みに飛び込んだ瞬間にすぐに身を屈めて陰に入ります。暗い色の修道服のおかげですぐには視認できないはず。
予想通り彼らの視界から消えることに成功した私。三秒、いやせめて二秒だけでも目をつぶることができれば数十秒先まで視れる。
私はその先を視ようとする。ここで下手に動いて音を立てると見つかる。とにかく無音。動いてはいけない。それを理解し私はまだ未来を見続けました。
そして開眼する。見つけてしまった最善策。私の大好きなみんなを救える答えだ。
まだ音を立ててはいけない。あと数秒先の未来まで我慢するんだ。身体からも何も音を出すことができない。
聞こえてくるのは私を探す男達の荒々しい声や、草木を書き分ける音。まだダメ。あと少し待つんだ。砂浜からすぐ横にある茂み。その茂みまでが少しずつ湿った土に変わる。
満ち潮だ。ここら一体も海の一部に変わろうとしている。このタイミングだからこそ私は生き残れるんだ。
私は今度は海に向かって走り込んだ。バシャバシャと立てる足音に男たちもようやく気づく。
「あそこだ!」
「いたぞ追え!!」
喋る余裕はさきほど同様全くない。彼らの方が当然足が速いが、私はこう動けば大丈夫な未来をしっかりと視てきた。自分を信じろ。
五秒後か一分後か。濡れる衣服は重くなり、やがて私は盛大に転ぶ。この未来の先はただ一つ。
男たちが海中に転んだ私を捉えようと手を伸ばす。
「捕まえたぞ!」
今回もありがとうございました。




