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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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38/43

『 セイルと冒険者になる理由 』

いつも小説を読んでいただき、ありがとうございます。

ドラゴンノベルス様から、3月5日(火曜日)に、

『刹那の風景5 68番目の元勇者と晩夏の宴』が発売となります。

詳しくは、活動報告を見ていただけると嬉しいです。


正直、これ以上読者数が減るのは続刊的に厳しい状況です。

よろしければ、Webと同様に、書籍も応援していただけると、

幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします!


緑青・薄浅黄


【 セツナ 】


真面目なセイルの表情に、クロージャ達も、

アルトと同様に食べるのをやめる。


アルトがセイルに、「どうして冒険者になろうと思ったの?」と、

尋ねたときには、彼らは好奇心が宿る瞳でセイルを見ていた。

きっと、酒肴の人達が盛り上がっていたように、

楽しい話になると思ったのかもしれない。


しかし、セイルの「あまり楽しい話じゃないけど……」と、

いう言葉で、皆が笑みを消し心配そうに彼を見つめていた。


「前に、俺の村が魔物に襲われたって話をしただろう?」


「うん。あのときはごめん」


「気にしてない。俺の言い方も悪かったし」


アルトの謝罪にセイルが軽く笑う。

子ども達の間で何かあったようだけど、

彼らで解決できたのだろう。


「……父ちゃんと母ちゃんが、

 魔物から俺を守ってくれたから、

 俺は生きてるんだっていうことも、話したと思うんだ」


「うん。聞いた」


「俺がはっきりと覚えているのは、

 父ちゃんと母ちゃんに抱きしめられていたことと、

 『大丈夫だセイル。大丈夫よセイル』って、

 ずっと声をかけてくれていたこと、

 それから、魔物のうなり声……」


セイルが話しだしてから、周りの声量が下がった。

軽く雑談しながらも、セイルの話に耳を傾けているようだ。

それはセリアさんも同じで、オウカさん達から離れて、

僕達のそばにいた。


「……俺は……」


「セイル。辛かったら無理に話すことない」


途中で言葉が紡げなくなったセイルの背中を、

アルトがゆっくりとなでながらいった。


「クロージャも、ワイアットも、ロイールも、

 アルトも、ちゃんと話せた。

 辛くても、辛い記憶をちゃんと話せた」


「……」


「だから……きいて。

 上手に、はなせないかもしれないけど、

 ここではなせなかったら、俺はずっと、

 はなせないかもしれない」


「うん。ゆっくりでいいよ。

 辛かったら泣いてもいい。

 明日の朝まで、時間はいっぱいある」


アルトの言葉に同意するように、

皆がしっかりと頷く。セイルは皆のその姿に、

安心したように少し笑った。


「俺は気を失っていて、

 冒険者の人達に助け出されたときには、

 もう全部終わっていたんだ。

 だから、父ちゃん達が埋葬されるところは見てない」


「……」


「でも、村の人達が『酷い有様だった』っていっている声を、

 覚えているから、冒険者の人達はまだ小さかった俺に、

 見せないようにしてくれたのかもしれない」


セイルのこの言葉に、バルタスさんやエレノアさんが、

ナンシーさんに視線を向けたが、彼女は軽く俯いたまま、

誰も見なかった。


ナンシーさんのその姿に、嫌な予感がしてならない。

それは僕だけではなく、バルタスさん達も同じだったようで、

周りに気付かれないように、そっと息をついた。


「俺、冒険者の人達に助け出されてからの記憶が、

 あんまりないんだ。はっきりと覚えていることもあるし、

 ぼんやりと覚えていることもあるし、

 覚えてないこともあるみたいなんだ」


不安そうに告げるセイルの話を肯定するように、

クロージャが静かに口を挟んだ。


「……大先生達が、セイルはすごく悲しい思いをして、

 心を閉ざしているから、あまり人の声が聞こえていないって、

 教えてくれた。だけど、優しい言葉は必ず届くから、

 みんなで、セイルを支えようって話してた」


セイルが目を見開いて、クロージャを見る。


「あのときの俺は、

 心を閉ざすっていう意味がわかってなかったと思う。

 だけど、セイルは俺のあとに孤児院に預けられて、

 大先生が俺に、セイルは俺と同じ歳だけど、

 弟になるから、仲良くしてあげてほしいといったんだ」


「……」


「俺も母さんを水辺に送ったばかりで、

 セイルも両親が水辺にいったって聞いて、

 俺と一緒で寂しいのかもしれないって……」


「だから、ずっと、俺の手を握って、

 一緒に座ってくれていたのか?」


「セイルのためだけじゃない。

 俺も寂しかったんだ。

 俺は、母さんが水辺にいったっていう意味が、

 まだそのときは、理解できていなかったから」


クシャリと悲しそうに顔を歪めたセイルに、

クロージャが苦笑した。

そんな二人を見て、ロイールがそっと目を伏せた。


セイルが飲み物を飲んでから、また口を開く。


「だから、もしかしたら間違っているかもしれない。

 それでもいい?」


「いいよ。それが、セイルの真実なんでしょう?

