『 小さな交渉 』
【アルト】
「そんなに気になるなら、手に取ってみてもいいぞ?」
何かを真剣に見ている女の子達にそっと近づいたら、
苦笑しながら話しかけている店主の声が聞こえた。
その言葉に、ジャネットが嬉しそうに手を伸ばして、
何かに触れようとしたのを、ロイールが早足で近づき、
彼女の手を握って止めた。
「触らない方がいい」
「っ……」
いきなり手を握られたことで、
ジャネットが驚いたのか肩がはねる。
ロイールの制止の言葉を聞いて、
エミリアとミッシェルも、
伸ばしかけた手を止めていた。
「あ?」
ロイールの言動に、店主が眉間にしわを寄せて低い声をだす。
それでも、ロイールはジャネットの手を離さない。
「多分、金貨1枚以上する商品だ……。
壊したら、俺達では弁償できない」
「え?」
聞かされた内容に女の子達が目を見張り、
そっと手を下ろし露店から少し距離をとった。
ロイールはジャネットが後ろに下がってから、その手を離した。
「なんだ、お前。あ? ロガンの弟か? そっくりだな!
それにいい目を持っている」
「ありがとうございます。兄に似ているとよくいわれます」
「そうかそうか。ロガンも露店を出しているのか?」
「友人の手伝いをするといって、朝から出かけていきました」
いつもとは違うロイールの丁寧な受け答えを、
俺達は黙って見守っている。
ミッシェルもお菓子屋さんを手伝っているときは、
今のロイールと同じように話していたし、
ジゲルさんが前に話していた仕事用……? の話し方なのだろう。
「そうか、それで、お前は……」
「俺はロイールといいます」
「いい名前だな! それでロイールはここに何をしにきたんだ?」
「この路地の露店が特殊だと知っていましたが、
興味を引かれたので見にきました」
「いい物がそろってるからな。
お前さんほどの目を持っているなら、
興味をそそられるだろうよ」
店主が機嫌良く笑い、
ロイールから視線を外して女の子達を見る。
「簡単に壊れるものではないから、
ゆっくり見てくれてもいいぞ、客もいないしな!
これほど真剣に見てもらえたら、わしも嬉しいってもんよ」
ロイールがお礼をいってからジャネット達を見るが、
女の子達が一斉に首を横に振った。
「この辺りは、触らない方がいい。
でも、こちら側に置かれている物なら大丈夫」
それでも近寄ろうとしない女の子達の代わりに、
ロイールが商品を手に取った。
「初めて見るものですが、これは何ですか?」
不思議そうに、それでいて熱心に手の中のものを見ている。
みんながそっと近づいて、ロイールの手の中の物を覗いた。
「ああ、それは紐や細い鎖につけると、
首飾りになるように作った物だ。
あれだ、守護者様と精霊様が、
ミルフォーリアのつぼみをくださっただろう?」
師匠の話題がでてちょっと驚く。
師匠と何か関係があるんだろうか?
「あのつぼみは持っていると病にかかりにくくなると、
精霊様が話されていた。
だから、身につけることができる物を考えて作ってみた」
ジャネットが手を伸ばそうとしていた商品を手に取って、
銀線細工職人だと教えてくた店主が、色々説明しながら、
使い方を実践してくれる。それは、中が空洞になっていて、
小さな物を入れることができるようになっている。
開閉も簡単にできるようだった。
俺はそれを見て、小さな小さな宝箱のようだと思った。
「ここに、ミルフォーリアのつぼみを入れることができるのね」
ミッシェルが目を輝かせながら囁くように呟く。
「実際に入れたのがこれだ」
そういって、店主が自分の首にかけていた物を、
俺達に見せてくれた。銀線細工の透かしが凄く綺麗で、
ミルフォーリアのつぼみが繊細な銀線で、
装飾されているみたいだ……。
「……綺麗」
ジャネットの呟きに全員が頷いた。
「おうおう、そんなに見つめられたら照るだろうが!」
店主が耳を赤くしながら、服の中にしまい込む。
それがきっかけとなって、みんながホッと息をついた。
「私、ミルフォーリア食べちゃった……」
エミリアの残念そうな言葉に、
クロージャが苦笑しながら口を開く。
「食べてなかったとしても、
こんな高価な物が買えるわけないだろう」
「そうだけど……。凄く素敵だったんだもん」
「確かにな」
口々に感想を言い合っているクロージャ達に、
店主が優しい目を向けていたが、
その視線が移動し俺と目が合った。
「はっ!?」
その瞬間大きく目を見開き、俺の顔を凝視する。
「守護者様の弟子!?」
「……」
ずっと、ロイール達と一緒にいたんだけどと思っていると、
セイルが「あの人から丁度見えない位置にいたんだな」と、
小さな声で教えてくれた。
