『 迷宮工師と子供達 : 前編 』
【 セツナ 】
子供達を助ける方法をかなでとハイロスさんは、
ずっと模索していたようだ。
可能性のある魔法を見つけては検証し改良を試みてきたそうだが、
結果は散々だったらしい。
「そもそも……。カイル様は魔法が得意ではなかったので、
全く違う魔法ができることもありました」
苦笑しながらハイロスさんがそう告げるのを「そうでしょうね」と同意する。
かなでが構築したと思われる魔法はどこかしらおかしいのだ。
僕がその構築式を手直しすると、違う魔法になることもある。
正直意味がわからない。
「試行錯誤して、残った魔法は一つしかありません。
しかし、その魔法は私達では検証することができなかったのです」
「どうしてですか?」
「名前で契約する魔法なのです」
「……もしかして、魂と魂を結びつける魔法ですか?」
「……」
「その魔法は使わないほうがいいかなって」
彼が続きを話そうとした瞬間、僕の隣から女性の声が響いた。
その声を聞くと同時にハイロスさんが瞬時に立ち上がり、
風の精霊から子供達の魂を守るように隠した。
「その魂に危害を加えるつもりはないかな。
お兄様もそう願っているから」
それでも信じることができないのか、彼の表情は険しいままだ。
「それに……。
私も光の精霊も貴方が子供達の魂を掠め取ったことを、
知っていたかなって」
「……っ」
「私達はあの場所にいて、
光の精霊は止めるために……助けを呼びにいき、私は……」
彼女はそこで言葉を区切り、
軽くため息をついてから別のことを口にした。
文章が途切れ途切れなのは、ハイロスさんと同じで語れないように、
されているのかもしれない。
「結局私達ができたことは、
あのお方に感知されないように魔法をかけたことと、
あの日地中深くに貴方を埋めたことぐらいかなって……」
「突然何かの魔法がかかり、
地中にいたのはそういうことだったのですね」
二人の話を聞いていても、
ハイロスさんが精霊に助けられたようだと、
いうことぐらいしかわからなかった。
なぜなら、彼らはそれ以上何も話さなかったから。
事件のあらましも、人の命を重んじない精霊が、
そのときばかりは神の意志に反して、
ハイロスさんや子供達を助けたのかも、
あのお方とは誰なのかも、まるでわからなかった。
それは、僕に聞かれたくない、もしくは教えたくないことなのだろう。
現に思考に耽りそうになる僕を、
精霊とハイロスさんがじっと見て首を横に振っていた。
何があったのか気になるけれど、
答えてもらえそうにないことは今までの経験上わかっているので、
考えることをやめ、話を元に戻した。
「どうして、使わないほうがいいんですか?」
正直僕も乗り気ではない。魂と魂の契約は、
そのほとんどが死ぬまで破棄することができないものが多い。
「魂の意思が塗りつぶされて、人形みたいになるかなって」
「……」
「……」
それは、ハイロスさんが眷属にするよりも酷いのではないだろうか。
精霊の言葉に、落胆したように椅子に座る彼の姿が痛々しい……。
「何か他に方法はないですか?」
「ん……あることにはあるけれど、
蒼露様の協力が不可欠かなって」
蒼露様という言葉にハイロスさんが顔を上げ目を見張り、
風の精霊を凝視している。
もしかすると、彼は蒼露様がシルキエス様だと、
知っているのかもしれない。
「では、対価の支払いということで一つ頼まれてもらえませんか?」
精霊や神に対してハイロスさんの異様な警戒心で、
彼が経験してきた神の脅威というものを、感じ取ることができた。
だから、このままだと話が膠着すると考え、
いつだったかの約束を使って蒼露様に願ってみることにする。
「何をかな?」
「蒼露様に三つの願いの一つを、
子供の魂の救済にあてて欲しいと、伝えてもらえないでしょうか」
ハイロスさんが息を飲んで、僕を見た。
「いいけど……」
風の精霊は少し眉間にしわを寄せてから、そっと目を閉じる。
遙か彼方の蒼露様と話し始めたのだろうか?
