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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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26/43

『 小さな交渉 』

【アルト】


「そんなに気になるなら、手に取ってみてもいいぞ?」


何かを真剣に見ている女の子達にそっと近づいたら、

苦笑しながら話しかけている店主の声が聞こえた。


その言葉に、ジャネットが嬉しそうに手を伸ばして、

何かに触れようとしたのを、ロイールが早足で近づき、

彼女の手を握って止めた。


「触らない方がいい」


「っ……」


いきなり手を握られたことで、

ジャネットが驚いたのか肩がはねる。

ロイールの制止の言葉を聞いて、

エミリアとミッシェルも、

伸ばしかけた手を止めていた。


「あ?」


ロイールの言動に、店主が眉間にしわを寄せて低い声をだす。

それでも、ロイールはジャネットの手を離さない。


「多分、金貨1枚以上する商品だ……。

 壊したら、俺達では弁償できない」


「え?」


聞かされた内容に女の子達が目を見張り、

そっと手を下ろし露店から少し距離をとった。

ロイールはジャネットが後ろに下がってから、その手を離した。


「なんだ、お前。あ? ロガンの弟か? そっくりだな!

 それにいい目を持っている」


「ありがとうございます。兄に似ているとよくいわれます」


「そうかそうか。ロガンも露店を出しているのか?」


「友人の手伝いをするといって、朝から出かけていきました」


いつもとは違うロイールの丁寧な受け答えを、

俺達は黙って見守っている。

ミッシェルもお菓子屋さんを手伝っているときは、

今のロイールと同じように話していたし、

ジゲルさんが前に話していた仕事用……? の話し方なのだろう。


「そうか、それで、お前は……」


「俺はロイールといいます」


「いい名前だな! それでロイールはここに何をしにきたんだ?」


「この路地の露店が特殊だと知っていましたが、

 興味を引かれたので見にきました」


「いい物がそろってるからな。

 お前さんほどの目を持っているなら、

 興味をそそられるだろうよ」


店主が機嫌良く笑い、

ロイールから視線を外して女の子達を見る。


「簡単に壊れるものではないから、

 ゆっくり見てくれてもいいぞ、客もいないしな! 

 これほど真剣に見てもらえたら、わしも嬉しいってもんよ」


ロイールがお礼をいってからジャネット達を見るが、

女の子達が一斉に首を横に振った。


「この辺りは、触らない方がいい。

 でも、こちら側に置かれている物なら大丈夫」


それでも近寄ろうとしない女の子達の代わりに、

ロイールが商品を手に取った。


「初めて見るものですが、これは何ですか?」


不思議そうに、それでいて熱心に手の中のものを見ている。

みんながそっと近づいて、ロイールの手の中の物を覗いた。


「ああ、それは紐や細い鎖につけると、

 首飾りになるように作った物だ。

 あれだ、守護者様と精霊様が、

 ミルフォーリアのつぼみをくださっただろう?」


師匠の話題がでてちょっと驚く。

師匠と何か関係があるんだろうか?


