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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カンガルーポー : 驚き 』
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『 僕と神樹の世界での憩い 』

 風の精霊にうながされ、次の場所へと移動することになった。

アルトやエリオさん達は、まだ食べ足りなさそうだったけど、

魔法で創られた幻を食べているようなものだから、

どれだけ食べても、満たされることはないと思う……。


「すごくお腹が空いてきたっしょ」と呟いたエリオさんに、

酒肴の人達が頷いているのを見て、風の精霊がドン引きしていた……。


「今世のミッシェルの周りは、変な人間ばかりかなって」


風の精霊の言葉に、デスを頭にのせて笑っているミッシェルも、

十分変な人間の仲間に入るのではないだろうかと思ったが、

口に出すことはせず、自分の胸の中にしまっておくことにした。


そして、風の精霊に連れられてたどり着いた場所は、

古代神樹の根元だった。


「おー! 知らない動物がいっぱいいる!」


「可愛い!」


子供達が、柔らかな草が生えた大樹の根元でくつろいでいる、

様々な動物達をみて目をキラキラと輝かせた。


「触っても怒らないかな?」


ミッシェルの触っても怒らないかなという台詞に、

風の精霊が一度俯いて小さく笑った。


「触っても怒らないから、一緒に遊んでくるといいかなって」


風の精霊のこの言葉に、子供達が興味をひかれた動物達へと、

一斉に駆け出していった。


アルト達が走っていくのを見て、

カルロさんがカルロさんの妹であるミーフェさんの手を引き駆けていく。


「兄さん!」


カルロさんが、ミーフェさんの手を突然つかんで走り出したことで、

ミーフェさんが文句をいっているが、

その顔に笑みを浮かべていることからさほど怒ってはいないのだろう。


二人の後をセルユさんやダウロさんが呆れたように笑いながら、

追いかけるように走っていく。


酒肴の女性達も、カルロさんの行動に苦笑していたがそういう彼女達も、

結構な速度で歩いていき触れあってみたい動物の傍へと向かっていた。


動物の傍へとたどり着いたカルロさんが、

さっそく羽の生えた猫のような生き物を抱きしめながら

「逃げねぇ! 幸せだ!」と歓喜の声を上げ、ものすごくはしゃいでいる……。


その様子をバルタスさんとテレーザさんが、

目を細めて嬉しそうに眺めたあと、風の精霊に二人同時にお礼を告げたのだった。


「……これだけ喜んでもらえると嬉しいかなって……」


バルタスさん達のお礼の言葉にそう答えてから、

風の精霊がこの場所の説明をしてくれた。


「ここにいる動物達は、絶滅した種がほとんどかな」


そう告げた風の精霊は、悲し気にその瞳を揺らした。


「一部、まだ生存が確認されている種もいるけど、

 そういった動物達は、人間に危害を加えない種を選んでいるかな」


ここでの体験から、大人しい生き物だと錯覚して近づき、

襲われる可能性を排除したのだろう。


「少し長めに時間をとるから、楽しんで来るといいかなって!」


風の精霊はそれだけ告げると空気にとけるようにして消え、

巨大な亀の甲羅の上に乗っている女の子達のそばへと移動し、

亀の甲羅の上に生えている桃色の実を指さしていた。

食べることができるのだと、教えているようだ。


風の精霊が移動したことで、各々が珍しい動物のそばへと移動を始める。

ミッシェルの家族は、ミッシェルの元へといくようだ。


ジゲルさんがロイールの兄であるロガンさんと共に、

アルト達の所へいこうと誘ってくれる。

僕がジゲルさん達と一緒にアルト達がいる方へと歩き出そうとしたときに、

僕達の後ろから「何処からわいてきたんだ!」とヤトさんの驚く声が聞こえた。


振り返るとヤトさんが、数十匹のテレッテと呼ばれる動物に囲まれ飛びつかれていた。

テレッテは、地球のチンチラというネズミ系の動物にそっくりな生き物だけど、

似ているだけで生態はまったく別のものだ。

テレッテはまだ生存が確認されていて、時々目撃されているらしい。