 なら、それでいいと思う」


「そっか……」


セイルはアルトに頷き、一度軽く息をはいてから、

記憶を探るように話していく。


「沢山の冒険者がきていたと思う。

 ほとんどの人が亡くなったと思う。

 だから、村にはもう住めなくて、

 生き残った人達を、希望する場所に送ってくれるって、

 もう、会うこともないから『元気で』って、

 隣のお姉ちゃんが、泣きながらいってた……」


セイルが悲しそうに、目線を下げた。


「俺は、母ちゃんの妹のところに送ってくれるって、

 冒険者の人が話していたと思う。

 母ちゃんがその人にそう頼んだって、いっていた」


「……」


「母ちゃんはまだ、かすかにいきがあって、

 最後……その冒険者に、俺のことを頼んだんだって。

 だから、責任持って連れていってくれるって、

 話していたと思う」


記憶が曖昧だといいながら、覚えていることもあるのは、

その冒険者が、何度も何度もセイルに話しかけてくれたようだ。

彼が頷くまで何度も根気よく……。


セイルを助けた冒険者は、とても誠実な人だったのだろう。


「俺はその人に抱えられて、

 俺の荷物と一緒に幌馬車に乗せられたけど、

 どうやって、町にいったのかは覚えてない。

 熱がでて辛かったような気がするけど……。

 あんまり覚えていないんだ」


セイルは「いつもどこか遠いところで、

誰かの声を聞いていた」と続けて話したあと、

また、飲み物を一口飲んだ。


「母ちゃんの妹だっていう人に会った……。

 そのときのことはすごく覚えてる。母ちゃんにそっくりで、

 母ちゃんに会うためにここにきたんだって思った。

 嬉しくて、『母ちゃん』って呼んで、走っていこうとしたら、

 『家では面倒をみれない、だから孤児院に預けてくれ』って、

 冷たい声でいわれた。俺を見る目が母ちゃんじゃなかった」


ミッシェルとロイールが、酷いと呟く。

その呟きを聞いた、エミリアとジャネットが、

「よくあることだよ」と寂しそうにいった。


エミリアとジャネットに同意するように、

クロージャが頷き、ワイアットはため息をついた。


「……目の前で扉を閉められて、

 どうしていいかわからなくて、動けずにいたら、

 ここまで連れてきてくれた冒険者が、俺の手を握って、

 そこから移動させてくれたんだ。

 その人はすごく怒ってて、その人の仲間も怒ってて、

 このまま、孤児院ってところにいくのかなって思ってた」


そういってセイルが俯き、

しばらく声をだすことができないようだった。

アルト達は、そんなセイルを急かすことなく、

黙って待っていた。


「でも違って、俺はまた幌馬車に乗せられたんだ。

 この国の孤児院は信用できない。

 だから、ちょっと遠いけど、僕達の国に一緒にいこうって、

 僕達が知っている孤児院なら、安全だからって、

 俺をハルに連れてきてくれたんだ」


「うん」


「俺は、そのとき話せなくなっていて、

 ずっとぼんやりしていたと思う。

 話しかけられても答えれなかったし、

 ご飯も食べることができなかった。

 ものすごく手がかかったと思う」


「そういえば、セイルは半年ぐらい、

 一言も話さなかったな……。

 初めて、声を上げたときは驚いた。

 俺は、セイルは話せないと思っていたから」


「クロージャが、ずっと話しかけてくれてたから、

 返事をしたいと思ってたら、話せるようになってたんだ」


二人が視線を合わせて笑う。

その姿に、皆もつられて笑っていた。

