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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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『 食事会の準備 』

いつも小説を読んでいただき、ありがとうございます。


ドラゴンノベルス様から、3月3日(金)に、

『刹那の風景4 68番目の元勇者と訳ありの依頼』が、

発売となります。


書籍だけの書き下ろしもがっつり入れました。

詳しくは、活動報告を見ていただけると嬉しいです。


正直「これ以上読者数が減るのは続刊的に不味い」状況です。

よろしければ、Webと同様に、書籍も応援していただけると、

幸いです。どうか、よろしくお願いいたします。


緑青・薄浅黄


【アルト】


ふわりと意識が浮上して、目が覚める。

ベッドの中から時計を見ると、

いつも起きる時間より一時間ほど早かった。


普段なら、迷わずもう一回寝ているけど、

今日はこれ以上眠れそうになかった。


ベッドの周りを見ると、

昨日一緒に寝たはずの師匠や、セセラギ達はもういない。


少し寝ぼけながら、自分の部屋に戻り、

欠伸をかみ殺して窓を開ける。

冷たい風が部屋に入ってきて、完全に目が覚めた。


師匠はもう、訓練を始めているに違いない。

ちょっと早いけど、着替えて師匠の所へいこうと決め、

着替えるために、窓を閉めようとしてその手が止まった。


「……綺麗」


思わずそう呟いてしまうほど、俺の目に映る暁色の空は、美しかった。

しばらく空を眺めていたけれど、寒くなって視線を部屋に戻した。

綺麗に片付いた部屋を見て、心の中で思ったことが、

言葉となってこぼれ落ちた。


「この部屋で過ごすのは、これが最後かな」


着替えなどで、部屋に戻ってくることはあるかもしれないけれど、

旅立つ準備をしたあとだから、ここで過ごす意味はあまりなかった。

それに、今日は、クロージャ達と庭で夜を明かすことになっている。


俺は、もう一度窓の外の景色へと視線を向けた。

この部屋からこうやって外を見るのも、

この部屋で過ごすのも、今回の滞在では、

これが最後になる……。


そう考えると、なぜか名残惜しくなってきて、

急いで部屋をでなくてもいいかなと、思ってしまい、

窓を閉めてから、窓のそばに椅子をもってきてそこに座った。

そして、俺は空の色がゆっくりと変化していくのを眺めていた。


徐々に明るくなっていく空を見上げながら、

今日と明日のことを考える。


今日が終わって、明日がきたら……俺と師匠はハルを発つ。

リペイドから旅立つときも、寂しいと思ったけれど、

明日、ハルから旅立つことを考えると、

寂しいというより、辛い……。


師匠と旅をするのも好きだけど、

俺は、それと同じぐらいこの国での生活が、

好きになっていたから。


この国をでてしまったら、

黒や黒のチームの人達とご飯を食べることも、

クロージャ達と遊ぶこともできなくなる。

今度いつ会えるかさえ……わからない。

考えれば考えるほど、寂しくなっていって、

空の色が微かに滲み、俯きかけた、そのとき……。


『アルト?』


師匠の声が脳裏に響いた。


『何かあった? 大丈夫?』


俺を心配する師匠からの心話に、

ハッと顔を上げて時計を見る。


『うわぁ! 訓練の時間が過ぎてる!!』


『体調がわるいんじゃないの?』


『大丈夫! いつもより早く目が覚めて、

 暁色の空を見てたら、時間が過ぎてた!』


俺の言い訳に、師匠が微かに笑う気配が届いた。


『今日の訓練は、休んでもいいよ?』


『いく! 絶対にいくから、師匠待ってて!』


『わかったよ。慌てなくてもいいからね』


俺は、バタバタと服を着替えて、身だしなみを整える。

顔を洗ってから、剣を装備して早足で庭へと向かった。

庭の方から、エリオさんやカルロさん達の声が聞こえてくる。


「今日は、腹一杯食べてぐだぐだするっしょ」


「俺は、マグロをたらふく食う!」


声を弾ませて楽しそうにしている、チームの人達を見て、

今日の食事会を、俺も楽しみにしていたことを思いだした。

そうだ。今日のために、みんな準備をしてきたんだ。


寂しいと思っても、辛いと思っても、

必ず時間は過ぎていく。

それなら、笑って過ごした方がお得なはずだ。

あのとき、もっと楽しんでいたらよかったなんて、

後悔するのは絶対に嫌だ!


