『 手紙 』
本日、3月26日発売のコンプエース5月号から、
『刹那の風景』のコミカライズの連載が始まりました!
活動報告に、漫画家寺里甘様のラフ画を公開してます。
【アルト】
セセラギに師匠から貰った服みたいな物を着せ、
そこに紐を装着してセセラギが自由に歩けないように、
紐の反対側をミッシェルが握っていた。
自由を奪われているというのに、
セセラギは気にすることなく機嫌良く「キュキュル」と、
歌うように鳴きながらデスを背中の上にのせて、
女の子達の前を歩いている。
時々、止まって俺達の方を向いて「うにゃうにゃ」と、
何かを話しているようだけど、
何を話しているのかはわからない……。
だけど、その仕草が可愛くて、
思わず笑ってセセラギに返事しているのは、
俺だけではなかった。
師匠からこの胴輪一式を貰ったときは、
自由に動けないのは可哀想だと思っていた。
だけど、セセラギはムイやギルス達とは違い、
とにかく興味の持った方へと走っていき、
小さい手で掴もうとするし、口に入れようとする……。
目新しい物ばかりだから、
落ち着かないのかもしれないと考え、
しばらくしたら慣れるかなと思っていた。
しかし、一向に落ち着く様子はなく、
一目散に魚屋に走っていったときは肝が冷え、
用水路に飛び込んだところで、
これは駄目だと考え直し、俺はセセラギを繋ぐことに決めた。
可哀想だとかそういった問題ではないことに気付いたから!
紐を外すにしても、
セセラギがやってはいけないことを学んでからだと強く思った。
まぁ、セセラギは繋がれていることを、
とくに不満に思っているわけでもないようなので、
「待て」を覚えるまでは繋いだままでいようと思う。
「やっぱり、注目を浴びるよな……」
俺の隣でセイルがそんなことを呟きながら、苦笑している。
確かに、あちらこちらから俺達の方へと視線が向けられている。
「セセラギもデスも珍しいから」
「いや、それもあるけど、
一番注目を浴びてんのはお前だって」
「ああ、リシアに獣人の子供は俺だけだし」
今更だなと思いながらも頷いた俺に「それもあるけど」といって、
クロージャが会話に混ざる。
「アルトが「黄昏の弟子」だからというのが、
一番の理由だろうな」
「え?」
セイルから視線をクロージャに向けた俺に、
ワイアットとロイールも苦笑した。
「今までもアルトと一緒にいると視線を感じてはいたけどさ、
ここまで注目されることはなかったと思うんだよな……」
ワイアットがそういって肩をすくめる。
「……もしかして、俺みんなの迷惑になってる?」
「そうじゃない」
ロイールが間髪入れず俺の言葉を否定した。
「んなわけないだろ」
「そうそう」
ワイアットとセイルが呆れたような視線を俺に向ける。
ジャネット達はこっちをチラリと見ただけで、
自分達の話へと戻っていた。
「俺達も将来同じ視線を貰う予定なんだからな」
どこか楽しそうに、セイルがニシシっといった笑い方をした。
「ああ、暁の風に入るからか」
「そうそう」
嘆息しながらクロージャが笑い、セイルがまた笑った。
「俺達の二つ名も「黄昏」がつくといいよな」
「いや、無理だろう」
調子のいいセイルの願いに、ロイールが冷静に返答し、
ワイアットが「何をくっつけるんだよ、何を」と突っ込んだ。
そこから黄昏に似合いそうな言葉を探すことに夢中になっていき、
こちらへと向けられる視線から意識がそれていった。
「アルト、セセラギを抱き上げてもいい?」
「人が多くなってきたから、踏まれると困るしね」
ミッシェルがデスを肩に乗せながらいった言葉に、
エミリアも心配そうにセセラギを見た。
セセラギは「うにゃうにゃ」と何かをいったあと、
タタッと俺の方へと走ってきて、一気に俺の肩まで登り、
俺の頬に顔を寄せてから「うなうな」と鳴くと、
そのまま肩の上でじっとしていた。
動く気配のないセセラギをみて、
ミッシェルが残念そうにしながら、
俺に紐を渡してくれる。
俺はその紐をベルトループに結んでから、
セセラギの頭を軽く撫でた。
「あ、俺、唐揚げ食おう!」
