『 出発前夜 』
いつも小説を読んでいただき、ありがとうございます。
ドラゴンノベルス様から、3月5日(水曜日)に、
『 刹那の風景6 暁 』が発売されました。
詳しくは、『活動報告』及び『X』を見ていただけると嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
緑青・薄浅黄
【 セツナ 】
お風呂から上がり涼んでいると、
柔らかい風に乗って、アルト達の笑う声がこちらに届く。
その手に温かい飲み物が入ったカップを持ち、
たき火を囲みながら、笑いあっている。
春先とはいえ、まだまだ夜は寒く、
お風呂上がりの子ども達が風邪を引かないように、
簡易の結界は張ってある。
サフィールさんが、僕が魔法をかけるのを見て、
「過保護すぎる」と苦笑していた。
だけど、それ以上言葉を重ねなかったのは、
きっとフィーが、アルト達と一緒にいるからだろう。
「セツナ」
ルーシアさんの声に、そちらに顔を向ける。
「ちょっと、話を聞いてくれない……?」
「ルーシアさんが、僕に気をつかって話すつもりなら、
そんな気遣いは必要ありません」
「……」
「思い出すのが辛い、話すことが辛いことを、
無理に話す必要はないんです」
「そっか。でも、そうね。
セイルと同じように、私もここで話しておかないと、
駄目なような気がするの。
セツナにとっては迷惑かもしれないけれど、
お願いしたいこともあるから、聞いてくれない?」
「二人で話しますか?」
「ううん、大丈夫。ただ、子ども達には知られたくないの」
「わかりました」
ルーシアさんが座ると、セルユさんが二人分の飲み物を持ってきてくれた。
どうやって話そうか悩んでいる彼女を急かすことなく、待つ。
しばらくして決心がついたのか、ルーシアさんはゆっくりと話し始めた。
「セイルを助けたチームは、酒肴の元メンバーだったのよ。
そして、セイルを励ましていた人は、そのチームのリーダーだった。
とてもお人好しでね。誰に対しても優しい人だった」
彼女が懐かしむように目を細める。
「彼と私は同じ孤児院で育って、血は繋がっていないけれど、
兄だと思って慕ってた。まぁ、それが恋に代わっていくんだけど……」
ルーシアさんが寂しそうに笑い、彼の話を語っていく。
「年上だったから、私よりも早く孤児院をでて、冒険者になったの。
そのときの私はまだ幼くて、一緒に連れていってもらえなかった。
だから、大きくなったら彼を追いかけようと決心して、
冒険者を目指したのよ」
「そうなんですね」
「私が独り立ちする頃には、
彼はもう酒肴のメンバーになっていて、
とりあえず居場所はわかっているから、
突撃しようとおもっていたんだけど……」
ここで、一番隊の人達の小さく笑う声が届く。
その他にも、「ルーシアが酒肴を勧めたんだろう」とか、
「見つけやすいチームを指定したくせに」とか、
いろんな言葉が飛び交うが、彼女はまるっと無視していた。
「冒険者ギルドの前で、彼が待っていたの」
「迎えにきてくれたんですか?」
「うん。酒肴にも話を付けて、
チームに入れてくれるように頼んでくれていたの」
バルタスさんが、「あいつは、酒肴に入った当初から、
ルーシアを迎えにいくと話していたからなぁ」と笑った。
「しばらくは酒肴で一緒に、活動していたんだけどね。
冒険者として十分やっていけるようになったからといって、
新しいチームを立ち上げて、酒肴から抜けたのよ」
酒肴は、様々な経験を積ませたあと、
冒険者としてやっていけると判断したら、
新しいチームを作るように促す。
そしてその空いた席に、困難に瀕している若者をいれ育てていく。
そういったことをずっと繰り返しているチームだった。
「もちろん、私もそのチームに入るつもりだったんだけど、
足手まといになるからって、
親父さんと彼からの許可が下りなかったの」
セルユさんが「あのときのルーシアは、荒れまくっていたよね」と、
ため息をつき、事情知っている人達が一斉に頷いた。
ルーシアさんは周りに「うるさいわよ」と怒ってから、
小さく息をはきだし、また、彼との思い出を語っていった。
彼は病気で亡くなったらしい。
ギルドランクが白に上がる手前で、原因不明の病に冒され、
そして、数年の闘病生活のあと水辺へと旅だった。
「水辺へ旅立つ前に、
彼がねぽつりと呟いていたのを聞いてしまったの……」
「……」
「「ぼくぁ、結局……何も残すことができなかったなぁ」って……」
(……)
僕には、彼の気持ちが痛いほどわかった。