「あのつぼみは持っていると病にかかりにくくなると、

 精霊様が話されていた。

 だから、身につけることができる物を考えて作ってみた」


ジャネットが手を伸ばそうとしていた商品を手に取って、

銀線細工職人だと教えてくた店主が、色々説明しながら、

使い方を実践してくれる。それは、中が空洞になっていて、

小さな物を入れることができるようになっている。

開閉も簡単にできるようだった。

俺はそれを見て、小さな小さな宝箱のようだと思った。


「ここに、ミルフォーリアのつぼみを入れることができるのね」


ミッシェルが目を輝かせながら囁くように呟く。


「実際に入れたのがこれだ」


そういって、店主が自分の首にかけていた物を、

俺達に見せてくれた。銀線細工の透かしが凄く綺麗で、

ミルフォーリアのつぼみが繊細な銀線で、

装飾されているみたいだ……。


「……綺麗」


ジャネットの呟きに全員が頷いた。


「おうおう、そんなに見つめられたら照るだろうが!」


店主が耳を赤くしながら、服の中にしまい込む。

それがきっかけとなって、みんながホッと息をついた。


「私、ミルフォーリア食べちゃった……」


エミリアの残念そうな言葉に、

クロージャが苦笑しながら口を開く。


「食べてなかったとしても、

 こんな高価な物が買えるわけないだろう」


「そうだけど……。凄く素敵だったんだもん」


「確かにな」


口々に感想を言い合っているクロージャ達に、

店主が優しい目を向けていたが、

その視線が移動し俺と目が合った。


「はっ!?」


その瞬間大きく目を見開き、俺の顔を凝視する。


「守護者様の弟子!?」


「……」


ずっと、ロイール達と一緒にいたんだけどと思っていると、

セイルが「あの人から丁度見えない位置にいたんだな」と、

小さな声で教えてくれた。


そして、何かに気付いたように、

店主がここにいる全員の顔をしっかりと見て声をだす。


「……お前らどこかで見たことがあると思ったら、

 守護者様と一緒にいたガキどもじゃないか!」


どうやって答えようかと悩んでいると、

店主が楽しそうに笑いながら、

「お前ら、好きな物を持っていけ!」といった。


普通なら驚くことだと思うんだけど、

この数時間でこのやり取りは、何度も繰り返されているので、

正直「ああ、またか」と思うだけだった。

小さいおまけならもらうことにしてるけど、

それ以上はどう考えても受け取るべきじゃない。


「師匠の功績で、俺が何かをもらうことはできません」


ロイールが丁寧に話していたから、

俺も丁寧に話すように心がけながら、

この数時間で言い慣れた言葉を告げた。

俺に同意するように、ワイアット達も首を縦に振る。

そんな俺達に店主が苦笑した。


()()()、いわれてきたか」


「はい」


「あー、まぁ、気を悪くしないでくれな」


「気持ちは凄く嬉しいです」


今、いった言葉は本心だった。

俺にまで何かを与えてくれようとしてくれるほど、

師匠はこの町の人達に認められていているんだと感じたから。

店主が大雑把に頭をかき、困ったような表情を浮かべた。


「守護者様の弟子だからという理由の人間もいるだろうが、

 わしら、いやリシアの民はお前さん……アルトに感謝している。

 だから、アルトに何か礼をしたいと、

 わしと同じようなことを考えたんだろうな」


「俺は何もしてないよ?」


思ってもみなかったことをいわれて、

話し方がいつものように戻ってしまう。

言い直そうかと考えている間に、

店主の話が続き俺の思考はそこから外れた。


「守護者様を幸せにしてるだろ?」


「え?」


「守護者様は、お前さんと話しているときが、

 一番楽しそうな顔をされる」


他人から見た俺と師匠は……不幸せに見えているのだと思ってた。

だから、驚いて店主の顔を凝視してしまう。


俺の表情を見て誤解したのかもしれない。

店主が苦笑を浮かべ、軽く頭を下げる。


「わしたちの想いは、

 お前さんにとっては迷惑な話かもしれんがな」


店主の言葉にそんなことはないというつもりだった。

だけど、零れ落ちた言葉は、俺がずっと気になっていたことだった。


「師匠は……俺といて本当に幸せだと思う?」


俺の問いに、店主が軽く目を見張り、

そして真顔で断言してくれた。


「ああ、間違いない」


どうしてだろう? 

