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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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『 大会が終わったあとで…… 』

【 クロージャ 】


武闘大会とそのあとの催しが終わって二日目。

一昨日よりは人が減っているように思う。

それでも町の中はいまだに人で溢れかえっている。

催しの開催期間中は、闘技場一面に露店が並んでいたけれど、

今はもう闘技場は閉められ入れなくなっていた。


しかし、闘技場の周りや露店をだすことを認められた場所は、

まだまだ人が集まり賑わいを見せていた。


二日前よりも露店の数は少なくなっていたけれど、

所々で面白そうなものが目に入り、

思わず立ち寄りたくなってしまう。


でも、ここで寄り道してしまうとアルトやロイール、

ミッシェルと合流するのが遅くなる。

それに、みんなで露店を見て回った方が、

絶対に楽しいはずだと思い、

人混みを避けながら待ち合わせの場所である、

秘密基地へと急いでいた。


「なぁ」


ワイアットの呼びかけに、

俺やセイル、エミリア、ジャネットが顔を向ける。


「昨日の兄貴達なんか変じゃなかったか?」


「あー、妙に優しかったよな」


セイルが答え、エミリアが同意するように頷いた。


「なんか色々誤解していたような気がするよね」


ジャネットがそう告げると、

俺も含めて全員が頷いた。大きな催しが開催されると、

皆で露店を巡って興味が惹かれる物を探したり、

吟遊詩人や歌姫の歌を聞きにいったり、

買い食いをしたりして過ごすことが普通だった。


だけど、今回はほとんどの時間を、

古代神樹のそばで過ごしていたために、

食べ物系以外の露店を見て回ることはなかった。


だから、露店で妙な何かを購入することもなく、

兄貴達にも遭遇しなかった。兄姉達や弟妹達が、

吟遊詩人や歌姫の感想で、盛り上がっていても、

俺達は吟遊詩人達の歌を聞きにいかなかったので、

話題に入らず聞き役になっていた。


そんな俺達を見て、

兄貴達は守護者であるセツナさんや、

黒達と行動を共にしていたことで注目を浴びすぎ、

自由に行動できなかったのだと、思っているらしかった。


実際は……リグシグに乗って、

ひたすら古代神樹の周りを探索していたんだけど、

それは俺達だけの秘密になっているため、話していない。


それに、ただでさえセツナさんや黒達のことを、

根掘り葉掘り聞いてきて非常に面倒だったのだ。

これで、本当のことを兄貴達に話したら、

もっとうるさくなっていただろう……。


「誤解されたままでいこう」


「俺もそう思う」


「私も」


それぞれが、俺と同じことを考えていたのか、

疲れたように頷き、誰も反対することはなかった。


セイル達の話を耳に入れながら、

ふと思う。アルトと出会っていなかったら、

今俺達は何をしていたんだろうと考え、

アルトと出会う前の日常が続いていただろうなと答えを出す。


アルトと出会っていなかったら、

セイル達と今までどおりの楽しみ方をしていたはずだ。

武闘大会を観戦することはなかっただろうし、

大会の結果だけに興味を持ち、

冒険者達の戦いは自分の範疇外のことと考えて、

今回ほど興味を持たなかったと思う。


セイルやワイアットはわからないが、

アルトと出会う前の俺は未来の選択肢の中に、

冒険者を入れてはいなかったから……。


そんなことを思いながら、

俺は今までのことを思い返していた。



アルトに命を救ってもらったあの日から、

俺は前向きに生きることができるようになったと思う。

それは俺だけではなく、ワイアットもセイルも同様に。


父親が奴隷商人だったと打ち明けることができて、

