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「いや、もうこのあとすべきことは何もないです。何もない」

「リッチーさんは、学生さん……ではないですよね」ミトンはじっと私の顔を見つめた。

「そう、もうおばさんですよ」

「社会人。大人」

「でも、フリーターですから」と私は言った。「私、大学卒業できなかったんです。不登校になっちゃって。だから、まあ、ダメ人間の見本ですね」

「いえ、そんな」ミトンは困ったように笑った。

そうして言いよどんでいるところを見ると、年相応の経験の浅さや世間の狭さが見えた。そして私は自分が年下の相手を困らせていることに気づいて、がっかりした。

 こんなところまで来て、何をやっているんだ。普段から人間関係というものに注力してこないから、こうして肝心なときにろくな会話ができない。


「ご飯、もう食べました?」

 私は聞きながら、フードコートに居並ぶ店舗の列を振り返った。すべての店が明かりを落とし、無人だった。

 席に着いているのも、私たちだけ。

「今日は外食は無理っぽいですね」ミトンは言った。「ここに来る途中、ガストは開いてたんですけどね。けど短縮営業にするという話ですね」

「思ったより大ごとなんですね」私はどうにも頼りない言い方をしてしまった。「すみません。こんなときに無理に呼び出して……」

「いえ、いいんです。こんなの家にいたって同じですよ。私、朝が遅かったのでまだ大丈夫ですけど、リッチーさんお腹空いてます? スーパーのほうは普通に開いてましたよ」

「いえ、私も軽く食べてきちゃったんです。まあでも、ここにいてもすることないし、ぐるっと見てきますか」

 なんとも風情がないけれど、私とミトンは大型複合店の一階の、生鮮食料品売り場をショッピングして回ることにした。

 私がカートを押し、上段と下段にカゴを。私の欲しいものは下のカゴ、ミトンが欲しいものは上のカゴへ。ついでだから、と、ミトンはお菓子やカップ麺やレトルトパックなどを多めに買った。料理をするタイプではないらしい。

 私は切らしていた醤油と、催事もののコーナーにあったブランドのチョコレートを買った。この時期はバレンタインに向けて、普段はネットでしか買えないような専門店のチョコレートが並ぶ。それを自分用に買ってちびちびと食べるのがここ数年の楽しみだった。

 客は少なめ、とはいえ、やはり休日ということもあってそれなりに混雑していた。特にレジは長蛇の列で、なかなか進まない。みんな、カートから溢れそうなほどの量を買い込んでいる。スカスカのカゴでレジに並ぶ私たちは浮いて見えた。

「ちょっとちょっと」いきなり、険のある女の声が、列に並ぼうとした私たちに降りかかった。「そこ私が取ってた場所! 割り込まないで」

 レジ手前の、乾電池が並んでいる小さな棚の前に、巾着袋のようなものがぽつんと置いてあった。女はそれを指し、「ここ私の順番! お店の人に言ってあるんだから、ね、ちゃんと守ってくださいよ? これ、お店の人に断って、言ってあるんだから。横入りみっともないよ!」

「ちょっと……」私は思わず言い返そうとした。完全に手前勝手なルールだし、こっちは気づかずに並ぼうとしただけなのに言い方がおかしくないか?

 自分ひとりなら面倒になって道を開けたかもしれないが、ミトンが一緒となると自分がした手に出ることで彼女にまで嫌な思いをさせそうな気がして、不安になった。

 しかし、ミトンは「はは」と短く笑って、私の押していたカートを勢いよく掴み、ぐるっと向きを変えて歩き出した。

 それが思った以上の速足だったので、私はだいぶ慌てながら追いかけることになった。


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