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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ダイヤモンドリリー : また会う日を楽しみに 』

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21/43

『 リヴァイルへの手紙 』

3月3日(木)にドラゴンノベルス様より、

『 刹那の風景3巻 竜の縁と危亡の国 』が発売されます。

かなり加筆修正しておりますので、よかったら読んでみてください。


今回のお話は、

第三章:風の繋ぐ想い【リヴァイル】に関連する物語となります。



【セツナ】


昨日の出来事から一夜明け、朝食を食べ終わるとすぐに、

アルトは友達に紹介するといって、

セセラギと一緒に元気にでかけていった。


シノノメとアリアケを連れていかなかったのは、

2羽が気持ちよさそうに眠っていたからだろう。

アルトは残念そうにしていたけれど、

3匹を連れて移動するのは、

かなり大変になるような気がする……。


アリアケ達の中に入っている二人は深い眠りについているので、

2羽は純粋に使い魔として行動しているが、セセラギは違う……。


アルトと同じく食欲旺盛で、

小魚を見せると与えるまでずっと「くれ!」というように、

短い手を伸ばしながら、声を上げ続ける。

そして、追いかけてくる……。


昨日の朝は……アルトの焼き魚を奪おうとして、

アルトが切れていた。


それは今日の朝も同じで、

アルトとセセラギの攻防が熾烈を極め、

アルトが折れる形で決着がついた。


食に執着する生き物が増えてしまったが、満足すると大人しくなり、

じっとアルトが食べ終わるのを待っているので、

際限なく食べることはなさそうだ。

その辺りは救いかもしれない……。


そしてアルトだけではなく、

今日は、黒達や黒のチームの人達も外出の予定を立てており、

いつもより慌ただしい朝食となっていた。


いや、慌ただしい原因の中心は、

アルトとセセラギだったような気がする。

食べ終えた人からでかけていくため、

酒肴の人達はバタバタと忙しそうに動いていた。


最初にエレノアさんとバルタスさんが、

ギルドへ顔をだすといってでかけた。

次に、アギトさんが体が鈍るといって、

クリスさんとアルヴァンさんを連れて、

街道沿いを馬で走ってくるといい、部屋をでていった。


「どうして馬なのだろう」と僕が疑問に思っていると、

サーラさんが苦笑しながら、おそらく自国への帰路につく人達が、

安全にハルを離れることができるように、

街道沿いの魔物の討伐にいったのだろうと、こっそり教えてくれた。


「どうして本当のことをいっていかなかったのか」という問いに、

サーラさんはそっと違う方へと視線を向けた。

彼女につられるように僕もその方向へと顔を向ける。

するとそこにはビートとエリオさんがいた。

彼らは今、酒肴の人達とギルドにいく準備をしている最中だ。


「エレノアちゃん達は、

 昨日から今日の外出を予定していたけど、あの子達は違うから」


その言葉に、朝食時の彼らの会話を思い出す。


「金がない!」


きっかけはカルロさんのこの一言だった……。

そこから、次々に「俺もない!」「私もないわ!」という声が上がり、

依頼を受けてお金を稼ぐしかないという結論にたどりついていた。


エリオさんはアルトとの約束を守ったことで、財布が軽くなり、

ビートは欲しい魔導具を購入したことで、金欠になったようだ。


武闘大会を主とする催しが終わったといっても、

まだかなりの人がハルに滞在している。

そのため町の治安維持や、事後処理の依頼が色々と張り出されるようで、

酒肴のメンバーやビート達は、

催しで散財したお金を取り戻そうと意気込んでいた……。


しかし、僕の予想でしかないが、

多分ギルドは同じような人達で、

溢れかえっているのではないだろうか? 


