『 アルトと使い魔達 』
3月3日(木)にドラゴンノベルス様より、
『 刹那の風景3巻 竜の縁と危亡の国 』が発売されます。
『月間コンプエース様で、刹那の風景がコミカライズ』されます。
詳しくは活動報告にて。
【セツナ】
いつもの時間に起床し、いつものとおり訓練するために庭へといく。
ただ、いつもと違ったのは、
僕の後ろを必死にちょこちょこと小さく飛び跳ねながらついてくる、
シノノメとアリアケがいることだろう。
どうして飛ばずに歩いているのかがわからないが、
ぽってりとしたあの体型では飛ぶのも歩くのも、
さほど違いはないのかもしれない……。
それにしても、正直目を覚ますとは思っていなかった。
二人の魂はかなり疲弊しているため、
しばらく眠りにつくと思っていたのに、
二人はまだ、自分の意識を保っているようだった。
庭にでると、冷たい空気が肺の中を満たしていく。
物珍しそうに周りを見ている2羽に「好きにしていいよ」と告げると、
やっぱり飛ばずに僕から離れていった。
ぽてぽて歩いている後ろ姿はかなり可愛らしい。
そんな2羽を見送ってから、僕も自分の訓練を開始する。
しばらくすると、黒のチームの人達も集まりはじめ、
そろそろアルトも起きてくるだろうと思ったその瞬間、
叫び声に近い興奮した声が僕の耳に届いた……。
「師匠!!」
自分の名前が呼ばれたことで、
声が聞こえた方へと視線を向けると、
アルトが右脇にコツメカワウソを抱えながら、
一目散にこちらに走ってきていた……。
「……」
服は寝間着のままで、靴は部屋履きのままだ。
顔もまだ洗っていないのだろう、髪の寝癖は直されていない。
ある意味異様なアルトの様子に、他の人達が訓練の手を止めて眺めている。
「し、師匠! 変な生き物が俺のベッドに寝てた!」
息を切らせながら、抱えていたコツメカワウソを、
僕に見せようとアルトが両手に持って掲げる。
「あ……うん」
コツメカワウソは、大人しくされるがままになっている。
結構肝が据わった性格をしているのかもしれない。
僕と目が合うと「キュアァ」と嬉しそうに鳴いた。
いや、ただ単に……マイペースなだけだ。
「それでね師匠、ギルスとヴァーシィルがいないんだ。
もしかして、この生き物に食べられたのかもしれない」
しょんぼりと耳を寝かせたアルトの頭を思わず撫でる。
それを見て、コツメカワウソも撫でてくれと、
頭を僕に近づけようとしていたので、
苦笑しながらコツメカワウソも撫でた。
僕が躊躇なくカワウソを撫でたことと、
カワウソが僕に懐いているのを見て、アルトが軽く目を見張った。
「師匠、この生き物知っているの?」
「この子は、僕が創った使い魔だよ」
「え? また使い魔を創ったの!?」
「うん」
真実を教えることはできないので、
精霊とハイロスさんと考えた適当な話をアルトに話していく。
そんな僕達の話を、黒達も黒のチームの人達も訓練をやめて聞いていた。
「そっかー。
ギルスとヴァーシィルは、精霊のお願いでハルに残ることになったんだ」
「うん。古代神樹の護りを任せることになったんだ」
「だから、師匠はこの子を俺に創ってくれたの?」
アルトが目を細めてコツメカワウソの抱き方を変えた。
カワウソもアルトのことは嫌いではないようで、
甘えるように体を寄せている。
野生の動物は基本警戒心が強いので、
仲良くなるまでに時間がかかるかもしれないと思ったが、
大丈夫なようだ。
この辺りは僕の使い魔としての意識が、
この子の在り方に、影響を与えているのかもしれない。
「うーん。この子を創ることになったのは、
完全に成り行きだったんだよね」
「成り行き?」
「そう。この子は僕の使い魔でもあるけれど、
古代神樹の時代に生きた動物でもあるんだ」
「え!? どういうこと!?」
興味津々と、瞳をきらめかせながら身を乗り出すアルトと、
なぜかそのすぐそばにサフィールさん。
フィーは手を伸ばして、コツメカワウソを撫でていた。
「精霊達が古代神樹を守るための結界に、
この子の魂も閉じ込めていたみたいで、