そんなテレッテにヤトさんがじゃれつかれている。


「どうして、お前達はいつも私に飛びついてくるんだ……」


ヤトさんがそんなことをいいながら、

テレッテを引きはがし優しく地面に戻しているが……、

戻したそばからテレッテは、ヤトさんに飛びつきよじ登ろうとしていた。


楽しそうにぷーぷー鳴きながらじゃれつくテレッテ達に根負けしたのか、

ヤトさんが古代神樹のそばまで移動し、溜息をつきながら地面に腰を下ろした。

するとテレッテ達は飛びつくのをやめ、ヤトさんの膝の上にのったり、

寄り添うようにピトリとくっつき大人しくなった。


ヤトさんの先ほどの台詞からも、

彼はテレッテの扱いに慣れているようだった。

ヤトさんがどこか寂し気にテレッテを撫でながら、

「テレッテが満足するまでここにいます」と彼を心配して、

一緒に移動していたリオウさん達にそう告げた。


すると、リオウさんとエリアスさんそしてマリアさんも、

柔らかい草の上に腰を下ろし、機嫌よく鳴いているテレッテを抱き上げ、

自分の膝の上にのせて可愛がり始めている。

彼女達が腰を下ろしたの見て、

苦笑しながらオウカさんとオウルさんも腰を下ろし、

ヤトさんにテレッテのことを聞いていた。


リオウさんの楽しそうに笑う声が耳に届く。

ヤトさんもそんなリオウさんを見て穏やかに笑い、

そんな二人をオウカさん達や剣と盾の人達が、

優しく見守っているようだった。


僕はそんなほほえましい光景を見届けあとに、

ジゲルさんとロガンさんと話しながら歩きだす。

アルト達の楽しそうな声が風に乗って運ばれてきた。


「賑やかでやんすね」


ジゲルさんの言葉に頷きながら、アルト達がいる方へと視線を向けた。

そこでは、アルト達がアヒルのような生き物の横に立っていた。

アヒルと違って、子供なら軽くその背にのせれそうな大きさだが、

さほど座高は高くない。

その生き物は一羽一羽、羽毛の色が違っていて、とても色彩豊かな鳥だった……。

ちょっと目が痛い。見た感じ羽毛は柔らかそうで、触り心地はよさそうだ。

確か名前はリグシグだったかな。後で探して触ってみようと思う。


結構近くまで歩いていくと、アルトが気付いて手を振ってくれた。

軽く振り返すと、満足したのか僕から視線を外してまた鳥と戯れ始めた。

アルト達が何をしているのかと見ていると、

風の精霊がアルト達に遊び方を教えているようだ。


どこかそわそわしながら、子供達が風の精霊の説明を聞いてる。


「歩かせたいときは、頭の真ん中を撫でるといいかな。

 頭の左側を撫でると左に、右側を撫でると右に、

 首のあたりを撫でると止まるかなって。

 速度を上げたいときは、ヤーと声をかけるといいかな」


「はい」


「じゃぁ、リグシグの上に乗って、ヤーグといってみて欲しいかなって」


花井さんの記憶からたどった鳥の名前は、正しかったようだ。

風の精霊の指示に、それぞれがお気に入りのリグシグの上に乗り、

「ヤーグ」と声を出すと、リグシグに鞍が置かれる。


「すげー!」


「おぉー」


「座りやすくなった!」


子供達が口々に喜びの声をあげていたのだが、

風の精霊が口を開くと、会話をやめ真剣に耳を傾ける。


「その鞍は魔法の鞍だから、リグシグにつかまらなくても落ちることはないかな」


風の精霊の説明に子供達は真剣に頷きながらも、

初めての経験に、頬を上気させてワクワクとした表情を見せていた。


「しばらく、歩く練習をするといいかなって」


「はい! ありがとうございました」


風の精霊の説明が終わると、全員が声を揃えて風の精霊にお礼をいってから、

恐々とリグシグの頭の真ん中を撫でていた。


ゆっくりとリグシグが歩き出すと、歓声が上がる。

アルト達は、最初は恐る恐る歩かせていたが、

少しすると慣れてきたのか、自分の相棒に選んだリグシグに話しかけながら、

軽く走らせるまでになっていた。

子供達の適応力に、ジゲルさんとロガンさんが感心している。


アルト達の楽しそうに騒いでいる声が届いたのか、

巨大な亀の甲羅に乗って、散歩をしていたはずのミッシェルが、

すごい速度でかけてきて、風の精霊の前で止まり手を上げ、

そして元気な声を響かせた。


「私も乗りたいです!」


ミッシェルの期待に満ちた目を見て、

風の精霊は軽く肩を震わせて笑いながら、