なぜかこの人の言葉は、素直に信じることができるような気がした。

俺は人間も獣人族も嫌いで……基本、仲がいい人の言葉以外は、

信じないことにしている。


なのにどうしてだろう……と考えて、

心配そうに俺を見るミッシェルと視線が合った。


ああ、そうか。

この人は最初から優しい眼差しで、

ミッシェル達のことを見ていたからだ。


俺がいてもいなくても、

ミッシェル達に優しかったからだ。


そして『お前ら、好きな物を持っていけ!』といってくれた。

目の前の店主は、俺を特別扱いしないでいてくれたんだ……。


勿論それが普通ではないことをわかっているけれど、

俺はその気持ちが嬉しかった。

正直、俺だけ特別扱いされることに、

内心嫌気がさしていたから……。


「ありがとうございます」


色々な気持ちを込めて、心からお礼を伝えた。


「おう。いってことよ」


満面の笑みの店主を見て、

無性に師匠に会いたくなった。

今聞いたことを師匠に伝えたいって思ったんだ。

師匠はきっと笑って聞いてくれる。

俺と一緒に喜んでくれると思ったから。


『師匠……』


だから、無意識に心の中で師匠を呼んでしまったのだと思う。

ハッと気が付いて、師匠から返事が届くかなって、

ドキドキしていたけれどこなかったからほっと息をついた……。

その瞬間。


「アルト」


俺の後ろから、俺を呼ぶ師匠の声が聞こえた……。

その声に、俺だけではなく全員が振り返る。

驚いたような表情を浮かべる俺に、師匠が軽く目を見張った。


師匠がきてくれたのは、

多分、俺が呼んだからだとわかっているのに声が出ない。

何か話さないとと思うけど、何を話していいのかがわからない。

師匠を思わず呼んでしまったことを、

なぜか友達には知られたくなかったし、

その理由を教えたくもなかった。


内心で焦っていると、

師匠が小さく笑って「セセラギ」と呼ぶ。

その呼びかけに、セセラギが「キュアァ」と甘えるように鳴いた。


「セセラギが僕を呼んだから、

 きてみたんだけど何もないみたいだね」


それは嘘だと思った。


「今日は人が多いから心配になって、

 アルトに確認する前に転移してしまった。

 友達との時間を邪魔してごめんね」


どうして師匠が謝るの? 

俺が困っていたから、師匠が理由を作ってくれたんでしょう? 


師匠に嘘をつかせるのが嫌で、

本当のことを話そうとするが、俺より先にセセラギが、

師匠に向かって「うにゃうにゃ」と何かを話していた。


「え? 唐揚げを食べたの?」


「……」


その言葉に全員の視線がセセラギに向いた。


「う゛ぅーん」


「……いや、魚屋の魚を勝手に食べては駄目だよ」


「うにゅ」


師匠に注意されたからか、

セセラギが上目遣いで師匠を見ている。


「アルトのいうことをちゃんと聞いてね」


「うにゃうにゃ」


「……え? 