古代神樹と長い間共にいたからか、
ちょっと特別な魂になったみたい」
「特別?」
「その辺りは僕にもよくわからないんだ」
「そっかー」
「そのまま放置してしまうと、
水辺にいくこともできずに消えてしまうと、精霊から聞いて、
助ける方法がないかと考えたんだよ」
水辺にいくことができないという言葉に、
フィーが一瞬辛そうな瞳を僕に向けそして顔を伏せた。
そんなフィーにつられたのか、サフィールさんも僕をじっと見ているが、
僕が話し出すと興味が話の方へと移行した。
「色々考えた結果、僕が使い魔……体を用意して、
精霊がその魂を使い魔の中に入れたんだ。
今回だけの特別な魔法でね。
だから、この魔法のことは絶対に話してはいけない」
アルトは「いわない」といって頷いただけだが、
それ以外の人達は絶句している人が多かった。
魂に関する魔法は禁忌とされていると知っているのだから、
その反応も当然だろう。
なので、今回カワウソのことをどう話すか悩んでいたら、
風の精霊が話すことを許してくれた。
この子は使い魔として生きるのではなく、
一匹の命ある動物として生きるのだからと。
偽りの命ではないのだから、
使い魔と言い張るのが難しくなるときがくる、
そのときに話すのではなく、事前に話して理解してもらい、
この子が暮らしやすい環境を整えてあげた方がいいといわれたのだ。
そして、口止めを忘れないようにと注意された。
アルトから視線を外し全員を見渡すように顔を向けると、
僕が何かをいう前に「わかっている」というように、
皆がしっかりと頷いてくれていた。
「じゃあ、この子は使い魔じゃないの?」
「使い魔でもあり、
自分の意思を持った動物でもあるというのが正しいね」
「意思がある……」
「そうだよ。その辺りは、普通の動物と同じ。
好きなものもあると思うし、嫌いなものもあるだろう。
楽しいと感じることもできるし、痛みも感じる。
自分の感情を持つ、命ある生き物になった」
「命ある……。そうなんだ……名前はあるの?」
「セセラギという名前だよ」
「意味はあるの?」
「水の音……水の流れる音という意味だね」
「いい名前だ! これからよろしく、セセラギ」
アルトはそういってセセラギの抱き方を変えて、
顔の前に持っていき、目を合わせた。
「俺はアルト。
今日から、セセラギの友達で家族だ!」
「キュアァ」
その言葉に返事するように、セセラギは嬉しそうに鳴いた。
「うーん? 師匠、セセラギは俺達の言葉を理解できるの?」
「精霊から聞いた話ではできるらしいよ。
とても賢い生き物で、人の話を理解できる知能を持っているんだって。
これまでの使い魔は基本僕の命令で動いていたけれど、
この子は違う、自分で考え自分で行動すると思うから、
危ないことをしそうになったら止めてあげてね」
「うん! 俺がこれからセセラギの面倒をみる!」
「え?」
「普通の動物と同じなんでしょう? ご飯も食べるんだよね?」
「そうだね。魚が好物だよ」
「なら、やっぱり俺がセセラギと一緒にいる!
師匠いいでしょう?」
どうして「やっぱり」なのだろうかと思いながらも、
想像していたとおりの結果に、笑ってしまいそうになるのをぐっと堪えた。
期待と少しの不安を宿した瞳を僕に向けるアルトに伝える言葉は、
最初から決まっていた。
「いいよ。セセラギはアルトに任せるよ。
何かあったら相談してね」
「うん!」
「あと、セセラギは戦うこともできるから、
一緒に訓練するのもいいと思う」
「戦えるの!?」
「一応、僕の使い魔でもあるからね。
ただ、セセラギがどういった戦い方をするのかはわからない」
「そっか、色々楽しみだな。魚釣りもできるかな」
いや、それは無理だと思う。
魚が好物だから、釣りの邪魔をされるのがおちではないだろうか……。
セセラギを抱きしめながら色々と話しかけているアルトに、声をかける。
「さて、アルト。今日の訓練はどうする?」
「やる!」
「それじゃあ、身なりを整えておいで」
「え?」
「寝間着のままで訓練はできないでしょう?