ワイアットが嬉々としながら、
唐揚げの露店へと歩いていく。
「俺も唐揚げにしよう」とセイルがワイアットの後を追う。
女の子達は3人で顔を見合わせたあと、
違う露店を指さしていた。
その露店では薄いパンを焼いたものに、
野菜やチーズなどの具を乗せて、
くるくると巻いたものを売っているようだ。
俺も気になったので、お金を渡して俺の分も頼む。
「具はなんでもいいの?」
「肉とかチーズがいい。唐揚げいる?」
俺の問いに、女の子達3人が同時に首を横に振って、
「いらない」といった。唐揚げ美味しそうなのに……。
女の子達と一旦別れて、クロージャ達と最後尾に並んで順番を待つ。
俺達のそばにいる人達が、不思議そうにセセラギを見ているが、
声をかけられるようなことはなかった。
しかし、露店のおじさんが器用に肉を揚げながら、
セセラギのことを聞いてきたので、
師匠の使い魔だということを伝えると、
「守護者様に感謝!」といって、
セセラギの分をおまけにくれた……。
俺がお礼をいうと、
セセラギもおじさんの方へと顔を向けて、
「うにゃうにゃ」いっていた。
多分、お礼をいっていたのだと思う。
それぞれの手に唐揚げを持って露店を離れて、
ミッシェル達と合流する。人の少ない場所で立ち止まり、
熱々の唐揚げを食べる。
セセラギには唐揚げを少し冷まし、
セセラギ専用の入れ物に入れると、
器用に手で掴んで匂いを確認してから口に入れていた。
家では魚にしか興味を示さなかったのに……。
「なぁ」
「なに?」
「どうして、セセラギは上を向きながら食べているんだ?」
ロイールの問いに、みんなの視線がセセラギから俺へと集まる。
「やっぱり疑問に思うよね」
セセラギの食べ方は、ちょっと変わっている。
食べ物を両手で掴んで口に入れると、
上を向いたまま食べ物を咀嚼して飲み込んでいる。
「どうして、そんな食べ方をしているのか、
俺にもわからない。師匠もわからないっていってた」
「セツナさんにもわからないことがあるんだな……」
「うん」
「神々の時代の生き物の記録なんて、残ってないか」
ロイールが古代神樹がそびえていた方を向いて小さく呟いていた。
屋台を巡り興味の惹かれた物を食べ歩く。
俺以外はお腹がいっぱいになったのか、
食べるよりも話す方に夢中になっている。
俺はそんなみんなの話を食べながら聞いていた。
ふと……知らない人の声が耳に届く。
「はい、じいちゃん」
「ありがとう」
声が聞こえた先にいたのは、俺より小さな子供と祖父らしき人。
子供が手渡しているのは、肉を刺した串焼き……。
ああ、そういえば、リペイドの建国祭で、
俺もじぃちゃんと串焼きを食べたんだ。
なぜか幸せそうに串焼きを食べる二人から、目が離せなくなった。
「欲しい物や食べたいものがあったらじいちゃんが買ってやるぞ?」
『アルト、欲しいものや食べたいものがあったら買ってあげるからの?』
俺の周りから音が消え、
じいちゃんの声が脳裏に蘇り思わず足が止まる。
「アルト?」
少し離れたところから、
クロージャ達が俺を探しながら呼んでいる。
だけど、その声にすぐに返事することができない。
声をだしてしまうと、何かが溢れそうだったから……。
俯いて一度ぎゅっと目をつぶって、
寂しさが通り過ぎるのを待った。
そして、顔を上げて息を吐き出してから、
俺を待っているクロージャ達の方へと足を進めた。
「何かあったのか?」
「まだ食べるか考えてたら、はぐれてた」
俺の返答に、みんなが口を揃えて、
「食べ過ぎ!」といって笑ったので、つられて俺も笑った。
「はぐれないように、真ん中にいろよ」
ワイアットがそういうと、
みんなが俺の周りを囲んで歩き出す。
俺は後ろを振り向きたい気持ちを抑えて歩く。
セセラギが俺の肩の上で小さく鳴いて、
俺を見ていたので、大丈夫と伝えるようにそっと頭を撫でた。
露店に日記帳は売ってなさそうだということで、
ミッシェルのお勧めの雑貨屋さんに立ち寄ることになった。
結構大きな店で、品揃えが豊富そうだ。
クロージャが使ってきたノートの説明を聞きながら、
