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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カンガルーポー : 驚き 』

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『 僕と精霊の宝物:後編 』

【 セツナ 】


僕はアルトの訓練の様子を眺めながら、別のことを考えていた。

先ほどサフィールさんも話していたけれど、

なぜ今になって古代神樹を植えたのかが気になっていた。


風の精霊の言葉を信じるならば、古代神樹の苗は僕に対するお礼らしい。

一番大切な蒼露様を救ったから、二番目に大切な樹の苗を僕にくれたようだ。

多分……ハルの環境が古代神樹に適していたこともあったのだろうけれど。


風の精霊からそのことを聞いた時に、僕はずっとハルにいるわけではないと告げた。

枯らしてしまうと怖いから、催しが終わったら持って帰って欲しいとお願いもした。

なのに……風の精霊は楽しそうに笑いながら「無理かなって」といったんだ。


もうこの大地に定着したのだと……。

そのために必死で頑張ったのだと胸を張っていた……。

旅に出るので世話ができないと告げれば、精霊達がお世話に来るから、

何もしなくていいといわれた。

「古代神樹の苗、今なら精霊付き」といつか見たテレビの通販のような台詞が、

なぜか思い浮かんだ……。

風の精霊との会話を思い出しながら何故と考え、

ふとひらめきに似た思考が脳裏をよぎる。


古代大樹は本当にお礼なのだろうかと……。

精霊達の気持ちを疑うのは自分でもどうかと思う。

彼女達が僕に感謝してくれていることを知っている。僕に甘いことも知っている。

だけど……果たしてそれだけで、神々の時代の遺産を僕なんかに渡すだろうか?


今まで大切に守り続けてきたものを、そう簡単に手放せるのかな?

そんな疑問が胸の中で渦巻いた。


だから……僕の横にいる風の精霊に心話で何を企んでいるのかと問い質した。

すると、風の精霊は少しばつが悪そうに視線を逸らした。視線を逸らしたんだ!

きっとろくでもないことを考えているに違いない。

聞き出そうと頑張ったけど、風の精霊は口を割らなかった……。

いまいましい……。


結局、精霊達がどんな目的をもって古代神樹の苗を植えたのかは分からない。

分からないけど、一応僕への贈り物なのだから、

僕が守ろうとしているこの国に危害を与えるようなモノではないだろう……。

そんなことを考えて、いや……違うのか? と思い至る。

僕がこの国を守ることを決めたから、古代神樹を植えたのか? 


精霊達にとって、本当に大切な樹を植えるなら……妥協はしたくないはずだ。

安全な場所に植えたいに決まっている。


先ほどからうかがうように僕を見ている風の精霊に、

何故ハルに古代神樹を植えたのかを聞いてみる。

答えてくれないだろうと思っていたのだが……。


『古代神樹を育てるための条件がそろったかなって』


風の精霊は困ったような表情を見せてから口を開いた。

サフィールさん達に気が付かれないように、軽く視線を風の精霊へと向ける。


『本当はもっと早く育てたかったかなって。

 でも、神の気配が宿るものは魔物に狙われやすいかな』


『なるほど』


そういえば、蒼露の樹も魔物にかじられていたな……。

精霊達が傍に居たら、蒼露の樹がかじられることもなかったと思うのだけど、

その時の彼女達は、蒼露様から近づくなと厳命されていたらしい。

自分のことは気にせず、持ち場を守るようにと……。


ハルの街は結界があるために魔物が入って来ることはない。

それに何かがあっても、この国を守ると決めた僕がいる。


『条件としては、大地が穢れていない場所が第一条件だったかな。

 それから、魔物が侵入できないこと。空気中の魔力が豊富であることかな』


大地が穢れていないことが第一条件か……。

風の精霊が軽く息をはきだしてから、少し疲れたような声音で語った。


『お父様達が眠りについてからの大地の穢れは……かなり深刻かなって。

 私達がお父様に祈り浄化しても、魔物が生み出される限り、

 穢れはなくならない……かな』


『魔物を根絶やしにする方法があればいいんですけどね』


『……』


風の精霊は僕の言葉に何も返さなかった。

そして、話題を変えるように話の続きを語っていく。


『私達はずっと、古代神樹を育める場所を探していたかなって』


風の精霊の言動から精霊達が古代神樹を植える場所を選ぶのに、

そうとう苦労していたのが伝わった。

魔力が豊富な場所はともかく、魔物が侵入できず、

大地が穢れていない場所というのは、かなり限られてくるはずだ。


『ある程度育ってしまえば、穢れも魔物も気にすることはないかな。

 だけど、植えてから数十年は少しの穢れでも弱ってしまうかなって』


『交代で守ることもできたんじゃないですか?