リグシグを探してくるように伝えた。


ミッシェルは嬉しそうに頷くと、

真剣な目でリグシグを探し始める。

そこへミッシェルの兄であるナキルさんが早足でミッシェルに近づき、

彼女の頭に拳骨を落としていた。

涙目になっているミッシェルの頭をデスが撫でている……。


どうやら、家族に何も告げずに走り出し、

エミリアとジャネットを置き去りにしたらしい。


ナキルさんに追いついたジャネット達にミッシェルが謝り、

ジャネット達がミッシェルは動物が大好きだから、

仕方ないよねと笑って許していた。

そのうえでミッシェルは、身振り手振りを駆使してリグシグに乗りたいのだと、

必死になってナキルさんに伝えていた……。

ナキルさんが「スカートで乗るつもりか?」と告げると、

ミッシェルが一度目を見張ってから、しょんぼりとうなだれる……。


その落ち込みようがあまりにも気の毒で……。

風の精霊に魔法を使ってもいいかと聞くと、少しなら大丈夫という返事をもらった。

なので魔法を使い、子供たち全員の服装を乗馬服っぽいものへと変えた。

これで思いっきり遊べるだろう。


服装がいきなり変化したことで、ミッシェル達が驚きの表情を浮かべていたが、

風の精霊が僕の魔法だということを教えると、

ミッシェルがやはり元気よくこちらへと走って来る。

少し遅れて、エミリアとジャネットも僕の傍へと来て、

三人そろってお礼をいってくれた。


どうやら、エミリア達もリグシグを可愛いと思っているようだ。

勇気を出して乗ってみるらしい。


彼女達は女の子らしい色のリグシグを選び、

アルト達と同じように、リグシグに鞍を置いた。

そしてゆっくりと歩かせ、右の頭を撫でて右に曲がり、

左の頭を撫でて左に曲がりと、楽しそうに乗っている。


全員がそれなりに乗れるようになった頃に、

風の精霊がパチンと手を叩くと、

大体……500メルぐらいの所に旗がたった。


「皆で競争してみるといいかなって」


彼女のこの言葉で、子供達の目に闘志が宿った。


あちらこちらに散らばっていた人達が集まり、

酒肴の人達が誰が勝つかで賭けようとしたところで、

ニールさんに殴られ止められていた……。


「ここから開始して、あの旗を回ってここまで帰ってくる。

 一番になったら、私から景品をあげるかな」


風の精霊の景品という言葉に、子供達が更にやる気になっていた。


「上にある球体が割れたら開始の合図かなって」


精霊の言葉に、全員が真剣に頷き少しの緊張を纏いながら、

今か今かと少し先にある球体を見ている。


風の精霊が用意した球体が音を立てて割れた瞬間、

子供達はリグシグの頭を撫でると同時に「ヤー」と声を上げた。


アルトを筆頭に、クロージャ達が真剣な表情でリグシグの速度を上げていく。

エミリアとジャネットは、途中で速度を上げるのをやめ二人並んで、

リグシグを走らせていた。

ミッシェルはアルト達に負けることなく喰らい付いている。

彼女の頭の上のデスも……必死になってミッシェルの頭にしがみ付いていた。


エミリアとジャネット以外の子供達は結構な速度が出ていると思う。

風の精霊に落ちることはないといわれていても、

度胸がなければ、あそこまでの速度は出せないのではないだろうか。


「アルトもアルトの友人達も、度胸に関しては問題なさそうだ」


「……恐怖を覚えながらも、落ちないという言葉を信じ、

 あの速度で走ることができるのは、たいしたものだ」


「アルト達に交じって、走れるミッシェルもすごいじゃろ。

 エミリアとジャネットも、自分達の限界を知り、

 速度を落としたのはいい判断じゃな」


「しっかり鍛えたら、いい冒険者になりそうなわけ」


黒達が子供達の走りを見て、感心しながらも、

冒険者の視点から離れないのが面白いと思った。


ミッシェルの両親であるトッシュさんとシャンテルさんは、

心配そうにミッシェルを見守り、

ナキルさんとケニスさんは、声を張ってミッシェルを応援していた。


ロガンさんはロイールを応援し、ジゲルさんは一人一人の名を呼んで、

「頑張るでやんすよ!」と声を出している。


ビートやエリオさん、酒肴の人達も楽しそうに色々と叫んでいる。

風の精霊はもちろん、ミッシェルを応援していたがその声は、

きっと僕にしか届いていない……。


