『 セイルと冒険者になる理由 』
いつも小説を読んでいただき、ありがとうございます。
ドラゴンノベルス様から、3月5日(火曜日)に、
『刹那の風景5 68番目の元勇者と晩夏の宴』が発売となります。
詳しくは、活動報告を見ていただけると嬉しいです。
正直、これ以上読者数が減るのは続刊的に厳しい状況です。
よろしければ、Webと同様に、書籍も応援していただけると、
幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします!
緑青・薄浅黄
【 セツナ 】
真面目なセイルの表情に、クロージャ達も、
アルトと同様に食べるのをやめる。
アルトがセイルに、「どうして冒険者になろうと思ったの?」と、
尋ねたときには、彼らは好奇心が宿る瞳でセイルを見ていた。
きっと、酒肴の人達が盛り上がっていたように、
楽しい話になると思ったのかもしれない。
しかし、セイルの「あまり楽しい話じゃないけど……」と、
いう言葉で、皆が笑みを消し心配そうに彼を見つめていた。
「前に、俺の村が魔物に襲われたって話をしただろう?」
「うん。あのときはごめん」
「気にしてない。俺の言い方も悪かったし」
アルトの謝罪にセイルが軽く笑う。
子ども達の間で何かあったようだけど、
彼らで解決できたのだろう。
「……父ちゃんと母ちゃんが、
魔物から俺を守ってくれたから、
俺は生きてるんだっていうことも、話したと思うんだ」
「うん。聞いた」
「俺がはっきりと覚えているのは、
父ちゃんと母ちゃんに抱きしめられていたことと、
『大丈夫だセイル。大丈夫よセイル』って、
ずっと声をかけてくれていたこと、
それから、魔物のうなり声……」
セイルが話しだしてから、周りの声量が下がった。
軽く雑談しながらも、セイルの話に耳を傾けているようだ。
それはセリアさんも同じで、オウカさん達から離れて、
僕達のそばにいた。
「……俺は……」
「セイル。辛かったら無理に話すことない」
途中で言葉が紡げなくなったセイルの背中を、
アルトがゆっくりとなでながらいった。
「クロージャも、ワイアットも、ロイールも、
アルトも、ちゃんと話せた。
辛くても、辛い記憶をちゃんと話せた」
「……」
「だから……きいて。
上手に、はなせないかもしれないけど、
ここではなせなかったら、俺はずっと、
はなせないかもしれない」
「うん。ゆっくりでいいよ。
辛かったら泣いてもいい。
明日の朝まで、時間はいっぱいある」
アルトの言葉に同意するように、
皆がしっかりと頷く。セイルは皆のその姿に、
安心したように少し笑った。
「俺は気を失っていて、
冒険者の人達に助け出されたときには、
もう全部終わっていたんだ。
だから、父ちゃん達が埋葬されるところは見てない」
「……」
「でも、村の人達が『酷い有様だった』っていっている声を、
覚えているから、冒険者の人達はまだ小さかった俺に、
見せないようにしてくれたのかもしれない」
セイルのこの言葉に、バルタスさんやエレノアさんが、
ナンシーさんに視線を向けたが、彼女は軽く俯いたまま、
誰も見なかった。
ナンシーさんのその姿に、嫌な予感がしてならない。
それは僕だけではなく、バルタスさん達も同じだったようで、
周りに気付かれないように、そっと息をついた。
「俺、冒険者の人達に助け出されてからの記憶が、
あんまりないんだ。はっきりと覚えていることもあるし、
ぼんやりと覚えていることもあるし、
覚えてないこともあるみたいなんだ」
不安そうに告げるセイルの話を肯定するように、
クロージャが静かに口を挟んだ。
「……大先生達が、セイルはすごく悲しい思いをして、
心を閉ざしているから、あまり人の声が聞こえていないって、
教えてくれた。だけど、優しい言葉は必ず届くから、
みんなで、セイルを支えようって話してた」
セイルが目を見開いて、クロージャを見る。
「あのときの俺は、
心を閉ざすっていう意味がわかってなかったと思う。
だけど、セイルは俺のあとに孤児院に預けられて、
大先生が俺に、セイルは俺と同じ歳だけど、
弟になるから、仲良くしてあげてほしいといったんだ」
「……」
「俺も母さんを水辺に送ったばかりで、
セイルも両親が水辺にいったって聞いて、
俺と一緒で寂しいのかもしれないって……」
「だから、ずっと、俺の手を握って、
一緒に座ってくれていたのか?」
「セイルのためだけじゃない。
俺も寂しかったんだ。
俺は、母さんが水辺にいったっていう意味が、
まだそのときは、理解できていなかったから」
クシャリと悲しそうに顔を歪めたセイルに、
クロージャが苦笑した。
そんな二人を見て、ロイールがそっと目を伏せた。
セイルが飲み物を飲んでから、また口を開く。
「だから、もしかしたら間違っているかもしれない。
それでもいい?」
「いいよ。それが、セイルの真実なんでしょう?
