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7.
結局「売上ファイル」は午後になってから、休憩室の冷蔵庫の下で見つかった。
誰のどういうミスでそうなったのか、わからないので、店長は全員の連帯責任ということにして私たちを集めて説教したが、その最中に全員のスマホが鳴り出した。例の銀色の雲の出現予報で、帰宅ラッシュの時間帯に被りそうなので可能な限り早めに仕事を切り上げるようにとの呼びかけだった。
「おい、うちはいつも通りやるからな」
と店長は言ったが、十分後くらいに本店から直接電話が来て、店を夕方前に閉めるようにとの社長命令が通達された。
「やったあ」浜は本当に嬉しそうに言った。
「何が、やったあだ」店長は舌打ちした。「今月、売上未達なんだよ。どうすんだよ」
しかし、どうしようもない。売上がどうであろうと我々バイトの給料には響かないので、店長の嘆きには誰もあまり乗らなかった。
私はスマホに来た速報の詳細を見るふりをしながら、SNSを開き、「早く帰れることになった」と投稿した。
バタバタと閉店業務をこなし、退勤するとまだ外は明るかった。駅に向かいながらスマホを見ると、先ほどの投稿にミトンからリプライが付いていた。
「ちょうど今日、近くに来てるんですが、もし良かったら会いませんか?」
「わあ、ほんとですか? 是非!」と、私は返信した。
その後は他人から見られないダイレクトメッセージでやり取りし、私たちは駅前で合流した。
ファーストフード店に入り、飲み物と軽食を買って腰を落ち着けた。
窓から、駅に出入りする人の頭が見下ろせる。まだ夜とは言えない時間帯だが、いつもよりずっと混んでいる。私と同じく、「雲」の予報のせいで退勤が早まった人が多いのだろう。
「こういう日は、大学も早く終わったりするんですか?」
「講義は中止ですね」と、ミトンは言った。「今日は、四時半以降のコマは中止です。そのぶん土曜日に振り替えなきゃいけないんですけど」
「そっか、振り替えが必要だから安易に喜べない」
「それに、研究室がある人はそっちに行って、夜中まで帰らないから、あんまり意味ないというか関係ないというか」
「ああ……ミトンさんは、もしかして理系ですか?」
「どうなんでしょう」ミトンはなぜか自分で面白がるような笑顔になった。「文系なんですけど、結局、数学やらされてますね」
「まあ、あんまりそんな区分は意味が無いですよね」
しかし、優秀なのだろうな、と思った。
ミトンはそれから少し沈黙して、飲み物を口に含みながら窓の外を見ていた。
私の目には、ミトンは豊かな才能と学力を持ち、容姿にも恵まれ、順風満帆な人生を与えられた人間に見える。悩むことなど、何もないはずなのに。しかし彼女の目はいつもどこか不安げで遠くを見ている。