『 僕とケニスさん 』
ケニス……ミッシェルの2番目の兄
【 セツナ 】
声のした方へ顔を向けると、ミッシェルの兄であるケニスさんと目があった。
「あの、俺も手伝っていいですか?」
「ケニス」
トッシュさんの少し厳しい声音に、
ケニスさんはばつが悪そうな表情を浮かべるが、
それでも諦めることなく僕から視線をそらすことはしなかった。
そんな彼をミッシェルが目を丸くして凝視しているのが視界の端に見える。
「あ、作り方を覚えて、店で販売しようなどとは考えていませんから!」
慌ててそう言葉を付け加えたあと、
僕を手伝いたい理由をケニスさんが話した。
「こんな食べ物は初めてで、
この冷菓がどうやって作られるのか、
ずっと、考えていたけれど、全くわからなかったんです。
だから、すごく気になって……」
ケニスさんが食べ終わったプリンの容器をじっと見ていたのは、
プリンを作る工程を考えていたためだったのかと腑に落ちる。
「あの、駄目なら駄目だといって下さって……」
そんなことを考えていたからか返事が遅れてしまい、
ケニスさんを不安にさせてしまったようで、
彼が手伝うことを諦める前に、急いで口を開いた。
「では、一緒に厨房に行きましょうか」
「本当に? いいんですか?」
「秘密にしているわけではないですしね。
そもそも、僕もジャックから教えてもらったレシピなので、
作り方を覚えてお店で販売してもらっても大丈夫ですよ?」
トッシュさんのお店のお菓子はどれも美味しい。
もしかすると、僕が作るのとは違うプリンが開発されて、
新しいものが食べることができるかもしれない。
それに、ロールキャベツの時もそうだったけれど、
お店で売ってもらえると、
食べたいと思ったときに買いに行けるのが、
最大の利点だと思う……。
「いや……さすがにそこまでは」
そんな自分本位な思いもあっての提案だったのだが、
ケニスさんは、トッシュさんをチラリと見てから、
残念そうに首を横に振った。
多分、この話題は平行線のまま終わるだろうことが想像できたので、
話題を変えようとしたとき、
バルタスさんが明るい声で違う案をだしてくれた。
「セツナよ、レシピをギルドに提供せんか?
唐揚げやコロッケのように、
ギルドからレシピを購入できるようにすれば、
手っ取り早くリシアに広がるぞ」
リシアに広がるというところで、ケニスさんが首をかしげる。
「酒肴のお店で提供するんじゃないんですか?」
「わしらの店で菓子類はださんなぁ」
「そうだった……。
でも、セツナさんが売ればすごく売れると思いますが」
「僕は冒険者なので、お店をする余裕はないですね」
「……確かに。でも、どうしてリシアに広げたいんですか?」
「それは、食べたいものがすぐに手に入る方が楽ですし……」
「そりゃ、食べたいときに食べることができる方が楽だろう」
僕とバルタスさんが同じようなことを同時に答えると、
大体の人が同意するように頷いていた。
「ああ……。俺も、菓子なら自分で作ろうと思えるけど、
料理は作ってもらうほうが好きです」
そういってから、ケニスさんは納得するように小さく笑ったのだった。
プリンのレシピをギルドに提供することに決め、
プリンの作り方に興味がある人だけで厨房に移動する。
まぁ、酒肴の人達にトッシュさんと、
ケニスさんが加わっただけだけど……。
ミッシェルとエミリアとジャネットは、かなり悩んでいたが、
トッシュさんが作り方を覚えて、三人に教えると約束したことで、
彼女達は心置きなくアルトと遊ぶことを選択していた。
厨房で説明しながらプリンを作っていく。
僕が作るものはさほど難しい工程などなく、
サクサクと進んでいくので、さっき厨房にいなかった人達が、
拍子抜けしたような表情をしているのが面白い。
それはケニスさんも同様だったようで、
「もっと、複雑なものだと思ってた……」という感想に、
僕が作っているのは基本のレシピなので、
工夫しだいでいろんな味や様々な食感のプリンができることを伝えた。
そして、そのあとに、
これからどんなプリンが作られていくのか楽しみだと告げると、
トッシュさんが何かを考えるように、
硝子の器に入れられたプリン液を眺めていた。
そんなトッシュさんをケニスさんは、
どこか緊張した面持ちで眺めているのが気になったが、
なにかあれば手助けすることに決めて、気にするのをやめた。
酒肴の人達が、早速プリンに手を加えているのを横目で見ながら、
僕はトッシュさんとケニスさんの側にいた。