ロイール達がお気に入りの日記帳を探している間、
俺も店内を見て回る。
とくに何かを買う予定はなかったが、
目についた物を前に少し考えて、近くにあるかごを一つ持ち、
気に入った色や柄の物をかごの中に積み重ねていく。
「……そんなに買うの?」
「そんなに買ってどうするの?」
エミリアとジャネットが俺のそばにきて、
目を丸めてかごをのぞき込んでいる。
ミッシェルは、セセラギに手を伸ばして「おいで」といっているが、
セセラギはそっぽを向いていた。
多分、デスが凄く嫌そうにしているからいかないのだと思う……。
「何か買うのか?」
日記帳を選び終わったのか、
セイル達もこちらへと移動してきて、俺のかごの中身を見て驚く。
「手紙を書くよ。一度に全員は無理だけど、
みんな宛に順番に手紙を送るから、時々ギルドで確認して。
ギルドがある町や村についたら手紙を出すから、
纏まって届くこともあるかもしれないけど」
「……」
俺の説明に、みんなの顔が悲しそうに歪んでいる。
でも、誰も「いかないで」とはいわない。その気持ちが嬉しい。
だから、そのことには触れずにできるだけ明るい声をだして、
話を続ける。
「便箋をたくさん買っていくのは、
小さな村なんかは、いい紙が置いていないことがあるんだ。
それに、町や村に立ち寄らないことも多いから、そのため」
「簡単に手に入らない国もあるんだね……」
「うん、ハルは色々な物で溢れているけど、
そうじゃないところの方が多い」
「そうなんだ……。私も一つ買って帰ろう」
「私もアルトに手紙書きたい」
「……」
エミリアとジャネットが納得したように頷くと、
二人が棚の方へと顔を向けて、真剣に便箋と封筒を探し始めた。
ミッシェルは家にあるから買わないと二人にいっていた。
「日記帳より、便箋の種類のほうが多いな……」
「これだけあると、目移りする」
「兄貴が持っていた便箋を使っていたから、
自分で選ぶのは初めてだ」
ロイールとクロージャがそんなことを話しながら、
奥の方へと歩いていく。
「俺、手紙なんて書いたことないぞ。
どうやって書くんだ?」
「……あとで教えてやるから、
先に便箋と封筒を選べよ」
セイルの問いに、ワイアットが適当に答えながら、
棚から便箋を取りだしてはしばらく眺めて戻すを繰り返していた。
「どれを選べばいいんだ?」
「好きな物を選べって」
二人の会話に、ミッシェルがちょっと呆れたような顔を、
向けていたのだが、俺を見て口を開く。
「アルトは、もう買わないの?」
「うん」
「なら、お会計してきたら?」
俺が、みんなと一緒に支払いにいくと口にする前に、
ミッシェルが先に話す。
「封筒とか便箋って、選ぶ人の個性がでるから、
届くのを楽しみにするのもいいよ?」
ミッシェルのこの言葉で、全員が俺の方を向いて、
「先に支払いをしてこい」といった視線を貰った。
本当はここにいたい。
俺のために便箋を選んでくれるクロージャ達を、
見ていたかった。
俺が手紙を出せば、返事をくれるだろうってわかってた。
わかってたけど、俺のことなんて、
すぐに忘れてしまうかもしれないって、
思うこともあって……ずっと不安だったんだ。
「うん、店の外で待ってる」
だけど、その不安がゆっくりと消えていく。
その不安があった場所に残ったものは、
嬉しいという気持ち。それと……。
「アルト一緒にいこう」
「ミッシェルも外にいくの?」
「うん。私は何も買わないから」
「そっか」
支払いを済ませてから店の外にでて、
ミッシェルとみんなを待つ。
「どうして、セセラギは私のとこに来てくれないの?」
「……」
ミッシェルがセセラギに話しかけているが、
セセラギは知らんぷりだ。
「セセラギ」
名前を呼んで興味をひこうとしているけれど、
セセラギは聞こえない振りをしている。
とりあえず、デスの嫉妬をどうにかした方がいいと思う……。
デス、ものすごく怖い顔で、セセラギを見てるから……。
「あ、そうだ手紙を送る順番だけど、
私は最後でいいからね」
ミッシェルの唐突な言葉に首をかしげる。
「あー、俺は後ろから2番目でいいぞ」