そこまで考えて、

アギトさんが本当のことを話していかなかった理由に思い至った。


「もしかして、集団で移動するのが面倒だったんですか?」


「そうだと思うわ。最近、若い子達は訓練に力が入っているしね」


武闘大会が終わってから、訓練の密度がかなり上がったと感じる。

酒肴の人達はバルタスさんや一番隊の人達に、

教えを請うことが多かったのだが、最近はアギトさんやサフィールさん、

エレノアさんやアラディスさんにも食らいついているように思う。


「今の彼らに、正直に魔物の討伐へといくと伝えたら、

 騒ぎになるでしょう?」


「僕もそう思います。

 強い人の戦闘は間近で見ているだけでも勉強になりますし、

 そこに魔物討伐の依頼がついてくるとなると、

 カルロさん達の目の色が変わりそうです」


「そういうことよ。内緒にしておいてね」


そういってサーラさんが小さく笑った。


カルロさん達は、僕とアルトも誘ってくれたのだが、

僕は今日中に終わらせてしまいたいことがあったので断わり、

アルトはハルでの滞在日数が残りわずかということで、

その日々を友達と過ごすことを選んだ。


「俺達とも想い出を作ろうぜ」とカルロさんが少し寂しそうに、

アルトの頭を撫でていたのが、なぜか強く印象に残っている。


サーラさんも医療院へでかけ、アラディスさん達は鍛冶場へ、

酒肴の一番隊の人達は店にいくといってでていった。

なので、現在は酒肴の五番隊だけしかこの家に残っておらず、

とても静かだ……。ちょっと落ち着く。

そもそも……セセラギが元気すぎるんだ……。


今はまだ色々と慣れていないからかもしれないが、

昨日や今朝のような状態が続くようなら、躾けようと思う。

そんなことを考えながら、ぼんやりと海を眺めていた。

気は進まないけれど、自室に戻ってやることがあるので、

空になったカップを厨房へと持っていくと、酒肴の五番隊の、

クレイグさんとベリノさんが僕に気が付き、そばにきてくれた。


「自室にいますので、何かあれば声をかけてください。

 あ、お茶ありがとうございました」


わざわざ僕のためにいれてくれたものだったので、

お礼を告げる。


「俺達はここで料理の試作でもしているから、気にしないでくれ」


「飯は食いにこいよな」


飲み終わったカップを渡し、二人に頷いてから僕は自室へと戻った。



机の上にある便箋が目に入り、軽くため息をつく。

ため息をついたところで、心の中が晴れるわけもなく、

問題が解決するわけでもない。


行動に移さなければと思うのに、椅子に座るのをためらっていた。

今日中に終わらせてしまいたいこと、

それはリヴァイルに、彼の弟君の血を返すための手紙を書くことだ……。

そのときに、エレノアさん達のことも伝えようと思っている。


どうやって伝えれば、それが真実だと信じてもらえるのか、

そんなことをずっと考えていた。


そして思いついたのが、

便箋に精霊の刻印という魔法を刻んでもらうことだった。

精霊の刻印がなされた紙には真実しか記すことができない。

偽りを記そうとすると、刻印がなされた紙は、

跡形もなく燃えてしまうようだ。


最初はクッカに頼むつもりだったのだけど、

風の精霊への対価が決まらなかったので、

深く考えることなく彼女に頼むことにしたのだが……。


昨日の夜、皆が寝静まったあとで精霊の刻印のことを、

風の精霊に詳しく聞いていた時のことだ。


『一番にクッカに声をかけるべきなのですよ!』


そういって、怒りをあらわにしたクッカが僕の部屋に現われた。

そして、続いてすぐにフィーも『フィーも協力するのなの~』と

楽しそうに笑いながら僕の部屋へとやってきた……。


どうしてクッカが僕達のことを知っているのだろうと、

首をかしげていると、フィーとの会話で偶然知ったのだと、