そして、何かに気付いたように、
店主がここにいる全員の顔をしっかりと見て声をだす。
「……お前らどこかで見たことがあると思ったら、
守護者様と一緒にいたガキどもじゃないか!」
どうやって答えようかと悩んでいると、
店主が楽しそうに笑いながら、
「お前ら、好きな物を持っていけ!」といった。
普通なら驚くことだと思うんだけど、
この数時間でこのやり取りは、何度も繰り返されているので、
正直「ああ、またか」と思うだけだった。
小さいおまけならもらうことにしてるけど、
それ以上はどう考えても受け取るべきじゃない。
「師匠の功績で、俺が何かをもらうことはできません」
ロイールが丁寧に話していたから、
俺も丁寧に話すように心がけながら、
この数時間で言い慣れた言葉を告げた。
俺に同意するように、ワイアット達も首を縦に振る。
そんな俺達に店主が苦笑した。
「さんざ、いわれてきたか」
「はい」
「あー、まぁ、気を悪くしないでくれな」
「気持ちは凄く嬉しいです」
今、いった言葉は本心だった。
俺にまで何かを与えてくれようとしてくれるほど、
師匠はこの町の人達に認められていているんだと感じたから。
店主が大雑把に頭をかき、困ったような表情を浮かべた。
「守護者様の弟子だからという理由の人間もいるだろうが、
わしら、いやリシアの民はお前さん……アルトに感謝している。
だから、アルトに何か礼をしたいと、
わしと同じようなことを考えたんだろうな」
「俺は何もしてないよ?」
思ってもみなかったことをいわれて、
話し方がいつものように戻ってしまう。
言い直そうかと考えている間に、
店主の話が続き俺の思考はそこから外れた。
「守護者様を幸せにしてるだろ?」
「え?」
「守護者様は、お前さんと話しているときが、
一番楽しそうな顔をされる」
他人から見た俺と師匠は……不幸せに見えているのだと思ってた。
だから、驚いて店主の顔を凝視してしまう。
俺の表情を見て誤解したのかもしれない。
店主が苦笑を浮かべ、軽く頭を下げる。
「わしたちの想いは、
お前さんにとっては迷惑な話かもしれんがな」
店主の言葉にそんなことはないというつもりだった。
だけど、零れ落ちた言葉は、俺がずっと気になっていたことだった。
「師匠は……俺といて本当に幸せだと思う?」
俺の問いに、店主が軽く目を見張り、
そして真顔で断言してくれた。
「ああ、間違いない」
どうしてだろう?
なぜかこの人の言葉は、素直に信じることができるような気がした。
俺は人間も獣人族も嫌いで……基本、仲がいい人の言葉以外は、
信じないことにしている。
なのにどうしてだろう……と考えて、
心配そうに俺を見るミッシェルと視線が合った。
ああ、そうか。
この人は最初から優しい眼差しで、
ミッシェル達のことを見ていたからだ。
俺がいてもいなくても、
ミッシェル達に優しかったからだ。
そして『お前ら、好きな物を持っていけ!』といってくれた。
目の前の店主は、俺を特別扱いしないでいてくれたんだ……。
勿論それが普通ではないことをわかっているけれど、
俺はその気持ちが嬉しかった。
正直、俺だけ特別扱いされることに、
内心嫌気がさしていたから……。
「ありがとうございます」
色々な気持ちを込めて、心からお礼を伝えた。
「おう。いってことよ」
満面の笑みの店主を見て、
無性に師匠に会いたくなった。
今聞いたことを師匠に伝えたいって思ったんだ。
師匠はきっと笑って聞いてくれる。
俺と一緒に喜んでくれると思ったから。
『師匠……』
だから、無意識に心の中で師匠を呼んでしまったのだと思う。
ハッと気が付いて、師匠から返事が届くかなって、
ドキドキしていたけれどこなかったからほっと息をついた……。
その瞬間。
「アルト」
俺の後ろから、俺を呼ぶ師匠の声が聞こえた……。
その声に、俺だけではなく全員が振り返る。
驚いたような表情を浮かべる俺に、師匠が軽く目を見張った。
師匠がきてくれたのは、
多分、俺が呼んだからだとわかっているのに声が出ない。
何か話さないとと思うけど、何を話していいのかがわからない。
師匠を思わず呼んでしまったことを、
なぜか友達には知られたくなかったし、
その理由を教えたくもなかった。
内心で焦っていると、
師匠が小さく笑って「セセラギ」と呼ぶ。
その呼びかけに、セセラギが「キュアァ」と甘えるように鳴いた。
「セセラギが僕を呼んだから、
きてみたんだけど何もないみたいだね」
それは嘘だと思った。
「今日は人が多いから心配になって、
アルトに確認する前に転移してしまった。
友達との時間を邪魔してごめんね」
どうして師匠が謝るの?
