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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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『 出発前夜 』

いつも小説を読んでいただき、ありがとうございます。

ドラゴンノベルス様から、3月5日(水曜日)に、

『 刹那の風景6 暁 』が発売されました。


詳しくは、『活動報告』及び『X』を見ていただけると嬉しいです。

どうぞ、よろしくお願いいたします。


緑青・薄浅黄


【 セツナ 】


お風呂から上がり涼んでいると、

柔らかい風に乗って、アルト達の笑う声がこちらに届く。

その手に温かい飲み物が入ったカップを持ち、

たき火を囲みながら、笑いあっている。


春先とはいえ、まだまだ夜は寒く、

お風呂上がりの子ども達が風邪を引かないように、

簡易の結界は張ってある。


サフィールさんが、僕が魔法をかけるのを見て、

「過保護すぎる」と苦笑していた。

だけど、それ以上言葉を重ねなかったのは、

きっとフィーが、アルト達と一緒にいるからだろう。


「セツナ」


ルーシアさんの声に、そちらに顔を向ける。


「ちょっと、話を聞いてくれない……?」


「ルーシアさんが、僕に気をつかって話すつもりなら、

 そんな気遣いは必要ありません」


「……」


「思い出すのが辛い、話すことが辛いことを、

 無理に話す必要はないんです」


「そっか。でも、そうね。

 セイルと同じように、私もここで話しておかないと、

 駄目なような気がするの。

 セツナにとっては迷惑かもしれないけれど、

 お願いしたいこともあるから、聞いてくれない?」


「二人で話しますか?」


「ううん、大丈夫。ただ、子ども達には知られたくないの」


「わかりました」


ルーシアさんが座ると、セルユさんが二人分の飲み物を持ってきてくれた。

どうやって話そうか悩んでいる彼女を急かすことなく、待つ。

しばらくして決心がついたのか、ルーシアさんはゆっくりと話し始めた。


「セイルを助けたチームは、酒肴の元メンバーだったのよ。

 そして、セイルを励ましていた人は、そのチームのリーダーだった。

 とてもお人好しでね。誰に対しても優しい人だった」


彼女が懐かしむように目を細める。


「彼と私は同じ孤児院で育って、血は繋がっていないけれど、

 兄だと思って慕ってた。まぁ、それが恋に代わっていくんだけど……」


ルーシアさんが寂しそうに笑い、彼の話を語っていく。


「年上だったから、私よりも早く孤児院をでて、冒険者になったの。

 そのときの私はまだ幼くて、一緒に連れていってもらえなかった。

 だから、大きくなったら彼を追いかけようと決心して、

 冒険者を目指したのよ」


「そうなんですね」


「私が独り立ちする頃には、

 彼はもう酒肴のメンバーになっていて、

 とりあえず居場所はわかっているから、

 突撃しようとおもっていたんだけど……」


ここで、一番隊の人達の小さく笑う声が届く。

その他にも、「ルーシアが酒肴を勧めたんだろう」とか、

「見つけやすいチームを指定したくせに」とか、

いろんな言葉が飛び交うが、彼女はまるっと無視していた。


「冒険者ギルドの前で、彼が待っていたの」


「迎えにきてくれたんですか?」


「うん。酒肴にも話を付けて、

 チームに入れてくれるように頼んでくれていたの」


バルタスさんが、「あいつは、酒肴に入った当初から、

ルーシアを迎えにいくと話していたからなぁ」と笑った。


「しばらくは酒肴で一緒に、活動していたんだけどね。

 冒険者として十分やっていけるようになったからといって、