セイルが少し肩から力を抜いて、再び話し始めた。


「ぼんやりしてたから、覚えていることは、

 その人が何度も繰り返し、話していたことと、

 料理の味……。俺、その人の名前も、

 チームにいた人の名前も、

 チームの名前も覚えてないんだ」


セイルはそういって寂しそうに笑う。


「その人は、どんな人だったの?

 どんなことをいっていたの?」


「変な人だった」


アルトの質問に、セイルが笑いながら答える。


「変な人?」


「うん。話し方が特徴のある人だったんだ。

 『僕ぁ~』て、間延びするような話し方でさ……」


セイルがそういった瞬間、周りの雰囲気がはっきりと変わった。

その前からも、「もしかして……」という声が届いていたから、

確証はないけれど、セイルの話から、

何か思い当たることがあったのかもしれない。


アルト達は、セイルの話に集中しているから気が付いていないが、

僕には酒肴の人達の息を飲む声が耳に届いていた。


すぐにそれぞれが、話を再開しだす振りをしていたが、

ルーシアさんだけが、周りに声をかけられても、

声が届いていないようだった。

目を見開いて、ずっとセイルを見つめている。


そして、彼女がこちらに向かって、

一歩踏み出そうとした、その瞬間、

カルロさんがわざと机の上の物を落とした。


食器が重ねて落ちたことで大きな音が鳴り、

話に集中していた子ども達が、

驚いたようにカルロさんの方を見た。


彼は大きな音を立てることで、

ルーシアさんの様子がおかしいことを悟られる前に、

子ども達の視線を自分の方へと向けた。


「悪い。今すぐ片付けるからな!

 ちょっとバタバタするからさ、

 セツナ、こっちの音が、

 向こうに聞こえないようにしてくれよ。

 大切な話に水を差すのは忍びない」


そういってカルロさんが、真っ直ぐに僕を見る。


「わかりました」


僕とカルロさんが、そんなやり取りをしている間に、

ルーシアさんはセルユさんに連れられて、

家の方へと移動し姿を消している。

そして、フリードさんが、僕達に飲み物を持ってくる。


「そろそろ水にも飽きた頃だろ?」


フリードさんが笑って、

お酒の入ったグラスを置いてくれる。

僕が水に飽きていたことを、知っていたようだ。


だけど……。

僕の前に置かれたコースターに、スッと視線を落とすと、

フリードさんは、一瞬、体の動きを止めた。

このコースターは、声を拾って届けるための魔導具だ。

多分、ルーシアさんに声が届くように、用意したのだろう。


カルロさんが食器を落とすと同時に、

酒肴の人達が視線でやり取りし、

すぐに役割が決まっていたと思う。

事情を知らない人は、その場から動かず、

知っている人は、それぞれがルーシアさんのために動いた。

酒肴のそういったところは、いつもすごいと思っている。


「そろそろお酒を取りにいくか、悩んでいたんです。

 ありがとうございます」


特に何もいわず、それだけ伝えると、

フリードさんは、体の力を抜いてから苦笑し、

声をださずに「すまない」と僕だけに伝えた。


グラスを手に持って、口元まで運ぶ。

この一杯は、苦い酒になりそうだと思いながら、

いれてもらった酒を一口飲み込んだ。


アルト達もいれてもらった飲み物を飲み、

一息つくと、セイルに「続きを話せる?」と聞く。

セイルは軽く頷いた。


「その人は、いつも俺の隣りに座って、

 何かを話してくれていたんだ」


「何を話していたの?」


「うーん。ずっと、自分のことを話してた……」


「自分のこと? 

