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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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『 サフィール 』

3月3日(木)にドラゴンノベルス様より、

『 刹那の風景3巻 竜の縁と危亡の国 』が発売されました。

Webとは80%ほど……違う物語になっているので、

よかったら読んでみてください。


今回のお話は、

第三章:風への尊敬【トゥーリ】に関連する物語となります。


【 サフィール 】


「サフィ、起きるのなの」


「もう少し……寝ていたいわけ……」


フィーの目覚めを促す声に、かろうじて返答するが、

意識はまた眠りの底へと落ちようとしていた。


「起きるのなの!」


「……無理……」


集中して本を読んでいたせいで、

気付いたら朝方だったのだ。


「朝……ご飯はいらないわけ……」


夜更かしして、朝食の時間に遅れそうなときに、

フィーはこうして僕を起こしに来てくれるわけだが、

5回のうち1回……いや2回は起きることに失敗していた。

前回と前々回は頑張って起きたから、今回は寝かせて欲しい……。


「もう、朝食の時間はとっくに終わっているのなの!」


プンスカと怒っているフィーに、

半分寝ぼけながら謝ろうとしたところで、

フィーではない声が耳に届き、一瞬で意識が覚醒することになった。


「また、明日来るのですよ?」


その声と話し方に、

セツナと契約している上位精霊だと気が付き、飛び起きた。


「ま、待って欲しいわけ!?」


「やっと起きたのなの~」


「起こしてしまって、ごめんなさいなのです」


フィーが呆れたように、

クッカは少し苦笑しながら僕を見つめていた。


「ど、どうしたわけ? 何かあったわけ?」


セツナに何かあったのかと、

フィーとクッカの顔を見てそう尋ねるが、

二人同時に首を横に振った。


何もないという二人に、

それならどうして僕は起こされたのだろうと、

疑問が脳裏をよぎり、質問しようと口を開いたのだが、

でた言葉は自分の所在地を問うものだった。


「……ここは一体どこなわけ?」


僕はセツナの家の二階の床で寝ていたはずだ。

なのに、どうして見渡す限りの草原の中にいるんだろうか?

簡単に周りの気配を探るが、魔物はいないようだ。

フィーが、僕を魔物の近くに連れてくることはないと、

知っているけれど、冒険者として染みついた習性が、

警戒を怠るなと告げていた。


「ハルの結界の外なのなの」


「どうして……結界の外にきたわけ?」


「ご主人様に内緒でお願いしたいことがあったから、

 サフィールを呼んでもらったのですよ」


「誰にも気付かれないように、

 フィーがここに連れてきたのなの」

 

