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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カンガルーポー : 驚き 』
7/43

『 僕と神樹の実 』

【 セツナ 】


 古代神樹に貰った花の蜜は、すべて回り終えてから食べようということになった。

理由は、本物を口にすると魔法で創られたものの味の印象が薄くなると、

風の精霊が教えてくれたからだ。


子供達も酒肴の人達も、ずっと古代神樹の花に視線が釘付けだったわけだけど、

どうせならば、全部堪能してから最後に本物を食べようと提案すると、

後ろ髪を引かれながらも納得してくれた。

アルトは好きなものは最後に食べる性格なので、

楽しそうに尻尾を揺らしながら頷いていた。


風の精霊がお勧めしてくれる順番で、古代神樹の周りを巡っていく。

所々に巨大な転移魔法陣が刻まれていて、その上に乗ると目的地までいけるようだ。

風の精霊に案内されて、全員が魔法陣の上に乗った瞬間に景色が変わった。

全員が古代神樹の枝の上に立っていた。枝の上といっても広さは十分にあり、

落ちる心配はないようだ。一応、枝の端までいって足を踏み出そうとしたが、

踏み出せないようになっていた。


相当高い位置にいるのか、ハルの町全体が眼前に広がる。

ここまで高い場所から、眼下を一望することなどめったにないため、

高所が平気な人達はその眺めに目を奪われ感嘆の声を上げていた。


「そろそろ振り返って欲しいかなって」


風の精霊の声が、皆の耳に届きその言葉に従うように振り向くと。

そこには……。


朝露の雫が巨大な葉の上で丸い形を作り、

光を浴びたその雫がきらきらと輝いて、とても美しい光景をつくりだしていた。

僕も含めて全員がその美しい光景に息をのんだ……。


「陽の光を浴びて、朝露の雫で煌めく古代神樹の葉は、

 私が好きなものの一つかなって」


デスを頭にのせながら、その美しく輝く古代神樹の葉に見惚れている、

ミッシェルを優しく眺めながら、風の精霊が呟く様な声を口にしていた。


もしかすると、風の精霊の遠い遠い記憶の中で、

ミッシェルの前世であった人に、

この光景の美しさを語ったことがあるのかもしれない。

二度と見ることが叶わないと思われていた……この光景を……。


昔のことを想い辛くなるのではないだろうかと見つめていたが、

風の精霊が僕の視線に気が付き淡く笑い、

僕にだけ聞こえるように『大丈夫かなって』と口にした。


風の精霊がここに自生している筒状の花を摘んで僕へと差し出したので、

僕は素直にそれを受け取った。


「朝露の雫がある葉の下に立つと葉が雫を落としてくれるから、

 その花で受けて飲むといいかなって」


どうやらこの花がここに自生している理由は、

朝露を飲むための器のかわりとなるためのようだ。

持った感触は柔らかいのに、花とは思えないほどしっかりとしていた。


この花には少し気の毒なような気がするが、

花を摘んでも枯れ落ちるわけではなく、

風の精霊が花を摘むと新しい花がすぐに咲いた。


それが精霊達の魔法で創られたものだからなのか、

それとも、花を摘んでもすぐに復活する植物なのかは分からない。

風の精霊に尋ねてみようと思ったが、彼女はミッシェル達に、

花の摘み方を嬉しそうに教えていたので、邪魔をするのは止めておいた。


各々が花の器を持ち朝露の雫の下にいくと、

古代神樹の葉が優しく、花の器の中に朝露の雫を落としてくれる……。

そんな未知の体験に、皆が皆喜びを感じているようだった。


僕も皆と同じように、朝露の雫がある葉の下に立ち、

花の器を差し出すと古代神樹の葉が微かに揺れて、

僕が持つ花の器に朝露の雫を落としてくれた。


花の器が透明な雫で満たされる。

心の中で「いただきます」と告げたあと、花の器に口を付けた。

口に含んだ瞬間、爽やかな香りとほのかな甘みが口の中に広がる。

柑橘類系の果物の皮をむいた時のような鮮烈な香りにも似ているけど、

それよりも透明度の高い香りで、

和菓子の繊細な甘さよりもさらに細い甘さなのだけど……、

美味しいとは思うが……何だろう? 

