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「あいつなかなか帰りませんね」
レジがはけたので品出しに出ながら、私は真山という女性に言った。
彼女は三児の母で、この店に来て長かった。
「あの人、午前中も来たのよ」真山は大袈裟に顔をしかめてみせた。「そのときは私とサイさんしかいなかったから、すいません私たちじゃ値下げの権限ないんで、って誤魔化して帰ってもらったの。そしたら、ちゃんと浜くんの出勤する頃を見計らってまた来るんだから」
「もうある意味、浜さんのファンですよね」
「暇なんでしょうねえ。仕事とかしてないのかしらね?」
「しかも毎度、妙に子供っぽいもの欲しがりますよね……」
「そもそもこの店に男の人来る時点でちょっと気持ち悪い、浜くんには悪いけどね」真山は軽く首を振った。
確かに、ギフトと日用雑貨の店、という看板なので、客層の中心は主婦と女子高生だった。
品が良くないとはわかっているが、こうして面倒な客の陰口を言っている間は、真山の矛先が私に向かないので気楽だった。真山は気分屋で、機嫌が悪くなってくると無理にでもイチャモンの種を探してきて周りに当たり散らす。
本日も、夕方前の休憩時間になると、真山は休憩室の洗面台に水が飛び散っていると言って十分以上も騒ぎ続けた。自分だっていつも飛び散らかしているのに。
「今日は真山さん怖かったっすね」
浜と退勤時刻が同じだったので、帰り際に話しかけられた。スタッフの中では私だけが浜とほぼ同年代なので、勝手に仲間意識を持たれているふしがある。しかし大学をドロップアウトしてここに流れてきた私と、中卒でよく分からない仕事を転々としてきた浜とでは、共通の話題がひとつもない。いつも、彼と話しながら、眼鏡が汚いな、目が落ち着きなくよく動くな、ということしか思い浮かばない。
「そうだったかもしれませんね」と私は答えた。
「え、へっへへ」なぜか、浜は顔を歪めて笑った。「木村さんっていつも、クールですよね。何が起きてもニコニコしてて。強いなあ」
「ニコニコなんてしてましたかね」
「クールだもんなあ。クールだ。クール」浜はぶつぶつと同じ言葉を繰り返す。
返事を求められている感じでもないので、曖昧に会釈して退勤した。
ニコニコなんかしていないと思うが、店で何が起きようと私の機嫌は変わらなかった。そんなことはどうでもいい。帰りにミトンに会いに行くことになっていた。
彼女のほうが、家に招待してくれたのだ。
用があるわけではないが、先週のショッピングモールではゆっくり話せなかったから、と。それは私自身、気に掛かっていたことだったので、誘ってもらえてほっとした。