俺が困っていたから、師匠が理由を作ってくれたんでしょう?
師匠に嘘をつかせるのが嫌で、
本当のことを話そうとするが、俺より先にセセラギが、
師匠に向かって「うにゃうにゃ」と何かを話していた。
「え? 唐揚げを食べたの?」
「……」
その言葉に全員の視線がセセラギに向いた。
「う゛ぅーん」
「……いや、魚屋の魚を勝手に食べては駄目だよ」
「うにゅ」
師匠に注意されたからか、
セセラギが上目遣いで師匠を見ている。
「アルトのいうことをちゃんと聞いてね」
「うにゃうにゃ」
「……え?
帰って魚が食べたいから僕を呼んだの?」
「師匠?」
「うん?」
「もしかして、師匠はセセラギと話せるの?」
「うん。セセラギは僕の使い魔だからね」
「ずるい!」
思わず本音が口から出てしまう。
「えー」
「俺も、セセラギと話したい!」
「うーん、それはちょっと難しいかもしれないけど……。
一応頑張ってみるよ」
「うん!」
「それで、セセラギが帰りたがってるから、
僕が連れて帰っても大丈夫かな?」
師匠が俺の肩の方に手を伸ばすと、
セセラギが師匠の手に頭を擦り付ける。
「本当に、セセラギが師匠を呼んだの?」
「うん。お腹がすいたから魚を食べたいんだって」
本当なのかな……。
どうしても気になって、心話で聞いてみる。
『本当? 俺が呼んだから……』
『アルトだけなら、先に確認したんだけど、
セセラギとほぼ同時に声が聞こえたから、
気になってきてしまった。ごめんね』
『そっか。そうなんだ。
師匠、ありがとうございます』
それだけ俺のことを心配してくれたんだ。
そのことが嬉しくて、自然と尻尾が揺れた。
『どういたしまして』
師匠が優しく俺の頭を撫でてくれる。
その様子を見て、セセラギがもっと撫でろというように、
「う゛ぅーん」と鳴いた。師匠が苦笑してセセラギを撫でながら、
クロージャ達に視線を向けたあと俺を見て首をかしげた。
「アルト達は何をしていたの?」
師匠の質問に、今まで黙っていたクロージャ達が、
一斉に師匠に話し始めた。
その勢いに、みんな師匠と話したかったんだと、
ちょっとびっくりした。
師匠は時々頷いたり、質問したりしながら話を聞き終わると、
露店へと視線を向けた。
「本当だ、とても美しい銀線細工だね……」
師匠は一つ一つを鑑賞するように眺めていった。
ふと、店主を見ると目を見開いて師匠を凝視していてちょっと怖い。
ピクリとも動かないところをみると緊張しているのかな……。
視線を周囲に向けると、
俺達以外の人達が固唾をのんでこちらを注視している……。
やっぱりちょっと怖い。注目のされ方がおかしい。
「店主さん」
「は、はい!」
声をかけられるとは思っていなかったのか、
店主の声が裏返っている。
師匠はちょっと困ったように笑って、
「貴方のいつも通りでお願いします」と告げた。
師匠の言葉に店主は目を閉じて深呼吸をしたあと、
力のこもった目を師匠に向けた。
「それで、なんだ。
何か、気になる物でもあったか?」
俺達と話していたときよりまだ態度が固い気がするけど、
もう大丈夫かな?