酒肴の人達はこの厨房の使い方を知っているので、
いまさら側にいる必要はないだろう……。
僕の横で真剣な表情で、
トッシュさんとケニスさんがプリンを作っていく。
ケニスさん達は酒肴の人達とは違い、
僕のレシピを忠実に再現するように手を動かしていた。
まぁ、その手つきは僕とは比べることができないくらい、
慣れたものだったけれど……。
「うわー! 後もう少しだったのに!」
アルトの声が聞こえて、
顔を上げるとクロージャ達とトランプをしているようだった。
アルトが本当に楽しそうに、
そして幸せそうに笑っている姿に自然と頬が緩んだ。
ふと、視線を感じ隣へ顔を向けると、ケニスさんと視線があう。
わからないところでもあったのかと聞く前に、彼の方が先に口を開いた。
「ミッシェルを助けてくれて、ありがとうございました。
ずっとお礼をいいたかったのに、こんなに遅くなってしまいました」
「いえ、トッシュさんやシャンテルさんから、もう十二分に頂きました」
「それでも、俺もセツナさんにお礼をいいたかったんです……」
どこか苦しそうに紡がれるその言葉に、
僕は先を促すように頷くだけに留めた。
「あの日、ミッシェルが倒れた日、
父さんがミッシェルを抱えて医療院へ向かったとき、
漠然ともう会えないかもしれないって思ったんです」
確かに、ミッシェルのあの状況は命を落とす一歩手前にいた。
「ミッシェルがいない家は火が消えたようで、
何をしていても気になって、ずっと神に祈っていた。
ミッシェルを妹を連れていかないでくださいって。
今思い出しても、すごく怖い、です」
ケニスさんが少し声を詰まらせる。
そんな彼をトッシュさんが小さく彼の名前を呼んで慰めた。
「だから、元気になって帰ってきたときはすごく嬉しかったし、
いつもの日常が戻ってきたと安心しました。
何気ない日常が一番幸せなのだと……わかりました」
そういってケニスさんは穏やかな笑みを浮かべたのだが、
その笑みが持続することはなく途中から悲しそうな、
寂しそうな表情に変わった……。
「ケニスさん?」
表情が変わった理由が気になって声をかけるが、
彼は何でもないというように首を横に振りかけてやめた。
「俺は……家族の形が変わっていっても、
ずっと、そばにいることができると思っていたんです。
ミッシェルがおとん……父さんの後を継いで、
俺や兄は独立することになるだろうけど、
実家に帰れば両親と妹がいる生活が、
これからも続いていくのだと思っていたんです」
「でも違った……」と最後の言葉は、
僕が聞き取れるギリギリの声で呟かれる。
「俺は、妹が冒険者になりたいといいだすとは、
夢にも思っていませんでした。ハルにいれば安全に暮らせるのに。
好きなお菓子作りをしながら、暮らしていけばいいじゃないかと。
どうして……どうして、そんな危険な仕事選ぶのかと、
ミッシェルをかなり責めました。
賛成する父達にも腹が立って仕方がなかった。
すみません、セツナさんも冒険者なのに……」
「大切な人には、安全な場所にいて欲しい……。
そう思うのは、当然のことじゃないでしょうか」
僕の返答にケニスさんは苦笑してから続きを話す。
「ミッシェルに泣かれても、口を利いてもらえなくても、
俺は自分の気持ちを変えるつもりはなかったんです。
だけど……武闘大会が終わった日のミッシェルを見て、
考えを変えました」
「どうしてですか?」
「俺は冒険者じゃないので、
武闘大会のすべてを知っているわけじゃないけど……。
冒険者をしている友人から色々と聞いたんです。
その友人は大会の話をしている間、
ずっと手が震えていた……」
「ケニス」
トッシュさんがケニスさんの話を止めようとするが、
僕は首を横に振ってそれを止める。
「友人の中で大会での記憶を、
ギルドで消してもらった奴もいる中で、
恐怖で震えるほどの経験をしながらも、それでもそいつは、
武闘大会であったことをすべて覚えていることを選びました。
これも、私の糧になるからといって……」
「……」
「成人して、冒険者になって、
数年経った人間でも記憶を消したいと思うほどの、
大会だったのだと知りました。
それなのに……。
ミッシェルはまだ冒険者じゃないのに、成人してもないのに、
友人と同じことをいっていたのだと、兄から聞いたんです」
ケニスさんは、
アルト達と笑いあってるミッシェルに、優しい眼差しを向けた。
本当にミッシェルを大切に想っていることがわかる。
「いつか、自分の身を守るために、