その感情は、ずっと僕の中にもあったモノだったから。
「そのときの私は、聞かない振りをすることしかできなかった。
きっと……彼は、聞かれたくなかっただろうから」
ルーシアさんの言葉に、酒肴の人達がざわついている。
彼らも初めて聞く内容だったのかもしれない。
「目指す場所へたどり着くために、
計画を立てて努力してきたのを、ずっと見てきたわ。
壁にぶつかっても、決して諦めない姿を見ていたのよ」
ルーシアさんの手が微かに震えている。
「そんな彼に、何を伝えても気休めにもならないことを知っていた。
私や彼の身近な人達が何を伝えても、心に響かないことはわかってた。
だけど……セイルの言葉なら届いたかもしれないなって……。
あのときセイルがいてくれたら、彼はあんな思いを抱きながら、
水辺にいかなくてもよかったかもしれないって……」
彼女が早口で一気に話す。
「セイルが『俺と一緒にいてくれた、冒険者達みたいな大人に、
そんな冒険者に、俺もなりたいって思ったんだ』って話したとき、
私は……」
そこで、ルーシアさんの言葉が止まった。
口元は話そうと動くが、次の言葉が紡ぎだせず、
開いては閉じを繰り返す。
そして、紡ぎだせない言葉の代わりだというように、
次から次へと涙が頬を伝いこぼれ落ちていった。
苦しそうに息をはき、少し待ってほしいというように、
手のひらを僕に見せてから、彼女は俯いた。
そんな、ルーシアさんの苦しそうな姿を見て、
アニーニさん達がこちらにこようとするが、
僕はそれを視線で制し、バルタスさん達は彼女達の腕をとって止めた。
彼女は助けを求めていない。
彼女が求めたのは、待ってほしいという手振りだけ。
きっと、彼女の胸中は複雑な感情が入り交じった状態なのだと察する。
その感情や想いが波のように、繰り返し押し寄せているのだと思う。
それは、とても辛いことだと思うんだ……。
それでも、ルーシアさんはその感情を言葉にするために、
自分の心を制御しようと頑張っている。
それならば、僕はその頑張りに水を差すようなことを、
したくはなかった。
セルユさんが入れてくれた飲み物をゆっくり飲んでいると、
僕の前の気配が揺れると同時に、小さな声が届く。
「私は……。セイルの中に彼が今も息づいていると感じたの。
それは……それは……」
「……」
「彼が生きた証を、セイルの中に残せたということだと思ったのよ」
顔を上げ、心臓の辺りに手をあて、彼女は目を赤くしながら僕を見る。
「何も残せなかったと彼は呟いていたけれど、
そうじゃなかったんだって、そう思ったの」
彼女の話を聞きながらも、
小さな声で話していた人達の声が途絶えた。
「そう思ったら、無性にセイルを彼に会わせたくなった」
「……」
「貴方の助けた子どもが、
貴方の背を追って、冒険者になろうとしているのよって、
何も残せなかったわけじゃないのよって……伝えたくなったのよ」
「……」
「でも、カルロ達が止めてくれてよかったわ。
今はまだ、真実を知らなくてもいいと思ったから……」
そういったあと、ルーシアさんはまた涙をこぼした……。
しばらくして気持ちが落ちついたのか、
ルーシアさんは、ばつが悪そうにこちらを見る。
話しづらそうにしている彼女のグラスに、
僕は魔法で水をだして注いだ。
「ありがとう」
「いえ」
それ以上何もいわない僕に、ルーシアさんが困ったように笑う。
「セツナは、どうして何もいわないの?」
「ここまで何も聞かれないと、ちょっと戸惑ってしまうわ」と、
ルーシアさんが苦笑する。
「僕に答えを求めて、
話をしたわけではないでしょう?」
「うん? そうね……?」
首をかしげる彼女に、今度は僕が苦笑する。
「助言がほしかったのなら、バルタスさんやエレノアさんに。
慰めてほしかったり、共感してほしいのなら、友人に。
笑い飛ばしてほしいのなら、カルロさん達に話すでしょう?」
どうして「私」の「僕」の名前が入ってないと、
聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにする。
「そうかもしれない」
「だけどルーシアさんは、自分の心と向き合いたかった。
だから、何も事情を知らない僕が丁度よかったのだと思います」
「……」
「色々重なって、話しやすかったというのもあるのでしょう。
そもそも最初から、相談にのってほしいではなく、聞いてほしいと、
話していましたから」
「確かにそうね……」
ルーシアさんが、小さく笑う。
「でも、何かいいたいことはないの?