なるほど……。

とりあえず、理由はわかった。わかったが……。


「フィー」


「はいなの?」


「……僕達の家じゃ駄目だったわけ?」

寝癖のついた髪を、手ぐしで整えながら問いかけてみるが返答がない。

彼女のほうへと顔を向けると、フィーはそっと僕から顔を背けた。


「お姉様からお願いされて、慌てていたのなの」


フィーは耳まで赤くして、小さな声でそう呟いた。


「私が誰もいない場所で会いたいと、伝えたのですよ~。

 本当は、昨日の夜伝えるはずだったのが、忘れていたのですよ」


恥ずかしそうにしているフィーをかばうように、

クッカがそう告げた。


クッカにお願いされて舞い上がっていたらしい。

それ以上、フィーを追求するのはやめて、

軽く息を吐き出してから立ち上がり、

服についた草を払って落としていった。


靴も履いていない……。

こんなに無防備で、結界の外にでたのは初めての経験だ……。

ある意味新鮮で笑いたくなるのを堪えた。


この場でできる限りの身だしなみを整えてから、

クッカに体を向ける。

一瞬家に戻ってゆっくり話を聞くか迷ったけれど、

ハルはセツナの庭だと話していたことを思い出した。

もしかするとクッカの魔力を感知してしまうかもしれないと考え、

この場所で聞くことにした。


「それで、僕は何をすればいいわけ?」


少し緊張しつつクッカに問うた。

契約者であるセツナにも内緒だという願いとは、

何なのだろうかと……。


フィーも微かに緊張を纏いながら、

クッカが話し出すのを待っている。

どうやら、クッカの願いについては知らないようだ。


「刺繍糸と布が欲しいのですよ」


「刺繍糸?」


「刺繍糸なの?」


「そうなのですよ」


「何に使うのなの?」


「……刺繍をするのですよ?」


少し呆れたようにフィーの問いに答えてから、

クッカが「ご主人様に贈り物をするのですよ」と幸せそうに笑った。

その表情を見て、僕とフィーは緊張を解くようにほっと息をついた。

クッカのお願いとは、僕に刺繍糸と布を購入できる店に連れていけと、

いうことなのだろう。


セツナに内緒だというから、

いったいどんな無理難題をいわれるのかと思ったが、

買い物だったとは……。


まぁ、確かにセツナへの贈り物を、

セツナにねだるわけにはいかないかと考え、

もう一度軽く息を吐き出した。


「お姉様は刺繍をするのなの?」


「最近、トゥーリ様と一緒に刺繍を始めたのですよ~」


可愛らしく首をかしげながら聞いたフィーに、

クッカが嬉しそうに刺繍を始めた経緯を語っていた。

セツナの伴侶が刺繍を始めたのを見て、

自分もやってみたくなり、

刺繍道具一式をセツナからもらったらしい。


刺繍について楽しそうに話す二人を眺めながら、

僕は……姉のことを思い出していた。 


姉も刺繍が好きな人だった……。


『サフィール。この刺繍はどうかしら?』


そういって穏やかな笑みを浮かべ、

僕に完成した物を見せてくれていた……。


彼女の最後の作品は……今も僕のそばにある。


「サフィ」


フィーの声で閉じていた目を開ける。

それと同時に穏やかに笑っていた姉の姿が霧散する。


心配そうに僕を見るフィーに大丈夫と笑いかけてから、

クッカへと視線を向けた。


「ハルで一番大きい店に案内すればいいわけ?」


「品揃えが豊富なお店に、連れていって欲しいのですよ~」


「承知しました」


了承の言葉と同時に、

敬意を示すために、幼少の頃から教え込まれた貴族らしい礼を、

クッカに見せたのに……。

「ご主人様が望まれていたので、フィーと同じでいいのですよ~」と、

苦笑された。そういえば、僕達にクッカを紹介するときに、

そんなことを話していたなと思い出し頷く。


「フィー、ハルに戻ろう」


僕の言葉に、クッカが首を横に振る。


「少し準備をするから、待って欲しいのですよ」


「準備?」


待てといったあと、クッカは僕の疑問に答えることはせずに、

フィーの手を引いて僕から少し距離を取り、

精霊語で何やら話し始めた……。


二人してにんまりという表現が的確ともいえる表情を、

浮かべている……。嫌な予感がする……。


ごにょごにょと何かを話しながら、

フィーとクッカが振り返り、真剣な表情で僕を見た。

観察されるような二人の視線にたじろぎそうになるが、

踏みとどまった。


しばらくして二人が僕から視線を外し、

クッカが頷いたと思ったら、可愛らしい声で魔法を詠唱し始めた。

一体何の魔法を使うのかと興味を引かれ、

一歩足を進めたが、その瞬間に魔法が発動し、

クッカとフィーの周りに霧のようなものがまとわりつき、

そしてすぐにその霧が晴れた。


「は?」


霧が晴れた先、二人の姿を目にして思わず声が出る。


「いい感じなのですよ~」


「サフィとお揃いなのなの」


目を見張って驚いている僕のことなどお構いなしで、

クッカが魔法でだした水鏡の前で、自分達の姿を確認し、

満足げに頷いていた。


「これで、精霊だとばれずにすむのですよ」


「これで、フィーだとはわからないのなの」


そう話しながら二人が僕の前にくる。


「精霊だとばれたら駄目なわけ?」


「ご主人様に内緒なのですよ」


「セツナに内緒なの。お忍びなのなの」


「あー……なるほど。だから、魔力も抑えているわけか」


「そうなのですよ~」


「そうなのなの」


フィーはともかく、

クッカも先日の大会でセツナの精霊だと、

知られることになった、

確かにそのままの姿で歩いていれば、

セツナの耳に入る可能性が高くなる。


「これで目立たないのです」


「これで目立たないのなの!」


「……」


自信満々に僕にそう告げる二人だが、

髪の色と瞳の色を僕と同じにしたところで、

可愛らしい容姿が変化することはないのだ。


精霊だとは思われなくても、

美幼女が並んで歩いていれば人目を引くと思うのだが、

嬉しそうに笑うクッカとフィーを見て、

水を差すのもどうかと思い、

僕の感想は心の中にしまうことにした。



ハルに戻り自宅で身なりを整えてから、

クッカとフィーと一緒に歩く。

チラリチラリとこちらに視線を向けられているのがわかるが、

いつものことなのでさほど気にはならない。