別の誰かを傷つけるかもしれない。
それはとても怖いことだけど、
その日が来ることを忘れないために覚えておくと……。
俺はそれを兄から聞いて、
ミッシェルがアルト君達と笑っているのを見て、
妹の道を応援しようと決めたんです」
「……」
「本音を言えば、
おとんの……父さんの店を継いで欲しかった。
だけど、それは俺の願いであって、
妹の望みではないのだと気が付いたので。
だから……」
ケニスさんはその視線をミッシェルからトッシュさんに移し、
真剣な顔で告げた。
「俺がおとんの後を継ぐことを決めました」
「そうか」
トッシュさんは一言そう返しただけで、
ケニスさんにそれ以上何かをいうことをしなかった。
ケニスさんはトッシュさんから僕へと視線を戻し、頭を下げる。
「ミッシェルが自分の生き方を選んで、その道を進めるのは、
あの日、セツナさんが妹のために手を尽くしてくれたからだと、
ミッシェルの未来を守ってくださって……、
本当にありがとうございますと、
俺は、どうしても伝えたかったんです」
いいたいことを、言い切ったからか、
ケニスさんが肩から力を抜いて笑う。
その笑い方がミッシェルの笑い方と似ていることに気が付いた。
「どういたしまして。
助けることができて本当によかった」
そう答えたあと、僕はもう一度アルト達のほうへと視線を向けた。
そこには、楽しそうに笑っている子供達がいる。
僕が見ていることに気付いたアルトが僕を見て笑い、
すぐに友人達との遊びに戻る姿を見て、
もう一度、助けることができて本当によかったと、
思ったのだった。
プリンが蒸し上がるのを待ちながら、
僕はトッシュさんとケニスさんの会話を聞いていた。
「おとん、俺、もう一回学院に行くわ。
調理関係の授業を何一つ受けてないんだよな」
「そうか。
リシアで飲食関係の店を持つなら資格がいるからな、
その方がいいだろう」
「はぁ……。
こんなことなら、
お菓子屋を継がないなんていわなければよかった……」
ケニスさんが深くため息をつきながら、ぼそっと呟く。
その呟きに、トッシュさんが声をだして笑う。
「ケニスは、ミッシェルが心置きなく、
店を継げるようにと思い、そう宣言したのだろう?」
「……知ってたのかよ」
「お前の、お前達の親だからな。
お前が悩んでいることも気が付いていたよ」
「……今更なんだといわれると思って、
緊張して損した……」
「そんなことをいうわけがないだろう」
彼らの会話に、ミッシェルがトッシュさんに、
冒険者になりたいといったときの会話を思い出した。
あのとき、トッシュさんがなんともいえない表情で笑っていたのは、
ケニスさんの気持ちを知っていたからなのだろう。
それでも、ミッシェルの話にあわせていたのは、
ケニスさんの想いを守るためだったのかもしれない。
「しかし、ケニスがセツナさんを手伝いたいといったときの、
ミッシェルの驚きようは面白かった」
ケニスさんが黙ったことで、彼の気持ちを慮ってか、
トッシュさんが明るい声で笑いながらそんなことを話す。
「そうなのか?」
「目を見開いて、お前を凝視していた」
「酷くねぇ?」
「まぁ、驚くのも無理はないだろう。
ケニスが私の後を継がないといったあの日から、
お前はミッシェルの前で、一度も菓子を作ることはなかったから」
「未練があると思われても困るだろ?」
「その割には、隠れて作っていたようだが」
「……」
ケニスさんがばつが悪そうに目を伏せたのをみて、
トッシュさんが苦笑した。
「私は、ケニスが家業を好きでいてくれて嬉しいよ。
家を継ぐといってくれたことも嬉しかった。ありがとう」
「……」
トッシュさんの心からの言葉に、ケニスさんは何も答えなかったが、
彼の耳が赤くなっていることに、トッシュさんは気付いているようだった。
プリンが蒸し終わり、冷やすために氷の入った保存庫へといれる。
それぞれが楽しみだと話しながら、後片付けを終え、
厨房から部屋へと移動し一息ついた。
酒肴の人達がいれてくれたお茶を飲みながら、
会話に参加したり、
アルト達に誘われて一緒に遊んでいるうちに、時間が過ぎていった。
「お前ら! 気合を入れて料理を作れ!!」
バルタスさんのかけ声に、
酒肴の人達が元気よく「おー!」と返答し厨房へと入っていく。
ニールさんの指示の元、今日も美味しい料理が作られていくのだろう。
酒肴だけではなく、
各々が自分にできる範囲のことで宴会の準備を手伝っていく。
着々と準備が進んでいく中で、