『ミッシェル頑張れって思うかな!』


ミッシェルへの応援を心話で僕に届けるのはやめて欲しい。


風の精霊が立てた旗で折り返し、そろそろこちらへと戻ってきそうだ。

先頭を走っているのはロイールで、その後をワイアットとアルトで争っている。

先頭を走るロイールの体幹が、他の子供達よりも安定しているように思えた。


「ロイールさんは馬に乗れるでやんすか?」


「そういえば、よく馬に乗っていましたね」


ジゲルさんとロガンさんの会話に、なるほどと思う。

馬に乗った経験があるから、コツをつかむのが他の子供達よりも、

早かったのだろう。


ロイールもアルト達もその表情は、遊びだとは思えないほど真剣だった。

負けたくないという意思がヒシヒシと伝わってくるようだ。


声を張り上げ、リグシグを鼓舞する声が僕達の耳に届き始め、

最後の最後まで諦めることなく、速度を落とすことなく、

歓声に湧く僕達の前を子供達が走り抜けていった。


一着は最後まで逃げ切ったロイール。

二着はアルト。僅差の三着でワイアットが続く。

風の精霊が期待するミッシェルは、5位だった。


ロイールがゴールした瞬間、アルトが一瞬顔を伏せ歯を食いしばったのを見た。

ああ、そうか。アルトは同年代の友人に負けるのはこれが初めてだったんだ。

アルトの体全体から、悔しいという想いがにじみ出ているような気がした。


最後に、ゆっくりとエミリアとジャネットが完走し、

皆から「よく頑張った」と声をかけられ、二人は嬉しそうに笑っていた。


ゴールを駆け抜けていった子供達が、リグシグを労いながら、

僕達がいる場所まで戻ってくる。


リグシグが完全に止まってから降りて、

皆がロイールを称えるために集まり、おめでとうと声をかけている。

アルトもロイールのそばへといき、おめでとうと告げたあと……。

「負けて悔しいと思った」と真っ直ぐにロイールを見て、

自分の感情を素直に伝えた。


あまりにも真剣なアルトの声音に、一瞬子供達が口を閉ざしたが、

クロージャが軽くため息をつき、アルトの背中を軽く叩くと、

苦笑しながら口を開いた。


「俺達の気持ちが分かってよかったな」


クロージャのこの言葉に、アルトは目を見張り、

セイル達がクロージャを肯定するように頷いた。


「俺達は友達で仲間で、将来はチームという家族になる予定だ」


「うん」


「だけど……。それ以上に、俺達は同じ頂を目指す好敵手になるだろう?」


クロージャの静かな決意とも思われる言葉に、

アルト達が息をのみ、そして各々が確固とした意志をその目に宿す。


「今はまだ、アルトにはかなわないことが多いけど、将来は分からない」


「俺も俺も! アルトに勝てるものを俺も見つけるからな!」


クロージャとセイルの言葉に、ワイアットが笑いながら自分の想いを告げた。


「俺も得意な分野を伸ばして、

 苦手な分野を克服するように努力する」


「そうだな。俺は次もアルトに勝てるように努力するぞ」


そして最後にロイールが締めくくる。

友人達の決意に満ちた言葉に、アルトは一度目を閉じてから、

アルトにしては珍しく静かな声を響かせた。


「俺はこんな気持ちは二度と持ちたくない。

 それが……友達だったとしても、負けたくはない」


多分……アルトはロイールに負け、クロージャにいわれて、

今、初めて、彼らを好敵手として認識したのだろう。


「ロイールも、クロージャも、セイルも、ワイアットも……。

 今日から俺の好敵手だ。俺は負けない」


アルトが目を細めて、

どこか悔しそうなそれでいて嬉しそうな笑みを見せた。


アルトのその表情は大人びていて……。

こうやって、子供達は瞬く間に羽化して飛び立っていくのかもしれないと感じた。


「やっぱり私達には眩しいわ……」


少し離れたところから、酒肴の女性達の声が耳に届き、

確かに、純粋な想いからくる子供達の言動は、

眩しいかもしれないと……僕もそう思った。


ミッシェルも負けず嫌いのようだから、そのうち参戦しそうではあるけど、

今は、ミッシェルにとってライバル宣言よりも、

リグシグと過ごす時間のほうが、大切なのだろう。

アルト達がロイール達と盛り上がっているあいだ、

ミッシェルは自分が乗っていたリグシグの首に抱き付いて、

ものすごく頑張ってくれてありがとうとじゃれついていた。