ずっと抱えていた後ろめたい気持ちが軽くなった。

アルトが俺と友達でいたいのだと、いってくれたから。


将来のことを悩んでいたのが嘘だったみたいに、

自分の夢を持つこともできた。

一度はやめた方がいいといわれたけれど、

俺が本気であることを伝えると、

アルトは待っているといってくれた。


俺達が暁の風に入り、

家族になる日を待っていてくれると、

笑ってくれたんだ。


だから、俺は絶対に冒険者になる。そう心に誓った。


沢山の人に迷惑をかけ反省したあと、

未来に思いを馳せてセイル達と沢山話した。

大会を観戦することができることになって、

冒険者としての一歩が踏み出せるのだと、

俺もセイル達も浮かれていたと思う。


セツナさんが覚悟を決めてくるようにと、

いってくれていたのに……。

その意味がわかったのは、武闘大会が始まってからだった。


武闘大会は俺達が想像していたものではなかった……。


セツナさんが罪を犯した冒険者達に振るった力は、

心の底から恐ろしいと思った。


アルトを取り巻く環境を知って苦しい気持ちになった。

人間の醜い面をこれでもかと見せられて、

辛く苦い(にがい)感情を抱いた。


だけど……冒険者になって知るのではなく、

なる前に知ることができてよかったと思うんだ。

人が人を傷つけるその凄惨さを……。


ミッシェルの言葉が脳裏に蘇る。


『自分の身を守るために別の誰かを傷つける……。

 それはとても怖い事だけど、

 その日がくることを忘れないために、

 私は覚えておきます』


彼女の覚悟を目にして、俺は気付くことができた。

魔物と戦うだけでなく、

人とも戦わなければいけない日が、くるかもしれないのだと。

自分を守るために誰かを傷つける日がくる。


そのときのために、ミッシェルと同じように、

俺もこの日のことを心に刻んでおこうと思った。

今はまだ、薄っぺらい覚悟かもしれない。


それでも……。

一瞬たりとも揺らぐことがなかった、セツナさんのように、

アルトが命を懸けて俺達を守ってくれたように、

俺も自分と大切な人を守ることができるような冒険者になる。


そう覚悟を決めたら、必死に止めようとしていた、

体の震えが自然に消えた。


でも、すぐに恐怖が消えたわけじゃない。


ギルドを守るために、

自分の命を懸けてまで上位精霊を呼び出した人。


超大型を倒すために、

秘匿することなく強力な魔法をリシアに与えた人。


誰もがお腹いっぱい食べられるようにと、

高価な肉を自分からではなくジャックからだといって、

すべてのハルの住人に贈ってくれた人。


アルトのために最後まで戦い抜いた人。


ジャックから世界最強の座と、

リシアの守護者を引き継いだ人


セツナさんは確かに怖い人だけど、それ以上に優しい人だった。


今までの印象が少しずつ塗り替えられていって、

俺の中でセツナさんという人が形作られていく。

畏怖を覚える人から、憧れる人へと変わった。


アルトがいるから暁の風に入ろうと思っていた。

だけど、セツナさんのチームでアルトと一緒に、

活動したいという願いを持った。


途轍もなく強いセツナさんの元で、

アルトと同じように、俺も色々学びたい。

この人の横で俺も世界を見てみたい。

そういった衝動が胸の奥から溢れてきたんだ。


そして、その想いは、

セツナさんとエレノアさんの戦闘を目の当たりにして、

さらに強くなった。


あの日の二人の戦いは、

ハルでずっと語り継がれていくと思う。


いや、あの日の出来事すべてが余すことなく、

語り継がれていくのだと思う。二人の英雄の物語が……。


今でも目を閉じると、

あのときの光景を鮮明に思い出すことができる。

セツナさんとエレノアさんの戦闘に心躍らせ、沸きに沸いた会場。


一瞬にして静まり、息をつめ、固唾をのみ、

そして……全身が粟立った感覚。


沢山の人と心を一つにした感動を、