なら、それでいいと思う」
「そっか……」
セイルはアルトに頷き、一度軽く息をはいてから、
記憶を探るように話していく。
「沢山の冒険者がきていたと思う。
ほとんどの人が亡くなったと思う。
だから、村にはもう住めなくて、
生き残った人達を、希望する場所に送ってくれるって、
もう、会うこともないから『元気で』って、
隣のお姉ちゃんが、泣きながらいってた……」
セイルが悲しそうに、目線を下げた。
「俺は、母ちゃんの妹のところに送ってくれるって、
冒険者の人が話していたと思う。
母ちゃんがその人にそう頼んだって、いっていた」
「……」
「母ちゃんはまだ、かすかにいきがあって、
最後……その冒険者に、俺のことを頼んだんだって。
だから、責任持って連れていってくれるって、
話していたと思う」
記憶が曖昧だといいながら、覚えていることもあるのは、
その冒険者が、何度も何度もセイルに話しかけてくれたようだ。
彼が頷くまで何度も根気よく……。
セイルを助けた冒険者は、とても誠実な人だったのだろう。
「俺はその人に抱えられて、
俺の荷物と一緒に幌馬車に乗せられたけど、
どうやって、町にいったのかは覚えてない。
熱がでて辛かったような気がするけど……。
あんまり覚えていないんだ」
セイルは「いつもどこか遠いところで、
誰かの声を聞いていた」と続けて話したあと、
また、飲み物を一口飲んだ。
「母ちゃんの妹だっていう人に会った……。
そのときのことはすごく覚えてる。母ちゃんにそっくりで、
母ちゃんに会うためにここにきたんだって思った。
嬉しくて、『母ちゃん』って呼んで、走っていこうとしたら、
『家では面倒をみれない、だから孤児院に預けてくれ』って、
冷たい声でいわれた。俺を見る目が母ちゃんじゃなかった」
ミッシェルとロイールが、酷いと呟く。
その呟きを聞いた、エミリアとジャネットが、
「よくあることだよ」と寂しそうにいった。
エミリアとジャネットに同意するように、
クロージャが頷き、ワイアットはため息をついた。
「……目の前で扉を閉められて、
どうしていいかわからなくて、動けずにいたら、
ここまで連れてきてくれた冒険者が、俺の手を握って、
そこから移動させてくれたんだ。
その人はすごく怒ってて、その人の仲間も怒ってて、
このまま、孤児院ってところにいくのかなって思ってた」
そういってセイルが俯き、
しばらく声をだすことができないようだった。
アルト達は、そんなセイルを急かすことなく、
黙って待っていた。
「でも違って、俺はまた幌馬車に乗せられたんだ。
この国の孤児院は信用できない。
だから、ちょっと遠いけど、僕達の国に一緒にいこうって、
僕達が知っている孤児院なら、安全だからって、
俺をハルに連れてきてくれたんだ」
「うん」
「俺は、そのとき話せなくなっていて、
ずっとぼんやりしていたと思う。
話しかけられても答えれなかったし、
ご飯も食べることができなかった。
ものすごく手がかかったと思う」
「そういえば、セイルは半年ぐらい、
一言も話さなかったな……。
初めて、声を上げたときは驚いた。
俺は、セイルは話せないと思っていたから」
「クロージャが、ずっと話しかけてくれてたから、
返事をしたいと思ってたら、話せるようになってたんだ」
二人が視線を合わせて笑う。
その姿に、皆もつられて笑っていた。
セイルが少し肩から力を抜いて、再び話し始めた。
「ぼんやりしてたから、覚えていることは、
その人が何度も繰り返し、話していたことと、
料理の味……。俺、その人の名前も、
チームにいた人の名前も、
チームの名前も覚えてないんだ」
セイルはそういって寂しそうに笑う。
「その人は、どんな人だったの?