顔も洗ってくるといいよ」
「うわー! おれ着替えてない!」
アルトは自分の姿を見てそう叫ぶと、セセラギを地面に下ろした。
そんなアルトに、カルロさんやビートがからかうように声をかけていたが、
アルトは不機嫌そうに眉間にしわを寄せただけで、
何もいわずに一目散に家へと戻っていった。
アギトさんは苦笑しながら、アルトの背中に優しい眼差しを向けていた。
サフィールさんは、逃げようとするセセラギを捕まえ、
フィーにあれこれと質問しているが、
フィーは「知らないのなの」とか「教えないのなの」といって、
はぐらかしている。普段にもまして賑やかな朝になってしまった。
しばらくして、セセラギがサフィールさんから逃げだし、
庭の奥へと走っていくのを見送ったところで、アルトが戻ってきた。
セセラギがいないことを気にしていたが、
散歩にいったと伝えると、納得して訓練に身を入れ始めた。
訓練が終わり一息ついたところで、
アルトが何かを探すように視線を周りに向ける。
「師匠、俺、セセラギ探してくる」
「うん。あの辺りにいるよ」
「居場所がわかるの?」
「僕の使い魔でもあるからね」
「そっかー。それじゃあ、いってくる」
そういって、アルトがセセラギのいる方へ向かって走っていった。
朝食までにはまだ時間があるということで、
黒のチームの人達が魔王に挑戦しているのを眺めていたのだが……。
「師匠!!」と叫びながら呼ぶ声がまた、僕の耳に届いた。
今日のアルトはよく叫ぶなぁと思いながら、声がした方へと視線を向けると、
アルトの右脇に、シノノメが抱えられていた。
アルトがかなりの速度でこちらに走ってくる。
その少し後ろを、アリアケが必死に足を動かしてアルトを追いかけ、
セセラギは機嫌良くアリアケと並走していた。
やっぱり飛ばないんだな……。
そんな光景を眺めながら待っていると、
アルトが嬉しそうに僕の前に立った。
「師匠! 丸々とした美味しそうな鳥が落ちてた!」
「……」
先ほどと同じように、シノノメを掲げて僕に見せてくれる。
アルトが止まったことでやっと追いついたアリアケは、
アルトの足を一生懸命につつき始めた……。
「あ、もう1羽いる!」
つつかれていることにに気付いたアルトは、シノノメを左脇に抱え、
素早くアリアケを捕まえ抱き上げた。
そして、満面の笑みを浮かべて僕を見上げた。
その瞳は食べるという意思に満ちている。
「師匠、今日の晩ご飯にしよう!」
アルトにとって鳥は食べるものなのだろうか……。
セセラギとの差は一体何なのだろう……。
セセラギもアリアケ達も、
アルトにとっては初めて見る生き物のはずなのに。
「丸々太ってるから、きっと食べ応えがあると思うんだ!」
今まで、身じろぎ一つしなかったシノノメが微かに目を見張り、
多分食べようとしていたのだろう、
嘴にはさんでいた実をポトリと地面に落とした。
どうやら、太っているという言葉に衝撃を受けたようだ。
可哀想に……。
「丸焼きにしたら、絶対美味しいと思う!」
そして、アルトに抗議するように、
シノノメがバタバタと羽を動かそうとするが、
アルトは簡単に押さえ込みながら話を続けた。
「師匠、どこで絞めよう?」
暴れるアリアケとシノノメを逃がさないように抱えながら、
アルトが首をかしげて僕に問う。
2羽が本気をだせば簡単に振りほどけるのだが、それをしないのは、
アルトを傷つけてはいけないという僕の意思のほうが、強いからだろう。
「……アルト。その2羽も僕の使い魔だから、食べないで欲しいな」
僕がアルトにお願いしたことで、
2羽が暴れるのをやめて大人しくなった。
「え!? そうなの!?
