ジャスミンの花を手に
「リッキー!どうした?」
旅のキャラバンで遅れをとるのは命取りだ。しかし妹が何かを見つけて逆行したのだ。俺はラマをかって、自分も後続に向かった。
「リッキーが行き倒れの男をみつけたぞ」
通りすがりに、ラクト爺さんが片方の眉を上げて俺を見た。
「面倒を引き入れたらキャラバンの長はどうするかのう?」
俺はちっ、と舌打ちをして先を急いだ。
「リッキー」
「ロプタ兄さん」
岩かげに意識のない男が一人横たわっている。リッキーは皮の袋から水を男に飲ませてやろうとしていた。
「やめとけ。意識がないときは飲めないから」
「でも」
俺は左腕に巻きつけていた布地をとると、それに水を含ませてから男の額に乗せた。リッキーは、布の端で汚れた男の顔を拭ってやっていた。
「リッキー、戻るぞ」
「でもこの人は?」
「置いていくんだ」
「いやよ」
!!!
俺はカッとなって妹を殴りたい衝動に駆られた。
「長が許さない。キャラバンから追い出されるぞ」
「それでもいや」
しばしにらみ合い、俺が折れた。
「いいか?3日ここでそいつを看病してそしたらキャラバンを追う」
「ありがとう兄さん」
リッキーは微笑んだ。
「3日経っても回復しないときは今度こそ置いてゆくんだ」
「……」
俺は背中に背負った弓矢で鳥を取ると、火をおこしてナイフで調理を始めた。
「兄さん!あの人が目を覚ましたわ」
「動けそうか?」
「まだ。お水を飲んでくれたの」
「良かったな」
俺はキャラバンに伝わる伝承を思い返していた。
キャラバンの兄弟たちは太古の昔、星の民だった。
ある日争いが起こり、星の民は散り散りになった。
暗黒の夜を越えて今いる星にたどり着いた。
キャラバンの長がよそ者を嫌うのは、争いの記憶によるものだった。
「食えるか?」
男は頷いた。俺は少しづつ食事を男の口に流し込んだ。妹はすぐそばにぴったりくっついてその様子を見ていた。
まだ若くて、がっしりした体つきだった。こいつが元気になったときに逆に脅威にならなければいいなと俺は思った。
「リッキー、お前も食っとけ」
「兄さんは?」
「俺は食った」
人知れず非常用の干し肉を噛み締めた。これで3日持たせる。
夜の気配が忍び寄ってきた。
リッキーが近くの川で水をくんできたが、手に白い花を持っていた。
「なんの花だい?」
「ジャスミンよ。いい匂い」
リッキーはジャスミンの花を男のところへ持っていった。
男は、きれいに澄んだ目と白い歯で微笑んで、ジャスミンの花をリッキーの長くて黒い髪に飾った。
俺は、ああ、なんにも問題がなけりゃ、この二人はお似合いだな、とひとりごちた。
なにも問題がなけりゃ、か。
俺は男の左手の袖をめくった。
そこには「しるし」があった。
「リッキー、いいかよく聞け。この男はキャラバンに入れられない」
「どうして?!」
俺はナイフで男の首をかき切ろうとした。しかし、万力のような力で跳ね返された。
「兄さん!」
「リッキー!来るな」
ジジージジー。
機械音がして、男のひとみが照準を捉えた。一瞬あと、リッキーが倒れていた。
俺は岩かげの反対側に逃げ込んだ。
ジュッ!
焼け付くような熱が岩越しに伝わってきた。
あいつは、あの男は星間戦争の時代に開発された人造人間だ。
下手をすると俺と妹を殺したあとでキャラバンに追いついて全滅させるかもしれない。だが、幸い男が気づいたときはキャラバンは先に行ってしまっていて、ここには俺達だけだったから、キャラバンは助かるかもしれない。
静かだった。
岩の熱も冷えて、俺はしびれを切らすと、リッキーの倒れている方へ走った。
リッキーの亡骸を埋め尽くすようにジャスミンの花が添えられていた。
俺は泣きながらリッキーの名を何度も呼んだ。
バシュウ!
レーザーが俺の腹部を貫通した。俺はその場に崩折れた。
隠れていた男はゆっくり近づいてきて、手に持ったジャスミンの花を俺の手にも握らせた。
ポツ、ポツ、ポツ……。
雨が降り出した。決して泣くことのない男の頬に涙のように雨が流れた。
神様!キャラバンのみんなが無事でありますように!
俺は薄れゆく意識の中で願った。