 帰って魚が食べたいから僕を呼んだの?」


「師匠?」


「うん?」


「もしかして、師匠はセセラギと話せるの?」


「うん。セセラギは僕の使い魔だからね」


「ずるい!」


思わず本音が口から出てしまう。


「えー」


「俺も、セセラギと話したい!」


「うーん、それはちょっと難しいかもしれないけど……。

 一応頑張ってみるよ」


「うん!」


「それで、セセラギが帰りたがってるから、

 僕が連れて帰っても大丈夫かな?」


師匠が俺の肩の方に手を伸ばすと、

セセラギが師匠の手に頭を擦り付ける。


「本当に、セセラギが師匠を呼んだの?」


「うん。お腹がすいたから魚を食べたいんだって」


本当なのかな……。

どうしても気になって、心話で聞いてみる。


『本当? 俺が呼んだから……』


『アルトだけなら、先に確認したんだけど、

 セセラギとほぼ同時に声が聞こえたから、

 気になってきてしまった。ごめんね』


『そっか。そうなんだ。

 師匠、ありがとうございます』


それだけ俺のことを心配してくれたんだ。

そのことが嬉しくて、自然と尻尾が揺れた。


『どういたしまして』


師匠が優しく俺の頭を撫でてくれる。

その様子を見て、セセラギがもっと撫でろというように、

「う゛ぅーん」と鳴いた。師匠が苦笑してセセラギを撫でながら、

クロージャ達に視線を向けたあと俺を見て首をかしげた。


「アルト達は何をしていたの?」


師匠の質問に、今まで黙っていたクロージャ達が、

一斉に師匠に話し始めた。

その勢いに、みんな師匠と話したかったんだと、

ちょっとびっくりした。

師匠は時々頷いたり、質問したりしながら話を聞き終わると、

露店へと視線を向けた。


「本当だ、とても美しい銀線細工だね……」


師匠は一つ一つを鑑賞するように眺めていった。

ふと、店主を見ると目を見開いて師匠を凝視していてちょっと怖い。

ピクリとも動かないところをみると緊張しているのかな……。


視線を周囲に向けると、

俺達以外の人達が固唾をのんでこちらを注視している……。

やっぱりちょっと怖い。注目のされ方がおかしい。


「店主さん」


「は、はい!」


声をかけられるとは思っていなかったのか、

店主の声が裏返っている。


師匠はちょっと困ったように笑って、

「貴方のいつも通りでお願いします」と告げた。

師匠の言葉に店主は目を閉じて深呼吸をしたあと、

力のこもった目を師匠に向けた。


「それで、なんだ。

 何か、気になる物でもあったか?」


俺達と話していたときよりまだ態度が固い気がするけど、

もう大丈夫かな?


「ここにある作品で全部ですか?」


「どうしてだ?」


「素敵な作品なので、僕の妻と精霊に贈りたいので、

 お手持ちの作品をすべて見せていただけないでしょうか?」


師匠の要望に店主は一度頷くと、装飾された高そうな箱を取りだし、

そっと蓋を開ける。俺達も師匠の横から覗くように箱の中を見た。


箱の中にあった商品は、露店に並んでいる物と、

全く違う物だと思ってしまうほど煌めいている……。


俺の隣にいたロイールが息を飲みながらも、

箱の中に並んでいる商品から視線を外さない。

だけどそれはロイールだけではなく、

クロージャ達もエミリア達も同じように黙って見続けていた。


「……どうしよう。すごく迷う」


師匠がため息をついて、困ったような声をだした。


「全部持っていっていいぞ?」


嬉々として、俺達にもいった言葉を師匠にも告げるが、

師匠も首を横に振って断っていた。


ロイールは商品と店主を交互に見て、

「これだけの作品を持っていけとか、正気を疑う」と、

本当に小さな声で呟いていた。

多分、俺にしか聞こえていないと思う。


ロイールがそこまでいうってことは、

俺が思う以上にすごい物なのかもしれない。


「職人通りの商品は、物々交換でしたよね?」


「そうだが」


店主がちょっと不満そうに頷く。

その不満の意味がわからない……。


師匠と店主が露店の横にある立ち机のそばへと歩いていく。

どうやら交渉はあそこでするようだ。


「僕の手持ちの素材が少ないから、

 交換してもいいと思うものがあればいいのだけど……」


そういいながら、師匠が机の上に色々と並べていく。


「まず、フェルドワイスの蜂蜜」


「……商人が血眼になってたぞ。

 わし、殺されないか?」


「それから、フェルドワイスの蜂蜜だけで作った飴。

 上位精霊様のために作った余り物なのですが、

 これは僕しか作れないので希少です。

 売りに出す予定はありません」


「上位精霊様への献上品……?」


店主が蜂蜜よりも飴をじっと凝視している。

この飴は本当に美味しいから、

俺は蜂蜜より飴を勧めたいけど、口には出さない。


「あとは……スクリアロークスの皮か鱗。

 皮にも鱗がついているけど、

 装飾品なら鱗だけの方が使いやすいかな? 

 でもこれは、ギルドでも手に入るから、

 ちょっと付加価値をつけよう」


「は? そのままでもいいが? 