どうして使い魔がこんなに増えたの!?」
もっともな質問だと思う。
さて、どう答えようかと悩んでいたところで
「セツナと一緒に私も使い魔を創りたかったからかなって」という、
風の精霊の声が周りに響いた。どうやら、助け船をだしてくれたようだ。
風の精霊がアリアケとシノノメをそっと撫でてから、
アルトに笑いかけた。
「そうなんだ」
「この2羽は、成長する使い魔かなって!」
「成長するの!?」
風の精霊が現われたことで、
周りが少し緊張した面持ちになっていたが、
いい加減彼らも慣れたのだろう……。
以前よりは肩の力を抜いて、僕達の話を聞いているような気がする。
そんな中、サフィールさんはいつものとおり、
魔法に興味を示した。
「成長する使い魔とか僕は知らないわけ……」
もっとよく話を聞こうとするかのように、
彼がアルトの近くに移動してくる。
その様子を風の精霊が微かに肩を揺らして笑い、
フィーは呆れた視線を彼に向けていた。
「この子達はまだ雛だから上手く飛べないし、まん丸だけど、
成長したらとても美しい鳥になるかなって!」
「おお! どんな鳥になるの!」
アルトがわくわくとした表情を風の精霊に向けた。
その期待に応えるように、風の精霊が精霊魔法で、
空に舞うシノノメとアリアケの美しい姿を空中に映し出した。
「うわー! すごく綺麗だ!
この2羽はこんなに美しい鳥になるんだ」
アルトだけではなく感嘆の声がほうぼうであがり、
しょんぼりと項垂れていたシノノメが立ち直ったのか、
どこか照れたようにそわそわと体を揺らしていた。
アリアケはそんなシノノメを見て、
ほっとしたように体から力を抜いた。
映像が消えたことで、
アルトが何かに気付いたように僕を見て口を開いた。
「師匠、この子達の名前は?」
「瑠璃紺色の尾羽がアリアケ。
淡黄蘗色の尾羽がシノノメだよ」
「アリアケとシノノメか……意味はあるの?」
「アリアケもシノノメも夜明けという意味になるよ」
「夜明け、いい名前だと思う」
何度か名前を呟いたあと、アルトがそっと2羽を地面に下ろした。
そして膝をつくと「食べようとしてごめんね」と謝った。
「すごく美味しそうに見えたんだ」
正直な感想に各々が肩を揺らしているが、
アルトは至って真剣なために誰も笑うことはしない。
「アリアケとシノノメも、
今日から俺の仲間で家族になるんだよね?」
「そうだね」
「食べようとしたこと許してくれる?」
アルトが不安そうに耳を寝かせていたが、
2羽は「ピピ」と鳴いてから体をアルトに寄せる。
許すという意思表示にほっとしたように尻尾を数回揺らして、
アルトが優しく2羽を撫でた。
「ありがとう」
そして、2羽を抱き上げて「これからよろしく」と呟きながら、
アルトが嬉しそうに笑ったのだった。
アリアケとシノノメはそんなアルトをじっと見つめていたが、
2羽同時に目を閉じると彼らが眠ったような気配を感じた。
『今、二人の意識が完全に落ちたかなって』
風の精霊の声が心に届く。
『眠りたいのを我慢していたのでしょうか?』
『そう思うかなって』
そこまでして、どうして朝から起きていたのだろうと思案していると、
精霊がその答えを僕にくれた。
『多分、セツナが大切に思うアルトを、
知りたかったのかもしれないかな。共にいることができるかどうか。
無理そうなら、ハイロスのところへいったかもしれないかなって』
『なるほど』
彼らもアルトと同じように心に傷を負っている……。
