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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 麦藁菊 : 永遠の記憶 』

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16/43

『 私と彼 』

『刹那の風景二巻』発売中。

【???】


私の家は、レグリア国北東、

ガーディルの国境からはやや離れたフバニウという町にある。

フバニウは、魔物から町を守るための外壁もない、

小高い丘の中腹にある小さな町だ。

そして、町を含む丘の周囲一帯が私の家の所領だった。


母はトリアの国に嫁いでいたが、

私が生まれたことでこの地に戻ってきた。


それから、私の生まれた記念に、

丘の最も高い場所に建つ家の屋根の上に展望台を作り、

毎日のように私を連れて眼下に広がる景色を眺めていた。


色とりどりの家が集う丘の中腹の町や、それに隣り合う林、

そして、どこからともなく流れ町を横断し、

林の中を蛇行しながら、どこともわからない地へ流れていく小川を。


だから、私はこの丘の景色しかしらなかったけど、

この光景が大好きだった。


今日は暑いので、風通しのよい展望台で涼を取っていた。

一口大に切られた桃を口に運びながら、私は町の方へ目を向ける。


町の人達も暑さに辟易しているみたいで、

かなりの人影が小川や川原に集まっていた。

水に足を浸している人や泳いでいる人を見ていたら、

次第に羨ましくなり、私は家の中へと戻った。


そして、鞄の中に柑橘系の果汁の入った水筒と焼き菓子を入れ、

馬小屋から馬をだして飛び乗り、丘の下へと駆った。


向かう先は、林の中の小川と決めていた。

木々がある分、街中よりも涼しいだろうから。


もちろん奥までいけば、

獣に出会って危険なのは知っているので、

入ってすぐのところにするつもりだ。


供を連れずに外を出歩くのは止められてはいるのだけど、

この近辺で悪人や魔物など見かけたことはなかったので、

守ったことはない。


そのため、領主のおてんば娘と揶揄されることも多い。

「いいたい人には、いわせておけばいいわ」と思いつつも、

これ以上悪評がたたないように、

町に入らずに、道のない野原を馬を走らせ、

私は林の中に流れ込む小川へとたどりついた。


そこには先客がいた。

数週間前にこの町にやってきた旅人だという噂の人だ。

ただ、その人は足を冷やしていたわけでもなく、

泳いでいたわけでもなかった。


「大丈夫ですか!?」


人が倒れているのを見たのは初めてのことだったので、

気が動転して声が大きくなった。


「大丈夫やで。腹が減ってちっと寝とっただけや。

 しばらくしたら魚をとる予定やねん」


その答えに変な人だと思いながらも、胸を撫でおろす。


「食べ物を買うお金がないんですか?」


「そうなんですわ。だからいつも腹が減ったら、

 魚や獣をとって焼いて食べてんねん」


それから……。

「ただ調味料がないから、あまりおいしくはないねんけどな」と、

しょんぼりと付け加えた。


かわいそうになって、

私は持ってきた水筒と焼き菓子を「食べますか?」と聞くと、

彼は嬉しそうに頷く。


「わいの名前は、イフェルゼアいうねん」


私が差し出した焼き菓子を美味しそうに食べながら、

彼は自分の名前を告げた。


その後も、もごもごと話を続けようとする彼に、

「話すのは、食べ終わってからにしたら?」というと、

彼は嬉しそうに頷いて、私の持ってきた焼き菓子を、

脇目も振らずに胃に詰め込んでいた。


私は……イフェルゼアを観察するように眺める。

彼は私が今まであった中で、一番の美形といっても過言ではない。


侍女がいうには、容姿がかなりいい彼は、

街中では時の人という感じになっている。

年頃の女性に人気があると話していたのだが、

それなのに、なぜか彼の周りには人が集まらないという。


実際こうして話してみると人当たりもよく、

爽やかな笑みは親しみやすいのになぜだろうと、

思わずにはいられない。


「わいの顔に何かついとるか?」


あまりにも不躾に見つめていたからか、

彼が苦笑を浮かべて私を見る。

お腹が満たされてきたのか、

いったん食べるのをやめて話し続けた。


「焼き菓子くれたし、

 答えられることだったら答えるで?