 わし……鱗の抽選に外れたし」


囁くような店主の声は、多分師匠には届いていない。

師匠は何かを考えながら、小瓶に入っている小さな鱗を、

布が張ってある入れ物の中に取りだしていたから。


「スクリアロークスの鱗は、魔力を流すことによって、

 簡単な魔法なら無効化することができるんですが、

 流す魔力の属性によって色を変えるんです。

 その特性を利用して、竜国では装飾品の素材としても、

 好まれているんですよ」


「……」


師匠が丁寧に説明しながら、鱗に魔力を流していく。


「僕の属性は風と水なので、

 色はたなびくような緑と透き通るような青になります。

 あ、あと、属性を入れずに魔力だけを流すと透明になります」


属性の色は精霊を象徴とする色ともいわれているらしく、

色の前に何か言葉を付け足して表現することが多いみたいだ。

つけるかつけないかは、その人の好みだと、

本に書いていた気がする。


「魔力量によって、色の明るさが決まるのだけど、

 僕は淡い色が好みなので、最初はこれぐらいで」


白かった鱗が透明感のある綺麗な緑色になった。

店主が……師匠の手元から目を離さない。

瞬きもあまりしないから目が乾いてきていて、

赤くなってきている。かなり怖い……。目、大丈夫かな。


「このままだと、鱗から魔力が抜けてしまうので……。

 抜けないように魔法をかけます」


鱗が一瞬キラリと光ったのを確認してから、

師匠は次々と鱗の色を変えていった。

少しずつ色を変えて並ぶ鱗は本当に綺麗で、

俺も欲しいと思ってしまう。


あとで師匠にお願いしたら作ってくれるかな? 

店主は微動だにせずに透明と緑と青の鱗を凝視している。


「あとは……」


鱗が一段落したからか、

師匠が新しい何かを取りだそうとしたところで、

店主がハッとしたように動きだした。


「いや、いや、もう、いい。

 これ以上は、わしの心臓が持たない」


店主が必死に師匠を止めていた。


「気に入るものがありましたか?」


「ちょっと待ってくれ、ちょっと考えさせてくれ」


目が乾いて痛いのか店主が瞬きを繰り返し、

苦悩の表情を浮かべながら、飴と鱗を交互に眺めて、

最終的に唸り始めた。


「わしは鱗が欲しい……。しかし、しかしなぁ」


「……」


「飴にするか? 

 いや、わしはもうこの鱗で作りたい物を想像しちまったしな」


「……」


「鱗……いや、飴……いや……うぅぅぅぅ」


「飴と鱗で悩まれているようですが、どうして飴を?」


「わしのばあさんがな、食欲が落ちていたんだが、

 フェルドワイスの蜂蜜が入った飲み物を配って下さっただろ? 