「じゃあ俺は、後ろから3番目で」
俺がその理由を聞く前に、
ロイールとクロージャが店から出てきて、言葉を重ねた。
どうして後ろからなのかと疑問に思って、理由を聞こうとするが、
今度は少し遅れてきたセイル達が会話に入ってきた。
「何の話?」
「アルトから手紙を貰う順番」
クロージャがそう告げた瞬間、
セイルとワイアットが口を揃えて同じことをいった。
「俺が最初な!」
「あ、俺が一番な!」
「俺だって!」
「お前は二番でいいだろ!」
にらみ合い口論し始めた二人を見て、
ミッシェルが最後でいいといった理由を理解した……。
セイルとワイアットを最後のほうにすると、
色々と面倒だと思ったのだろう。多分。
お店の迷惑になるからと、
落ち着けるところに、移動することになったのだが、
セイルとワイアットは、まだ、どちらが一番かで口論している。
二人の口論に周りが飽きてきた頃、
クロージャがじゃんけんで決めろといったことで、
決着がついた。俺が手紙を出す順番は、
ワイアット、セイル、ジャネット、エミリア、
クロージャ、ロイール、ミッシェルになった。
嬉しそうなワイアットと悔しそうなセイル。
リシアからトキトナまでは、かなりの距離があるから、
最初の手紙は複数届くと思うのだけど、
黙っていることにした……。
「さっきの木の指輪かなー」
「私達でも買える値段だったしね」
色々な露店を見て回りながら、目的の物をみんなと探す。
エミリアとジャネットが話している木の指輪が、
今のところ一番の候補として上がっているけど、
なんとなくしっくりこない。
顔を上げて道の先を見ると、
残っている露店も少なくなってきている。
「こっちの道の露店は?」
ミッシェルが指さすほうを見ると、
あまり人通りがない通りに、何かの露店が並んでいる。
「そっちはお金では買えない露店だ」
ロイールの言葉に、全員が顔を向けた。
「職人が珍しい素材と交換するために、開いている露店?」
「そうそう」
こんなところにあったんだと、
ミッシェルが少し身を乗り出してその先を見ようとしていた。
「金で売って、その金で素材を買えばいいんじゃね?」
セイルが不思議そうに首をかしげてそんなことをいった。
「俺も兄貴から簡単に聞いただけなんだけどさ、
色とか形とか手触りとか、その職人の欲求を満たす物を、
自分で探すための露店だって話してた」
「お金を儲けるために、
商品を並べているわけじゃないんだな」
「そうみたいだ。
だから、どれだけお金を積んでも売ってくれない。
欲しいなら、その職人の気に入る素材を持っていって、
交渉するしかないらしい」
「へー、なら俺達が見て回っても無……」
セイルが口に仕掛けた言葉を最後までいわずに飲み込んだのは、
女の子達がそちらの方向へと歩き始めていたからだ……。
「なんで、買えないってわかっていて、
見にいこうとするんだよ……」
ため息と一緒にセイルがそう呟くのに、
ワイアットやクロージャが同意するように苦笑した。
「まぁ……珍しい物も多いから、
見るだけでも楽しいとは思うぞ」
ロイールがセイルを慰めるように肩を叩きながら、
女の子達の後を追って歩き出した。
目を輝かせながら話す女の子達の後ろを歩きながら、
綺麗な飾り箱や置物を見ていく。
物の善し悪しなどあまりわからない俺でも、
ここに並べられている商品が、凄い物だということがわかる。
その商品一つ一つに強い力を感じたんだ……。
「凄いね……」
「ああ、凄いな。歩くのが怖い」
俺の呟きに、クロージャがそういってため息をついた。
「子供も俺達だけだし……どう考えても場違いだろう……」
確かに、俺達以外に子供の姿を見ていない。
いろんな所から視線を感じるけど、
何もいわれないから大丈夫だと思うけど。
クロージャやセイルやワイアットは居心地が悪そうだったけど、
ロイールは真剣な面持ちで色々なものを見ていた。
多分、ロイールは物作りが好きなんだと思う。
だけど、その才能がないとロガンさんに話していた。
冒険者になると決めていたけど、後悔はないんだろうか。
「どうしたんだ?」