しばらくして目を開くと、静かに僕に語りかけてきた。
「……伝言かなって。
本来ならば理を歪めるような魔法は使用してはならない。
……だが、祝福から外れ傷つけられた魂は、水辺へといくことも叶わぬ。
魂が回復し満たされた人生を送ることができれば、
……に救い上げてもらえるやもしれぬ。
今回のことはわらわ達も気になっていたゆえに、
力を貸すが、次はない」
そこまでいってから、今度は目をつり上げ
「蒼露様がこうして伝えろ」って言ったかなと前置きしてから続ける。
「それと、このたわけが。
願いは自分のために使うものであろう。
此度のことはわらわ達の問題も含まれるがゆえに、
願いとは数えぬ。別の願いを考えておくように!」
風の精霊の剣幕具合が、
蒼露様にあまり似ていなかったので苦笑してしまう。
「蒼露様にお礼を伝えてもらえますか?」
「伝えたかなって」
「ありがとうございます。
しかし、魂って何なのか……」
思わず口にした疑問に、二人が僕を見て不思議そうに首をかしげた。
「お父様達からの贈り物かなって」
「神の創造物だと思われますが?」
「……」
どうしてそれで納得できているのか理解できないが、
どこまでいっても平行線で答えがでることはないだろうと思い
「そうですね」と返答した……。
しかし、本当に魂って何だろう?
まぁ、魂だけではなく魔法も能力も僕にとってはよくわからないものだ。
どうして、何もないところから様々な現象を起こすことができるのか……。
そう考えて、ふと、脳裏に『意味のあるように魔法は作られている。
そういうものだ』と僕に話した人がいたことを思い出した。
あまりいい記憶ではないことから、すぐにその記憶を振り払い、
こちらを見ている二人に話しかけた。
「話を戻しますが、
子供達を助けるために僕達は何をすればいいですか?」
「魂と器の繋がりをつくってあげればいいかなって」
それは知っている。その方法を僕達は知りたいんだ。
「んん……。私は器と魂の繋がりを作る手助けをするから、
セツナはその魂が『自分』として認識できるように、
いい名前をつけてあげてほしいかな」
「名前ですか?
ハイロスさんがつける方がいいのでは?」
「駄目かなって」
「駄目でしょうな」
二人がそろって首を横に振った。
「彼らの一族はちょっと特殊かな。
名前をつけるという行為は契約に等しいかなって」
クッカと初めて会ったときのことを思い出し、
嫌な予感がした。
「精霊との契約と同じ感じですか?」
「違うかなって」
「違います」
これまた二人同時に否定された。
「セツナにわかりやすく説明するなら、
竜王が名付けをするのとよく似ているのかなって、
あれは成人するまでの魔力を管理するためのものだけど、
この一族の名付けは誰かに仕えるための名付けかなって」
「……僕は誰にも仕えられたくありません。
そもそも、それならば、ハイロスさんの眷属とするのとそう違いはない」
僕が露骨に嫌そうな顔をしたせいか、
話を風の精霊に任せていたハイロスさんが、穏やかな口調で話し出した。
「情報が小出しになってしまったせいで、
名付けの印象が悪くなってしまったようですな。
わたくしのほうでまとめさせてもらいましょう。
名付けは、この世界でいう魔力の伴った契約と似たもので、
先程話があったように『主に仕える』ために行われるものです。
そして副次的ではありますが、
主を護るために名付けられた者は魂が自我に目覚め覚醒するのです。
これが、眠っている子供らを起こすには最適だと、
精霊様は仰っているのです」
「……」
「では、なぜそれをセツナさんに頼むかというと、
わたくしも精霊様もそれをする資格がないからです。
まずわたくしですが、魂を持たないわたくしには、
魂と魂の結びつきを強める名付けが行える道理がありません。
次に精霊様に頼めないのは、
そもそも名付けはこの世界の理とは異なるものだからで、
理を護るために存在している彼女らに、
お目こぼしされているだけで、寛大な措置なのです」
「……」
「そして『眷属とするのとそう違いはない』ということですが、
これは全く違います。わたくしが眷属にしてしまえば、
その後、彼らには選択肢がありません。
彼らの意思が反映されませんから。
しかし名付けなら、
名付けられた者が自分の意思で主を変えることができるのです」