 結界を張ることもできるでしょうし』


数十年ならば、精霊なら守り切ることができるのではと問うと、

風の精霊は「育てるだけなら……」と告げ、少し思案してから続きを話してくれた。


『んー。古代神樹は蒼露の樹と同じように意思があるかな。

 前の記憶を引き継いでいるから、私達だけでは寂しいかなって』


寂しいってどういう意味だろう?

僕が首を傾げたのを見て、風の精霊が説明を足してくれた。


『色々な人と話すのが好きだったかなって』


蒼露の樹に触れれば僕にも蒼露の樹の思念を受け取ることはできた。

だけど、蒼露の樹の言葉は僕にはわからなかった。

なのに風の精霊の話し方だと、古代神樹は人とも会話できるように聞こえる。


『話せるんですか?』


『大きくなったら話せるかな』


『大きく……』


樹の幹に顔が浮かんだりするんだろうか?

大きくってどれぐらいだろう。

気になって聞いてみたら、2000年ぐらいだといわれた。

生きようと思えば生きることができるけど……自信はない。


『だから、私達は人の営みの近くに植えてあげたかったかな』


『そうなんですね』


僕の相槌に風の精霊が頷いた。

人の近くに……。それは難題だったと思う。

魔物がはびこるこの世界は、いとも簡単に人が死に国が滅びていくから……。


『私達の第一候補は、エラーナだったかな』


『……』


『あの国は、神への祈りに満ちているし、

 国自体も魔力が豊富にある場所につくられているかな。

 そして、モートンルイア(聖皇)が住む街には、

 絶対に魔物がはいれないように騎士が配置されているかな。

 だから、古代神樹を育てるにはいい環境だと思っていたかなって。

 エンディア神の信徒たちは、きっと大切にしてくれると思ったかな』


彼女達は、サーディア神のことはお父様と呼ぶのに、

エンディア神のことをお母様とは呼ばないことに、最近気が付いた。

だけど……そのことを伝えてはいけないような気がしている……。


『どうして、エラーナに植えなかったんですか?』


『まだ、リシアができていない頃の話かなって。精霊達と話し合って、

 一度は植えようとしたかな。でも、蒼露の樹が病にかかったことをしったかな』


リシアが建国されていない時代というと、最低でも5000年以上前のことだ。

蒼露様と蒼露の樹は……そんな長い時間を病と闘い続けていたのか……。

そして……風の精霊達も……。


『私では蒼露の樹は癒せなかった……!』


俯きギリッと音が鳴るぐらい歯を食いしばり、風の精霊は痛みに耐えるように、

その肩を震わせていた。僕達の周りの空気が揺れる……。魔力が密になる。

サフィールさんを筆頭に魔導師達が息をのんで訓練の手を止めて僕を見た。


魔力感知できる人間だけではなく、全員が訓練の手を止めてこちらを見ている。

それほど、風の精霊が発している魔力は強いモノだった。


すべての音が……ひたりと止まった。

精霊の魔力は僕達人間とは違う。

アルトは気が付いているのか微妙なところだけど、

その他の人達は、僕のそばに精霊がいることに気が付いたみたいだった。


音が消えたこの空気の中で、風の精霊は周りの状況に気が付くことなくポツリと呟いた。


『怖くなったかな……って』


独白のような声を響かせる風の精霊の姿は……。

僕がよく見てきた両親の姿に重なった。


『……』

 