 あれが体にあったのか少し食欲が戻ったんだわ。

 だから、飴を食べさせればもっと元気になるかと思ってな」


「そうなんですね……。

 僕はどちらでも構いませんので、ゆっくり選んで下さい」


「ああ、悪いが、しばらく考えさせてくれ」


師匠と店主の会話に俺は首をかしげる。

いつもの師匠なら、飴をあげるといいそうなのに。

それが無理なら、飴と鱗を半々でもいいと思うのに……。

どうしてと考えて「次は俺と取り引きしてくれないかな」という声が、

複数聞こえてきた。


そうか。そういってあげたくても、できないのか……。

ここで許してしまうと、蜂蜜と飴とか蜂蜜と鱗とかいわれて、

収集がつかなくなるかもしれないから。


だけど、俺は、俺に優しくしてくれた人が、

必死に悩んでいるのを見て悲しくなった。


店主の家族を思う気持ちと職人である自分の気持ちが、

せめぎ合っているように思えた。

でも多分、この人は鱗を諦めて飴を選択するんだろうな……。

だって、俺には鱗を諦めるために悩んでいるように見えたんだ。


どうしたらいいんだろう。師匠は動けない。

俺にできることはないだろうかと必死に考えて閃く。


「クロージャ」


小さな声でみんなを呼んで、そっと師匠の後ろに回る。

成り行きを見守っていたクロージャ達が首をかしげながら、

俺についてきてくれた。


「俺は、お揃いの物をこれにしたい」


俺の言葉に、最初にジャネットが口を開いた。


「私達もそう思って見てたんだよ」


「毎日、つけていても邪魔にならなさそうだったしね」


「うんうん」


ミッシェルとエミリアがジャネットに同意する。


「俺もいい物だと思うけど、俺達素材なんてもってないだろ?」


「どう考えても、無理だろう」


ロイールとクロージャが嘆息しながら無理だといった。


「みんなが持っているもので、手に入るとしたら?」


「そりゃ欲しいけど、そんなもの持ってないぞ?」


「アルトは何か考えがあるのか?」


セイルが手を振るのを横目で見ながら、ワイアットが俺に聞いた。


「今日、飴持ってきてる?」


その言葉だけで、俺が考えが伝わったのか、

一瞬、息を飲んでから声を揃えて「持ってる!」と、

みんなが嬉しそうに頷いた。


「他の物がいいなら諦めるけど、大丈夫?」


「大丈夫だ。それに、店主を助けることもできるだろ?」


クロージャが店主をそっと見て小さな声で、そういった。


「うん」


もしかすると、クロージャも俺と同じことを、

気にしていたのかもしれない。


「じゃあ、俺に一つずつ渡してくれる?」


「うん。一日ぐらい我慢できる」


「ねー」


ジャネットとエミリアがポケットから、

紙に包まれた飴を取りだした。

孤児院では飴は一日一個と決まっているようだ。


「食べなくてよかった」


「いつも午前中に食べ終わってるしな」


セイルとクロージャがそういいながら、

同じようにポケットから飴をだす。


「俺、昨日食べるの忘れてたんだよな……」


「忘れるものなのか?」


「いや、ほらさ、食べるとなくなるだろう?」


「ああ……気持ちはわかる」


ワイアットの言葉にロイールが苦笑し、

二人も飴を渡してくれた。


「デスどうする?」


「ギャギャ!」


「渡していいの?」


「ギャ!」


ミッシェルは自分の分とデスの分を俺に渡してくれる。

え? デスの分も交換してもらうの?


「私とお揃いにする?」


「ギャ!」


交換することが決まっているようだ……。

でも、首がないのにどうやってつけるんだろう。

まぁ……色々あるしきっと大丈夫だ。多分。


全員から集めた飴を鞄の中からだした、空の瓶に入れていく。

セセラギにどうするか聞くと、いらないらしいので、

最後に酒肴の人達が包んでくれた、俺の分の飴を入れて蓋をした。

瓶の中には色とりどりの包み紙に包まれた飴が9個入っていた。


「じゃぁ、交渉してくるね!」


「うん!」


全員が期待を込めた目を俺に向けていた。

俺は内心ドキドキしながら、上手く交渉できますようにと心の中で呟く。


「おじさん」


まだ悩んでいる店主を驚かせないように、そっと声をかける。


「あ? ああ、なんだ?」


「ちょっとだけいい?」


「いいぞ」


「俺達も、おじさんの作品が欲しいんだ」


「好きなものを持っていけ」


「一生懸命に作られた物を、

 ただでもらうことはできないから、

 俺とも取り引きをして欲しい」


俺の言葉に、店主が本当に嬉しそうに目を細めた。


「何と交換するんだ?」


「これ、フェルドワイスの飴」


「は?」


師匠が出した物より小さい瓶を机の上にのせた。


「俺達は、ずっと師匠と精霊……様? と、

 一緒にいたから、飴ももらった」


「……」


「師匠からもらった物だけど……」


そっと、となりにいる師匠を見上げると、師匠が優しく笑っている。


「気にしなくていいよ。

 それは、アルト達の物だから、どう使うかは自由だよ」


「うん」


「いや……貴重な物だとわかっているか?