「そう深く考えなくてもいいかなって。
彼らが新しい主を定めるまで、仮の長になってあげればいいかなって」
「新しい主が見つからなければどうなるんですか?」
この質問に二人がそっと僕から視線を外した。
「リシアの民にちょこっと違う種族が増えるだけかなって!」
明るく笑う風の精霊が忌々しい……。
そんな僕にハイロスさんが苦笑している。
「セツナさん」
「はい」
「わたくしが神にそう創られたように、
この一族はその命を誰かに仕え、
戦い支えることを主として創られました。
それが彼らの存在意義なのです」
そんな在り方は好きじゃない。
人は誰にも何にも縛られずに自由に生きるべきだと、
僕はそう考えてしまうから。
なのに、それを言葉にすることはできなかった。
それを告げるということは、
子供達もハイロスさんもそして精霊達も否定することに繋がると、
気付いてしまったから。そんな僕をハイロスさんが慰めてくれる。
「貴方は自由を尊ぶ人だから、
わたくしたちの有り様を理解するのは難しいのかもしれません。
なので、今、セツナさんが言葉を飲み込まれたように、
否定しないでいただけるだけでいいのです」
「申し訳ありません」
「いえ、謝らなければならないのはわたくしなのですよ、
セツナさん。貴方は巻き込まれただけなのですから」
「一応聞いておきますが、他の方法はないんですか?」
風の精霊の方を向いて尋ねる。
「他の方法もあるといえばあるけれど、これが一番の方法かな。
他の方法と違い、人として必要なものを失うこともないかなって。
その分とても時間がかかるけど」
「そうですか」
この方法以外は、何かを失う可能性があるのだろう。
それならば、決心した。
「しかし、6人分の名前なんてすぐに思いつかないのですが……」
「あー、セツナの名前っておかしいものが多いから、
ちょっと不安かなって」
精霊の軽口で、ハイロスさんに心配そうに見られている。
ちょっと酷い。
そんな冷たい雰囲気に耐えながら、
僕は子供達を助けるために手順を確認する。
6人もの命が懸かっているため、慎重に越したことはない。
三人の意識を共有化するために、
時間経過も含めて流れを追いながら説明をしてもらう。
その話の中で今まで話に上がらなかった提案が、
ハイロスさんと風の精霊からそれぞれでてきた。
ハイロスさんの提案は、子供達の記憶を一度封印すること、
風の精霊からの提案は、子供達の魔力の回復と傷ついた魂を癒やすために、
魂の入った器を僕の使い魔の中にしまっておくことだった。
ハイロスさんのいいたいことは、すぐに理解できた。
長い時を生きているハイロスさんですら、
未だにそのときの畏怖から逃れることができないでいる。
この記憶は、魂の傷を癒やす障害となることが明白なため、
一度封じ、完全に回復してから記憶を戻すかの選択を、
子供達に委ねたいとの意見だった。
それはもっともなことだと思ったので、
記憶を封じる役割も引き受けた。
風の精霊の話は、
ハイロスさんの話より少しだけ効率によった内容だった。
使い魔の中に入れておけば、
使い魔を構築している魔力を魂の器に供給することができ、
魔力の回復を早めることができるらしい。
もちろんそんな便利な魔法はなく、
風の精霊の能力だということだった。
また魂は、喜びや楽しいという感情で満たされると、
傷の治りが早くなるので、できる限りそういった機会を増やすためにも、
使い魔を仮宿にするのだという話だった。
大切にされているとか、愛されているという感情を、
使い魔を通して知ることができるから、
とてもいい環境になるだろうとのことだ。
ただ、名付けと同じ理由で風の精霊は魂に触れられないので、
その役割を代わりにしてくれと頼まれたので、僕は了承した。
僕の能力で癒やせるかもとも考えたが、
失敗すると取り返しがつかないと思い、見送ることにした。
こうやって改善点を洗い出した結果、
最終的には次のような段取りになった。
まず、風の精霊が蒼露様の力を借りて、
器に入っている魂を器に繋げる。
二番目に全ての魂を器に繋ぎ終わったら、6体の使い魔を準備する。
最後に僕が、一人ずつ注意を払いながら、魂に名前をつけて、
使い魔に宿らせ、記憶を封印するということになったのだった。





