11話 騎士ヴィンセント・アウレリオ・ベニーニ
木々の間を二人で進む中、私はヴィンセント様の方に視線を向けて話かけました。
「ところで」
「なんだ?」
「いつまで腕を握っているつもりですか? 手を繋ぎましょうか?」
「いや、すまない」
そう言ってヴィンセント様は私の左腕から手を離してしまいました。彼は私の手を握ってはくれない。
少しばかり残念に思いながら、自由になった左腕の枷を外してしまったことに後悔しています。
手を離されたからと言って、距離は大して変わりません。私の肩とヴィンセント様の肩…………というよりは腕がぶつかります。
「すまない! もう少し離れよう!」
「いえ、やはり繋ぎましょう。そうすればぶつかることも気にならなくなります」
「それは少し違くないか?」
そういいながらも、ヴィンセント様は私に手を伸ばし、私は彼の手を握ります。繋いだ手の感触はゴツゴツしていて少しだけ冷たい。
そのひんやりとした手が、私の弱々しい手を握ります。
「さてさて今日はどんな景色が見れますかね」
「あまり歩き回れないからな? それと疲れたら声をかけてくれ。定期的に休憩もするぞ。あとは」
私は護衛対象というよりは保護対象の様に扱われていますね。年齢差はあまりありませんが、身長差がありますから仕方ないのかもしれませんね。
私個人の身体的には至って普通ですが、ヴィンセント様が大きすぎます。
「ヴィンセント様は背が高いですよね」
「俺だってここ数年で伸びたからな。昔はお前くらいだったぞ」
「ほんとですかー? じゃあ、私も数年後には並んじゃいますね」
「…………今のままでいいだろ」
「え? どういう意味ですか」
「コンパクトな方が運びやすいからな」
「むーーー!?」
私は頬を膨らませてヴィンセント様を睨みつけます。彼はそんな私を見て、クスリと笑いました。そして繋いでいない方の手で私の頬をつつきます。
「にゃにしゅるんでひゅか!」
「上手く喋れてないぞ」
「ひょっぺから手をはにゃしてくだひゃい!」
やっとほっぺをつつくのをやめてもらい、私はしばらく彼の方に顔を向けませんでした。それでも繋いだ手を離すなんてことは絶対にしません。
「あまり怒るな」
「レディにコンパクトで運びやすいはないと思います!」
「そうだな。お前はもう成人しているんだったな。では一人の女性として扱って欲しいか?」
そう言われ、彼に腕を引っ張られて抱きしめられてしまいます。
「あ!? ちが! いえ、ちがいませ! やっぱり! あ!」
ヴィンセント様の腕の中で、恥ずかしさのあまり暴れ出してしまう私。彼はすぐに私を解放してくださりました。
「この程度で動揺していたらレディとは呼べないな」
「はぁ!? 全然? ぜぇーんぜん? どぉよぉなんてしませんけどぉ?」
「そうだな。動揺してないな。偉い偉い」
「あぁ! あぁ!! ああぁ!!!」
ヴィンセント様は私の頭を撫でてくださりました。ですが、今はちっとも喜べません。だって完全に子ども扱い。こんなの納得できません。
ポカポカと擬音が聞こえるような殴りで、彼の胸板を叩きます。服の下の鎖帷子からガシャガシャと金属音が聞こえてきます。
私の目の前で笑うヴィンセント様がいる。恥ずかしい気持ちもありますが、私はこれはこれで良いと思います。
いつの間にか笑っていた私をみて、ヴィンセント様はまた私の頭を撫でてきました。
二人で森を歩くことを続けました。途中で私のペースが落ちてきたことに気付いたヴィンセント様が、何のためらいもなく私を抱き上げました。
横抱きされて私の両足が浮きます。バタバタと足を動かした私に、「はしたないぞ」と叱りつけるヴィンセント様。
この島に来て三日目。聖女候補生と過ごして二日目、彼に抱き上げられるのはもう二回目です。
明らかにペースがおかしい。私から接触してきたのですし、昨日は私からねだりました。なんですか。一度抱き上げた女なら気軽に抱き上げられるってことですか?