俺はきっと死ぬまで忘れないと思う。


そして……。

華々しい英雄達の脇で……身近だと思っていた、

冒険者達の渇きと飢えを、

強さの頂を目指す人達の想いを俺は知る。


『どうして、俺はこの戦闘を見ることができない!』と、

『どうして、俺は、黒じゃないんだ』と、

心の奥底から絞り出されるような声と言葉が、

俺の記憶に焼き付いていた。


届かない距離に憤り、失望し、

絶望する様を俺はすぐそばで見ていたから。


そこは、彼らが目指す場所であり、

アルトが目指す場所であり、

俺が目指す場所でもあるはずだ。


なのに、この人達と俺ではすべてが違う。

何もかもが違う。俺には足りないものが多すぎる……。

そう考えて落ち込みかけたところで、

ミッシェルのお兄さんが声をかけてくれた。


この日のこの気持ちが、

俺の糧になるとナキルさんが教えてくれたんだ……。


『いつか……ミッシェルもそして君達も、

 今日の、酒肴の人達の想いを知る時が来る。

 だから、今は焦らずこの時を大切に』


そんな日が来るのかはわからないけれど、

覚えておこうと思った。



この大会は俺達にとってもアルトにとっても、

決して楽しいものではなかった。


特にアルトは俺達以上に悩み、

心に傷を負っていた……。


俺は……アルトの苦しみや、

悲しみを全くわかっていなかった。

親に売られ、奴隷にされたときの心の傷は、

セツナさんと出会うことで完全ではなくても、

ほぼ癒えているのだろうと考えていたんだ。


アルトはいつも楽しそうに笑っていたから。

両親や人間や獣人族が憎いと嫌いだと話しながらも、

警戒するだけで話しかけられたら会話していたから。


だけど、アルトの心の傷が癒えていないことを知った……。

セツナさんの姿が消えた瞬間、表情が抜け落ち、

恐慌状態に陥ったアルトを見た。


普段のアルトからは、

想像することができないほどの暴れようで、

セツナさんを探しにいこうとするアルトを、

アラディスさんが悲しそうな表情を浮かべながら、

抱え込んでいた。


周りの人達が必死に声をかけて、

アルトの意識をこちらへ向けようとしていた。


俺達も声をかけるけど、

その声は一つもアルトに届いてはいなかった。


このままセツナさんが戻らなかったら、

アルトはどうなってしまうのだろうと、怖くなった。

祈るような気持ちで、みんなと一緒にアルトに声をかけ続けた。

その時間はとても、とても、長く感じた。


しばらくして、セツナさんが総帥と闘技場に戻ると同時に、

アルトの顔に表情が戻り、体を震わせながら涙を落とした……。


セツナさんの元へいきたいといったアルトを、

フィーさんが転移させた。


アルトがセツナさんを、

捕まえるように抱きつくのを見ている俺の横で、

ワイアットがゆっくりとうずくまり、

歯を食いしばり声を殺して泣いていた……。



アルトが魔王の弟子になると宣言したとき、

複雑な気持ちにならなかったかといえば嘘になる。


それでも、俺はずっと見ていたから。

闘技場の舞台の上でアルトが涙を落とし、

苦悩していた姿を……。


セツナさんのことを『父さん』と呼びたいのに、

呼べないアルトの葛藤を見ていたから。


切り捨てられたと嘆いたり、

恨んだりする気持ちを抱くことはなかったんだ。


アルトにはセツナさんが必要なんだ。

だから、アルトがセツナさんを選ぶのなら、

俺がアルトを選べばいいんだと思った。


そのときになって、

どういった選択をするのかは正直わからない。


でも、本当に離れたくないのなら、

離れないように俺が努力すればいいことだと思ったんだ。


アルトがセツナさんのことを、

『父さん』と呼べる日が来るといいと思う。

今は無理でも、いつか……。

アルトの願いが叶いますようにと神に願った。



武闘大会が終わってからは、

あっという間に時間が過ぎていった。

大会とは違い、楽しいことで溢れていた!