「うん。明日のことは明日考えよう!」


そう結論づけて、寂しい気持ちや辛い気持ちは、

明日にまわすことに決めた。


庭に続く大きな窓を開けて「おはようございます!」と、

挨拶をしながら師匠がいる場所へと歩いていく。


俺の挨拶に、いつものように、いつもの通り、

黒や黒のチームのみんなが、笑って挨拶を返してくれた。


「師匠、おはようございます」


「おはよう、アルト。

 本当に、体調は大丈夫?」


「大丈夫! すごく元気だから!」


「そう。なら、訓練を始めようか」


その言葉と同時に、師匠の雰囲気が変わる。

師匠の真剣なその表情に、

俺は「よろしくお願いします」といってから、

剣を抜き、師匠と対峙したのだった。



訓練が終わり、クロージャ達がくるまで、

少し時間があったから、食事会の準備を手伝おうとした。

なのに「お前の今日の役割は、全力で遊ぶことだ」といわれて、

なにも、手伝わせてくれなかった。


それは師匠も同じで、のんびりしていろといわれて、

師匠は困ったように笑っていた。


みんなが動いているのに、

のんびりしているのは無理だと思う。


何をいっても「遊んどけ」といわれるので、

諦めて、師匠とソファーに座って話しながら、

時間になるのを待つ。


いつもなら、そろそろ朝ご飯の時間なんだけど、

今日は、ミッシェル達と一緒にこの家に戻ってきてから、

食べることになっているので、ご飯も食べることができない。

正直、お腹がすいてきた……。


飴を食べて空腹を紛らわせ、

やっと、クロージャ達が酒肴のお店に、

集まる時間になった。


そわそわしながら、時計を見ていると、

師匠が小さく笑う声が耳に届く。


「師匠?」


何か楽しいことがあったのかと思って、

師匠を見たけれど、師匠は何もないというように、

頭を横に振ってから口を開いた。


「アルト、暇ならクロージャ達を迎えにいったら?」


「え?」


「ここでじっとしていても、

 落ち着かないでしょう?」


確かに落ち着かない。

酒肴のお店には、ニールさんが居るから

迎えにいく必要はないのかもしれない……。

だけど、そう考えながらも、

俺の気持ちは迎えにいく方へと傾いていた。


「迎えにいこうかな……」


俺の呟きに、師匠がまた笑った。


「うん。いっておいで、

 早く会えたら、その分楽しい時間が増えるから」


早く会えた方が、きっと楽しい。

師匠の言葉に頷いて、俺はソファーから立ち上がった。


「師匠、いってきます」


「うん、いってらっしゃい」


「師匠は……」どうするのと聞く前に、

厨房から、酒肴の5番隊の人達の声がここまで届いた。

今日の朝ご飯の当番は、5番隊の人達なのだろう。


「うわー!」


「あぶねぇ!」


5番隊の人達の慌てたような声に、

師匠と一緒にそちらのほうを見る。


「何かあったのかな?」


師匠がそういうのと同時に、

5番隊のベリノさんの声が、俺達にその答えを届けてくれた。


「セセラギ! お前いつの間にここにきたんだ!

 もう少しで、踏んづけるところだっただろう!?」


聞こえてきたその内容に、師匠が片手で目元を覆って、

ため息をついた。


「……厨房には、入ってはいけないと教えたんだけどな」


師匠がセセラギに、懇々と言い聞かせていたのを、

俺も見ている。セセラギも、不服そうにしながらも、

頷いていたように思ったんだけど、忘れたのかな?


「マグロは昼ご飯だと、

 セツナがいってたろう? ほら戻れ!」


「キュアアァァァァ!」


「……」


嫌だというように、騒ぐセセラギの声に、

師匠の目が、ちょっと怖くなっていた


「マグロを保存庫からだしたのかな?」


そういって、師匠が立ち上がる。

多分、騒ぎに騒いでいるセセラギをつかまえにいくんだろう。


セセラギは、マグロが解体されたときに、

味見として一口もらってから、

とても気に入ったみたいで、

その日しばらく、解体されたマグロのそばから離れなかった。


マグロのそばで騒ぐセセラギを、

師匠が無理矢理引き離して、諭してから、

落ち着いていたのに。


「セセラギ」


師匠がセセラギを呼んだ声が聞こえて、

セセラギの騒ぐ声が聞こえなくなった。


「お腹すいたの?