 お前達が食べればいいだろう?」


「うーん。この飴は蜂蜜よりも美味しい。

 ずっと食べていたいと思う。

 でも、俺達は精霊様と一緒に沢山食べたから」


「精霊様と一緒に、沢山……か……」


店主がじっと俺の顔を見る。

頷いてくれたら、師匠との取り引きは鱗にできるはず……。

そう考え緊張しながら答えを待っていた。


「本当にいいのか? 後悔しないのか?」


「しない! 

 だって、俺達は本当におじさんの作品が欲しいんだ!」


俺がそう告げると、

俺を応援するようにセイル達も「欲しい」と声をだしてくれた。


「そうか。そうか……」


店主が絞り出すような声をだした。

そして、くしゃっと顔を歪めながら笑って、

「好きな物を選んでくれ」といった。

飴を確認しなくてもいいのかと聞くと、

「守護者様の前で、嘘はつかんだろう?」といわれたので、

しっかりと頷いた。


店主が持っている箱の中から選んでもでもいいぞと、いわれたけど、

持つのが怖いから嫌だというと、店主と師匠が小さく笑う。


「飴9個あるから、9個選んでもいい?」


「それだと、わしが貰いすぎになる。

 最低10個以上は選んでくれ」


「必要なのは9個だから」


「アルト、店主さんのいうとおりだよ。

 だから、セリアさんとアイリとユウイの分を選んでくれる?

 その3人分はあとで僕が買い取るから」


師匠の指示に、後ろを向くとそれでいいというように皆が頷く。


「お前達、いい取り引きをしてくれてありがとうな!