あまりにじっと見すぎたのか、ロイールが俺を見る。
「鍛冶屋にならなくていいの?」
「……」
俺の言葉にロイールが軽く目を見張って息を飲み、足を止めた。
しかし、ミッシェル達が振り返ったのに気付き、
手を振って何もないと伝え、少し困ったように笑ってから歩き出した。
ロイールはしばらく考えてから、話すことに決めたのか、
声量を落として話し始めた。
「……鍛冶屋になるのが俺の夢だった」
「うん」
「でもさ、俺には兄貴達みたいに鍛冶の才能がないんだ。
ある程度のことはできるようにはなると思うんだ。
だけど、親父や兄貴達のような物は一生作れない」
ロイールには、ロッフェさんとロガンさんという、
二人のお兄さんがいることはみんな知っている。
「俺の家はちょっと特殊でさ、
爺さんや親父や兄貴達が作った物には、力が宿るんだ」
俺達にしか聞こえないぐらいの小さい声で告げる。
「力?」
「そう。詳しくは話せないけどな。
ここの露店の物にもそういった力を感じるものがある」
そういって、ロイールが指さした物に目を向けると、
俺が目を惹かれた物と同じだった。
「でも、俺が作った物には……宿らないんだ。
本当に簡単な物しか作ったことがないけど……」
そういって、寂しそうな表情を浮かべながら手を下ろした。
「俺と同じ年で、兄貴達が力が宿る物を、
作ることができたと知っても、
親父もそうだったと聞かされても、
俺は俺ができることをすればいいと、思っていたんだ。
アルトもそうだろう?」
「俺?」
「セツナさんに自分を越えることができないといわれても、
気にしてなかっただろ?」
「気にしてない」
「俺にとって親父や兄貴がそうだった。
俺とは違うということだけは、小さい頃から知ってたんだ。
それが間違いじゃないと知ったのは、
爺さんと親父が話しているのを偶然聞いたからだ。
一族の血を引き継いでないって。
俺には爺さんや親父や兄貴達が引き継いだ何かを、
引き継げなかったようだ……てさ」
「ロイール」
「そんな顔するなよ」
ロイールが俺達の顔を見て笑う。
「その話を聞いたときは、どうして俺だけって思った。
苦しかったけど、悩んだところで手に入るものでもないから、
すぐに諦めた」
そういって、ロイールがそっと息を吐いた。
「ロイールは、ちゃんと乗り越えたんだね」
苦しみや、悲しみや、悔しさから目をそらすことなく、
自分と向き合って……。それは、とても痛くて辛いことだ。
「そうだな。今は全然平気だ。
俺は、それを受け入れた上で鍛冶屋になろうと思ってた。
だけど、親父がロッフェ兄貴と喧嘩して、
俺を後継にしようとしたんだ」
ロイールがぎゅっと拳を握る。
「俺にその資格がないのを一番わかっているのは、
親父のはずだ……。俺が家を継いだとしても、
誰も俺についてこない。それを知っているのに、
くだらない喧嘩で俺を後継にすると宣言した。
俺は親父のその言葉が許せなかった」
「……」
「俺の苦しみも、悲しみも、
覚悟もすべてを踏みにじられたと思った。
だから、俺は……学院に行くためにといって、
家を出たんだ。もう二度と家には戻らないつもりで」
ワイアット達が軽く息を飲んだ。
俺は、ロイールがロガンさんに冒険者になると、
話していたときに聞いていたから、驚かない。
「俺が戻らなければ、
ロッフェ兄貴が家を継ぐしかない」
「ロガンさんは?」
「あー、兄貴はハルが気に入って、バートル国籍を破棄して、
リシア国籍を取る予定だといっていた。
だから、バートルには帰らないと思う。
俺も、リシア国籍を取得したいと思ってる」
「そっかー」
「ハルにきたときの俺は……その苛々を……、
セイル達にぶつけてたんだ。ごめん。何度謝っても……」
「やめろ!」
「やめろよ!」
「もう、何度も謝ってくれただろ」
ワイアット、セイル、クロージャの順で、
ロイールの言葉をさえぎって、肩や背中を軽く叩く。
「俺も、苛々をアルトにぶつけてたしさ……」
「俺は、みんなを殺すところだったしさ……」
「……」
「……」
ワイアットとセイルの言葉に、
なんともいえない微妙な空気が流れた。