どんなことをいっていたの?」
「変な人だった」
アルトの質問に、セイルが笑いながら答える。
「変な人?」
「うん。話し方が特徴のある人だったんだ。
『僕ぁ~』て、間延びするような話し方でさ……」
セイルがそういった瞬間、周りの雰囲気がはっきりと変わった。
その前からも、「もしかして……」という声が届いていたから、
確証はないけれど、セイルの話から、
何か思い当たることがあったのかもしれない。
アルト達は、セイルの話に集中しているから気が付いていないが、
僕には酒肴の人達の息を飲む声が耳に届いていた。
すぐにそれぞれが、話を再開しだす振りをしていたが、
ルーシアさんだけが、周りに声をかけられても、
声が届いていないようだった。
目を見開いて、ずっとセイルを見つめている。
そして、彼女がこちらに向かって、
一歩踏み出そうとした、その瞬間、
カルロさんがわざと机の上の物を落とした。
食器が重ねて落ちたことで大きな音が鳴り、
話に集中していた子ども達が、
驚いたようにカルロさんの方を見た。
彼は大きな音を立てることで、
ルーシアさんの様子がおかしいことを悟られる前に、
子ども達の視線を自分の方へと向けた。
「悪い。今すぐ片付けるからな!
ちょっとバタバタするからさ、
セツナ、こっちの音が、
向こうに聞こえないようにしてくれよ。
大切な話に水を差すのは忍びない」
そういってカルロさんが、真っ直ぐに僕を見る。
「わかりました」
僕とカルロさんが、そんなやり取りをしている間に、
ルーシアさんはセルユさんに連れられて、
家の方へと移動し姿を消している。
そして、フリードさんが、僕達に飲み物を持ってくる。
「そろそろ水にも飽きた頃だろ?」
フリードさんが笑って、
お酒の入ったグラスを置いてくれる。
僕が水に飽きていたことを、知っていたようだ。
だけど……。
僕の前に置かれたコースターに、スッと視線を落とすと、
フリードさんは、一瞬、体の動きを止めた。
このコースターは、声を拾って届けるための魔導具だ。
多分、ルーシアさんに声が届くように、用意したのだろう。
カルロさんが食器を落とすと同時に、
酒肴の人達が視線でやり取りし、
すぐに役割が決まっていたと思う。
事情を知らない人は、その場から動かず、
知っている人は、それぞれがルーシアさんのために動いた。
酒肴のそういったところは、いつもすごいと思っている。
「そろそろお酒を取りにいくか、悩んでいたんです。
ありがとうございます」
特に何もいわず、それだけ伝えると、
フリードさんは、体の力を抜いてから苦笑し、
声をださずに「すまない」と僕だけに伝えた。
グラスを手に持って、口元まで運ぶ。
この一杯は、苦い酒になりそうだと思いながら、
いれてもらった酒を一口飲み込んだ。
アルト達もいれてもらった飲み物を飲み、
一息つくと、セイルに「続きを話せる?」と聞く。
セイルは軽く頷いた。
「その人は、いつも俺の隣りに座って、
何かを話してくれていたんだ」
「何を話していたの?」
「うーん。ずっと、自分のことを話してた……」
「自分のこと?