 何を考えてたんや?」


「んー。女性に人気がありそうなのに、

 どうして空腹で倒れていたのか気になったの。

 貴方ぐらい男前だったら、食べるのに困らなさそうなのに」


その理由を考えていたと伝えると、

彼は人好きのする笑みを浮かべていった。


「そんで、なんかわかったんか?」


「貴方の話し方が独特だからとか、

 調子がいいからとかいろいろ考えてみたけれど、

 どれも遠巻きにされる理由としては、

 弱いということぐらいかしら?」


「えらいはっきりいう、お嬢ちゃんやな」


お嬢ちゃんなんて久しぶりにいわれた気がする……。


「私はもう成人しているのよ」


「そうなんか? それはすんませんな」


その声の響きから、

彼が本気で私のことを子供扱いしていたのだと知るが、

それ以上何かをいわれるのは避けたいと思って、

とっさに気になっていたことを口にした。


「……貴方のその話し方は、故郷のものなの?」


今まで全く聞いたことのない発音に、どうしても違和感を覚える。


「いや……」


私の問いに彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「答えたくなかったら、答えなくていいからね」


私の持ってきた焼き菓子を結局すべて食べきった彼は、

「美味かった!」とお礼をいってから、私の疑問に答えてくれた。


「別にかまわんで。

 隠すようなものでもあらへんしな。わいは、呪われてますねん」


「え?」


さっき会ったばかりの他人に、

普通は聞かせないだろうことを、イフェルゼアは気軽に語り出した。


「話せば長くなるんやけどな、ええやろうか?」


私は構わないわと頷く。


「話は、わいが成人した日までさかのぼるんやけど、

 その日は今までの積もり積もったもんがあって、

 ひい爺と喧嘩して家出してん。

 あまりにも、むしゃくしゃしてたから、

 その矛先を誰かにむけたかったんや。

 ちょうど魔王なんて名乗って、

 調子に乗ってる輩がいるってのを思い出して、

 ボコボコにしてやろうと思い立ったから、

 そいつの元に向かいましてん……」


「へぇ……」


本当のことをいうつもりはないのだろうと、

彼の話を聞いてそう思った。


私をお嬢ちゃん扱いしていたから、

もしかすると私が成人していると、

信じていないのかもしれない。


だから、お菓子のお礼に私を楽しませようと、

してくれているのだろうと考えたのだ。


だって、魔王なんて言葉を使うから……。


魔王という言葉には、3つの意味がある。

1つ目は、すべての魔法を統べる王という意味で、

今は魔極王とも呼ばれている。


この言葉の指す人物は一人だ。

魔極王シゲトという史上最高の魔導師で、

数千年前に亡くなっている。

だから彼のいう魔王は、この意味ではない。


2つ目の意味は、魔物の王という意味で使われていた。

そう、使われていたのだ。

昔は世界中に不定期に湧いて生まれてくる魔物には、

王がいると考えられていたため、この言葉が生まれたのだが、

現在、すべての魔物を統率している王のような存在はいないと、

冒険者ギルドによって否定されている。


だから彼のいう魔王は、この意味でもない。

3つ目の意味は、2つめの意味での魔王が人に対して、

傍若無人に振る舞うことから転じて、

強さをかさにきて傍若無人な行いをする者の意味で使われる。

結果、彼のいう魔王は、この意味だと思った。


私を楽しませようと感じたというのは、

つまり、世間知らずなお嬢様の私が、

2つ目の意味で彼の話を聞き入り、

最後に3の意味でしたということで、

話を盛り上げようとしているのではないかと、

私は感じたということだ。


まぁ、楽しませてくれるつもりでいるのなら、

気付かないふりして話に乗ったふりをするのもいいかなと思い、

私は彼に聞き返した。


「魔王はいたの?」


「いたで……」


彼が何かを思い出したかのように、

体をふるっと震わせて腕をさすった。


「おっそろしい、化け物がいた……」


「魔王って、魔物の王様でしょう?