クッカに、先ほど使っていた精霊魔法の内容を、

教えてもらいつつ目的のお店についた。


「沢山の種類があるのです!」


店内を見渡し、頬を染めて目をキラキラさせている姿は、

とても微笑ましい。初めてフィーの服を一緒に買いにいったとき、

彼女も今のクッカと同じように、目を輝かせていたことを思い出した。


「サフィ?」


「なに?」


「何か楽しいことがあったのなの?」


「こうやって、クッカやフィーとでかけるのも、

 悪くないなと思っていたわけ」


「フィーもそう思うのなの」


僕に同意するように笑う彼女を見て、

研究ばかりではなく、もっと色々なところへ、

フィーとでかけてみようと思った。



店員にあれこれと尋ねながら、

クッカは、お店が用意してある籠へと、品物をいれていく。


小さな箱や包装紙も店員に勧められ、籠にいれていた。

店員をよく見ると、ここの店長じゃないか……。


目尻を下げながら、

甲斐甲斐しくクッカのために、色々な商品を紹介していっている。


時々レースのリボンだとか余計な物も勧めているが、

クッカは首を横に振って断っていた。


真剣な表情で商品を選んでいるクッカから視線を外し、

フィーへと目を向けると、

興味深そうに店内の物を見ていることに気付く。

「フィーも刺繍をしてみるわけ?」と聞いてみたが、

「面倒なのでやりたくないのなの」と一蹴された。


綺麗な糸や布を見ているだけでいいらしい。

まぁ、フィーが刺繍をしている姿を思い浮かべてみたけれど、

しっくりこなかった。姿形は深窓の令嬢にみえるが性格は……。


「サフィ……」


「……」


フィーの不機嫌な声を耳にして、

僕はそれ以上考えることをやめた。


それなりに時間が経ち、クッカが商品を選び終わったようだ。

店長が僕に視線を向けたことで、彼女のそばへと移動し、

僕が支払いをすると告げたのだが、

大切な人への贈り物だから、

自分で支払うのだといわれ引き下がった。


一人で使うとは思えないほどの布と糸に、

首をかしげそうになるが、頻繁に買いにくることができないためだと、

思い至り、クッカが持てない分を僕が持った。


帰り際に店長が「これからもご贔屓下さい」と、

レースのリボンをクッカとフィーに渡していたが、

それ……結構、値の張るリボンだと思うんだけど……。


多分、次に来店するときに、

このリボンを身につけてきて欲しいという、

願望が込められているのだと思う。


しかし、次にクッカがこの店にくるときは、

セツナと一緒に本来の姿で買い物にくるはずだ。

そのときに、今日のリボンをクッカが身につけるかはわからない。

だけど、その、リボンを身につけた精霊を見て、

店長がどういった表情を浮かべるのか見てみたい気がした。

きっと、ものすごく驚くに違いない。



お礼をいって店をあとにする。

紙袋を抱えて幸せそうに笑っているクッカに、

どこかお店に入って、お茶でもどうかと誘ってみたのだが、

早く帰りたいと断られた。

なので、お店から少し離れた路地裏で別れることになった。


「今日は、ありがとうなのですよ。

 素敵な買い物ができたのです!」


「どういたしまして、

 今度はもっと、ゆっくりしていくといいわけ」


「了解なのですよ~。

 あと、これは今日のお礼なのです」


そういって手渡されたのは、

綺麗な大瓶に入れられた水だった。


「精霊水なのです。

 これでフィーと一緒にお茶を飲むといいのですよ」


「ありがとうなのなの!」


「店に案内しただけなのに、

 もらってもいいわけ?」


「フィーからもお願いされたのですよ」


「フィーが?」


僕には精霊水を渡さないで欲しいといっていたのに。


「食欲が落ちていると聞いたのですよ」


「……」


そろそろ……あの季節が巡ってくるのか。

自分で意識していなくても、

心と体は敏感に感じ取っていたのかもしれない。


フィーを見ると、

クッカから受け取った水を大切そうに腕に抱え、じっと僕を見ていた。


「フィーと大切に飲ませてもらうわけ」


「はいなのですよ。

 足りなければいつでも水を分けるのですよ」


最初の言葉は僕に、最後の言葉はフィーに向けていた。

クッカはフィーの頭を軽く撫で、

僕達に優しい笑みを見せてから、

転移魔法で帰っていったのだった。


僕は、クッカがセツナのために刺した刺繍を、

いつか見てみたいと思った。


「フィー。僕達も帰ろう」


「……」


「美味しいお茶が飲みたいわけ」


「フィーがいれてあげるのなの」


そういって笑うフィーに僕も笑って頷いた。



セツナの家ではなく自分の家で、

フィーの優しい気持ちが籠められたお茶を飲み、

今日のことを楽しげに話す、彼女に相づちを打ちながら、

今までのように、全く食事がとれなくなることはないだろうと、

確信していた。


「フィナリナ」


「どうしたのなの?」


「ずっと僕を支えてくれて、ありがとう」


家族を殺めた日を……いつも乗り越えることができたのは、

フィナリナが僕のそばにいてくれたからだ。

彼女を酷く恨んだことも……憎んだこともあったけれど、

フィナリナが僕のそばにいてくれたから、

僕は長い長い冬を終わらせることができた。


「これからも、僕だけの精霊でいて欲しいわけ」


「当然なのなの」


目を細めて幸せそうに笑うフィーにつられて僕も笑う。


「ずっとずっと、一緒なの」


神聖な誓いのように静かに落とされた言葉に、

僕も同じ言葉を返した。


「ずっとずっと、一緒なわけ」


胸いっぱいに満たされる幸福な想い。

穏やかに流れていく時間を僕はとても愛おしく感じていた。



しかし、このときの僕はまだ知らない。

僕の隠し子疑惑が浮上し、

目の据わったエレノアとバルタスに尋問されることを……。

まだ……このときの僕は知らないのだった。


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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
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