スクリアロークスは凄く美味しかった。

アルトにあわせて食べては駄目だということを学んだ。

そして、そこで俺は、ジゲルさんという冒険者に出会う。


セツナさんが駆け出しのときに出会った人らしい。

彼から大切なことを沢山教えてもらったのだと聞いて、

俺も興味を持った。


アルトと一緒に、ジゲルさんの話が聞きたいと思い、

彼に、俺達も話を聞きたいと伝えた。


すると『どうして、あっしの話を聞きたいでやんすか?』と、

その理由を尋ねられる。


俺以外はみんな答えることができたのに、

俺は答えることができなかった……。

アルトやロイールと同じことを思ってもいた。

その他にも聞きたい理由は沢山あったんだ。


だけど上手く言葉がでてこなかった。

焦れば焦るほど言葉がでてこない。

それでも何かいわなければと思ったときに、

ジゲルさんが僕に優しく笑ってくれたのをみて、

「貴方の話が聞きたい」とだけ伝えることができた。


今から思うと、

俺は……奴隷にされた獣人と関わることを決めた、

ジゲルさん自身を知りたかったのかもしれない。


ジゲルさんは優しく忍耐強い人だった。

セツナさんやバルタスさんや大先生と同じ、

包み込むような愛を他人に与えることができる人だと思った。


俺も、彼らのような優しい人間になりたい。

心からそう思ったんだ。


自分がなりたい大人というものが、

少しずつだけど形になっているような気がして嬉しかった……。


俺は……。

他人の人生をお金に換えていた、

父さんと同じような人間には、絶対になりたくない……。

絶対に。


ジゲルさんの話が終わり、

ほっと息をついたところで、

セツナさんがハルを離れると公言する……。


『僕もジゲルさんに合わせて、トキトナへ行こうかな』


その言葉に、アルトとの別れが近いことを認識する。

俺達は、セツナさん達の話を息を詰めて聞いていた。


あと何日、俺達はアルトと一緒に、

過ごすことができるのだろうかと考えながら。


結界の外は危険だと身を以て知った。

セツナさんが、世界最強の名を、

ジャックから継いだとわかっていても、

絶対に死なないという保証はどこにもない。


もしかしたら、今生の別れになるかもしれない。


笑って送り出して……帰ってこなかった兄達もいたんだ。

俺は、そんな思い二度としたくない。


だから、俺達もエミリア達も、

必死にアルトを引き留めようとした。

アルトは困ったような表情を浮かべながらも、

頷いてくれることはなかった。


それでもなお諦めきれない態度を見せた、

エミリア達にアルトは次の依頼の内容を教えてくれた。


『師匠が受けた次の依頼は、

 セリアさんを水辺へ送るための依頼なんだ』


この言葉を聞いて、

俺達もジャネット達も、

アルトを引き留めることを完全に諦めた。


アルトはセリアさんを大切に思っていたし、

セリアさんもアルトを大切に思っている。

水辺に送ってしまえば……二度と会えない。


幽霊だったと知っていても……。

水辺に送る旅はアルトにとって、

辛い旅になるんじゃないだろうか。


なら、アルトが心置きなく旅立てるように、

これ以上何もいわない方が、きっといい……。


『大体、まだ十日以上あるのに気が早い。

 催しはまだ始まったばかりだし。

 先のことを考えるより、今のことを考えてよ。

 俺はまだ食べ足りない』


アルトのちょっと憤慨した言い方に、

俺達の心が少し軽くなる。


先のことを考えて、寂しいと泣くよりも、

確かに、今を大切にしたほうがいいと思った。

アルトと過ごせるこの時間を大切に……。


それからは、みんなで笑いながら時間を過ごす。

ナンシーさんがオウカさん達を呼びにきて、

黒達もダンスの準備をするために移動していく。


セツナさんも風の精霊様と踊るために、着替え中だ。

その間、俺やミッシェル達は、

黒達やセツナさんが着替え終わるのを、

今か今かと心待ちにしていた。


しかし、アルトだけは……ひたすら食べていた。

一体アルトの体のどこにあれだけの食べ物が入るんだろう。

不思議で仕方なかった……。


しばらくして、黒達が戻ってきて、

一気にこの場が華やかになった。


俺には衣装の善し悪しなどわからない。

だけど純粋に黒達がかっこいいと思ったし、

女性の人達はみんな綺麗だと思った。


こんなに近くで、

正装した黒達や女性を見るのは初めてで、

ちょっとドキドキする。


いつもと違う黒達に俺達だけでなく、

みんな浮き足立っていたと思う。


まぁ……アルトだけは、

やっぱり食べることに夢中になっていたけれど。


だけど……セツナさんが姿を見せた瞬間、

アルトが食べるのをやめてセツナさんを凝視する。

そして、それは、アルトだけではなかった。