この味に対して、的確な表現が見つからない……。


「美味しくなかったの?」


一口飲んで動きを止めた僕を心配したのか、

アルトが僕のそばにきて僕が持っている花の器を見ている。


「美味しかったよ」


確かに美味しいと思ったから、美味しいと告げたのに……。

アルトはなぜか胡散臭そうな目を僕に向けている……。

僕はそんなに微妙な表情を作っていたのだろうか?


「どんな味?」


どんな味……? うーん。どんな味なのだろうか?

アルトの質問に、今まで食べたものや飲んだものに当てはめてみるが、

思い当たるものがない。思い当たるものがないということは……。


「未知の味?」


「未知の味ってどんな味?」


「飲んでみる?」


僕の言葉にアルトが尻尾を揺らしながら、元気よく頷いたので、

花の器をアルトへと渡した。

僕が未知の味だと話したことでアルトだけではなく、

クロージャ達も興味を持ったようだった。


アルトが恐る恐る花の器に口をつけ一口飲んで首を傾げた。


「美味しくなかった?」


「美味しいと思うけど、不思議な味?」


「あぁ、そうだね。その表現がぴったりかも知れない」


アルトが持っていた花の器を僕に差し出して、

返そうとしてくれたが、クロージャ達の目が好奇心で輝いているのを見て、

「飲んでみる?」と声をかけると、子供たち全員が嬉しそうに頷いて、

一口飲んでは隣へと花の器を渡して感想をいいあっている。


そして未知の味、不思議な味だと騒げば……。

酒肴の人達が興味を持たないわけが無く、

羨ましそうな視線を無視することができなかった僕は、

無理かもしれないと思いながらも、風の精霊にお願いしてみた。


風の精霊は小さく笑いながら、子供達から花の器を受け取り、

一口飲んでからまた小さく笑った。


「光の精霊の好物かなって」


帰るといっていたのに、まだここにいたのか……。


「多分、自分の好きなものをセツナに知って欲しかったのかなって」


風の精霊の言葉に、僕も軽く笑い。

味の感想を声に出して告げた。


「とても不思議な気持ちになる味でした」


僕の感想に、僕を取り巻く空気が微かに揺れた。

もしかしたら、光の精霊が笑っているのかもしれない。


そして、光の精霊が皆の希望を聞き届けてくれたのだろう。

朝露の雫が古代神樹の葉を伝い、

各々が持っている花の器の中に次々と落ち、

器の中を満たしてくれていた。


次々に落ちる雫を見て、器の中に飲みかけの朝露が残っていたのか、

慌てながらも捨てることなくすべて飲み干してから、

嬉しそうに朝露の雫を受け取っている人達が数人いた。

そんな彼らの姿を風の精霊が柔らかな表情で見ていたが、

彼女は僕の視線に気が付くと「やっと帰ったかなって」と、

光の精霊がこの場から消えたことを教えてくれたのだった……。


光の精霊によって満たされた花の器を空にしたあとは、

酒肴の人達が競うように朝露の雫を器に満たし、飲み干していく。

いくら飲んでもお腹が一杯になることはないため、

風の精霊が唖然とするほど飲んでいた……。


ヤトさんが、酒肴の若い人達の姿を見て、

「時間制限を設けるべきかもしれない」と呟き、

その呟きを風の精霊が耳にしたことによって、

一人30分という制限時間がつけられた……。