「ここにある作品で全部ですか?」
「どうしてだ?」
「素敵な作品なので、僕の妻と精霊に贈りたいので、
お手持ちの作品をすべて見せていただけないでしょうか?」
師匠の要望に店主は一度頷くと、装飾された高そうな箱を取りだし、
そっと蓋を開ける。俺達も師匠の横から覗くように箱の中を見た。
箱の中にあった商品は、露店に並んでいる物と、
全く違う物だと思ってしまうほど煌めいている……。
俺の隣にいたロイールが息を飲みながらも、
箱の中に並んでいる商品から視線を外さない。
だけどそれはロイールだけではなく、
クロージャ達もエミリア達も同じように黙って見続けていた。
「……どうしよう。すごく迷う」
師匠がため息をついて、困ったような声をだした。
「全部持っていっていいぞ?」
嬉々として、俺達にもいった言葉を師匠にも告げるが、
師匠も首を横に振って断っていた。
ロイールは商品と店主を交互に見て、
「これだけの作品を持っていけとか、正気を疑う」と、
本当に小さな声で呟いていた。
多分、俺にしか聞こえていないと思う。
ロイールがそこまでいうってことは、
俺が思う以上にすごい物なのかもしれない。
「職人通りの商品は、物々交換でしたよね?」
「そうだが」
店主がちょっと不満そうに頷く。
その不満の意味がわからない……。
師匠と店主が露店の横にある立ち机のそばへと歩いていく。
どうやら交渉はあそこでするようだ。
「僕の手持ちの素材が少ないから、
交換してもいいと思うものがあればいいのだけど……」
そういいながら、師匠が机の上に色々と並べていく。
「まず、フェルドワイスの蜂蜜」
「……商人が血眼になってたぞ。
わし、殺されないか?」
「それから、フェルドワイスの蜂蜜だけで作った飴。
上位精霊様のために作った余り物なのですが、
これは僕しか作れないので希少です。
売りに出す予定はありません」
「上位精霊様への献上品……?」
店主が蜂蜜よりも飴をじっと凝視している。
この飴は本当に美味しいから、
俺は蜂蜜より飴を勧めたいけど、口には出さない。
「あとは……スクリアロークスの皮か鱗。
皮にも鱗がついているけど、
装飾品なら鱗だけの方が使いやすいかな?
でもこれは、ギルドでも手に入るから、
ちょっと付加価値をつけよう」
「は? そのままでもいいが?
わし……鱗の抽選に外れたし」
囁くような店主の声は、多分師匠には届いていない。
師匠は何かを考えながら、小瓶に入っている小さな鱗を、
布が張ってある入れ物の中に取りだしていたから。
「スクリアロークスの鱗は、魔力を流すことによって、
簡単な魔法なら無効化することができるんですが、
流す魔力の属性によって色を変えるんです。
その特性を利用して、竜国では装飾品の素材としても、
好まれているんですよ」
「……」
師匠が丁寧に説明しながら、鱗に魔力を流していく。
「僕の属性は風と水なので、
色はたなびくような緑と透き通るような青になります。
あ、あと、属性を入れずに魔力だけを流すと透明になります」
属性の色は精霊を象徴とする色ともいわれているらしく、
色の前に何か言葉を付け足して表現することが多いみたいだ。
つけるかつけないかは、その人の好みだと、
本に書いていた気がする。
「魔力量によって、色の明るさが決まるのだけど、
僕は淡い色が好みなので、最初はこれぐらいで」
白かった鱗が透明感のある綺麗な緑色になった。
店主が……師匠の手元から目を離さない。
瞬きもあまりしないから目が乾いてきていて、
赤くなってきている。かなり怖い……。目、大丈夫かな。
「このままだと、鱗から魔力が抜けてしまうので……。
抜けないように魔法をかけます」
鱗が一瞬キラリと光ったのを確認してから、
師匠は次々と鱗の色を変えていった。
少しずつ色を変えて並ぶ鱗は本当に綺麗で、
俺も欲しいと思ってしまう。
あとで師匠にお願いしたら作ってくれるかな?
店主は微動だにせずに透明と緑と青の鱗を凝視している。
「あとは……」
鱗が一段落したからか、
師匠が新しい何かを取りだそうとしたところで、
店主がハッとしたように動きだした。
「いや、いや、もう、いい。
これ以上は、わしの心臓が持たない」
店主が必死に師匠を止めていた。
「気に入るものがありましたか?」
「ちょっと待ってくれ、ちょっと考えさせてくれ」
目が乾いて痛いのか店主が瞬きを繰り返し、
苦悩の表情を浮かべながら、飴と鱗を交互に眺めて、
最終的に唸り始めた。
「わしは鱗が欲しい……。しかし、しかしなぁ」
「……」
「飴にするか?