 やっぱり魔物のような姿なの?」


「多分……人間やで? いや、あれは人間になるんか?」


「私に聞かれても……」


貴方が考えた設定でしょうと、

声に出しかけたのを飲み込んだ。


楽しませようとしてくれている彼に対して、

この言葉はとても失礼だと思ったのだ。


「まぁ……容姿は人間やったな」


「その魔王は、貴方よりも男前だった?」


魔物の王なんてものは存在しないと知っている。

だけど、それはいわないのがお約束だ。

私は魔王の強さには興味がなかったから、

彼の想像する魔王像を聞いてみる。


「殺意を覚えるぐらい、くっそ男前やで」


「貴方より男前って、想像できないけど……。

 そんな人がいるのなら会ってみたいかな?」


「わいを褒めてくれてるんか?」


「そう聞こえたのなら、そうかも?」


「なんで疑問形なんや」


イフェルゼアが声を上げて笑い、私もつられるように笑う。


「魔王はくそ男前やけど、

 冷酷やからな……近づいたらあかんで」


彼は笑うのをやめて真面目な顔でそう告げる。

本気で警告するような彼の瞳に一瞬……息が止まる。

思わず頷きそうになるがぐっと堪えた。


なんとなく頷いたら負けのような気がしたのだ。

私は子供ではなく成人している大人なのだから。

簡単に話に流されたりはしないのだ。


「魔王は、私が簡単にいける場所にいるの?」


「いや、無理やろな」


彼が魔王がいる場所を簡単に教えてくれたけど、

到底たどりつけるとは思えない場所だった。


とても緻密な設定に、

彼は物書きに向いているかもしれないと思った。


「なら、私が会うのは無理ね」


「会わんほうがええって。会ってもええことない」


「貴方がそこまでいうのなら、

 魔王(男前)を見つけても知らない振りをしておくわ」


「それがええで……」


ほっとしたように笑う彼の顔を見て、

なぜか私の心臓がトクリとなった。


今のは何だったのだろうと思ったけれど、

考えてもわからなかったので、

続きを促すように彼を見て口を開いた。


「それで、呪いの話と魔王とはなんの関係があるの?」


「その魔王にかけられたんや、この呪いは。

 頭で考えている内容をそのまま話すことができへん呪いでな、

 だから、こんな話し方になってしまうや。

 ほんま恐ろしい呪いやで……」


「……」


例えばといって、

彼は鞄からノートとペンを取り出し文字を書いた。


『私の名前は、イフェルゼアといいます』


「これを、発音しようとするやろう?」


「うん」


「わいの名前は、イフェルゼアといいますねん」


「……」


「こうなってまうんやなー。

 さらに時々、語尾にわけのわからん言葉がついたりもしますんや。

 そして、ごくたまに普通に話せるやで。

 意味わからんやろ? 意味がわからんから、恐ろしい……」


途方に暮れたような表情を浮かべた彼の様子に、

思わず笑ってしまう。


「笑い事ちゃうねんで」


「ごめんなさい」


「はぁ……なんで、

 わいは……あの男と出会ってしまったんにゃろ」


「……」


「……」


「っ……」


「笑ったらあかん!」


彼がそういうけれど、そういわれればいわれるほど……、

可笑しくなってしまうのはよくあることで、

堪えきれずに噴き出してしまい、お腹を抱えて笑ってしまう。


「あぁぁぁぁぁ……」


そんな私を見て、

彼は魚が死んだような目をして遠くを見つめていた。



あまりにも私が笑ったものだから、

彼が盛大に拗ねてしまって機嫌を取るのが大変だった。

まぁ……本気で拗ねているわけではないと、

彼の態度からわかってはいたけれど。


彼の目に宿る色はとても穏やかだったし、

楽しげに揺れていたから。

イフェルゼアは優しい人なのだと思う。


「その呪いは解けないの?」


「……いろいろ試してんけどな、解けんかった」


「そもそも、どうして呪いをかけられたの?

 もう少し経緯を詳しく教えてもらってもいい?」


「ええで。まぁ……。

 八つ当たりで魔王に殴りこみをかけたんやけど、

 返り討ちにあったんや。それで、賠償金を請求されましてん……」


いきなりひどいことをして、無罪放免とはいかないのはわかる。

魔王の住処を壊したことで、

莫大な賠償金を請求されたと彼から聞いて、なるほどと思った。


「そんなん、払うわけないやろ?」


「なぜ? 貴方が壊したのでしょう?

 もしかして……支払いを拒否したから、呪いをかけられた?」


強い弱いは置いといて、

どちらが傍若無人な魔王なのか、

話を聞いていたらわからなくなってきて頭を抱えてしまう。


「……」


私の質問に、彼が軽く頷いてからがっくりと項垂れた。


「請求額は……?」


彼はチラリと私を見て、その額を教えてくれたのだが、

到底返せる額ではない……。


「どうして……そこまで」


「全壊してん」


彼は鞄をごそごそと探ると、数十枚の紙を私に渡してくれた。

首をかしげながらもその紙を受け取って目を通していくと、

数十枚の紙すべてが請求書だった。


家を建てる際に使われている建材が……、

ちょっとやそっとでは手に入らないもので建てられている。

使えなくなった魔道具類や装飾品なども、

一つ一つ値段が記されていた。


「ほ……ほんとうに、これを壊したの?」


私の声が震えるのは仕方がないと思う。


「偽物……とか?」


「全部、本物やったで……。

 壊してから気付いてん……」


「よく殺されなかったわね……」


今では手に入らない貴重なものが沢山記されている。

お金に換算できるようなものではない。


自分の命を狙い、貴重な家まで壊されているのに、

お金を払えば解放すると告げた魔王は、

思ったよりも懐の広い人なのかもしれない。


「少しでも返済できたの?」


「俺を倒せたら、借金をチャラにしてやるっていうたから、

 必死に殺そうとしてんけど……」


殺す気で向かったのに返り討ちにされたと、

悔しそうに顔を歪ませていた。


「わいは、結構強いんやで?」


「でも、負けてしまったのでしょう?」


「死ぬ覚悟で全力で魔法をぶっ放して……、

 奥の手まで使ったんやで?