30分を過ぎると強制的に、まだ訪れていない場所へ転移されるようだ。

そしてそこでも30分という時間を設け、すべての場所を回り終えると、

古代神樹の外へと強制的に退出させられることとなった。

連続しての入場はできないとし、再入場は5時間後と決めたようだ。


この決定に酒肴の人達だけではなく、

ミッシェルも悲しそうな表情を浮かべていたが、

風の精霊は呻きながらも設定を変えることはしなかった。


この場所での飲食は、幻を食べているのと同じだから。

どれだけ食べても、栄養になることはない。

ここに入り浸ってしまうと最悪、脱水や空腹で倒れてしまうかもしれない。

だから、風の精霊は心を鬼にして制限時間を設けたのだと思う。


内心で落ち込んでいる風の精霊に、光の精霊の好物は何だったのかと話をふった。

風の精霊は軽くため息を落としたあと、気持ちを切り替えたのか、

僕の質問に快く答えてくれた。


「これはムルリラという木に咲く花の香りと味かなって」


「ムルリラ?」


初めて聞く植物の名前だ。


「神々の時代に自生していた植物かな」


神々の時代ということは、今はもう失われているのだろう。


「ムルリラの花は、何かに例えるとすると……。

 砂糖菓子みたいな花かなって」


「砂糖菓子?」


「そうそう……。

 これ、これがムルリラの木と花かなって」


風の精霊がそう告げると同時に、

僕達の目の前に僕の身長ぐらいの木が現れた。


どうやら、精霊達がこの空間に生えているのを見つけて、

運んできてくれたようだ……。

わざわざ探して運んできてくれたことにお礼をいってから、

ムルリラの木を観察するように眺めた。


「この花を食べてみるといいかな」


風の精霊の言葉に一度頷き、ムルリラの木から花を摘まみ取り、

花の感触を確かめるように力を入れてみる。

摘まみ取った時にも感じたが、その花は思った以上に硬かった。

多少力を入れても潰れそうにない……。


指でつまんだ花を、口元へと運びそのまま口に入れる。

すると先ほど飲んだ朝露の雫と同じ爽やかな香りが口に広がった。

その香りはとても際立っているのに、香りに嫌味を感じない。

そして、ゆっくりと花を噛むと……。

砂糖菓子のように、口の中でほろほろと解けていった……。

風の精霊が、砂糖菓子と表現した理由が理解できる。


咀嚼していくにしたがって、口内に甘味が広がっていくが、

砂糖菓子のように甘すぎず、柔らかな余韻を残す程度の甘さだった。


「不思議な味と食感でした」


不思議な味というより香りかも知れないが……。

僕の感想に、風の精霊が懐かしむような声音で、

光の精霊のことを語った。


「光の精霊はこれが好きで、どこかに消えたと思ったら、

 だいたい、この木の傍にいて嬉しそうに食べていたかなって」


蒼露様の隣で、嬉しそうにお酒を飲んでいた光の精霊の姿が脳裏によぎった。


「時の流れの中で、消えていくモノは多々あるけれど、

 ムルリラの木が消えてしまった時は、落ち込んでいたかな」


それほど好きなものが消えたのなら、落ち込みもするだろう。


「最近は、セツナの飴が一番のお気に入りみたいだから、

 贈ってあげると喜ぶかな。多分、機嫌も治してくれると思うかなって!」


光の精霊の機嫌を取るために、僕に飴を送れといっているんですね?