 しっかり選んでくれよ! 選んだ物はこの上に並べてくれ」


店主の言葉に返事をし、

俺達は自分のお気に入りを見つけるために、師匠から離れた。

師匠はまだ店主と交渉を続けるようだ。


時々「わしが貰いすぎじゃ!」とか「鱗を減らしますか?」とか、

「それはいかん!」とか楽しそうにしている声が聞こえてくるけど、

誰もそちらに視線を向けることなく、真剣に自分のお気に入りを探していた。


「アルト、私はこれがいいワ」


俺の分を選び終わり、

次を探そうとしたときに、セリアさんが姿を見せて指さす。

俺やクロージャ達には見えているみたいだけど、

他の人には見えていないようで、ちょっとほっとする。


「これ?」


「そう、それヨ」


セリアがさんが選んだ物は、

小さい花の模様が描かれている。


「可愛い花だね」


「すごく可愛い」


「勿忘草かな?」


エミリアとジャネットとミッシェルが、

それぞれ感想を伝える。


「そう、勿忘草ヨ。私の思い出の花ヨ」


セリアさんはそういって笑ってから「お願いね」といって消えた。

それから、みんなに手伝ってもらいながら、

アイリ達の分も選び終わった頃、

店主がげっそりとした表情でこちらに戻ってきた。


でもその手には、しっかり飴と鱗の入った瓶を持っている。

無事、師匠との取り引きが終わったようだ。


「さぁ、お前さん達が選んだ物を見せてくれ」


疲れているようだけど、それでも楽しそうに笑っている店主に、

さっき渡してもらった布が張ってある箱を渡した。

俺達が選んだものを見て、店主の表情が抜け落ちた……。


「どうして、こちら側の物を選ばない!?」


店主が、指さした箇所に置いてある物は、

確かにとても綺麗で目が惹かれる。

だけど、今の俺には似合わない気がした。


ジャネット達は「服と合わないから」といい、

ロイールは「身の危険を感じそうだから」といい、

クロージャ達は「握って壊しそうだから」といった。


俺達の感想を聞いて店主ががっくしと肩を落とし、

師匠は俯いて肩を震わせていた。


「駄目だ、全く釣り合わねぇ。

 頼む、頼むからこの箱の中から一つ選んでくれ」


懇願するような店主の声に、

どうしようかと考えていると、ミッシェルが俺達を軽くつつく。


全員がミッシェルに意識を向けると、

彼女が小さな声で「セツナさんの分を選ぼう」と告げ、

皆が一斉に箱の中を注視した。


「決まった?」


しばらくして、俺がそういうと皆が頷く。


「じゃあ、いちにのさんで指さして、

 一番多かったものを選ぶ。それでいい?」


みんながまた頷くのを確認して指さした物は……。

全員同じ物だった。思わず顔を見合わせて誰からともなく笑いだす。

そんな俺達を見て、店主も楽しそうに笑っていた。


「これでいいのか? 誰に渡せばいいんだ?」


「師匠」


「セツナさん!」


皆で口を揃えて答えた。


「は? 守護者様に渡すのか!?

 俺の作品を、守護者様に!?」


「うん」


その返答に、師匠が目を丸くしたあと、困ったように笑いながら、

俺達に「ありがとう」といってくれた。


ワイアットが小さな声で「チームの証みたいだな」と、

どこか楽しげに呟いたのを聞いて、そうなればいいと強く思った。



店主が一つ一つ丁寧に専用の箱に入れて梱包してくれた。

箱がすごく豪華だ……。中身と箱が釣り合っていない気がする。

この箱だけでもすごく高いと思う……。

箱を見ながらそんなことを考えていると、

店主が「箱はちょっとおまけしておいたからな」と、

すごくいい笑顔でそういった。おまけしすぎだと思う。


そして「精神的に疲れたが、いい取り引きができた。お前さん達、

わしの作品を見つけてくれてありがとうな」といってくれたので、

俺達もお礼をいって師匠と一緒にその店から離れた。


師匠が歩きながら、壊れないように、

落としても手元に戻ってくるように、

魔法をかけようかといってくれたので、師匠に一度預けることになった。

師匠に魔法をかけてもらえたら、気にせずに身につけていられる。


それから、師匠とみんなでゆっくりと露店を回る。

俺達の飴でセリアさんとアイリとユウイの分を買ったので、

その代金の代わりに好きな物を選んでいいといわれた。


それぞれが、欲しい物を見つけ、

その度に師匠がそこの店主と交渉していた。


一つだけでは、釣り合わないからと、

師匠も同じ物を持つことになったけど、

セイル達は師匠とお揃いだといって喜んでいた。


そして、最後に女の子達が選んだ物は絵姿を入れて、

机に飾ることができる額だった。


「これに、セツナさんの絵姿を入れて飾るのが楽しみだね!」


「うんうん。ネキシ絵師、

 セツナさんの絵姿描いてくれるかな?」


「私はやっぱりフーリ絵師一択かな」


ジャネット、エミリア、ミッシェルが、

師匠に手渡された物を嬉しそうに胸に抱いて、話し続けている。

ときどき、俺達も会話に混ざるけどほとんど女の子達が話していた。


そんなミッシェル達をチラリと見て、

師匠が深くため息をつきぼそっと、

「僕の絵姿、禁止にしようかな」と呟いたことは、

聞かなかったことにした。


だって、俺も師匠の絵姿を楽しみにしているから。

俺は最初に買う絵姿は、師匠が描かれているものと、

心に決めていたから。だから、絵姿が禁止にされると困るんだ。


それに、クッカとトゥーリにも贈ってあげたら、

きっと喜ぶと思うから、やっぱり俺は師匠の言葉を、

改めて、聞かなかったことにしたのだった。



絵姿の話は、刹那の破片『同盟チームの観覧席で』の2番目の話、

【 絵姿 】

【 ウィルキス3の月30日 : ロイール 】で書かれています。

よろしければどうぞ!



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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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