セイルを励ましたり、慰めたりじゃなくて?」
アルトが不思議そうに首をかしげる。
「そう。俺が覚えているのは、
『僕ぁ~本当は別のチームに入りたかったんだぁ~、
でもねぇ~僕の大切な娘が将来このチームに入りたいから~
そこで待っててね~、ていったんだぁ~』みたいな感じ」
セイルがその人の口まねをしながら、
覚えていることを話すと、
エミリアとジャネットがクスクスと笑う。
ミッシェルとクロージャが、
他にどんなことを覚えているのかと尋ねると、
セイルはその人との記憶を語っていった。
その人の好きな料理の話、嫌いな物の話、
大切な物の話、大切な人の話……。
食べることができる野草の話や、
美味しくなかった魔物の話……。
セイルがその人のことを語る度に、
酒肴の人達の肩が揺れたり、呟きが聞こえた。
今もまた、一つカルロさんの呟きが届く。
「どこまでいっても、兄貴らしい……」という、
哀しみを帯びた声が……聞こえた。
僕には何があったのか、わからない。
わからないけれど……。
酒肴のチームにとって、大切な人だったのだろう……。
「それから、調味料の話が多かったと思う」
「調味料?」
「そう。その人だけじゃなくて、
そのチームの人全員が『料理は調味料!』って、
いつも話してた気がする」
セイルが何かを思い出したように、
自分のお皿の上にある料理を見る。
そして、少し首をかしげながら、
フォークで料理をすくって、食べる。
「セイル?」
話すのをやめ料理を食べた彼に、
アルト達が不思議そうにセイルを見た。
「ああ、そうだったのか」
「どうしたの?」
一人納得しているセイルに、
アルトが尋ねる。
「この料理、すごく懐かしい感じがしてたんだ」
「何度も取って食べてるから、
好物なんだと思ってた」
「……うん。好きなのは好きだ。
でも、孤児院で食べたことないし、初めてだと思うのに、
どこかで食べたことがある気がして、気になってた」
「その人達が作ってくれてた料理?」
「ちょっと、味が違うけど……。
似てる気がするんだ」
セイルはそういってもう一口食べる。
「うーん」と唸ってから、何かを考え始め、
いきなり吹き出す。
「どうしたの?」
「ごめん。その人達がこれに似た料理を作るとき、
いつも歌ってたことを思い出したんだ」
「どんな歌?」
「確か……。野菜とお肉か魚介類~。
お塩と胡椒は、少なめに~」
セイルが記憶の中にある曲をたどたどしく歌い始めると、
酒肴の人達が、懐かしそうに目を細めながら、
小さな声で一緒に歌っている。
向こうの声は、アルト達には聞こえていないから、
彼らが一緒に歌っていることには気付かないだろう。
「……~。
最後に秘密の隠し味~。
それが、料理の決め手なの~。
人の数だけ味がある~」
そこでセイルが歌うのをやめて、
楽しそうにアルト達を見た。
「ここからの歌詞が、料理を作る人で違うんだ、
僕の場合はとか、私の場合はとか、俺の場合はとか」
「全部覚えているの?」
ジャネットの言葉に、セイルが頷く。
「今、思い出した」
「歌って、一度覚えると、
ずっと覚えてるもんな」
ワイアットがそういうと、
同意するようにそれぞれが頷いて笑う。
「女の人の歌う歌詞は、
いつもちょっと変だった気がする」