 セイルを励ましたり、慰めたりじゃなくて?」


アルトが不思議そうに首をかしげる。


「そう。俺が覚えているのは、

 『僕ぁ~本当は別のチームに入りたかったんだぁ~、

 でもねぇ~僕の大切な娘が将来このチームに入りたいから~

 そこで待っててね~、ていったんだぁ~』みたいな感じ」


セイルがその人の口まねをしながら、

覚えていることを話すと、

エミリアとジャネットがクスクスと笑う。


ミッシェルとクロージャが、

他にどんなことを覚えているのかと尋ねると、

セイルはその人との記憶を語っていった。


その人の好きな料理の話、嫌いな物の話、

大切な物の話、大切な人の話……。

食べることができる野草の話や、

美味しくなかった魔物の話……。


セイルがその人のことを語る度に、

酒肴の人達の肩が揺れたり、呟きが聞こえた。

今もまた、一つカルロさんの呟きが届く。

「どこまでいっても、兄貴らしい……」という、

哀しみを帯びた声が……聞こえた。


僕には何があったのか、わからない。

わからないけれど……。

酒肴のチームにとって、大切な人だったのだろう……。


「それから、調味料の話が多かったと思う」


「調味料?」


「そう。その人だけじゃなくて、

 そのチームの人全員が『料理は調味料!』って、

 いつも話してた気がする」


セイルが何かを思い出したように、

自分のお皿の上にある料理を見る。

そして、少し首をかしげながら、

フォークで料理をすくって、食べる。


「セイル?」


話すのをやめ料理を食べた彼に、

アルト達が不思議そうにセイルを見た。


「ああ、そうだったのか」


「どうしたの?」


一人納得しているセイルに、

アルトが尋ねる。


「この料理、すごく懐かしい感じがしてたんだ」


「何度も取って食べてるから、

 好物なんだと思ってた」


「……うん。好きなのは好きだ。

 でも、孤児院で食べたことないし、初めてだと思うのに、

 どこかで食べたことがある気がして、気になってた」


「その人達が作ってくれてた料理?」


「ちょっと、味が違うけど……。

 似てる気がするんだ」


セイルはそういってもう一口食べる。

「うーん」と唸ってから、何かを考え始め、

いきなり吹き出す。


「どうしたの?」


「ごめん。その人達がこれに似た料理を作るとき、

 いつも歌ってたことを思い出したんだ」


「どんな歌?」


「確か……。野菜とお肉か魚介類~。

 お塩と胡椒は、少なめに~」


セイルが記憶の中にある曲をたどたどしく歌い始めると、

酒肴の人達が、懐かしそうに目を細めながら、

小さな声で一緒に歌っている。


向こうの声は、アルト達には聞こえていないから、

彼らが一緒に歌っていることには気付かないだろう。


「……~。

 最後に秘密の隠し味~。

 それが、料理の決め手なの~。

 人の数だけ味がある~」


そこでセイルが歌うのをやめて、

楽しそうにアルト達を見た。


「ここからの歌詞が、料理を作る人で違うんだ、

 僕の場合はとか、私の場合はとか、俺の場合はとか」


「全部覚えているの?」


ジャネットの言葉に、セイルが頷く。


「今、思い出した」


「歌って、一度覚えると、

 ずっと覚えてるもんな」


ワイアットがそういうと、

同意するようにそれぞれが頷いて笑う。


「女の人の歌う歌詞は、