しかし、リグシグは彼女の頭の上に鎮座するデスに恐れをなして、

ピエー、ピエーと鳴いていた。


その傍で自分達のリグシグを撫でているエミリアとジャネットは、

「分かる、分かる。走っているときも、怖かったよね」と苦笑を浮かべていた。



子供達が落ち着いたところで、風の精霊がロイールに何か願いはないかと聞いた。

風の精霊のその言葉にロイールは、

少し考えてから、ここでの滞在時間を伸ばして欲しいと願った。


ロイールの願いに、風の精霊が驚いたように瞬き、そして優しく笑う。

ロイールのこの願いが、女の子達のためだと風の精霊は気が付いているのだろう。


エミリア達が、ミッシェルの色時計を一緒にのぞきこみ、

三人が悲しそうにリグシグを撫でているのを、彼はじっと見つめていたから。


「優しい願いかなって。

 ん……。この動物の広場だけいつでも好きな時に出入りできるように

 してあげるかな。入口は……」


風の精霊は少し考えて、酒肴の店の中庭に転移魔法陣を刻んでおくと告げた。

それなら、最初から転移魔法でここに来れたのでは? という僕の疑問に、

風の精霊が心話で『光の精霊が許可しなかったかな』といった。

沢山の人の前で加護の宣言をしたかったらしい。


「あとは……動物達がいる空間の一部を、

 ここにいる人間だけが入ることができる領域にしてあげるかなって。

 そうしないと、妬まれるかもしれないかな」


自由に出入りでき、何時間でも滞在できると知られれば、

よからぬ輩が寄ってくるかもしれないとの配慮なのだろう。

大盤振る舞いな風の精霊からの贈りものにロイールが、

深く頭を下げてから「ありがとうございます」と告げた。

ロイールの礼に風の精霊が嬉しそうに笑って頷いていた。


「そうそう。屋台で食べ物を購入して、

 ここで食べてもいいかなって。

 多分……ここにいる精霊達も食べに来るかもしれないけど、

 その辺りは許して欲しいかな」


風の精霊のこの言葉に、子供達が歓声を上げて喜んだ。

屋台の料理をここで食べることができれば、

それだけ動物達と遊べる時間が増える。


昨日楽しそうに考えていたお祭りを効率よく回る計画は、

どうやら白紙に戻りそうだ。


精霊達がつくり上げたこの場所はアルト達にとって、

歌姫や吟遊詩人による催しよりも魅力的だったのだろう。

ジャネット達は、屋台を回った後はずっとここにいると宣言していた……。

歌姫や吟遊詩人の催しは、また見る機会があるかもしれないけど、

この場所は今日と明日しかないからと力説している。

それを聞いてクロージャ達も同意を示すように頷いた。

アルトが「露店を回らなくてもいいの?」と尋ねると、

露店を回ってもどうせ買えないから、それなら動物と遊んでいるほうが楽しいと、

ワイアット達が笑いながらアルトに告げた。


アルトは露店も楽しみにしていたようで、少し悩んでいたけれど、

友人と過ごす時間を選んだようだった。


そして僕達の背後では……。

酒肴の人達がここに料理と酒を運ぶ算段をしており、

必要な物を話し合っていた。後ほど僕も、お酒を提供しようと思う。


ジゲルさんとミッシェルやロイールの家族も、

子供達と一緒にここで過ごすことに決めたようだ。

この場所はこの世界の住人にとって安らげる場所となっているらしいから、

離れがたいのかもしれない……。


そんなことを考えていると、カルロさんの声が僕の耳に届いた。


「俺は、毛布を持ってきて動物達とここで寝る!」


カルロさんのいきなりの宣言に、

周りの人達がベッドで寝ろと説得しているのが聞こえるが、

カルロさんはいまだに羽の生えた猫を抱えて離していないので、

たぶん説得は無理だろう……。

風の精霊はもう……酒肴の方を見ようともしていない。


そんな緩やかな空気の中、のんびりとした時間が流れるこの空間で、

楽しそうに語る人達の声に導かれ、

僕もどのように過ごすかを考えることにしたのだった。




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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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