 新しいチームを立ち上げて、酒肴から抜けたのよ」


酒肴は、様々な経験を積ませたあと、

冒険者としてやっていけると判断したら、

新しいチームを作るように促す。


そしてその空いた席に、困難に瀕している若者をいれ育てていく。

そういったことをずっと繰り返しているチームだった。


「もちろん、私もそのチームに入るつもりだったんだけど、

 足手まといになるからって、

 親父さんと彼からの許可が下りなかったの」


セルユさんが「あのときのルーシアは、荒れまくっていたよね」と、

ため息をつき、事情知っている人達が一斉に頷いた。


ルーシアさんは周りに「うるさいわよ」と怒ってから、

小さく息をはきだし、また、彼との思い出を語っていった。



彼は病気で亡くなったらしい。

ギルドランクが白に上がる手前で、原因不明の病に冒され、

そして、数年の闘病生活のあと水辺へと旅だった。


「水辺へ旅立つ前に、

 彼がねぽつりと呟いていたのを聞いてしまったの……」


「……」


「「ぼくぁ、結局……何も残すことができなかったなぁ」って……」


(……)


僕には、彼の気持ちが痛いほどわかった。

その感情は、ずっと僕の中にもあったモノだったから。


「そのときの私は、聞かない振りをすることしかできなかった。

 きっと……彼は、聞かれたくなかっただろうから」


ルーシアさんの言葉に、酒肴の人達がざわついている。

彼らも初めて聞く内容だったのかもしれない。


「目指す場所へたどり着くために、

 計画を立てて努力してきたのを、ずっと見てきたわ。

 壁にぶつかっても、決して諦めない姿を見ていたのよ」


ルーシアさんの手が微かに震えている。


「そんな彼に、何を伝えても気休めにもならないことを知っていた。

 私や彼の身近な人達が何を伝えても、心に響かないことはわかってた。

 だけど……セイルの言葉なら届いたかもしれないなって……。

 あのときセイルがいてくれたら、彼はあんな思いを抱きながら、

 水辺にいかなくてもよかったかもしれないって……」


彼女が早口で一気に話す。


「セイルが『俺と一緒にいてくれた、冒険者達みたいな大人に、

 そんな冒険者に、俺もなりたいって思ったんだ』って話したとき、

 私は……」


そこで、ルーシアさんの言葉が止まった。

口元は話そうと動くが、次の言葉が紡ぎだせず、

開いては閉じを繰り返す。


そして、紡ぎだせない言葉の代わりだというように、

次から次へと涙が頬を伝いこぼれ落ちていった。


苦しそうに息をはき、少し待ってほしいというように、

手のひらを僕に見せてから、彼女は俯いた。


そんな、ルーシアさんの苦しそうな姿を見て、

アニーニさん達がこちらにこようとするが、

僕はそれを視線で制し、バルタスさん達は彼女達の腕をとって止めた。


彼女は助けを求めていない。

彼女が求めたのは、待ってほしいという手振りだけ。


きっと、彼女の胸中は複雑な感情が入り交じった状態なのだと察する。

その感情や想いが波のように、繰り返し押し寄せているのだと思う。

それは、とても辛いことだと思うんだ……。


それでも、ルーシアさんはその感情を言葉にするために、

自分の心を制御しようと頑張っている。

それならば、僕はその頑張りに水を差すようなことを、

したくはなかった。


セルユさんが入れてくれた飲み物をゆっくり飲んでいると、

僕の前の気配が揺れると同時に、小さな声が届く。


「私は……。セイルの中に彼が今も息づいていると感じたの。

 それは……それは……」


「……」


「彼が生きた証を、セイルの中に残せたということだと思ったのよ」


顔を上げ、心臓の辺りに手をあて、彼女は目を赤くしながら僕を見る。


「何も残せなかったと彼は呟いていたけれど、

 そうじゃなかったんだって、そう思ったの」

 