特にアリアケとシノノメは記憶を残している。
もしかするとその傷は完全に癒えないかもしれない。
ハイロスさんの心の傷が未だに癒えていないように……。
なのに、その傷を抱えたまま彼らは生きていくことを選び、
そして僕と共にあることを選んだ。
『使い魔に入ると同時に、
セツナが何に重きを置いているかを知ったのかな』
僕は使い魔に、何を置いてもアルトを守れという命令を与えている。
風の精霊は僕と使い魔を創ったことでそのことを知っていた。
『だから、自分達の意識が表にでているときに、
どうすればいいのかという指針が欲しかったのかなって』
『……』
アルトと上手く付き合っていけるのかという不安があったのだろうか。
眠りにつくのをためらうほどに……。
『自分達が守りたいと思えない人ならば、
大人しくここに残っていたと思うかな』
『そうですか』
『でも、二人ともかなりアルトを気に入っていたから、
上手くやっていけるとは思うかなって』
『食べられそうになったのに……』
僕の言葉に風の精霊が小さく笑った。
『とりあえず、仲良くやっていけそうでよかったと思います』
2羽がこの世界の住人に、どんな感情を持っているのかはわからない。
嫌悪や憎悪といった感情は感じ取れなかったけど、
これからもそうだったらいいと思う。僕のようにならなければいいと思った。
二人の意識が閉じた2羽に視線を向けると、
興味津々というように皆が集まっていた。
新しい使い魔達も問題なく受け入れられているようだ。
ここで生活している人達は、皆思いやりのある人達ばかりだ。
優しさや愛情で満たされた場所だから、
アルトは心を開くことができた。
ゆっくりではあるけれど、心の傷も癒えていっているように思う。
彼らは、僕の使い魔だと知っていても、
同じように愛情を向けてくれている。
その想いが沢山二人に届けばいい。
彼らの優しさは心を温めてくれるものだから……。
『うんうん。いい環境だと思うかな』
風の精霊が小さく笑いながら、僕の言葉に頷いた。
「お前、これが食いたかったのか?
ちょっと待ってろよ!」
シノノメが、落とした実を悲しそうにじっと見つめているのを見て、
カルロさんが走って新しい実を採りに向かう。
その背中をセルユさんとダウロさんが笑って見送っていた。
「……サフィール!」
「サフィちゃん!」
鋭い声が聞こえ、そちらを見ると、
サフィールさんがセセラギを捕まえようと追いかけ回していた……。
それをやめさせるためだろう、
エレノアさんとサーラさんが彼を捕まえ注意しているのだが、
サフィールさんは二人の注意を上の空で聞いていた……。
しかし、エレノアさんがスッと表情を消したのを見て、彼が慌てて口を開く。
「善処するわけ」
「……嫌がる動物を追いかけてはいけない」
「知っているわけ」
「……アルトの教育に悪いことはするな」
エレノアさんに同意するように、サーラさんも眉根を寄せて頷いている。
二人からのお説教が始まり、三人の周りから人が消えた……。
セセラギはサフィールさんから逃げ切り、
アルトの足下へ移動すると、器用に2本足で立って、
バルタスさんとアルトの話を聞いているようだった。
「バルタスさん、魚ある?」
「魚はあるが……、セセラギはどんな魚を食べるんだ?」
「大きい方がいいと思う」
アルトがバルタスさんに、セセラギの餌の相談をしているようだが、
大きい魚はアルトの好みだ。
「焼いたほうがいいのか?
煮たほうがいいのか?