クッカが教えてくれたのだった。


どうやら、二人は時々連絡を取り合っているようだ。

最初の出会いは……あまりよいものではなかったようだけど、

今は仲がいいようで、楽しそうに話をしている姿はとても愛らしい。


クッカとフィーと風の精霊……。

人が集まれば会話が弾むのは自然の流れで、

彼女達が楽しそうに話すのを聞いていたが、

些細なことでも『土に返すといいのですよ』とか、

『闇から闇に葬るといいのなの』とか、

『風化させればいいかなって』という考え方は、

やめた方がいい思うんだ。

まぁ、楽しそうな会話に水を差すのもどうかと思ったので、

黙って聞いていたのだれど。物騒すぎる。


その後も色々とあり、僕と風の精霊が本来の目的を思い出したのは、

夜中の2時を過ぎてからだった。


結論からいうと、

この便箋には3人の精霊の刻印がなされることになった……。

かなり、過剰な気がするが、なされたものは仕方がない。

クッカもフィーも風の精霊も満足そうにしていたから、

これでよかったのだと思う。多分。


これで風の精霊がここに姿を留めるための理由がなくなった。

そのため、彼女はもうミッシェル達に姿を見せることができなくなった。

寂しい気持ちを抱いているだろうに、

彼女は今までのようにそれを僕達に見せることはなかった……。


『感謝しているかなって』


風の精霊は僕の手を取ると丁寧にお礼をいってくれた。


『今世での交流は諦めていたかな。

 なのに、沢山話すことができたのは、

 セツナがミッシェルの命を救ってくれたからかなって。

 本当にありがとう……本当に』


そう告げて、風の精霊がとても幸せだというように笑った。


『そろそろ時間切れかなって……』


『蒼露様に子供達を助けてくださり、

 ありがとうございましたとお伝えいただけますか?』


『うん、ちゃんと伝えておくかなって』


『よろしくお願いします。

 あと、薬を完成させることができるように努力します。

 風の精霊も何か思いついたことや発見があれば、

 些細なことでもいいので教えてください』


『うん、うん! ちゃんとセツナに報告するかな!

 またね、セツナ。これはお礼かな』


風の精霊はそういって僕の頬に口付けを落とすと、

満足そうに笑って消えたのだった。


その後のクッカとフィーの騒ぎようを思い出しかけ、

僕は軽く頭を振ってそれを追い払い椅子に座ったのだった。



便箋を前に一度目を閉じ、

リヴァイルに伝える内容を頭の中でまとめていく。


どう綴っても、彼を傷つけるだろうことは想像に難くない……。

なので、事実だけを伝えることに決めた。

そこに僕の感情や他人の感情をはさむことはせず、

僕が知るありのままを竜国語で記していく。


そして、手紙の最初に僕とかなでの関係を少し伝えることにした。

今まで、リヴァイルに僕自身のことを語ったことがなかったから。

まぁ……彼に精神的に追い詰められて疲弊していたあの状況で、

自分のことを話したいとも思わなかったし、話せる状態でもなかった。


しかし、今回……弟君の血を所持している理由を語らなければならない。

リヴァイルに正確に伝えようとするならば、僕とかなでの関係性を教えた方が、

いいのではないかと思ったんだ。


もしかしたら、かなでがリヴァイルに宛てた手紙に、

色々と書かれているのかもしれないが……念のために。


時々ペンを置いて考え、最適な言葉を探しながら文章を綴る。

そして、エレノアさんとヤトさんのことを記そうとして手が止まった。


リヴァイルに二人のことを教えるべきか否か……。

彼がガイロンドの王族を憎んでいることを僕は知っている。

なので、彼が王族の血を引く二人の真実を受け入れることは、

苦痛でしかないだろうと想像できる。

苦痛の中にいる彼に、それでも知らせるべきだろうか……?