彼女の話を聞きながらも、

小さな声で話していた人達の声が途絶えた。


「そう思ったら、無性にセイルを彼に会わせたくなった」


「……」


「貴方の助けた子どもが、

 貴方の背を追って、冒険者になろうとしているのよって、

 何も残せなかったわけじゃないのよって……伝えたくなったのよ」


「……」


「でも、カルロ達が止めてくれてよかったわ。

 今はまだ、真実を知らなくてもいいと思ったから……」


そういったあと、ルーシアさんはまた涙をこぼした……。



しばらくして気持ちが落ちついたのか、

ルーシアさんは、ばつが悪そうにこちらを見る。

話しづらそうにしている彼女のグラスに、

僕は魔法で水をだして注いだ。


「ありがとう」


「いえ」


それ以上何もいわない僕に、ルーシアさんが困ったように笑う。


「セツナは、どうして何もいわないの?」


「ここまで何も聞かれないと、ちょっと戸惑ってしまうわ」と、

ルーシアさんが苦笑する。


「僕に答えを求めて、

 話をしたわけではないでしょう?」


「うん? そうね……?」


首をかしげる彼女に、今度は僕が苦笑する。


「助言がほしかったのなら、バルタスさんやエレノアさんに。

 慰めてほしかったり、共感してほしいのなら、友人に。

 笑い飛ばしてほしいのなら、カルロさん達に話すでしょう?」


どうして「私」の「僕」の名前が入ってないと、

聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにする。


「そうかもしれない」


「だけどルーシアさんは、自分の心と向き合いたかった。

 だから、何も事情を知らない僕が丁度よかったのだと思います」


「……」


「色々重なって、話しやすかったというのもあるのでしょう。

 そもそも最初から、相談にのってほしいではなく、聞いてほしいと、

 話していましたから」


「確かにそうね……」


ルーシアさんが、小さく笑う。


「でも、何かいいたいことはないの?