「変?」
「うん。『野菜がなければ、草でもいいの~』って、
今、その歌を歌いながら料理を作ってたら、
俺、野菜と草は違うと思うっていうだろうな」
「確かに」
子ども達が一斉に笑う。
「それで、隠し味は?」
ミッシェルが、先が気になるというように、
セイルを促すと、セイルはそれぞれの隠し味の歌を、
丁寧に歌っていく。
それと同時に、紙に何かを書く音が僕に届く。
誰かの「俺達には、隠し味は秘密~といって、
教えてくれなかったのに……」という恨み言が届く。
その音は、その声は、
涙をこらえながら、悲しそうに笑いながら、
小さく肩を揺らしながら、苦笑しながら、
酒肴の人達が、真剣に隠し味を記している音だった。
セイルの恩人達の味が……酒肴へと引き継がれていく……。
「それで、俺のそばに一番いてくれた人の隠し味は、
ディケイブルと……大きな愛情だって、歌ってた」
「ディケイブルってなに?」
エミリアの問いに、セイルは首を横に振って、
「知らない。俺が思い出せたのは、歌詞だけだから」と告げた。
セイル達の視線が僕に向けられる。
それは、セイルだけではなく酒肴の人からも、
同様の視線が僕に向いた。
「ディケイブルは植物の根だよ。
薬として使うことが多いかな。
僕も薬の調合でしか使ったことがない。
効能は肝臓機能の強化と食欲増進」
僕は鞄から瓶を取り出し、机の上に置いた。
粉状になったディケイブルは少し黄色い。
「隠し味は大きな愛情。
その人は、料理を沢山食べて元気でいてほしいと、
願いながら作ってくれていたんだろうね」
僕の言葉にセイルが「そうだと思う」といって笑った。
「それで……。俺が冒険者になろうと思ったのは、
2年ぐらい前かな。冒険者に助けられて、
沢山の人がハルにたどり着いたことがあっただろう?」
「あったな。弟妹もあの頃に増えた」
「私も覚えてる」
クロージャとエミリアがそういうと、
ロイール達も頷いた。
皆の記憶に残るということは、
それだけ酷い状況だったのかもしれない。
「俺はあのときに、
俺を助けてくれた冒険者達のことを、思い出したんだ。
泥だらけで泣いている子どもを、その場にいた冒険者達は、
躊躇せずに抱き上げているのを見て、
俺も、こんな大人になりたいって思ったんだ」
「……」
「俺を守ってくれた、父ちゃんや母ちゃんみたいな大人に、
俺と一緒にいてくれた、冒険者達みたいな大人に、
そんな冒険者に、俺もなりたいって思ったんだ」
「うん。セイルなら絶対になれる」
アルトが、真っ直ぐにセイルを見て言い切る。
二人のやり取りに、ニールさんが、片手で目元を抑え、
バルタスさんが、泣き笑いのような表情で、
セイル達を優しく見つめていた。
「……でも……。
俺……魔物に復讐したいって気持ちもあるんだ」
アルトから視線を外して、セイルが小さな声で吐露する。
声が小さいのは、ワイアットのときのことを覚えているからだろう。
「いいんじゃないかな。魔物は人の敵だ。
魔物が減れば、それだけ助かる人がいるんだから、
狩れるだけ狩ればいいと思う」
「うん。それと、それとな!」
アルトに肯定されて、セイルが続けざまに話す。
「俺、俺を助けてくれた、
冒険者達を探したいんだ!