 いつもちょっと変だった気がする」


「変?」


「うん。『野菜がなければ、草でもいいの~』って、

 今、その歌を歌いながら料理を作ってたら、

 俺、野菜と草は違うと思うっていうだろうな」


「確かに」


子ども達が一斉に笑う。


「それで、隠し味は?」


ミッシェルが、先が気になるというように、

セイルを促すと、セイルはそれぞれの隠し味の歌を、

丁寧に歌っていく。


それと同時に、紙に何かを書く音が僕に届く。

誰かの「俺達には、隠し味は秘密~といって、

教えてくれなかったのに……」という恨み言が届く。


その音は、その声は、

涙をこらえながら、悲しそうに笑いながら、

小さく肩を揺らしながら、苦笑しながら、

酒肴の人達が、真剣に隠し味を記している音だった。

セイルの恩人達の味が……酒肴へと引き継がれていく……。


「それで、俺のそばに一番いてくれた人の隠し味は、

 ディケイブルと……大きな愛情だって、歌ってた」


「ディケイブルってなに?」


エミリアの問いに、セイルは首を横に振って、

「知らない。俺が思い出せたのは、歌詞だけだから」と告げた。


セイル達の視線が僕に向けられる。

それは、セイルだけではなく酒肴の人からも、

同様の視線が僕に向いた。


「ディケイブルは植物の根だよ。

 薬として使うことが多いかな。

 僕も薬の調合でしか使ったことがない。

 効能は肝臓機能の強化と食欲増進」


僕は鞄から瓶を取り出し、机の上に置いた。

粉状になったディケイブルは少し黄色い。


「隠し味は大きな愛情。

 その人は、料理を沢山食べて元気でいてほしいと、

 願いながら作ってくれていたんだろうね」


僕の言葉にセイルが「そうだと思う」といって笑った。


「それで……。俺が冒険者になろうと思ったのは、

 2年ぐらい前かな。冒険者に助けられて、

 沢山の人がハルにたどり着いたことがあっただろう?」


「あったな。弟妹もあの頃に増えた」


「私も覚えてる」


クロージャとエミリアがそういうと、

ロイール達も頷いた。

皆の記憶に残るということは、

それだけ酷い状況だったのかもしれない。


「俺はあのときに、

 俺を助けてくれた冒険者達のことを、思い出したんだ。

 泥だらけで泣いている子どもを、その場にいた冒険者達は、

 躊躇せずに抱き上げているのを見て、

 俺も、こんな大人になりたいって思ったんだ」


「……」


「俺を守ってくれた、父ちゃんや母ちゃんみたいな大人に、

 俺と一緒にいてくれた、冒険者達みたいな大人に、

 そんな冒険者に、俺もなりたいって思ったんだ」


「うん。セイルなら絶対になれる」


アルトが、真っ直ぐにセイルを見て言い切る。

二人のやり取りに、ニールさんが、片手で目元を抑え、

バルタスさんが、泣き笑いのような表情で、

セイル達を優しく見つめていた。


「……でも……。

 俺……魔物に復讐したいって気持ちもあるんだ」


アルトから視線を外して、セイルが小さな声で吐露する。

声が小さいのは、ワイアットのときのことを覚えているからだろう。


「いいんじゃないかな。魔物は人の敵だ。

 魔物が減れば、それだけ助かる人がいるんだから、

 狩れるだけ狩ればいいと思う」


「うん。それと、それとな!」


アルトに肯定されて、セイルが続けざまに話す。


「俺、俺を助けてくれた、

 冒険者達を探したいんだ!