 私なら黙っていられないから、

 いいたいことがあったらいってほしいわ」


「そうですね」


「うん」


「彼の名前を教えてもらえませんか?」


ルーシアさんが目を見張り、そしてそっと息をついた。


「そういえば、教えていなかったわね」


これまれで、誰一人として彼の名前を口にしていなかった。

それは子ども達に知られることを警戒したからか、

それとも、別の意図があったのかは、僕にはわからない。


「セイルには秘密にしておいてね。

 できればアルトにも……」


「僕から話すつもりはありませんが、

 アルトはもう彼が水辺に旅だったことを知っています」


「……そう。

 アルトは黙っていてくれることを、選んでくれたのね」


ルーシアさんはそう呟いて、

楽しそうに話している子ども達の方へと顔を向けて微笑んだ。

そのままこちらに顔を向けることなく、

小さな声で彼の名前が告げられる。


「リーアン。彼の名前は、リーアンよ」


「リーアンさんに心からの感謝を」


僕の言葉に、ルーシアさんがこちらを見て不思議そうに、

「お礼の意味がわからない」と首をかしげた。


「リーアンさんが、セイルを助けてくれたから、

 アルトはセイルと出会うことができました」


「……」


「誰か一人欠けても、アルト達の時間は、

 違ったものになっていたのではないかと思います」


誰かが欠けても、また違う形の出会いがあったのかもしれない。

違う幸せがあったのかもしれない。

だけど、セイルはリシアにはこれなかっただろう……。


アルト達の方へと視線を向けると、

アルトが気が付いて僕に手を振る。

軽く手を振り返すと、嬉しそうに笑ってから、

また、友人達との会話に戻っていった。


「今、ああして、アルトが幸せな時間を過ごせているのは、

 リーアンさんと、彼のチームの人達が繋いでくれた縁のおかげです」


「……」


「僕の弟子に、かけがえのない友を与えてくれた恩人として、

 リーアンさんの名前を生涯忘れることはないでしょう」


僕が、かなでと出会えたように、

アルトはセイル達と出会えた。


「ふふ、リシアの守護者に名前を覚えてもらえるって、

 とても素敵なことだわ。リーアンのチームの人達の名前も、

 覚えていてくれる?」


「教えてもらえるのなら」


ルーシアさんから、彼らの名前を教えてもらい、

僕はリーアンさん達の名前を胸に刻んだ。


それから、ルーシアさんのお願いの話になった。

彼女のお願いというのは、セイルが将来扱う武器がわかったら、

教えてほしいというものだった。


子ども達の武器に関しては、アルトから聞いていたので、

「セイルは両手剣を希望しているみたいですよ」と伝えると、

ルーシアさんは嬉しそうに目を細めた。


リーアンさんが使っていた武器が両手剣で、

セイルが希望するならば、彼の武器を譲りたいということだった。



ルーシアさんとの話はそこで終わったのだが、

そこから、アギトさんとサフィールさんが、

この家の庭で、子ども達が訓練することを許可してほしいと話す。


その理由を聞くと、どうやらクロージャ達は、

僕が配った銀貨で、冒険者ギルドの訓練を受けようとしているようだ。

訓練することに問題はないが、僕達と懇意にしていることが、

公になってしまっているので、安全面で不安があるのだといった。


僕が守るものに手をだせば報復されることがわかっているから、

危害を加えられることはないとは思うが、情報を探るために、

近づく可能性があるというのが、アギトさん達の考えだった。


アギトさんとサフィールさんの言い分に、オウカさん達も深く頷き、

ミッシェルの家族やロイールの兄であるロガンさんの表情が、曇った。

ミッシェルとロイールは、自分の家でのみ鍛錬が許されているが、

友達がギルドでの訓練を希望すれば、自分達もというのは目に見えている。


「数回聞かれるだけならば、そう心配することはないと思うわけ、

 だが、それが毎日となると精神的に追い詰められる可能性が高いわけ」


「そうですね」


サフィールさんの言葉に、僕も同意する。


「私やサフィールは、次の依頼が終わればリシアを拠点に活動する予定だ。

 その間、子ども達が望むなら指導してやれる。

 私達がいなかったとしても、誰かしらいるだろうから、

 基礎訓練ならば、見てやることができるだろう」

 

「自由に使っていただいて問題ありませんが、

 ギルドと子ども達の保護者の許可は貰ってくださいね」


僕の言葉に、ヤトさんが「問題ない」とすぐさま答え、

トッシュさんとロガンさんも、「そのときは、よろしくお願いします」と、

アギトさん達に頭を下げていた。


子ども達が武器の扱いを学ぶことや、

訓練についての細々とした規則などは、

子ども達を交えて、後日話し合うようだ。


僕からは、この家に出入りするのなら、

ジャックが決めた規則を守るようにだけ、

伝えてほしいことを話した。


それからは、ゆったりとした雰囲気の中、

各々が好きなように、呑んで話していた。


夜半になり、酔いがまわり部屋の中に入らず、

外で寝落ちている酒肴の若い人達に、

一番隊の人達が毛布を掛けていっている。


酒肴のニールさんに「外で寝るな! 部屋の中で寝ろ!」と、

いわれていたにもかかわらず、

「今日は寝ない!」とか、「まだ、飲める!」とか、

「全然酔っ払ってなんかないんだから!」と、

いいながら落ちていった。


疲れているところに、あれだけいろんなお酒を飲めば、

いつもよりも、酔ってしまうのも仕方ない。


だけど、それはたき火を囲んでいた子ども達も同様だった。


寝ないように頑張っていたが、

一人また一人と地面に横たわっていく。


そして、アルトとクロージャが最後まで残り、

そのクロージャも、ギリギリまであらがっていたようだが、

「寝たくない……」といいながら、目を閉じた。


アルトは微かに笑って「おやすみ」と口を動かしたあと、

笑みを消し、眠っている友人達を見守っていた。


独り、静かに別れを惜しんでいるアルトの表情は、

どこか大人びて見えたのだった……。


ゲーマーズ様の限定版で、短編を書かせていただきました。

有償特典となりますので、

ご予算に余裕があれば手に取っていただければ幸いです。

詳しくは、『活動報告』及び『X』にて!


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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