いや、わしはもうこの鱗で作りたい物を想像しちまったしな」
「……」
「鱗……いや、飴……いや……うぅぅぅぅ」
「飴と鱗で悩まれているようですが、どうして飴を?」
「わしのばあさんがな、食欲が落ちていたんだが、
フェルドワイスの蜂蜜が入った飲み物を配って下さっただろ?
あれが体にあったのか少し食欲が戻ったんだわ。
だから、飴を食べさせればもっと元気になるかと思ってな」
「そうなんですね……。
僕はどちらでも構いませんので、ゆっくり選んで下さい」
「ああ、悪いが、しばらく考えさせてくれ」
師匠と店主の会話に俺は首をかしげる。
いつもの師匠なら、飴をあげるといいそうなのに。
それが無理なら、飴と鱗を半々でもいいと思うのに……。
どうしてと考えて「次は俺と取り引きしてくれないかな」という声が、
複数聞こえてきた。
そうか。そういってあげたくても、できないのか……。
ここで許してしまうと、蜂蜜と飴とか蜂蜜と鱗とかいわれて、
収集がつかなくなるかもしれないから。
だけど、俺は、俺に優しくしてくれた人が、
必死に悩んでいるのを見て悲しくなった。
店主の家族を思う気持ちと職人である自分の気持ちが、
せめぎ合っているように思えた。
でも多分、この人は鱗を諦めて飴を選択するんだろうな……。
だって、俺には鱗を諦めるために悩んでいるように見えたんだ。
どうしたらいいんだろう。師匠は動けない。
俺にできることはないだろうかと必死に考えて閃く。
「クロージャ」
小さな声でみんなを呼んで、そっと師匠の後ろに回る。
成り行きを見守っていたクロージャ達が首をかしげながら、
俺についてきてくれた。
「俺は、お揃いの物をこれにしたい」
俺の言葉に、最初にジャネットが口を開いた。
「私達もそう思って見てたんだよ」
「毎日、つけていても邪魔にならなさそうだったしね」
「うんうん」
ミッシェルとエミリアがジャネットに同意する。
「俺もいい物だと思うけど、俺達素材なんてもってないだろ?」
「どう考えても、無理だろう」
ロイールとクロージャが嘆息しながら無理だといった。
「みんなが持っているもので、手に入るとしたら?」
「そりゃ欲しいけど、そんなもの持ってないぞ?」
「アルトは何か考えがあるのか?」
セイルが手を振るのを横目で見ながら、ワイアットが俺に聞いた。
「今日、飴持ってきてる?」
その言葉だけで、俺が考えが伝わったのか、
一瞬、息を飲んでから声を揃えて「持ってる!」と、
みんなが嬉しそうに頷いた。
「他の物がいいなら諦めるけど、大丈夫?」
「大丈夫だ。それに、店主を助けることもできるだろ?」
クロージャが店主をそっと見て小さな声で、そういった。
「うん」
もしかすると、クロージャも俺と同じことを、
気にしていたのかもしれない。
「じゃあ、俺に一つずつ渡してくれる?」
「うん。一日ぐらい我慢できる」
「ねー」
ジャネットとエミリアがポケットから、
紙に包まれた飴を取りだした。
孤児院では飴は一日一個と決まっているようだ。
「食べなくてよかった」
「いつも午前中に食べ終わってるしな」
セイルとクロージャがそういいながら、
同じようにポケットから飴をだす。
「俺、昨日食べるの忘れてたんだよな……」
「忘れるものなのか?」
「いや、ほらさ、食べるとなくなるだろう?」
「ああ……気持ちはわかる」
ワイアットの言葉にロイールが苦笑し、
二人も飴を渡してくれた。
「デスどうする?」
「ギャギャ!」
「渡していいの?」
「ギャ!」
ミッシェルは自分の分とデスの分を俺に渡してくれる。
え? デスの分も交換してもらうの?
