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チェーンの牛丼店は、空いていた。入って一瞬、営業していないのではと思ったほどだ。
私とミトンは窓際のボックス席に向かい合って座った。
「なんだか静かですよね」ミトンは言った。「街から人が減ってるみたいに見えちゃう」
「実際減ってても気づきませんよね、これじゃ」
「うん」ミトンの表情は先ほどよりもリラックスして、少し楽しそうに見えた。
「やっぱり、あの変なやつの向こうには何かいるんでしょうかね……」私は町の上に広がる銀色の雲を見て、ずっとぼんやりと思い浮かべていたことを口にした。「気付いたら地上に誰もいなくなってて、みんな空に吸い込まれてたりして」
「そんな映画あった気がする」と、ミトンは笑った。
「飛行機とかは普通に飛んでるんでしたっけ」
「あんまり影響は無いらしいですよね。普通の雲と同じで。でもかなりの便がキャンセルされてるみたいです」
「そうなんだ」
「ツアー旅行とかは、ほぼキャンセルみたいで。だから観光地とか大変でしょうね」
「どういう害があるのか分からないから、なんだかよく分かりませんよね。みんな、念のため、って感じなんでしょうか」
「そうですねえ。気分悪くなる人多いらしいですけど。精神的なものだろうって話ですね」
「うーん。精神的なものでも、充分、害ではあるね……」
空の色が違うだけでこんなにも大きな影響があるとは。しかし普通の暮らしをする人間にとっては、空は逃れようのないものだし、頭上を覆うものはそれしかない。屋外の景色の半分は空なのだ、とも言える。もしかしたら半分以上か。
杞の国の人々が空が崩れないか心配したという故事が、今ではあまり馬鹿馬鹿しいものに思えなくなってきた。
「リッチー」ミトンはふと窓の外から目を戻し、切れ長の綺麗な目で私を見た。「私ね、もうすぐツイッターのアカウントを引っ越そうと思います」
「あ、そうなの? どうして」
「なんか最近、雰囲気悪いでしょ」ミトンはまた少し笑った。「いったん、仲いい人だけにしようかと思って」
「ああ……それがいいかもしれませんね」
この騒ぎが始まって以来、SNSも荒れやすくなっている。
「新しいの作ったらこっちからフォローすると思うんで。リクエストしてもらえれば、すぐ許可します」
「わかりました」
「すみません、お手間を取らせて」
「いやいや、そんなこと」私は苦笑した。「ミトンさんの居心地いいようにしてくださいよ。私はミトンさんの作品が読めればそれでいいんで。あ、もしかして作品も移動を?」
「作品も、うーん、いったん下げるかもしれません。すみません。でも、どこかでは読めるように考えておきます。共有フォルダとかにするかも」
「ああ……割と、そうやって配布してる人もいますよね」
「すみません」
ミトンはやや目を逸らして、溜息をついた。それは、思わず漏れ出してしまったような、無意識なものに見えた。
何か嫌なことがあったのだろうな、と思った。しかし、こちらからしつこく聞き出すのもおかしい。