それぞれ顔を見合わせ、そして誰からともなく笑い出すが、
一頻りに笑ったあとクロージャが、
セイルに「笑えているのは、運がよかっただけなんだからな」と釘を刺し、
セイルもわかっていると真剣な顔で頷いていた。
ワイアットも何かいいたそうに俺を見ていたけれど、
俺は首を横に振った。全部終わったことだ。
「話を元に戻すけど、
俺の鍛冶屋になりたいっていう夢は、
家をでたときに置いてきた。そこに後悔はないよ。
それに、俺は新しい夢を見つけたから」
「俺達と一緒に冒険者になるんだもんな!」
セイルが笑いながらそういうと、
ロイールも楽しそうに笑いながら頷いた。
「心配してくれてありがとうな、アルト」
「うん。でも、何か作りたくなったら作ればいいと思う」
「……」
「ロイールは鍛冶は嫌いじゃないんでしょう?」
「好きだ」
「なら、俺達と魔物を狩って、
その素材で剣と盾が武器や防具を作っているように、
ロイールもなんか作ればいいと思う。
剣と盾とは同盟を結んでいるから、
色々教えて貰ったらいいと思うんだ。」
ロイールは瞬きもせずに俺の話を聞いていた、
「師匠も冒険者だけど薬を作ったりしてるし、
魔導具も作ってるし……よくわからない物も作ってる。
だから、作ることをやめる必要はないと俺は思う」
「……」
「ミッシェルも冒険者をしながら、お菓子を作るみたいだし、
ワイアットも新しい薬草を探すんでしょう?」
「おう! 探して持ち帰る!」
ロイールが立ち止まり俯いた。
だけどすぐに顔を上げて頷くと口を開いた。
「そうか、そうだな……。
作りたくなったら、作ればいいんだよな」
「うん。俺達は未知の領域を目指すんだ。
新しい物が沢山見つかるはずだ。
だから、それを使って変な武器とか面白い武器とか作って、
自慢したらいいと思う」
「なんで、変な武器なんだよ」
「面白い武器ってなんだよ」
「まともな武器でよくないか?」
セイルとワイアットとクロージャが、
口をはさんでくるけど気にしない。
「俺も冒険者をしながら、食べる人になるから!」
「食べる人って何だよ」
「それ、本気だったのかよ!」
「きっと料理するのはセツナさんだよな」
「もう、うるさい!」
俺が真剣にロイールと話しているというのに!
「え? 俺達が悪いのか?」
「俺は悪くないだろう!?」
「……」
ロイールから視線を外し、
セイルとワイアットと口論していると、
ロイールが吹き出して、思いっきり笑っている。
笑いすぎて苦しいのか目に涙が浮かんでいた。
「あー……もう。笑いすぎて死にそうだ」
「笑いすぎ」
俺の言葉にロイールがまたちょっと笑う。
そして自分の手のひらに視線を落としてから、
何かを掴むようにその手を閉じた。
「そうだよな。好きな物を諦める必要はないんだ。
俺は、冒険者になるけど、
自分が作りたいと思ったものも作っていくよ」
「うん」
それが面白いものかはわからないけどなと、
いったあと、深く息を吐いた。
「……親父にも今の俺の気持ちを手紙に書くよ。
跡継ぎの資格がないことを知ってることも……。
それで全部丸く収まるような気がするから」
「……」
「あー、ずっと悩んでいたのが嘘みたいに楽になった……。
ずっと……兄貴の手伝いをするだけで、
自分で作るのをやめていたけど、
久しぶりに何か作ろう。楽しみだ……」
そういってロイールはとても晴れやかな顔で笑っていた。
励ますように、俺がロイールの腕を軽く叩くと、
それに続いてクロージャ達も軽く叩いてから歩き出した。
「あいつらどこにいったんだ?」
「かなり先にいったのか……?」
ワイアットとセイルが周りを見ながら、
女の子達を探し始める。
「攫われたりしてないよな」
「……デスがいるから大丈夫だろう」
ロイールが顔色を悪くしながらそんなことを呟き、
その呟きを拾ったクロージャが少し考え、
それはないと首を横に振りながら答えた。
デスが強いということは、
風の精霊から聞いてみんな知っていた。
全員で女の子達を探しながら歩いていると、
少し先の露天で真剣に何かを見つめている女の子達を見つけた。