「そうですね。近いうちに、贈ろうと思います」


「その時は、私の分もお願いしたいかなって!」


「承知しました」


近いうちに、フェルドワイスの蜂蜜を取りに行く予定でいる。

その蜂蜜で飴を作って贈るのもいいかもしれないと考えたのだった。


その後は、いつもの通り好奇心旺盛な人達が、

ムルリラの花を食べながら朝露の雫を飲み盛り上がっている。


僕もジゲルさんや黒達と会話を楽しみながら、朝露の味を楽しんでいた。

そんな僕達の耳に、アルト達の会話が届いた。


「俺、唐揚げ味も飲みたかったな」


「え? 唐揚げ?」


アルトのこの願望に、セイル達が口をそろえて「ない」と告げている。

正直僕も……ないと思う。


アルトが唐揚げの素晴らしさを力説しているが、

セイル達の賛同は得られず、少し機嫌を損ねたアルトが、

セイル達にどんな味を望むのかと問うと……。

結局彼等は、アルトと似たり寄ったりの返答をしていた。

自分の好きな食べ物になるところが、子供らしい。


アルト達の楽しそうな会話を聞きながら笑っていると、

ジゲルさんが「セツナさんはどんな味を望むでやんすか?」と口にする。


彼の問いかけに浮かんだ答えを口にしようとして、思いとどまった。

答えかけて口を閉ざした僕に、ジゲルさんが首を傾げながら僕を見る。


「セツナさん?」


「いえ……甲乙つけがたくて……」


とっさに悩んでいるのだと答えた僕に、

ジゲルさんや周りにいる人達が笑みを浮かべている。


何と何で悩んでいるのかと聞かれたので、

蒼の煌きと蒼の輝きで悩んでいるのだと答えると、

アギトさんが不思議そうにこちらを見ていたが、

クリスさんにあの時のお酒ですよと説明を受けて、

なるほどといって笑っていた。


お酒の話が出たことで、酒肴の人達が会話に参加し始め、

アルト達に負けないぐらいの口論に発展していく。


風の精霊は、その様を呆れながらも楽しそうに眺めていたが、

ミッシェル達が飲むのをやめ「次は何かな」と話し出したことで、

風の精霊が強制的に転移魔法を発動させたのだった。

まだ、飲んでいたいと叫んでいる酒肴の人達の意見は綺麗に無視されていた……。



風の精霊に強制的に転移させられた場所で、

古代神樹の花を眺めながら実をもいで食べる。


古代神樹の花の蜜もここで口にする予定だったが、

本物があるので、ここでは食べずに実だけを食べることになった。


アルトはクロージャ達と一緒に大きな実を探してもぎ取り、

そのままかぶりついて食べている。

ミッシェル達は、風の精霊が古代神樹の小さめの葉を器にして、

等分に切り分け盛り付けられたものを、嬉しそうに食べていた。

風の精霊のぶれない甲斐甲斐しさがすごいと思う……。


そして僕は、所々に置かれている巨大な葉の椅子に座り、

なぜか自分で採る前に落ちてきた実を眺めている。

多分、見えないけれど精霊の誰かが落としてくれたのだろう。


古代神樹の実は梨によく似た形と大きさで、

ずっしりと重みがあった。


ナイフを取り出し食べやすい大きさにカットしてから、

ナイフをフォークのかわりにして口に入れる。

種がなく皮も食べることができるので、とても食べやすい。

実の色は白いのに、食感や味はビワの実に似ている気がした。


ふと、「種がない大きいビワができるといいのにね」と、

ビワが好きだった母の声が脳裏に響いた気がした。

手に持っている古代神樹の実を見てビワではないけれど……。

よく似た食感と味がする、古代神樹の実を母に食べさせてあげたいと思った。

母だけではなく、父や鏡花にも……。


鏡花が「梨っぽいのにビワ!」と母と一緒にはしゃぎ、

父と僕がそんな二人を笑いながら見ている……。

そんな普通の光景が浮かんでそして……消えた。


「……」


今日はやけに家族のことを思い出す……。

魔法で記憶を刻み込みながら、忘れたほうが楽になれるかもしれないと考えた。

だけど、そう考えながらも……。

僕は、これからも忘れないように魔法を使っていくのだと思う。


思い出そうとして思い出せなかった……焦燥を、眠れぬ夜を……。

僕はきっと忘れることができないだろうから。


「……セツナ」


「はい」


エレノアさんが僕を呼んだことで意識を切り替えた。


「……貴殿の口に合わなかったのか?」


一口食べて、ぼんやりとしていた僕を気にかけてくれたようだ。

エレノアさんの問いに首を横に振り、そうではないと告げる。


「いえ、僕の好みの味ですが……」


「……が?」


「エリオさん達を見ていると、

 こう、もう食べなくてもいいかなと思えるんですよね」


僕の視線の先を見て、エレノアさんが苦笑した。

僕の視線の先にはちょうど、エリオさん達が集まっている。

30分という時間制限の中で、エリオさんやカルロさんは、

一つでも多く食べようと古代神樹の実を必死に頬張っている最中だ。


早食いのようになっているが、綺麗にそして丁寧に食べているので、

バルタスさんやニールさんは眉間に皺を寄せてはいても、

何もいうつもりはないようだ。


「見ているだけでお腹がいっぱいになりました」


実際には、古代神樹の実も幻なのでお腹が膨れるわけではないけれど、

彼らの食欲に、はっきりいって……引いてしまったのだ。


「……確かにな。では、私が半分受け持ってやろう」


僕の手の中にある古代神樹の実を見て、エレノアさんがそういってくれた。


「ありがとうございます」


ナイフで半分に切り片方をエレノアさんに渡すと、