「抱き上げっぱなしだとヴィンセント様がお疲れになりませんか?」
「俺も適当な場所に座るつもりだ。良い場所がなければ俺は地面でいいお前は膝上に座ってろ」
「それは…………ええっとちょっと待ってくださいね」
目を閉じる。眼を閉じた瞬間から数秒先の光景が浮かびます。前に進む未来の先には何もない。
「ヴィンセント様。試しにあの右側に見える鳥の巣のある木の手前で曲がってください」
「…………? ああ」
私の言葉を聞いたヴィンセント様は言われた通りに歩き進めます。それを確認してからもう一度目を閉じると未来が書き換わりました。
その先の未来では数メートル先に倒れた木があり、腰をかけるのにちょうどよさそうです。
「しばらくこのままで行きましょう」
「…………わかった」
私の言葉に従ってくださるヴィンセント様。上下関係でいえば確かに聖女候補生の指示に従っているだけなんですけどね。階級社会では仕方のないことです。
…………階級社会という点でいえばさきほどまでのヴィンセント様がしていた子ども扱いって完全にアウトなんですよね。
私しかいなかったから良かったですが、皆様の前ではお控え…………いえ、これはもしやたった二日間で信頼関係が?
いえ、違いますね。ヴィンセント様は素です。上下関係をあまり意識していないのでしょう。騎士としての職務を果たす。それ以外は何も考えていない可能性があります。
未来を読むにしても、先の未来で彼を愛することしかわからない私。
彼がどんな身分で将来どうなるかはまだわからない。踏み切るべきだったか書き換えるべきだったか。
ですが、今この腕の中にいることに高揚感が得ていることは確かなことです。
「ちょうど座れそうな木が倒れているな」
「ええ」
「…………君の聖痕の力か?」
「知りたいですか?」
「正直、興味はあるな」
ヴィンセント様は一度私を降ろしてから、倒れている木に腰をおろします。その後、彼はあろうことか自分の膝の上を叩いたのです。
「それは悪いですよ!」
「すまないな。綺麗なハンカチなどを持っていればよかったのだが、今は何もない。聖女候補生を木に直接座らせる訳には行かないだろう」
「ええ…………えとぉ、一応レディなんですよ子供に見えても…………」
私が小さな声でそういうと、何かに気付いてハッとしたヴィンセント様。そして慌てて立ち上がり、頭を下げてきました。
「本当にすまない。君を傷つけたい訳じゃなかったんだ。初日の反応から男として意識されていないものだと…………いや、言い訳は見苦しいな。君の座りたい場所に座ってくれ」
確かに昨日の私は自分から接触を気にしない雰囲気を出していましたが、それは私からの行動であり、ヴィンセント様からされれば別の話でもある。
好きな相手から不意に膝上に座りなさいと言われても、素直に従えるほど私は子供ではない。まだ好きな人ではありませんけどね!
「え? それは…………」
私が本当に座りたい場所は、最初に私が否定した場所だなんて今更言えない。
本当ならもう少し貴方が強情で、私の服を汚してはいけないと言い張って、私は渋々ヴィンセント様の膝の上に座るつもりでしたのに。
今更もう座ることなんてできないじゃないですか。確かにそこに座るのはドキドキするし、身体は休まっても心が休まりません。
でもそこに座りたかったのです!
もっと強引に座らせてくださればよかったのにななんて、私の都合で彼を悪く言うのはおかしいですよね。
私は意を決して彼の膝の上にちょこんとお尻を乗せます。
「結局こちらに座るのか?」
「わ、私の修道服が汚れていたら、一緒にいたヴィンセント様の職務怠慢だと他の騎士様に思われるのは悪いと思っただけです」
「そうか、ありがとう。君は優しいな」
「せっ、聖女ですから! とぉぜん」
「候補生な?」
そう言ったヴィンセント様は、やはり私の頭を撫でます。結局、彼の子供扱いは止まりません。
でも、彼とこうして笑い合えるなら、レディとして扱われるより、ずっと幸せなのかな。
しばらく休憩してからまたヴィンセント様には散歩に付き合って貰いました。
途中で見かけた花畑や渡り鳥の群れの集まる湖などをしばらく見てから教会に戻りました。
教会では昼食の準備が始まっているようで私も急いで食堂に向かいます。
  
「ヴィンセント様! また今度もよろしくお願いします!」
私が手をブンブンと振りながら食堂に向かっていくと、クスクスと笑って見送るヴィンセント様。
あの人が楽しそうに笑う。だったらもうこういう関係でもいいのかもしれない。私は、心のどこかでそう思う様になっていました。
今回もありがとうございました。