「私とお揃いにする?」
「ギャ!」
交換することが決まっているようだ……。
でも、首がないのにどうやってつけるんだろう。
まぁ……色々あるしきっと大丈夫だ。多分。
全員から集めた飴を鞄の中からだした、空の瓶に入れていく。
セセラギにどうするか聞くと、いらないらしいので、
最後に酒肴の人達が包んでくれた、俺の分の飴を入れて蓋をした。
瓶の中には色とりどりの包み紙に包まれた飴が9個入っていた。
「じゃぁ、交渉してくるね!」
「うん!」
全員が期待を込めた目を俺に向けていた。
俺は内心ドキドキしながら、上手く交渉できますようにと心の中で呟く。
「おじさん」
まだ悩んでいる店主を驚かせないように、そっと声をかける。
「あ? ああ、なんだ?」
「ちょっとだけいい?」
「いいぞ」
「俺達も、おじさんの作品が欲しいんだ」
「好きなものを持っていけ」
「一生懸命に作られた物を、
ただでもらうことはできないから、
俺とも取り引きをして欲しい」
俺の言葉に、店主が本当に嬉しそうに目を細めた。
「何と交換するんだ?」
「これ、フェルドワイスの飴」
「は?」
師匠が出した物より小さい瓶を机の上にのせた。
「俺達は、ずっと師匠と精霊……様? と、
一緒にいたから、飴ももらった」
「……」
「師匠からもらった物だけど……」
そっと、となりにいる師匠を見上げると、師匠が優しく笑っている。
「気にしなくていいよ。
それは、アルト達の物だから、どう使うかは自由だよ」
「うん」
「いや……貴重な物だとわかっているか?
お前達が食べればいいだろう?」
「うーん。この飴は蜂蜜よりも美味しい。
ずっと食べていたいと思う。
でも、俺達は精霊様と一緒に沢山食べたから」
「精霊様と一緒に、沢山……か……」
店主がじっと俺の顔を見る。
頷いてくれたら、師匠との取り引きは鱗にできるはず……。
そう考え緊張しながら答えを待っていた。
「本当にいいのか? 後悔しないのか?」
「しない!
だって、俺達は本当におじさんの作品が欲しいんだ!」
俺がそう告げると、
俺を応援するようにセイル達も「欲しい」と声をだしてくれた。
「そうか。そうか……」
店主が絞り出すような声をだした。
そして、くしゃっと顔を歪めながら笑って、
「好きな物を選んでくれ」といった。
飴を確認しなくてもいいのかと聞くと、
「守護者様の前で、嘘はつかんだろう?」といわれたので、
しっかりと頷いた。
店主が持っている箱の中から選んでもでもいいぞと、いわれたけど、
持つのが怖いから嫌だというと、店主と師匠が小さく笑う。
「飴9個あるから、9個選んでもいい?」
「それだと、わしが貰いすぎになる。
最低10個以上は選んでくれ」
「必要なのは9個だから」
「アルト、店主さんのいうとおりだよ。
だから、セリアさんとアイリとユウイの分を選んでくれる?
その3人分はあとで僕が買い取るから」
師匠の指示に、後ろを向くとそれでいいというように皆が頷く。
「お前達、いい取り引きをしてくれてありがとうな!
しっかり選んでくれよ! 選んだ物はこの上に並べてくれ」
店主の言葉に返事をし、
俺達は自分のお気に入りを見つけるために、師匠から離れた。
師匠はまだ店主と交渉を続けるようだ。
時々「わしが貰いすぎじゃ!」とか「鱗を減らしますか?」とか、
「それはいかん!」とか楽しそうにしている声が聞こえてくるけど、
誰もそちらに視線を向けることなく、真剣に自分のお気に入りを探していた。
「アルト、私はこれがいいワ」
俺の分を選び終わり、
次を探そうとしたときに、セリアさんが姿を見せて指さす。
俺やクロージャ達には見えているみたいだけど、
他の人には見えていないようで、ちょっとほっとする。
「これ?」
「そう、それヨ」
セリアがさんが選んだ物は、
小さい花の模様が描かれている。
「可愛い花だね」
「すごく可愛い」
「勿忘草かな?」
エミリアとジャネットとミッシェルが、
それぞれ感想を伝える。
「そう、勿忘草ヨ。私の思い出の花ヨ」
セリアさんはそういって笑ってから「お願いね」といって消えた。
それから、みんなに手伝ってもらいながら、
アイリ達の分も選び終わった頃、
店主がげっそりとした表情でこちらに戻ってきた。
でもその手には、しっかり飴と鱗の入った瓶を持っている。