それとも茹でるか?」
「俺は焼いたのが好き」
「……」
アルトが自分の好きなものを答えてしまうのは、
多分、お腹がすいているせいだと思う。
その証拠に自分のお腹を押さえて、しょんぼりと耳を寝かせてしまっている。
「わかった。わかった。アルトの朝食は焼き魚もつけてやる」
「うん!」
寝かせていた耳を元に戻して元気よく頷くアルトに、
バルタスさんが目を細めながら、アルトの頭を優しく撫でた。
「セセラギの飯は……あとでセツナに聞いておくから、
アルトは先に飯を食え」
バルタスさんの言葉にニールさんが軽く頷いて、
調理場にいる人達に魚を焼くように魔導具で伝えていた。
ちなみにセセラギは、
小さな魚を生で丸かじりするのが好きだと、僕に伝えてきている。
僕が創った使い魔なので、何でも食べることはできるが好みに関しては、
セセラギの意思が強く表れていた。
旅にでる前に、セセラギの好物を買いだめしておこうと、
頭の中の準備リストに付け加えておいた。
新しい使い魔を中心に楽しそうに語っている彼らから、
風の精霊へと視線を向けた。
武闘大会も催し事も終わった。
そろそろ次へと時間を進めなければならない。
ハルに滞在していた他国の人達も、出立の準備を始める頃だろう。
少しでも魔物の脅威を避けるために、
同じ国の人達が集まり団体で帰路につくようだ。
今日一日はハルの町が人でごった返すと聞いている。
なので、子供達は安全のために、
保護者同伴でなければ外にでることを禁じられていた。
そのため、アルトも今日は家で過ごすことになっている。
「僕の対価に満足していただけましたか?」
この言葉に周りの人達が一斉に僕へと視線を向けた。
「うん。楽しかったかなって」
「僕の願いを伝えても大丈夫ですか?」
僕から彼女への対価はもう支払い終わっている。
彼女が皆に姿を見せることができている理由は、
風の精霊が、僕に願ったことに対しての対価を、
僕がまだもらっていなかったからだ。
だから、僕の願いを叶えた時点で、
彼女は姿を見せることができなくなる。
言うなれば、僕の言葉は別れを告げるものなのだ。
風の精霊は少し寂しそうに僕を見てアルトを見た。
アルトがバルタスさんから離れて、そっと僕の隣へと立った。
「俺から一つお願いしてもいい?」
風の精霊を真っ直ぐ見てアルトがそう告げる。
精霊に願うということは対価が必要になる。
周りが息を飲む音が聞こえたが、口をはさむようなことはしなかった。
「ん……願い事を聞いてから判断しようかな?」
「ミッシェル達に少しだけ
セセラギのことを話してもいい?」
「どういう意味かな?」
「ミッシェル達は、
使い魔は本当に生きているわけじゃないって知ってるから、
ちゃんと話しておいたほうがいいと思ったんだ」
「ん……。確かにそうかなって。
じゃぁ……こう説明して欲しいかな」
風の精霊がアルトに話していい範囲を伝えていた。
アルトは嬉しそうに頷いてから、彼女に深く頭を下げた。
「許可してくれて、ありがとうございました!」
「うんうん。願い事じゃないから対価はいらないかなって」
彼女のこの言葉に皆が安心したように息を吐いた。
風の精霊は機嫌良く尻尾を振っているアルトを見つめ、
瞬刻悩んでから声をかけた。
「アルト、これからもミッシェルと、
仲良くしてあげて欲しいかなって」
「うん。ミッシェルは俺の友達だから!
将来、暁の風にミッシェルが入ったら、
ちゃんと俺が守るから大丈夫!」
迷いなく「守る」と答えたアルトに、風の精霊が目を見張り、
そのあと、本当に嬉しいのだとこちらに伝わるほどの笑みを、
アルトに贈った。
その笑みは見惚れるほど美しく、
アルトも目を見張って彼女を凝視していたのだった。
風の精霊は、一度目を閉じてからゆっくりとその目を開く。
そして、彼女は静かな声で僕に告げる。
「セツナの願いは何かなって?」
彼女に促されるままに、僕は風の精霊に願いを告げる。
「便箋に精霊の刻印を刻んで欲しい」と……僕は彼女に願った。
書籍関連の方に
『 カバーイラスト & 短編「夜陰」 』をUpしています。
sime様に描いていただいた、書籍のカバーイラストに、
リヴァイルとセツナの短い物語をつけています。
お時間があるときにでも、読んでいただけると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n7912gm/13/