俺を助けてくれた人なのに、
俺をここに連れてきてくれた人達なのに、
俺は、お礼もいえてない」
セイルの言葉に、酒肴の人達の動きが鈍り、
彼らの表情が消えた。
「探さなくても、
ギルドで聞けば教えてくれるでしょう?」
「ナンシーさんに、教えられないっていわれた。
冒険者の情報は簡単に教えられないんだって」
皆の視線がナンシーさんに流れるが、
ナンシーさんは、困ったように笑うだけで何もいわなかった。
「だから、冒険者になって、
俺を助けてくれた、お礼をいいたいんだ。
ちゃんと、ありがとうございましたって、いいたいんだ」
「そんなに料理に詳しいんだったら、
酒肴の人じゃないのか?」
クロージャの言葉に、セイルが首を横に振る。
「俺もそうかもしれないって思って、
酒肴の人達のことを見てたんだけど、
一度も見かけたことがない」
「そうなのか」
「まぁ、美味しいものを求めてる冒険者って、
結構いるらしいし……」
「ああ、兄貴達も話してたな。
アルトもミッシェルも、そうだしな」
クロージャに、視線を向けられた二人が、
そうだというように笑って頷いた。
「……で」
『アルト』
アルトがセイルに話しかけるのを、心話で止める。
『僕の方を向かずに、話を聞いてくれる?』
『うん』
『アルトは、冒険者の情報を教えてほしいではなく、
冒険者とつなぎを取ってほしいと、頼めばいいと、
セイルに教えてあげるつもりなのかな?』
『そう。これなら、セイルの恩人の冒険者が、
会ってもいいっていってくれたら、
探さなくても大丈夫だから』
『そうだね。
でも、それは……セイル達には黙っていてほしい』
『……どうして?
セイルは知らないから、自分で探そうとするんでしょう?
教えてあげたら、すぐにお礼をいえる』
『その方法は、ナンシーさんも知っているよ。
もし、連絡がつくのなら……、
そのときにセイルに教えているはずだよ』
僕の言葉の意味を考えて、アルトが微かに息を止めた。
だけどその動揺を悟られないようにだろう、
グラスに手を伸ばし、ゆっくりと飲み物に口を付けた。
セイルが冒険者の情報が欲しいと頼んだから、
ナンシーさんは教えられないと断った。
でも、その冒険者とつなぎを取ってほしいと頼んでいたら、
彼女は真実をセイルに伝えたかもしれない。
『……師匠』
『……』
『師匠……。もしかして……』
『僕も話を聞いたわけじゃないんだよ。
だけど、セイルがここまで切望しているのに、
誰も何もいわない。
ここには、ヤトさんも、オウカさん達もいる。
黒達も黒のメンバーも、皆知っているはずなのにね』
『……どうして、
セイルに本当のことを教えてあげないの?』
『僕の想像でしかないけれど……。
ご両親を亡くして、その哀しみを乗り越えて、
自分の夢や目標を見つけたセイルの心を、
ナンシーさんは傷つけたくなかったんじゃないかな。
せめて、セイルが大人になるまで……』
『……そっか。
ナンシーさんは、セイルに優しい嘘をついたんだね』
『そうだね』
『セイル……悲しむだろうな』
『……』
『俺も、今は、いわない。
でも、セイルが真実を知るときは、
その冒険者がセイルに寄り添ったように、
俺が寄り添うよ。きっと、クロージャ達も』
『うん』
アルトは一度目を閉じると、
ゆっくり呼吸してから、
顔を上げてセイル達との会話に加わった。
正義感が強く、嘘が嫌いなのに、
友人の心を守るために、迷わず、嘘をつくことを選んだ。
そして、そのあとに起こりうるだろう出来事に、
仲間と共に寄り添うことを決めたアルトが、眩しい。
「だから、俺が冒険者になって、
暁の風に入ったら、一緒に探してほしいんだ……」
セイルの言葉に、クロージャ達が力強く頷き、
アルトは少しその瞳を揺らした。
だけど、それは本当に一瞬で……。
「俺は、セイルを助けるよ」
セイルのお願いに、
アルトは誠意をもって応えた……。
『セツナ』
アルトを眩しく思いながらも眺めていると、
心話でセリアさんに呼ばれる。
胸ポケットから時計を取り出して時間を確認する。
セイルの話も終わり、
酒肴の人達も落ち着きを取り戻している。
『計画を変更しなくても、大丈夫ですか?』
『大丈夫ヨ』
『わかりました。では、始めましょうか』
『うん。お願いネ』
『はい』
セリアさんの、ハルでの最後の願いを叶えるために、
僕は、酒を飲み干してからゆっくりと席を立った……。