無事、師匠との取り引きが終わったようだ。
「さぁ、お前さん達が選んだ物を見せてくれ」
疲れているようだけど、それでも楽しそうに笑っている店主に、
さっき渡してもらった布が張ってある箱を渡した。
俺達が選んだものを見て、店主の表情が抜け落ちた……。
「どうして、こちら側の物を選ばない!?」
店主が、指さした箇所に置いてある物は、
確かにとても綺麗で目が惹かれる。
だけど、今の俺には似合わない気がした。
ジャネット達は「服と合わないから」といい、
ロイールは「身の危険を感じそうだから」といい、
クロージャ達は「握って壊しそうだから」といった。
俺達の感想を聞いて店主ががっくしと肩を落とし、
師匠は俯いて肩を震わせていた。
「駄目だ、全く釣り合わねぇ。
頼む、頼むからこの箱の中から一つ選んでくれ」
懇願するような店主の声に、
どうしようかと考えていると、ミッシェルが俺達を軽くつつく。
全員がミッシェルに意識を向けると、
彼女が小さな声で「セツナさんの分を選ぼう」と告げ、
皆が一斉に箱の中を注視した。
「決まった?」
しばらくして、俺がそういうと皆が頷く。
「じゃあ、いちにのさんで指さして、
一番多かったものを選ぶ。それでいい?」
みんながまた頷くのを確認して指さした物は……。
全員同じ物だった。思わず顔を見合わせて誰からともなく笑いだす。
そんな俺達を見て、店主も楽しそうに笑っていた。
「これでいいのか? 誰に渡せばいいんだ?」
「師匠」
「セツナさん!」
皆で口を揃えて答えた。
「は? 守護者様に渡すのか!?
俺の作品を、守護者様に!?」
「うん」
その返答に、師匠が目を丸くしたあと、困ったように笑いながら、
俺達に「ありがとう」といってくれた。
ワイアットが小さな声で「チームの証みたいだな」と、
どこか楽しげに呟いたのを聞いて、そうなればいいと強く思った。
店主が一つ一つ丁寧に専用の箱に入れて梱包してくれた。
箱がすごく豪華だ……。中身と箱が釣り合っていない気がする。
この箱だけでもすごく高いと思う……。
箱を見ながらそんなことを考えていると、
店主が「箱はちょっとおまけしておいたからな」と、
すごくいい笑顔でそういった。おまけしすぎだと思う。
そして「精神的に疲れたが、いい取り引きができた。お前さん達、
わしの作品を見つけてくれてありがとうな」といってくれたので、
俺達もお礼をいって師匠と一緒にその店から離れた。
師匠が歩きながら、壊れないように、
落としても手元に戻ってくるように、
魔法をかけようかといってくれたので、師匠に一度預けることになった。
師匠に魔法をかけてもらえたら、気にせずに身につけていられる。
それから、師匠とみんなでゆっくりと露店を回る。
俺達の飴でセリアさんとアイリとユウイの分を買ったので、
その代金の代わりに好きな物を選んでいいといわれた。
それぞれが、欲しい物を見つけ、
その度に師匠がそこの店主と交渉していた。
一つだけでは、釣り合わないからと、
師匠も同じ物を持つことになったけど、
セイル達は師匠とお揃いだといって喜んでいた。
そして、最後に女の子達が選んだ物は絵姿を入れて、
机に飾ることができる額だった。
「これに、セツナさんの絵姿を入れて飾るのが楽しみだね!」
「うんうん。ネキシ絵師、
セツナさんの絵姿描いてくれるかな?」
「私はやっぱりフーリ絵師一択かな」
ジャネット、エミリア、ミッシェルが、
師匠に手渡された物を嬉しそうに胸に抱いて、話し続けている。
ときどき、俺達も会話に混ざるけどほとんど女の子達が話していた。
そんなミッシェル達をチラリと見て、
師匠が深くため息をつきぼそっと、
「僕の絵姿、禁止にしようかな」と呟いたことは、
聞かなかったことにした。
だって、俺も師匠の絵姿を楽しみにしているから。
俺は最初に買う絵姿は、師匠が描かれているものと、
心に決めていたから。だから、絵姿が禁止にされると困るんだ。
それに、クッカとトゥーリにも贈ってあげたら、
きっと喜ぶと思うから、やっぱり俺は師匠の言葉を、
改めて、聞かなかったことにしたのだった。
絵姿の話は、刹那の破片『同盟チームの観覧席で』の2番目の話、
【 絵姿 】
【 ウィルキス3の月30日 : ロイール 】で書かれています。
よろしければどうぞ!





