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1-3

 彼女は他の客がいない「ゴミ袋・洗剤」の列まで足を止めずに来て、ようやく歩を緩めた。

「ミトンさん」私は彼女が怒っているのではないかと思って、緊張していた。「すみません」

「ふふふ」彼女は振り向いた。笑顔だった。何かに媚びるような笑みではなく、単純に面白がっている顔だった。「なんなんでしょうね? みんな真剣な顔しちゃって。今日、ここで買い溜めしたからって何の得にもならないのにね」

「ほんとにすみません。こんなになっているとは知らなくて。せめて別な場所が良かったですね」

「リッチーさんが謝ることじゃないですよ。だいたい元からここ、治安が悪いんです」ミトンはカートを押してゆっくりとまた歩き出した。「ああ。腹立っちゃったから、もうぜんぶ商品戻して帰っちゃいたいな」

「まあ、そうですけど、それじゃお店の人に悪いし」

 こんなときにまで店を開けてくれているのに、冷やかして帰るだけの客がふたりもいたら浮かばれないだろう。

 と言っても、レジや売り場のスタッフのほとんどは時給で働いているわけだから、冷やかし客ばかりで余計な仕事が少ないほうが嬉しいのかもしれないが……。

 結局、また無駄に売り場を一周して、私はミトンにチョコレートをひと箱おごることにした。

 もう一度別な列に並び直すと、また長々と待たされたが、今度は何のトラブルもなかった。


「リッチーさん、今日はわざわざありがとうございます」ミトンは別れ際、改まって頭を下げてきた。

「いえ、これは私が……」

 私も慌てて何度も頭を下げる。友達なのか他人なのかよくわからない。どこまで礼儀正しくするのが普通なんだろう。それがよくわからない。

 家の方向が逆なので別々の出口から帰らなければならず、私たちはショッピングモールの通路で別れた。

 少し歩いてからなんとなく振り返ると、彼女もちょうど振り返ったところで、大きく手を振ってくれた。

 通路沿いの服飾店、雑貨屋、ケーキ屋などはすべて閉まっており、テナントの境界には緑色のネットのようなカーテンが掛かっていた。

 妙な光景だが、最近はこんなことばかりだ。この国は大丈夫なんだろうかと、不安になりながらも何もせずに日常が過ぎていく。


 建物を出る。来るときは特に見ようとも思わなかった空を、思わず仰いだ。


 銀色の雲が空を覆っている。


 それは正確には雲ではなくて、何かの「底」なのかもしれなかった。てらてらと滑らかで、無数の不統一な大きさの泡を含み、ぼこぼこと波打っている。無機質なのに、どこか生き物を思わせるような、不安定な躍動感がある。何かに似ている。映画で見たような気もする。

 これが空に出ている日は、外出禁止令が出る。正式な名称はなんとかのレベルなんとか、だと思うが、職場の人たちは単純に「外出禁止令」と言っていた。禁止ではない。不要不急の用事なら、控えることを推奨する、という通告だ。けど、私の用事は重要だし緊急だ。彼女の新刊が欲しかったのだ。

 しかし、もし次に同じようなことがあったら、外に呼び出すのではなく彼女の家に直接行こうと思った。


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