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1-1

彼女の絵が好きだから、彼女に会いに行った。




第一部



 1.


 私にとっての彼女は、SNSのアイコンになっている美少年の顔で認識されていた。少年は物憂げな目で少し横を向いており、その頭には犬の耳がついている。

 それと、「ミトン」というハンドルネームだ。私はしばらくの間彼女の名前を「ミント」と見間違えていて、今でも彼女のアイコンを見るたびに歯磨き粉の味を思い出してしまう。

 待ち合わせ場所のフードコートに、彼女は先に来ていた。テーブルの上に置かれた真っ赤な紙袋が目印だった。思い描いていた通りの若い女性で、服装は私と変わりない地味な普段着だったので、私はほっとした。

「こんにちは」私は彼女の正面に回り込んで、椅子を引いた。「初めまして、ですね。リッチーです」

「ああ」

 彼女、ミトンは、にこっと笑った。切れ長の目で、色白の美人だった。可愛い、とか、色っぽい、という感じではない。どちらかというとクラシックな感じの「美人」だった。これで黒髪ストレートなら日本人形の雰囲気があったかもしれないが、髪色は少し明るめで、少し毛先の跳ねたボブカットだった。

「男の子かと思ってた」と、彼女は言った。

「あれっ? すみません」私は座りながら、頭を下げた。「言ってませんでしたっけ。言ったつもりで」

「いえ、私がちゃんとタイムライン追ってないから」

「すみません」

「いえ、安心しました。だったら家に来てもらえば良かった」彼女は赤い紙袋から冊子をひとつ取り出した。「これ、ですよね、忘れないうちに」

「わざわざ、ありがとうございます」

 本日中止になってしまった即売イベントで販売されるはずだった、彼女の最新の作品集だ。イベント用に刷り上がってしまった商品をどうするかは後日考える、と彼女は発表していた。が、私は無理を承知で今日中に買いに行かせてもらえないかと頼んだのだった。


 こんなに誰かの本を、早く欲しいと思ったことが無かった。というか、近ごろの私には欲しいものなんて滅多に無かった。いつも同じものを身に付け、同じものを食べ、替わり映えのしない生活を繰り返している。欲しいものなんて無い。だから、自分の行動力に私が一番驚いていた。

 彼女としても、嬉しかったようだった。彼女の作品は万人受けするジャンルのものではないから、実力のわりにファンの数は少ない。それに、彼女は宣伝のノウハウに力を入れるタイプでもなかった。いつも、告知の言葉は短く、回数も少ない。作品についての紹介よりも、日常の愚痴を投稿している回数のほうがずっと多い。SNSを通じた活発な付き合いやオフ会には苦手意識がある、と常々言っていた。

 だから今日の私の申し出も、断られるのだろうと思っていた。

「良かった」お金を払い、手に入れた冊子を手提げに仕舞いながら、私は冗談めかして言った。「これで、一安心です。今年するべきことが片付きました」

「まだ、一月ですよ」ミトンは笑った。


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