この場にいた全員の意識と視線が彼に向けられていた。

それは俺も同じで……。

誰もが話すのをやめて、セツナさんを見つめていた。


静かな……息をするのも怖くなるほどの静寂が訪れた。

視線が外せない。声をだすこともできない。

ここにいるのは確かにセツナさんのはずなのに、

まるで知らない人のように思えた。


いや、違う。そうじゃない。知らない人じゃない。

そういったものではない。どう表現したらいいのだろう。

わからない。心の奥底がざわつく感じ。

だけど嫌なものじゃない。


それがなんなのか知りたくて、

考えようとしたところで、アルトの声が静寂を破った。


その声で、すべての時が動き出す。

先ほどまでの雰囲気は何だったのかと思うほど、

あっさりと霧散してしまった。


セツナさんもいつものセツナさんに戻っている。

思わずほっと息をついた。

それは俺だけではなく、セイル達も同じように、

肩から力を抜いていた。


そして……静寂から一気に真逆の、

賑やかな声が場を支配していく。


ミッシェル達も頬を染めてセツナさんを一心に見ている。

ちょっと面白くない。


そう思うけれど、

やっぱり俺もセツナさんを見てしまうんだ……。


『あの衣装の、セツナさんの絵姿が欲しい。

 売りに出されたら、絶対に手に入れなくちゃ』


そう意気込んでいるミッシェル達を、

俺は黙って眺めていたのだった……。


時間がきて、場所を移動する。

セツナさんと風の精霊様のダンスは、

言葉では言い表せないぐらい美しかった。


そこで俺は女神様の愛に触れたんだ……。

知らず知らずのうちに、涙が落ちるほど感情が揺さぶられた。

心が幸せな気持ちで満たされる。


俺に愛を与えてくれたことを、

女神様に感謝した……。



セツナさんが、同盟を組んでいる人達に見つからないように、

こっそり遊びにこうと、俺達に声をかけてくれる。

どんなことをして遊ぶのだろうと、ワクワクしていると、

セツナさんが小さく笑って、転移魔法を発動させた。


そして、俺は、海の上で夜空に咲く花を見た。

花火というものだと、セツナさんが教えてくれる。


ミッシェルに、夜空に咲く光の花の話を聞いてから、

俺も見てみたいと思っていたんだ。


花火は俺が想い描いたものとは違っていた。

それは、大空で光り輝き、そして消えていくものだった。

セツナさんなら魔法で消えないようにできると思う。


なのに、次々に打ち上げられ、

打ち上げれたそばから花火が消えていく。


一瞬で咲き誇り、最後まで光を放ち散っていく……。

それが少し寂しいと思いながらも、

消えていく瞬間に、キラリと輝く花火に魅せられた。


消えていく美しさ……。

そんなものがあることを俺は知らなかった。


アルトや俺達の願いに応えるように、

セツナさんは色々な形の花火を見せてくれる。


夜の闇をものともせず、

空を舞う巨大な火の鳥が、

俺達の頭上ギリギリを通過したときは、

驚きで心臓が止まるかと思った。


俺達は些細なことで笑い、はしゃいでいた。

楽しくて、楽しくて、本当に楽しくて、

時間が過ぎるのを忘れるほど、夢中になっていた。


だけど、そんな楽しい時間の魔法を解いたのは、

今までずっと、みんなを楽しませるために、

魔法を使ってきたセツナさんだった。


『さて、そろそろ終わりにしようかな』


セツナさんの言葉で寂しいという気持ちが、

胸の中に広がっていく。


明日また会えると知っているのに、

友達と離れたくなかった。


ずっと、ずっと、この時間が続けばいいのにと本気で願う。


『もう少しここに居たい』


アルトのお願いに、セツナさんは頷くことなく、

優しく首を横に振った。


セツナさんが、明日の約束を俺達にくれたけど、

それでもこの時間が終わるのは嫌だった。

しょんぼりする俺達に、セツナさんが小さく笑う声が消えた。


頭の片隅で、だだをこねる子供のようだと思っているのに、

上手く感情を抑えることができない。


『下を向いていると見逃すよ?』


その言葉に顔を上げると、彼が俺達に優しく笑った。


『空、空を見て』


セツナさんが指を上に向けて軽く振ると同時に、

瞬きをする暇もないほどに、

色とりどりの花火が打ち上がっていく。


その迫力にその美しさに目を奪われ、大きな音が体に伝わり、

ただただ、一心に花火を見つめることしかできなかった。


そして、その余韻に浸っているあいだに、

なぜか家に戻っていた……。


花火が終わったと同時に、

セツナさんが転移魔法を使ったのだと、

俺達を送ってくれた酒肴のニールさんが教えてくれた。


いきなり海の上から家に戻ったことで、

驚きのほうが強く寂しいと思うことはなかった。

一日を思い返す余裕もなく、

ベッドに横になると同時に眠ってしまった。