私なら黙っていられないから、
いいたいことがあったらいってほしいわ」
「そうですね」
「うん」
「彼の名前を教えてもらえませんか?」
ルーシアさんが目を見張り、そしてそっと息をついた。
「そういえば、教えていなかったわね」
これまれで、誰一人として彼の名前を口にしていなかった。
それは子ども達に知られることを警戒したからか、
それとも、別の意図があったのかは、僕にはわからない。
「セイルには秘密にしておいてね。
できればアルトにも……」
「僕から話すつもりはありませんが、
アルトはもう彼が水辺に旅だったことを知っています」
「……そう。
アルトは黙っていてくれることを、選んでくれたのね」
ルーシアさんはそう呟いて、
楽しそうに話している子ども達の方へと顔を向けて微笑んだ。
そのままこちらに顔を向けることなく、
小さな声で彼の名前が告げられる。
「リーアン。彼の名前は、リーアンよ」
「リーアンさんに心からの感謝を」
僕の言葉に、ルーシアさんがこちらを見て不思議そうに、
「お礼の意味がわからない」と首をかしげた。
「リーアンさんが、セイルを助けてくれたから、
アルトはセイルと出会うことができました」
「……」
「誰か一人欠けても、アルト達の時間は、
違ったものになっていたのではないかと思います」
誰かが欠けても、また違う形の出会いがあったのかもしれない。
違う幸せがあったのかもしれない。
だけど、セイルはリシアにはこれなかっただろう……。
アルト達の方へと視線を向けると、
アルトが気が付いて僕に手を振る。
軽く手を振り返すと、嬉しそうに笑ってから、
また、友人達との会話に戻っていった。
「今、ああして、アルトが幸せな時間を過ごせているのは、
リーアンさんと、彼のチームの人達が繋いでくれた縁のおかげです」
「……」
「僕の弟子に、かけがえのない友を与えてくれた恩人として、
リーアンさんの名前を生涯忘れることはないでしょう」
僕が、かなでと出会えたように、
アルトはセイル達と出会えた。
「ふふ、リシアの守護者に名前を覚えてもらえるって、
とても素敵なことだわ。リーアンのチームの人達の名前も、
覚えていてくれる?」
「教えてもらえるのなら」
ルーシアさんから、彼らの名前を教えてもらい、
僕はリーアンさん達の名前を胸に刻んだ。
それから、ルーシアさんのお願いの話になった。
彼女のお願いというのは、セイルが将来扱う武器がわかったら、
教えてほしいというものだった。
子ども達の武器に関しては、アルトから聞いていたので、
「セイルは両手剣を希望しているみたいですよ」と伝えると、
ルーシアさんは嬉しそうに目を細めた。
リーアンさんが使っていた武器が両手剣で、
セイルが希望するならば、彼の武器を譲りたいということだった。
ルーシアさんとの話はそこで終わったのだが、
そこから、アギトさんとサフィールさんが、
この家の庭で、子ども達が訓練することを許可してほしいと話す。
その理由を聞くと、どうやらクロージャ達は、
僕が配った銀貨で、冒険者ギルドの訓練を受けようとしているようだ。
訓練することに問題はないが、僕達と懇意にしていることが、
公になってしまっているので、安全面で不安があるのだといった。
僕が守るものに手をだせば報復されることがわかっているから、
危害を加えられることはないとは思うが、情報を探るために、
近づく可能性があるというのが、アギトさん達の考えだった。
アギトさんとサフィールさんの言い分に、オウカさん達も深く頷き、
ミッシェルの家族やロイールの兄であるロガンさんの表情が、曇った。
ミッシェルとロイールは、自分の家でのみ鍛錬が許されているが、
友達がギルドでの訓練を希望すれば、自分達もというのは目に見えている。
「数回聞かれるだけならば、そう心配することはないと思うわけ、
だが、それが毎日となると精神的に追い詰められる可能性が高いわけ」
「そうですね」
サフィールさんの言葉に、僕も同意する。
「私やサフィールは、次の依頼が終わればリシアを拠点に活動する予定だ。
その間、子ども達が望むなら指導してやれる。
私達がいなかったとしても、誰かしらいるだろうから、
基礎訓練ならば、見てやることができるだろう」
「自由に使っていただいて問題ありませんが、
ギルドと子ども達の保護者の許可は貰ってくださいね」
僕の言葉に、ヤトさんが「問題ない」とすぐさま答え、
トッシュさんとロガンさんも、「そのときは、よろしくお願いします」と、
アギトさん達に頭を下げていた。
子ども達が武器の扱いを学ぶことや、
訓練についての細々とした規則などは、
子ども達を交えて、後日話し合うようだ。
僕からは、この家に出入りするのなら、
ジャックが決めた規則を守るようにだけ、
伝えてほしいことを話した。
それからは、ゆったりとした雰囲気の中、
各々が好きなように、呑んで話していた。
夜半になり、酔いがまわり部屋の中に入らず、
外で寝落ちている酒肴の若い人達に、
一番隊の人達が毛布を掛けていっている。
酒肴のニールさんに「外で寝るな! 部屋の中で寝ろ!」と、
いわれていたにもかかわらず、
「今日は寝ない!」とか、「まだ、飲める!」とか、
「全然酔っ払ってなんかないんだから!」と、
いいながら落ちていった。
疲れているところに、あれだけいろんなお酒を飲めば、
いつもよりも、酔ってしまうのも仕方ない。
だけど、それはたき火を囲んでいた子ども達も同様だった。
寝ないように頑張っていたが、
一人また一人と地面に横たわっていく。
そして、アルトとクロージャが最後まで残り、
そのクロージャも、ギリギリまであらがっていたようだが、
「寝たくない……」といいながら、目を閉じた。
アルトは微かに笑って「おやすみ」と口を動かしたあと、
笑みを消し、眠っている友人達を見守っていた。
独り、静かに別れを惜しんでいるアルトの表情は、
どこか大人びて見えたのだった……。
ゲーマーズ様の限定版で、短編を書かせていただきました。
有償特典となりますので、
ご予算に余裕があれば手に取っていただければ幸いです。
詳しくは、『活動報告』及び『X』にて!