僕の横に来て座り、エリオさん達が居ない方向を見て食べ始めた。


そういえば……。本調子ではないエレノアさんを気遣って、

先ほどまでアラディスさんが、エレノアさんの側に張り付いていたはずなのに、

その姿が見えない。


半分になった古代神樹の実を食べながら、アラディスさんの姿を探すと、

アラディスさんは真剣な表情で、古代神樹の実を吟味しているようだった。

もしかして……エレノアさんに食べさせるために選んでいるのではと、考えると同時に、

アラディスさんが振り返り僕と視線があった。


そして……僕の隣に座り、古代神樹の実を食べているエレノアさんを見て、

アラディスさんが驚愕の表情を浮かべたあと、

がっくりと肩を落とすのを見てしまった……。


アラディスさんからそっと視線を外し、エレノアさんに視線を戻すと、

エレノアさんが、とても優しい瞳でアラディスさんを見つめていた。


アラディスさんが溜息をつきながら顔を上げ、

エレノアさんと目が合った瞬間、息を止めたように見えた。

そして、しばらく二人で見つめ合ったあと。

アラディスさんはとても嬉しそうに笑って、吟味した実をもいでから、

早足でこちらへと歩いてくると、エレノアさんの隣に腰を下ろした。


穏やかな雰囲気を纏っている二人の邪魔をするのもどうかと思い、

そういえば、オウカさんに伝言があるのを忘れていたので、

エレノアさんにお礼を告げてから、オウカさん達の方へと移動する。


酒肴からある程度離れた位置で、オウカさんとオウルさん、

そしてエリアルさんとマリアさんが巨大な葉の椅子に座りながら、

古代神樹の実を食べていた。


ヤトさんとリオウさんは、二人の時間を楽しんでいるようで、

ヤトさんが表情を緩めながら、リオウさんの話に耳を傾けているようだ。


オウカさん達から少し離れた場所には、アギトさんとサフィールさんがいて、

サーラさんに自分達が採取した古代神樹の実を渡そうとしているようだが、

サーラさんは、クリスさんとアルヴァンさんと楽しそうに話していて、

二人の攻防には気が付いていない。いや、あえて無視しているのだろうか……。

サーラさんにとって、アギトさんとサフィールさんの攻防は、

日常の風景とそう変わらないのだろうと思う。



オウカさん達に近づく僕に、彼らが少し驚いたような表情を浮かべた。

そしてオウカさん達がいる場所で立ち止まった僕に、

どことなく、嬉しそうな気配をにじませながらオウカさんが口を開いた。


「どうしたのかね?

 セツナから近づいてくるのは珍しい」


オウカさんのこの言葉に、内心で確かにと頷く。

花井さんの血を受け継ぐ彼らのことは決して嫌いではない。

だけど、かなでが愛し、同郷の者に残してくれた優しい居場所に留まる勇気が、

今の僕にはなかった……。


僕の中に眠る憎悪が、いつか彼らも飲み込んでしまうかもしれないことが怖いんだ。

彼らが心から、僕を身内として見てくれていることを僕は知っているから。


「伝言があったのを忘れていました」


「伝言?」


僕は古代神樹から聞いた伝言をそのまま伝える。


「地下を壊してごめんだそうです」


「は? 地下!?」


僕の言葉に顔色を変えたのは、オウカさん達だけではなく、

周りにいたサーラさんやクリスさん、そしてアルヴァンさんも、

顔を青くして僕を凝視していた。

なのに、アギトさんやサフィールさんはサーラさん達を見て、

不思議そうに首を傾げている。


オウカさんが立ち上がりかけたところで、

風の精霊が僕達の前に現れて、柔らかな声を響かせた。


「大丈夫かなって。

 古代神樹の根が……ちょっと地下を貫通しちゃったけど、

 崩れたりはしていないかなって」


「あぁ……それならよかった」


オウカさんが深く息をはきだしてから。

風の精霊に教えてくれたことへのお礼と、

言葉遣いが乱れたことへの謝罪を告げた。


「私達が強行したのが理由だし、許してあげるかなって」


風の精霊は軽く頷くと、アルト達の方へと戻っていった。


「地下に何かあるんですか?」


僕の問いかけに、オウカさんが真面目な表情で僕を見る。


「ジャックから何も聞いていないのかね?」


「地下に関しての情報はなにも……」


「伝え忘れたということ……はないか。

 多分、わざと伝えなかったのだろうな」


ため息交じりのオウカさんの台詞に、

オウルさん達が苦笑気味に笑っている。


確かに十分あり得ることだ。

現に、かなでから貰った知識を調べてみても、

地下のことは何も出てこない。

地下に一体何があるのだろう……。


「そうだな……。剣と盾はともかく……。

 不本意ではあるが、アギトとサフィールも本国籍を取得することになった。

 近いうちに、本国籍を持っている者を案内人として全員で見てくるといい」


「本国籍を持つ者しか入れない場所なわけ?」


サフィールさんの問いに、オウカさんが頷いた。


「そうだ」


だとすると……アルトは連れていけないか。


「リシアの本国籍を取得するまで、アルトには秘密で頼めるかね?」


僕の思考を読んだかのように、オウカさんがそう告げ。

僕は頷くことで了承を示したのだった。




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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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