蒼露の樹の病を治せず、蒼露様の魔力と命が削られていくのを、

彼女達は遠くの地から見守ることしかできなかった。


そんな時に、彼女達が二番目に大切なものと告げた神々の遺産である古代神樹を、

植えようとは思えなかったのだろう……。

もし、この樹も病に侵されたらと考えたのかもしれない。


ああ、そうか……僕が蒼露の樹の病を治したことを彼女達は知っている。

最後の条件が僕だった。いや……僕の癒しの能力が最後の条件だったんだ。


落ち込み体を震わせている彼女の姿を見て、もしかしたら風の精霊だけではなく、

他の精霊達もまだ不安の中にいるのかもしれないと感じた。


失いかけ絶望した記憶は、そう簡単には拭い去れはしない。

精霊達は……失いかけた絶望の記憶に怯えているのかもしれない。

長い時を生きる彼女達だから……。

もしかしたら、また蒼露の樹が病にかかるかもしれないと……。


僕はそっと息をはきだす。


昨日の夜……黒に近い灰色になっても蒼露様を守るのだと彼女はいった。

だから、僕が自由に動けるように加護を与えたのだと告げていた。

それは縛られるのが嫌な僕にとっては、ありがたいものだ。


この世界の理では、精霊に逆らう人間はいないらしいから。

すべての風の精霊を敵にまわしてまで、僕と敵対する人間はいない。


精霊は、祝福も加護もやすやすとは与えないと聞いている。

自分の力の在り方を理解しているがゆえに、振りまくことはしないのだと、

サフィールさんが教えてくれた。


そんな精霊達が、僕に惜しみなく祝福や加護を与えてくれていた。

僕はその理由を、彼女達にとって唯一無二の存在である蒼露様を、

助けたことに対する感謝の気持ちだと思っていた。


確かに……僕は蒼露の樹を癒し、蒼露様の命を救っている。

だけど、その対価は蒼露様と蒼露の樹からいただいている。

蒼露様から……もう、十分すぎるものを貰っているんだ。


感謝の気持ちだとしても……ここまで僕を甘やかす必要はない。


なのに……彼女達は、全然足りないというように、

僕を守ろうとしてくれている……。


今回のこともそうだ……。

風の精霊は、自分の想いを満たす理由もあっただろうけど、

終始僕の意思に沿うように動いてくれていたから。


そこには……。


僕への感謝の気持ちと親愛。蒼露様を守るための布石。

そして……未来に対する不安があったのだと今、気が付いた。

風の精霊達に蒼露の樹は癒せない。

その不安が、過保護に僕を守ることに繋がっているのかもしれない。

僕が死んでしまえば……癒しの能力が失われるから。


だとすると、彼女達の不安を取り除けるのは僕だけだ。

そのためには、僕の考えていることが正しいのかを確認しなければならなかった。


僕はアルトに、風の精霊と話をするから少し姿が見えなくなるよと、

伝えてから、僕と風の精霊の周りに結界を張った。



「どうしたのかなって?」


風の精霊が首を傾げて、その綺麗な髪を揺らしながら僕を見た。

多分……彼女達は気が付いていないと思う。心の奥底にはびこる不安に。

僕の勘違いならいいんだけど……。

…………。


僕は、風の精霊を真っ直ぐに見て口を開いた。


「僕はあの日、蒼露の樹を癒したあの時に……。

 自分の能力を使ってこなかったことを悔やんでいました。

 僕がこの能力を使いこなせていれば、蒼露様に僕と蒼露の樹を、

 天秤にかけるような言葉をいわせなくても済んだかもしれないと」


風の精霊が僕の手を握り、フルフルと顔を横にふる。


「そんな悲しい選択を一瞬でも選ばせることになった、自分が許せなかった」

 

「それは違うかなって」


何も違わない。あそこで僕が蒼露の樹を癒せたのは奇跡に近い。

僕は自分の能力を使いこなせていなかったのだから。

蒼露の樹を癒せたからよかった。だけど、癒せなければ……。

蒼露様のあの言葉は真実になったんだ。


「違いません。あの時の僕が蒼露の樹を癒せたのは偶然でしかない」

 