 こっちで、魚をあげるからおいで。

 危ないから、厨房に入っては駄目だよ」


ああそうか。お腹がすいているときに、

マグロの匂いに気が付いて、我慢できなくなったのか。

いつもなら、セセラギも朝ご飯を食べている時間だ。


マグロは美味しかったから、食べたい気持ちはわかる。

わかるけど、師匠との約束を破るのは駄目だと思う。


騒ぎは解決したし、

セセラギが師匠から小魚をもらって、

機嫌よく食べてるのも見たから、

俺も出かけることにした。


師匠はセセラギを監視しながら、

5番隊の人達に謝っているようなので、

声をかけずにいくことにした。


そっと、部屋を出ようとしたんだけど、

あれだけ騒いでいた、セセラギを全く気にすることなく、

仲良く羽づくろいをしていた、アリアケとシノノメが、

羽づくろいをやめて俺を見た。


そして「ピピッ」と短く鳴くと、

また、羽づくろいに戻ってしまった。


多分「いってらっしゃい」って、

いってくれたのかもしれない。


俺は「いってくるね」と返事をして、

アリアケとシノノメの頭を軽くなでてから、

転移魔法陣がある庭にでたのだった。



庭にでると、チームの人達が、机や椅子を倉庫から運んだり、

バーベキューをするための道具を準備をしたりと、

忙しそうに動いている。


その横で、酒肴の2番隊から4番隊の人達が、

靴を脱いでくつろぐための絨毯を敷いたり、

机を拭いたり、椅子の位置を調整したりと、

手を動かしながら、口論していた。


どうやら、最初に誰が調理場に入るかで、

もめているようだ……。


この光景はいつものことなので、

誰も気にしていない。

そのうち、口論から、戦闘に移行するのだと思う……。


カルロさんだけは、トキアの前に座り、

トキアの頭を、ゆっくりとなでていた。

そして「俺と一緒に、ヌブルにいかないか?」と話しかけている。

数日前に師匠から「駄目」といわれていたのに、

まだ、諦めていなかったのか……。


口論をしながらも、

和気藹々と話す声が耳に届いて、

それが、とても心地よくて、

転移魔法陣の手前で、俺は一度振り返る。


全体を眺めるように視線を動かすと、

みんなが楽しそうに笑っていた。


そこは、活気に満ちあふれていて、

その熱に引っ張られるように、

俺も、自然と笑っていた。


俺が見ていることに気付いた人達が、

手を振ってくれたから、俺も手を振り返す。

そんな些細なことも、なぜかとても嬉しかった。


きっと、今日は楽しい一日になる!

そんな期待を胸に抱きながら、

俺は転移魔法陣に足を踏み入れたのだった。



お店にいったら、もう全員集まっていた。

俺がくるとは思っていなかったらしく、

驚かれたけど、喜んでくれた。


ニールさんに、飲み物をだされていたようで、

みんなが飲み終わるまで待つ。


全員が飲み終わり、ニールさんにお礼をいってから、

転移魔法陣がある庭へと移動した。

歩きながら「ドキドキする」とか、

「緊張する」とか、話しているけど、

みんなどことなく楽しそうだ。


転移魔法陣の上に全員のったのを確認して、

「準備はいい?」と聞くと「いい!」と帰ってきたので、

魔法陣を起動させた。


一瞬にして景色が変わり、師匠の家の庭にたどり着く。

家に向かうために、俺はすぐに歩き出したのだけど、

セイル達は動こうとはしなかった。


どうしたのかと思って振り返ると、

全員が目を見張って、庭を眺めていた。

ああそうか。俺はこの庭を見慣れているけれど、

セイル達は初めてだった。


師匠の家の庭は、色々と変わっているから、

驚くも無理はない!


「なんで、ウィルキスなのに、果物が実っているんだ?」とか、

「ウィルキスなのに……いろんな花が咲いてる」とか、

「本当にここは、あの幽霊屋敷だったのか」とか、

「でっかい、池? もあるのか?」とか

それぞれが、心の中で思ったことを、

口に出していた。


でっかい池は、昨日まではなかった。

正確には、池ではなく小さい海になっている。

釣りの大会をするために、

今日の朝、訓練が終わってから、

師匠が魔法でつくってくれたものだった。


釣りをするためだけに、大がかりな魔法を使う師匠を、

エレノアさんとサフィールさんは、

呆れたように、ため息をついていた。


バルタスさんや酒肴の人達は、

「珍しい魚が食えるはずだ」と喜んでいた。


アギトさんは、バルタスさん達の話を聞いて、

「釣れたらな」とぼそっと呟いていたけれど、

酒肴の人達は聞こえない振りをしていたと思う。


そして、小さな海ができたのを喜んだのは、

俺や酒肴の人達だけではなく、セセラギもだ。


水に入るのが好きなセセラギは、

機嫌よく鳴きながら、

小さな海に飛び込もうとして、

師匠につかまっていた……。


バタバタと暴れるセセラギに、

「もしかしたら小さい魔物が混ざる可能性があるから、

 入らないように」と注意している。


そのあとで、少し思案して、

「子供が落ちると危ないな」といって、

俺達が水に落ちないように、魔法をかけてくれていた。


師匠が魔法をかけたせいで、

セセラギが近寄っても、水に入ることができなくなった。

小さな海の前で、セセラギが悲しそうにキュウキュウと鳴き出し、

根負けした師匠が、小さな海の横に

セセラギが泳げるぐらいの場所を作ってあげていた。

そこは海水ではなく、真水のようだった。


そんな感じで、釣りができるようになったのだけど、

午前中は食事会の準備をしたり、料理を作ったりと

忙しいので、釣り大会はお昼からすることになっている。

今から楽しみで仕方がない!


「そろそろ、いこう。

 気になる場所があったら、あとでまわったらいいから」


驚いて動かないみんなに、歩くよう促して、

家の方へと誘導する。

きょろきょろと忙しなく視線を動かしながらも、

ワイアット達の瞳は、好奇心で輝いているように見えたのだった。




ゲーマーズ様の限定版で、短編を書かせていただきました。

オリジナルブロマイドもついています。

有償特典となりますので、

ご予算に余裕がある方は、手に取っていただければ幸いです。


詳しい情報は、活動報告でしています。

sime様に頂いた、キャラクタデザインも公開しております。


ぜひ、のぞいてみて下さい!


下記のイラストは、

これまでの、書籍カバーイラストになります。



挿絵(By みてみん)



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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