トゥーリが解放され、問題が解決し、

彼らの傷が癒えたときのほうが、受け入れやすいのではないだろうか。

自答自問し、しばらく悩み考えて心を決めた。


切羽詰まったときに真実を知られるよりも、

余裕があるときにこちらから知らせた方が、

リヴァイルに合わせることができるだろうと思ったのだ。


後回しにしない方がいい。なぜか僕の心がそう囁いていた。


6枚目の便箋に文字を綴り終わり、

7枚目の便箋を手前に置いたところで軽く息をついた。


「エレノアさんには悪いけれど……」


ガイロンドが犯した大罪に憤り、悲しみ、罪悪感を抱き、

そして絶望していた彼女の心を本当の意味で救うには、

リヴァイルに許しを与えてあげて欲しいと願うのが、

一番いいのだと思う。


だけど、僕はその言葉を彼に告げるつもりはなかった。

許すか許さないかは、

リヴァイル達が決めることなのではないかと思うんだ……。


今回の僕の役割は、

かなでがつないだ命を、リヴァイルが奪わないように守ること。

それだけだと思っている。



リヴァイルに伝えたいことは、すべて記すことができたと思う。

今回の手紙は、かなり繊細な内容になるために、

基本リヴァイル以外の人が読めないように、魔法で細工をしておいた。

もしかすると、彼はこの手紙を両親に見せるかもしれないけれど……。


大きめの封筒に便箋とメモを入れ封を閉じ、

僕のギルド紋様である椿の封蝋を施す。

この封蝋もリヴァイルしか解除できないように魔法をかける。


次に濃紺色の箱を想像具現の能力で創りだし、

そこにリヴァイルの弟君の血をそっと入れる。


竜の血はそれだけで魔導具になるほど、強い魔力を有している。

なので、その魔力が外に漏れないように箱に入れ蓋を閉めると、

魔力を遮断するようにしておいた。

これも、リヴァイルの魔力を流すことでしか、

蓋を開けることができない。


すべての準備が整い、後はリヴァイルに送るだけ……。


「……」


あとは魔法を発動すればいいだけなのに、

この手紙を読んだときのリヴァイルの苦悩を想像してしまうと、

迷いが生じた……。


しかし、僕ならばどれほど辛くても、

返して欲しいと願うだろう。


僕の元へ……家族の元へ……。


そして、僕自身が弟君だったなら、

家族の元へ帰りたいと思ってしまう。


日本へ帰りたいと願ってしまう。


「家に帰ろう、ユグレウス……」


かなでの記憶の中にあった名前。

リヴァイルから聞いていた弟君の名前。


ユグレウスに話しかけてから、

僕は感傷を振り払い魔法を発動させた。


僕の目の前から手紙と小箱が消えた瞬間、

元の世界で僕自身が切望していた言葉が零れ落ちた。


「……家族のそばで安らかな眠りにつけますように……」


もしかすると……。

ユグレウスはもう生まれ変わっているかもしれないけれど。



重くなった気持ちを鎮めるように、ソファーへと座ると、

目の前のローテーブルの上に転がっている精霊玉が目に入る。

色とりどりの精霊玉は、

昨日の夜より増えているようだった……。


数えるのも面倒なほどの精霊玉が転がっている理由は、

風の精霊が、対価として精霊の刻印だけでは足りないといって、

精霊玉を作り始めたことが事の発端だった。


風の精霊が精霊玉を作っていくのを黙って見つめていた。

魔力が綺麗に整い、丸い形を作っていくのはとても面白かった。

楽しそうに精霊玉を作り出す彼女を見て、作りたくなったのだろう。

クッカとフィーも競うように作り始めた。


精霊玉の色は属性で色が決まっているらしく、

風はたなびくような緑。

水は透き通るような青。

火は引き込まれるような赤。

土は(みのる)ような黄。

闇は安まるような黒。

光は冴えるような白。

空は揺れるような七色。

時は移りゆく万色(ばんしょく)