「……」


「次、同じことがあったら癒せないかもしれない」


僕の言葉に風の精霊が息を飲んだ。

そして、彼女の瞳がゆっくりと絶望に染まるのを僕は見ていた。

自分の考えが間違っていなかったことに、心が沈む……。

風の上位精霊は、蒼露様が女神の頃から共に生きてきた精霊の一人だ。

長い長い年月……蒼露様と共にあった精霊なんだ。

深い深い絆を結んだ存在を失うのは、想像を絶する痛みを覚えるに違いない。


「いや、かな、って」


「……」


「蒼露様を、失うのは、いやかなって!」


すがるように僕を見て風の精霊が叫ぶように声を出した。

彼女の叫びに呼応するように、各属性の色を纏った球体が僕のそばに現れた。

その一つ一つが、各属性の精霊なのだろう。僕には球体の姿にしか見えないけれど。

風の精霊のそばにいたのか、風の精霊が心配で駆けつけてきたのか……。

僕にはわからない。


彼女達の心を軽くする方法はある。

失う恐怖や不安は、完全に消えるものではないけれど、

囚われた心を軽くすることはできると思う。

そしてそれは、蒼露の樹を癒せる僕にしかできないことだ。


それに……ここで彼女達の心を軽くしておかないと、

彼女達はいつか神の理に背くかもしれない。


神が定めた理に背いて咎めがないなどとは思えない。

この世界の神は魂に干渉してしまえる存在なのだから。


僕は風の精霊の覚悟を聞いた。


風の精霊は黒に近い灰色になることはできても、黒にはなれないと話していた。

黒になれないのは……その前に命を落とすからだと思う。


お父様を愛しているのだと嬉しそうに話す精霊達のままでいて欲しい。

彼女達がお父様と呼ぶ神と蒼露様を天秤にかけるようなことを……させたくはない。

精霊達は僕を受け入れてくれたから。この世界を認めることができない僕を……。

この世界を愛してやまない彼女達は……認めてくれたから……。


だから……。自分では気が付いていなくても助けを求めているその声に、

僕は精一杯答えようと思った。

彼女達のために、そして……僕が人でいるために。


僕の手を握っている風の精霊から、手をそっと引き抜いた。

そしてそのまま、鞄を開けて鞄の中から液体の入った瓶を取り出し、

ぼんやりと僕を見ている風の精霊にその瓶を渡す。


「これはなにかな?」


自分の手の中にある瓶を見ながら、風の精霊は暗い声を響かせる。


「精霊水に僕の癒しの能力をこめたものになります」


「え?」


蒼露の樹を癒した日から……僕は自分の能力を使って様々な実験をしていた。

能力の理解が深まるごとに、出来ることも増えていっていた。

今の僕ならば、蒼露の樹に苦痛を与えることなく癒せたかもしれない。


「僕の寿命が尽きる前に、薬を作っておくことができたら、

 僕が死んでしまっても、蒼露の樹を癒すことができるでしょう?」


蒼露の樹のためだけではなく、トゥーリやクッカ、アルトにも渡したい。

いつか僕が消えてしまっても……三人を守れるように。

これから出会うであろう、三人の大切な人達を守れるように。


「精霊は病気にならないようなので、使うことはないと思いますが、

 蒼露の樹の薬として、複数の精霊達が所持していれば安心でしょう?」


僕を見ている風の精霊の瞳が揺れた。彼女の瞳に明るい色が戻りつつある。

僕には球体にしか見えないけれど、風の精霊の周りに浮いている彼女達も、

落ち着きを取り戻したようだ。


「これがあれば、蒼露の樹が病気になっても治すことができるのかな?」


風の精霊の期待がこめられた眼差しに、僕は首を横に振ることで答える。


「わかりません」


「どういう意味かなって」


「僕には植物の病気に関する知識がありません……。

 病に侵されているのか、いないのかの判断もつきません」

 