 それやのに、かすり傷一つつけることができんかった……」


「生きていてよかったわね」


死ぬ覚悟って……どんな戦いをしたのだろう。

多分……彼は、相当私に気をつかって話しているのだと思う。

ところどころで物騒な言葉が飛び出し、

完全には隠し切れていないけれど……。


「死んだほうがましやった。

 あの男にいわれた言葉を、わいは生涯忘れへん」


彼の目が暗く陰り、歯を食いしばる音が響いた。

その拳は震えるほど強く握られている。


「……何をいわれたの?」


「『弱ぇ、殺す価値もねぇ』っていわれたんや」


彼は本当に自分の強さに自信があったのだろう。

それを粉々に打ち砕かれたのかもしれない。


「なるほど。貴方は借金返済のために生かされていたのね。

 ……魔王が憎い?」


「当時は憎々しく思ってたで。

 今も思い出すたびに、腸が煮えくりかえるんやけど……、

 いつの間にか憎いと思わんようになってた」


「そう……。なら、いい出会いだったかしら?」


「ない。それはない。あれは出会ったらあかん男や」


全力で否定する彼に思わず笑ってしまった。


「私には、魔王はとてもいい人のように思えるのだけど……」


「あー。あかんで。わいやから、生かされてたんや」


「どういう意味?」


請求書を返しながら、質問をする。


「魔王は……人間が嫌いやねん」


他にも理由がありそうだが、それを話す気はないようだ。


「それで、貴方はどうしてこの町にきたの?

 真面目に働いて借金を返すため?

 それとも魔王から逃げてきたの?」


「いや、俺は逃げてないで。逃げたのは魔王のほうや」


「え?」


「ある日突然、魔王をやめるいうて宣言したと思ったら、

 その土地からすべてが消えてん……。

 まるでそこに、魔王なんていなかったかのように消えてんで?

 まぁ、統治されていた人間達は、よろこんどったけどな」


「そうなの?」


「元々その国は、人間の治める国やってんけど、

 魔王が一人で制圧して恐怖政治をしとったからや。

 だけど、魔王から手を出すことはなかったな。

 それでも……ひとたび刃向かえば容赦せーへんかった……」


彼の顔色が悪いところを見ると、

相当酷い経験をしたのかもしれない。


「あかん。思い出すだけで震えが止まらんわ」


「……」


「わいは、魔王のあの姿を見てから、

 真面目に借金を返そうと誓ってん。

 あー。話を戻すけど、正直魔王がいてもいなくても、

 そこで生活する人間は特に困ることはなかったんや」


「……魔王は何がしたかったの?」


「わいにもわからん。あの男の考えは……ようわからん」


真剣な表情で呟いたあと、首を横に振った彼は、

私と視線をあわすと苦笑した。


「……情けない話をしてもうた」


重くなった気配を振り払うように、彼が明るくそういった。


「それでやな、わいは魔王を探して旅してるんるん」


「……」


「……」


イフェルゼアがじっと私を見るから、

必死に笑うのを堪えた。笑わなかった私は偉いと思う。


「じゃあ……借金を返すために?」


だけど……ちょっと声が震えたのは仕方がない。

だから、そんなに見つめないで欲しい。


「わいは、借金を返す方法を見つけてん」


とりあえず、何もなかったことにした彼は、

自信満々に胸を張った。


「もっと早く気付いたらよかってんけど、

 すっかり忘れとってな」


「どんな方法?」


「わいの血を売ればええねん」


「……」


ヘラヘラと笑いながら、物騒なことを話している。


「わいの血は特殊やから、売れば金になるんやで」


「うーん……」


これで万事解決というように彼は語っているけれど……。

魔王は彼よりもかなり強い存在みたいだし、

血が欲しければ殺してでも奪うのではないだろうか。


「冷酷な魔王が、

 そのことに気付いたら……交渉する前に殺されない?」


「……」


目を見開いて私を見る彼の様子に、

全くその可能性を考慮していなかったことがわかった。


「魔王が貴方を放置して姿を消したのなら、

 さほど金銭に執着していないのかもしれないし、

 貴方に呪いをかけたことで満足したのかもしれない……。

 少しでもお金を貯めてから、探した方がいいのではない?