催し事が終わるまでそんな生活が続いた。

夢のような時間が慌ただしく通り過ぎていった。


終わったあとに残ったものは……。

硝子の箱に入ったリグシグ(相棒)と沢山の想い出。



催し事が終わった次の日は、

ハルからでていく人でごった返すために、

外出禁止を言い渡される。


これはいつものことで、

その日は庭にしか出ることができないため、

毎回不満に思っていた。


だけど、昨日は俺もセイル達も弟妹達も、

庭にでることなく部屋で静かに過ごしていた。

多分、楽しいことを詰め込みすぎて、

消化できずに一杯一杯になっていたのかもしれない。


色々と思い返しては、セイル達と話す。

話し疲れたらまた違うことを思い返して、また話す。

時々、忘れたくないことを日記に綴り、

そんなことを繰り返しているうちに、

ゆっくりと心が落ち着いていって、

気付いたら一日が終わっていた。



「おい、クロージャ」


ワイアットが俺を呼ぶ声で、

意識がこちらへと戻ってくる。


「なんだ?」


「いや、何回も呼んでたのに返事がないからさ、

 どうしたんだ?」


「ごめん。武闘大会のこととかいろいろ思い出してた」


俺の返事に、ワイアット達が「わかる。わかる」といって頷く。


「なんとなく思い出したり、

 何かを見てふと思い出したりするよな」


「一度考え出すと、止まらなくなるしさ」


「昨日よりはましだけど」


そんなことを話しながら、秘密基地への道を歩いていると、

基地の出入り口近くで、ミッシェルとデスとロイールが、

俺達を見つけて軽く手を振っていた。


「あれ、アルトはまだきてないのか?」


「うん。まだみたいだ」


俺の質問にロイールが答えてくれる。


「珍しいな……」


アルトは誰よりも早くきて、

待っていることが普通だったから、

いないとなんだか落ち着かない。


「たまには遅れることもあるって」


「そうだな」


そろそろくるだろうと、

みんなで話しながら待っていたのだけど、

時間になってもアルトがこない。

こんなことは初めてで心配になってくる。


「アルトが遅れるなんて変だよね。

 何かあったのかな……」


「見にいく?」


エミリアとジャネットが不安そうに、俺達の顔を見る。


「迎えにいってみるか」


俺の言葉に全員が頷いて、立ち上がったそのとき、

アルトの怒る声がここまで聞こえてきた。


「あ、アルトきた?」


「なんか怒ってる?」


「どうしたんだろう?」


エミリアとジャネットとミッシェルが、

顔を見合わせて首をかしげた。

ミッシェルの頭の上のデスも、

彼女のまねをして、首? をかしげている。


「どうして、用水路に飛び込むんだよ! 

 俺は急いでるっていっただろう!?」


「う゛ぅーん」


「なんで俺が文句をいわれるの!?」


誰かに怒りながら、

アルトが走ってきているだろう音が、

近くまで聞こえてきていた。


「……誰か連れてきたのか?」


「いや、それはないだろう」


「でも、一人じゃないみたいだぜ」


「ギルスとヴァーシィルじゃないのか?」


「あの2匹は、文句なんていわないだろう?」


「そうだな……」


セイルの疑問に違うだろうと返したけれど、

聞こえてくる声は誰かと話しているように思えた。

でも、確かに、ギルスとヴァーシィルは話さない。

静かにアルトや俺達のそばにいるだけだ。


「遅れてごめん!」


アルトが息を切らして、

俺達がいる場所へと入ってきた。


誰かと一緒にきたのかと思って、

アルトの後ろを見るが誰もいなかった。

じゃあ、あれはアルトの独り言だったんだろうか。


「いや……何かあったのか? 大丈夫か?」


不思議に思いながらも、

上から下までアルトを見るが、怪我をしている様子はない。


「セセラギが、

 川に飛び込んで捕まえるのに苦労したんだ……」


「セセラギ?」


知らない言葉にみんなの視線がアルトに集まるが、

アルトは自分の足下を見て、眉間に深くしわをつくっていた。


「またついてきてない! 

 もうぅぅぅぅ! セセラギ!」


「……」


そういって怒って、アルトが外にでていく。

やっぱり誰か連れてきていたのかと思いながら、

アルトに続いて俺達も外にでると、

そこにはアルトに抱きかかえられ、

怒られている妙な生き物がいたのだった……。


『 刹那の風景3巻 竜の縁と危亡の国 』が発売中。

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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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