そして、込めた魔力量で色の明るさが決まるようだ。


3人で楽しそうに精霊玉を作っているのを見て、

僕も見よう見まねで作ってみた。


属性を入れずに、純粋に魔力だけで作ると、

透明のガラス玉のようになった。

これはこれで綺麗だと思い眺めていると、

元の世界の蜻蛉玉を思い出した。


なんとなく、蜻蛉玉と同じように、

模様を入れることができないかと考え、

軽い気持ちで、実践してみる。


結論からいえば模様を入れることができた。

最初はビー玉のようなマーブル模様から始め、

徐々に難易度を上げていく。

繊細な魔力制御が必要になるのだが、

これがなかなか面白い。


発色は風や水などの単色のほうが綺麗なのだが、

空と時は色が変化する様が美しい。


それぞれ特徴があり、自分が想い描いた物が完成したときの充実感は、

とても楽しいものだった。


試行錯誤しながら夢中になって作り、

数十個作ったところでハッと気が付く。


さっきまで聞こえていたクッカ達の声が聞こえない。

どうしたのかと慌てて顔を上げると、

3人がじっと僕の手元を見つめていた。


『セツナはすごく器用かなって』


『一つ欲しいのですよ』


『フィーもほしいのなのなの』


今僕が作ったものは、

透明の精霊玉の中に時の属性を閉じ込め、

数秒ごとに色が変化していく椿の花を咲かせていた。


『新しく作る?』


僕がそう尋ねるとクッカ達は首を横に振り、

自分のお気に入りを見つけていたのか、

その手に持っていたのを見せてくれた。


『気に入ったものがあってよかった』


僕がそう告げると、

3人が嬉しそうに笑ってくれたので、僕もつられて笑う。

最後に時の魔法で色づけした精霊玉擬きを、

クッカの小さな手の上にそっとのせた。


『それは、トゥーリに』


僕の言葉にクッカが静かに頷くのと同時に、

何もない場所から精霊玉が降ってきた……。


『……』


それは一つだけではなく、立て続けに複数降ってくる。

そして、僕の作った精霊玉擬きが消えていく……。


風の精霊に視線を向けると苦笑しながら

『他の精霊もほしがっているかなって』と教えてくれたので、

『ご自由にどうぞ』と伝えると、机の上に次から次へと、

精霊玉が落ちてきたのだった。



そして今、机の上には僕が作った物は一つも残っていない。

そして明らかに、僕が作った数よりも多い精霊玉が、

机の上に散らばっている。


誰かに見られる前に片付けようと、

一つ一つを手に取り眺めながら、袋の中に入れていく。

最後の精霊玉を袋に入れようとして、

それがフィーが作った物だと気が付いた。


フィーの魔力を感じさせる精霊玉をしばらく眺め、

ふと、サフィールさんが忽然とこの家から消えていた出来事を思い出した。


フィーはともかくサフィールさんは、

一日の大半をこの家の二階にある図書室で過ごしている。

もはや、二階の主といっても過言ではない。


研究に没頭して、時々訓練を休んだり、食事を抜いたりしているが、

基本フィーが食事を抜くことを許さないため、

訓練を休んでも朝食の時にはその姿を見せていた。


それでも彼が、下りてこないときは、

フィーが「ご飯はいらないのなの」と教えてくれていた。


しかし、今日は朝からサフィールさんもフィーも姿を見せなかったため、

エレノアさんが図書室に様子を見にいったのだが、

二人の姿はなかったようだ。


『……どこにもいなかった』と彼女が一言告げてから、

連絡版へと視線を向ける。


黒達がどこかに出かけるときは、

連絡版に何かしら伝言を残していく。

サフィールさんも例外ではなく、

いつもなら几帳面に時間まで記していくのだが、

そこには何も記されていない。


バルタスさんが『誰か伝言を聞いていないのか』と問うが、

皆が首を横に振る。

食事の用意をしていた酒肴の人達も姿を見ていないことから、

転移魔法で移動したのだろうということだけ推測できた。


だが、それ以上何かを知る手がかりはなく

『……フィーがいるから大丈夫だろう』とエレノアさんが結論づけて、

サフィールさんの話題はそこで終わった……。


正直それでいいのだろうかと思ったが、

フィーがサフィールさんを危険な目に遭わせることはないだろうし、

彼もまた実力者だ。


心配するだけ無駄かもしれないと思いながらも、

サフィールさんの靴が、庭に続く窓辺に残されたままなのが、

気になっていた。


「ここから直接自宅に戻ったのなら……靴はいらないのかな?」


フィーなら、そのぐらいの距離は簡単に転移することができる。

何かを発見して、急いで自宅に戻ったのかもしれない。

自宅に戻れば靴もあるだろうし困らないだろう……。


もし、夜になっても戻らないようなら探しにいこうと考え、

僕はソファーに横になると、

ここ最近の寝不足を解消するために目を閉じたのだった。



後日、リヴァイルから手紙が届く。

その手紙は今までのような気安いものではなく、

竜国語で丁寧に綴られていた。

そして、彼の気持ちが強く伝わってくる文面だった。


『父も母も感謝していた。カイルが繋いだ命。

 ユグレウスの生きた証を……私達は受け入れることに決めた……』


手紙にはヤトさんを受け入れることにした理由が記されていた。


『いつか……家族そろって、

 ユグレウスの血を受け継いだ人間に逢いにいこうと思う。

 懸命に生きる人間のそばで生きたいという願いを叶えた……。

 ユグレウスに逢いに。カイルが愛した国であるリシアへ…………』


家族そろって、そこにはトゥーリも含まれているのだろう。

そうなればいいと心から思う。


『最後に、ユグレウスの血を受け継いだ人間とその母親に、

 同封する便箋を渡せ。お前が見ても構わない。

 返答は必要ない』


簡潔に書かれた文章を読んだあと、最後の便箋に視線を落とす。

そこにはたった一言……。

『許す』という文字が綴られていたのだった……。


今回のお話に関係する短い短編を、

刹那の破片:ウサギの名前【リヴァイル】視点で書いてます。

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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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