それも普通に生えている樹ではなく、意思疎通ができる樹だ。


「なので……薬を作っては見ましたが、効果のほどが判断できません。

 枯れた蒼露の葉で試した時は、蒼露の樹を治した時と同じ結果が出ました。

 だから、多分この薬で癒せるとは思います……」


「セツナは納得していないのかなって」


「そうですね。この薬はまだ治験が済んでいません。

 決して病気になって欲しいということではないですが、

 僕が死ぬ前に実際試すことができれば、いいのですが……」


僕の死ぬという言葉に、風の精霊の肩に力が入る。

この世界の人達は、水辺にいくとか旅立つという言葉を選ぶことが多い。

だけど……僕は水辺にはいかないから、彼女達の前ではその言葉を使わない。


「僕が生きているうちに、納得いく薬を作り上げたい。

 そして、それを貴方方に受け取って欲しいと思っています。

 もしかしたら、癒せないかもしれないと思いながら死ぬのは嫌ですから」


「……セツナ」


「僕は……きちんと検証して、確実なものを渡したい。

 だから……僕に力を貸してくれませんか?

 僕の薬作りを手伝って貰えませんか?」


僕のお願いに、風の精霊は黙って僕を見つめてから、

自分の手元に視線を落として、瓶をじっと眺めた。


「私達なら分かるかなって……」


綺麗な形の唇から呟くようにこぼれ出た言葉は儚く空気の中に消えたのに、

顔を上げ僕を見る風の精霊の瞳は、強い強い意思を秘めていた。


「蒼露の樹が病に侵されてから、私達も試行錯誤して……きたかなって!」


風の精霊が叫ぶようにそう告げ、僕へと抱き付き涙を落とした。

その涙には、色々な意味がこめられているのだと思う。

様々な感情を洗い流すかのように、風の精霊は声を上げて泣いていた……。


蒼露様を助けたくて、助けたくて、助けたくて、日々蒼露の樹を癒す方法を、

精霊達は探していたのだと思う。

なのに、その日々の努力が報われることはなかった。

僕の両親のように……苦悩の日々を過ごしていたのかもしれない……。


それならば……僕が彼女達の努力を引き継ごう。

精霊達と共に、この薬を作り上げることを誓う……。


この薬が完成すれば……きっと、精霊達の不安や恐怖が薄れると思うから。


「ありがとう……」


囁くような声で、風の精霊が僕にそういった。

僕の周りで揺れるように浮いている球体も、なんとなくお礼をいっているような気がする。


「他の精霊達もありがとうって、いっているかなって」


僕の目が球体を追っていることに気が付いた風の精霊が、

はにかむように笑ってそう告げた。


「これからよろしくお願いしますね」


風の精霊と僕には球体にしか見えない精霊達にそう告げると、

喜びを伝えるような魔力の波動が……僕を包むように広がった。


そして……その魔力のせいで……僕の結界が粉々に砕け散り、

涙を落としている風の精霊にしがみ付かれている姿を、

皆の前に晒すことになったのだった……。



皆の視線が僕達に集まっているなか、風の精霊がそっと僕から離れた。

そんな僕達の傍にアルトがきて、風の精霊が持っている瓶に視線を向けると、

軽く頷いてから風の精霊に「よかったね」といって笑った。


アルトには、蒼露の樹の薬だということは教えてあった。

薬を作っている理由については、僕が忙しい時のためのものだと話している。

そこから想像して、僕と風の精霊の会話が薬のことだと気が付いたのかもしれない。


精霊達が蒼露様と蒼露の樹を大切に思っていることを、アルトは知っているから。

風の精霊が嬉しくて泣いていると考えたのだろう。


彼女の涙の理由は、1つではないけれど喜びの涙も含まれているから、

間違いではない……。


風の精霊は、アルトの言葉に笑みを浮かべてそっとアルトの頭を撫でてから、

その姿を隠したのだった……。


風の精霊が姿を隠したことで、この場の空気が緩んだ。

風の精霊に何かあったのかと心配そうに僕を見る彼らに、

病気を治す薬を渡したのだと真実を伝えた。

なぜ今なのかという疑問は残ると思う。

だけど、いつ、誰に使うのかは教えることができないと告げると、

それ以上何も聞かれなかった。



彼らは何も聞かれなかったけれど……僕とアルト以外の全員が膝をついて、

風の精霊のために病気の快癒を願い、祈りを捧げていたのだった……。


彼らのその姿に、風の精霊が嬉しそうに微笑んでいたのを僕だけが見ていた。



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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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