 借金を踏み倒す気はないという誠意を、

 見せた方がいいような気がするけれど」


「わい……全然、金ないで?」


それは、いわれなくてもわかっている。


「今、魔王に会うと危なくない?」


「……やばいやろか?」


頭を抱えている彼に、

気にかかっていたことを口にする。


「それに……自分の体を傷つけるのはよくないわ」


私の呟きに、彼がはっとしたように顔を上げた。


「せやな」


「うん」


頷いた私に、彼が少し嬉しそうに顔を綻ばせた。


「わいの話すことを、信じてくれたんか?」


「え?」


「最初、信じてなかったやろ?」


そういわれて初めて、

私は、いつの間にか彼の話を信じていることに気が付いた……。


「知っていたのに、話をしてくれていたの?」


「信じようが、信じまいが、どっちでもええねん。楽しければ」


焼き菓子を食わせて貰ったしなと無邪気に笑う彼に、

私は苦笑を返した。



「しかし、働かなあかんのか……」


よほど働くのが嫌なのだろうか?

彼が深くため息をついた。


「わい……どこかで雇ってもらえるやろか?」


いったい彼は……今までどうやって生活していたのだろう……。

気になって聞いてみると、魔王がご飯を食べさせてくれていたらしい。

魔王はやはり、かなりお人好しなのではないだろうか……。

普通、命を狙ってくる人間と一緒に生活しようなんて思わない。


それに彼もおかしい。

「やばい」といって怯えていながら、

魔王を嫌っているようには見えないのだ。

考えれば考えるほど、魔王と彼の関係が理解できない。


「働く気があれば、雇ってもらえるんじゃない?

 この町の人達は優しい人ばかりだから」


「いやー。わいが近づくと怯えられるねん」


「怯えられる?」


「そうやで、だから、誰かとこんなに長い間話したんは、

 ほんま久しぶりやねん」


「どうしてかしら?」


「わいの魔力量が桁違いやからやろな」


「あぁ……なるほど」


最初に疑問に思った彼が遠巻きにされていた理由が、

ようやくわかった。


魔力量が桁違いなために、

彼に近寄ると威圧されているように感じるのだろう。

私が彼に近づいても平気なのは、私自身が魔導師であり、

私の周りには魔力量の多い人間が多かったために、

魔力の威圧になれているんだ。


魔力感知ができない人も感じるほどの魔力量って……、

凄いのでないかしら。


あながち、彼が強いというのは本当かもしれない。


そこまで考えて……、

「魔力をもっと抑えてみたら?」といってみる。


「これ以上抑えるんか?」


「魔力量の多い魔導師は、

 一種使い程度の魔力に抑えて生活している人もいるようよ」


「なるほどな……。ちょっと考えてみるわ」


そういいながら彼が立ち上がる。

座って見上げる私と彼の視線が交わった。


「わい。大切なことを忘れてたわ」


「大切なこと?」


「命の恩人の名前をまだ聞いてへん」


「命の恩人って大げさだわ」


立ち上がろうとした私に、彼が手を差し出してくれる。

その手を握ると、イフェルゼアがそっと力を入れて引き上げてくれた。


お礼の意味を込めて淑女らしい礼をすると、

彼もぴしりと背筋を伸ばして、もう一度自分の名前を口にした。


「わいは、イフェルゼアやで。

 呼びにくかったら、イフェルって呼んでや」


「イフェルさん」


「イフェルでええ」


男性を呼び捨てにするのは褒められたことではないけれど……。

彼が真剣な顔でそう告げるから、

私は迷わず頷いて「イフェル」と呼んだ。


「それでは、貴女の名前を教えてくれませんか?」


「……」


「っ……」


「笑ったらあかん!」


「も、ものすごく、違和感が……」


「わいは、頭の中ではいつも丁寧に話してるねんで!?」


叫ぶようにいわれても、

私の耳に届くのは聞き慣れない言葉と発音だ。

最初は違和感を覚えていたのだけど、

彼と話しているうちに慣れてしまった。


結構、彼の性格にあの話し方はあっているのかもしれないと、

思ったのは内緒。


ブツブツと魔王に文句をいっている、

イフェルゼアの様子に思わず笑みが浮かんだ。




懐かしい夢を見た気がして、私は目を覚ました。

体が凝っているはずはなかったけど、

つい腕を上方に伸ばし指輪の中で背伸びをする。


すると、心の中から彼の声が……、

イフェルゼアが私を呼ぶ声が聞こえた気がした……。


「まっていて。もうすぐいくワ。イフェル」


彼の呼びかけに答えるように、私はそう囁いていた。



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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