僕はエレノアさん達と一緒に、
庭に適当に並んでいた机と椅子を整えていた。
ふと、空を見上げると夕日が空を茜色に染めている……。
思わず手を止めて空の色の変化に気を取られていると、
「セツナ」と僕を呼ぶ声と足音が聞こえてきて、そちらの方へ体を向けた。
「お言葉に甘えて、皆できたよ」
オウカさんが笑いながらそういうと、
オウルさんが続いて挨拶してくれる。
そのあと、オウカさんの伴侶のエリアルさん、
オウルさんの伴侶のマリアさん、
リオウさん、ヤトさんが続き、
最後にナンシーさんとハルマンさんと、
二人の娘であるメディラさんがにこやかに、
「招待ありがとうございます」と告げた。
「ようこそおいでくださいました。
今日は楽しんでいって下さいね」
「ありがとう。お邪魔するよ」
代表でオウカさんがそう答えたあと、
ヤトさんが「手土産はバルタスに渡しておけばいいか?」と、
その手に持っているお酒を少し持ち上げた。
「もしかして、ヤトさん達が持っているもの全部お酒ですか?」
「そうだ」
女性以外全員が大量のお酒を抱えている。
「まぁ、余ることはないだろうけど、
もし余ったら……いや、余らないから大丈夫だな」
オウルさんが周りを見渡してからそういうと、その場にいた皆が笑う。
きっと、酒肴の若い人達の「酒、酒だ」という声が耳に届いたのだと思う。
「宴会まではまだ少し時間があるので、
自由に過ごしていてください」
「手伝えることがあるなら手伝うが」
ヤトさんの申し出に首を横に振る。
「大丈夫です。時間までジャックの家でも見学していて下さい」
カイルの弟子だったヤトさんだから、
きっと興味があると思うんだ。
僕のその言葉にヤトさんは少し目元を緩めてゆっくりと頷いた。
そして、オウカさん達にも視線を向けると、
彼らも嬉しそうに頷いてくれたのだった。
エレノアさんの案内で、
オウカさん達が一通りカイルの家を見学したあと、
「非常識の塊だ」という感想を各々が残して、
今はそれぞれが楽しそうに過ごしている。
オウカさんとオウルさんとハルマンさんは、
入れ食い状態の釣りを楽しみ、
エリアルさんとマリアさんとナンシーさんは、
サーラさんとエレノアさんとお茶を飲みながら談笑している。
ヤトさんとリオウさんは、セセラギ達と戯れていた。
リオウさんが顔色を悪くしながら、
チラチラとギルスとヴァーシィルの位置を、
気にしているのは、蜘蛛と蛇が苦手だからだろうか……。
ギルスはアルトの背中に張り付いているし。
ヴァーシィルは、デスの側をちょろちょろしているのを、
アルトに見つかり自分の横にいるようにいわれ、
今は、大人しくとぐろを巻いている……。
リオウさんのところへ行くことはないと思うが、
一応、ギルス達にリオウさんに近づかないようにいっておこう……。
メディラさんは、ビートとエリオさんと何やら不穏なやり取りをしたあと、
アルト達に誘われて、一緒にトランプで遊んでいるようだ。
彼女は蛇も蜘蛛も平気なようで、時々ヴァーシィルの頭を撫でていた。
明るい雰囲気に、緊張感のない空間に、
ゆったりと時間が過ぎているように錯覚しそうになる。
だけど……それは僕の気のせいで、
空の色はもうすっかり黄昏時を過ぎ、
灯りが必要な時間帯になっていた。
宴会の準備が整い、皆が飲み物を片手に持っている。
ここからは、酒肴の人達も料理を作るのをやめ、
全員が宴会に参加することになっていた。
そのため、あちらこちらに並べている料理の種類と量は、
昼よりもかなり多くなっている。
作るのが大変だったと思うのだが、酒肴の人達は疲れた様子もなく、
数々の料理を見渡してやりきったという表情を浮かべていた。
様々な美味しそうな料理を前に、子供達はソワソワと体を揺らしている。
エリアルさんやマリアさん、ナンシーさんやメディラさんは、
目を丸めて料理を見ていたのだが、
チラリと僕を見て頷くと、まるで何もなかったように視線をそらした。
その視線の意味は何ですか? と問いたい衝動に駆られるが、
アルト達が今か今かと待っているので、宴会を始めることにした。
オウカさんや黒達から何か一言言うようにいわれたので、
集まってくれたことに対する感謝と、
宴会の準備を手伝ってくれたこへのお礼、
そして、心置きなく食べて欲しいということを告げて、
僕は乾杯の音頭をとったのだった。
……ハルでの最後の夜が始まる。
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