 俺を助けてくれた人なのに、

 俺をここに連れてきてくれた人達なのに、

 俺は、お礼もいえてない」


セイルの言葉に、酒肴の人達の動きが鈍り、

彼らの表情が消えた。


「探さなくても、

 ギルドで聞けば教えてくれるでしょう?」


「ナンシーさんに、教えられないっていわれた。

 冒険者の情報は簡単に教えられないんだって」


皆の視線がナンシーさんに流れるが、

ナンシーさんは、困ったように笑うだけで何もいわなかった。


「だから、冒険者になって、

 俺を助けてくれた、お礼をいいたいんだ。

 ちゃんと、ありがとうございましたって、いいたいんだ」


「そんなに料理に詳しいんだったら、

 酒肴の人じゃないのか?」


クロージャの言葉に、セイルが首を横に振る。


「俺もそうかもしれないって思って、

 酒肴の人達のことを見てたんだけど、

 一度も見かけたことがない」


「そうなのか」


「まぁ、美味しいものを求めてる冒険者って、

 結構いるらしいし……」


「ああ、兄貴達も話してたな。

 アルトもミッシェルも、そうだしな」


クロージャに、視線を向けられた二人が、

そうだというように笑って頷いた。


「……で」


『アルト』


アルトがセイルに話しかけるのを、心話で止める。


『僕の方を向かずに、話を聞いてくれる?』


『うん』


『アルトは、冒険者の情報を教えてほしいではなく、

 冒険者とつなぎを取ってほしいと、頼めばいいと、

 セイルに教えてあげるつもりなのかな?』


『そう。これなら、セイルの恩人の冒険者が、

 会ってもいいっていってくれたら、

 探さなくても大丈夫だから』


『そうだね。 

 でも、それは……セイル達には黙っていてほしい』


『……どうして?

 セイルは知らないから、自分で探そうとするんでしょう?

 教えてあげたら、すぐにお礼をいえる』


『その方法は、ナンシーさんも知っているよ。

 もし、連絡がつくのなら……、

 そのときにセイルに教えているはずだよ』


僕の言葉の意味を考えて、アルトが微かに息を止めた。

だけどその動揺を悟られないようにだろう、

グラスに手を伸ばし、ゆっくりと飲み物に口を付けた。


セイルが冒険者の情報が欲しいと頼んだから、

ナンシーさんは教えられないと断った。


でも、その冒険者とつなぎを取ってほしいと頼んでいたら、

彼女は真実をセイルに伝えたかもしれない。


『……師匠』


『……』


『師匠……。もしかして……』


『僕も話を聞いたわけじゃないんだよ。

 だけど、セイルがここまで切望しているのに、

 誰も何もいわない。

 ここには、ヤトさんも、オウカさん達もいる。

 黒達も黒のメンバーも、皆知っているはずなのにね』


『……どうして、

 セイルに本当のことを教えてあげないの?』


『僕の想像でしかないけれど……。

 ご両親を亡くして、その哀しみを乗り越えて、

 自分の夢や目標を見つけたセイルの心を、

 ナンシーさんは傷つけたくなかったんじゃないかな。

 せめて、セイルが大人になるまで……』


『……そっか。

 ナンシーさんは、セイルに優しい嘘をついたんだね』


『そうだね』


『セイル……悲しむだろうな』


『……』


『俺も、今は、いわない。

 でも、セイルが真実を知るときは、

 その冒険者がセイルに寄り添ったように、

 俺が寄り添うよ。きっと、クロージャ達も』


『うん』


アルトは一度目を閉じると、

ゆっくり呼吸してから、

顔を上げてセイル達との会話に加わった。


正義感が強く、嘘が嫌いなのに、

友人の心を守るために、迷わず、嘘をつくことを選んだ。

そして、そのあとに起こりうるだろう出来事に、

仲間と共に寄り添うことを決めたアルトが、眩しい。


「だから、俺が冒険者になって、

 暁の風に入ったら、一緒に探してほしいんだ……」


セイルの言葉に、クロージャ達が力強く頷き、

アルトは少しその瞳を揺らした。

だけど、それは本当に一瞬で……。


「俺は、セイルを助けるよ」


セイルのお願いに、

アルトは誠意をもって応えた……。



『セツナ』


アルトを眩しく思いながらも眺めていると、

心話でセリアさんに呼ばれる。

胸ポケットから時計を取り出して時間を確認する。


セイルの話も終わり、

酒肴の人達も落ち着きを取り戻している。


『計画を変更しなくても、大丈夫ですか?』


『大丈夫ヨ』


『わかりました。では、始めましょうか』


『うん。お願いネ』


『はい』


セリアさんの、ハルでの最後の願いを叶えるために、

僕は、酒を飲み干してからゆっくりと席を立った……。




『刹那の風景5 68番目の元勇者と晩夏の宴』




挿絵(By みてみん)





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