表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 麦藁菊 : 永遠の記憶 』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/43

『 僕と故郷 : 後編 』

前編・中編を読んでから、後編を読んで下さいませ。

【セツナ】


話が落ち着いたところで、

僕は鞄から椅子とテーブルを取り出し配置する。


ハイロスさんは楽しげに笑いながら、お茶をいれてくれてた。

どこから取り出したのか、

もしくは呼び出したのかはわからないけれど、

まったく不思議に思わなかった。


初めてカイルにあった時も、

同じようなことがあったからだろう。


「カイル様がお好きだった、リョクチャというお茶です」


急須で湯飲みにいれられたお茶に口をつけると、

懐かしく優しい味がした。

ラギさんがいれてくれたことがあるお茶とは、また違うようだ。


「いい忘れていましたが、この領域のみであれば、

 アルトさんをお連れになってもかまいませんよ。

 ただ、迷宮のことは本国籍を取得するまで、

 秘密でお願いいたします」


「はい。機会があれば連れてこようと思います」


ハイロスさんに頷いてから、田園へと視線を戻す。

月明かりに照らされた緑の海の上を、

柔らかな風が通るたびに揺れる稲の葉が綺麗で……、

いつまでも眺めていたくなる。


黙って景色を眺めている僕に、

ハイロスさんの小さく笑う声が届く。

何か面白いことでも見つけたのかと顔を向けると、

彼が苦笑しながら「すみません」と告げた。


「何かありましたか?」


「セツナさんは、

 このまま満足してしまいそうだと思ってしまいました」


「満足?」


ハイロスさんは、周囲を見渡しながらいった。


「カイル様の創られた場所を見ている姿が、

 あまりにも満ち足りていましたので」


この丘の周りは、

カイルの領域と同じように一面に田園が広がっている。


「……」


彼の指摘に反論することができない。

なぜなら、僕もこのままでいいかもしれないと、

思っていたから。


時々、こうやってこの景色を眺めることができれば、

それで……。


あぁ……でも、アルトを連れてきたら、

これだけだと退屈してしまうかもしれないな。

きっとアルトのことだから、

自分も何かを育てたいといってくるに違いないだろう。


トゥーリとクッカが洞窟で薬草を育てているのを、

うらやましそうにしていたから。


それに、釣りができる小川も望みそうだし、

ムイムイのような友達を欲しがるかもしれない……。


そう考えだしたら、このままというのは、

あり得ない気がしてきた。


「セツナさんに差し上げた場所なので、

 好きに使っていただければと思います」


そんな僕を見て何かを察してくれたのか、

柔らかい表情でそういってくれるハイロスさんに頷く。


「カイル様は次から次へと要望を口にし、

 わたくしはずっとその対応に追われながら、

 管理しておりました……」


「僕も、何か提案した方がいいですか?」


「いえ、思いついたときで結構ですよ」


それなら、いつかアルトと相談しながら決めようか。


「正直……あのカイル様のお弟子さんですから、

 無理難題をいわれるのではないかと、

 戦々恐々としておりましたが、

 わたくしの想像がはずれて安堵してしまったのです」


どこかからかうような彼の口調に、

不本意だと伝えるように僕はため息をついた。


そして、僕のことから話をそらすために、

ハイロスさんとかなでが、

今までどんな迷宮を創ってきたのかを聞くことにした。


僕の質問に、お茶菓子をテーブルの上にのせながら、

想像できないほど広く深い迷宮のことを語ってくれた。


上手くいったこと失敗したこと、

そのときの状況と、彼の感情や感想を織り交ぜての話は、

とても面白く飽きることがなかった。


だけど、その話が終わり冷静になってみると、

二人の無茶とも無謀ともいえる行いのせいで、

リシアの地下は凄いことになっているのではないかと、

僕は気付いた……。


「セツナさんなら、

 どこにいかれても大丈夫だとは思いますが……、

 カイル様が、呪われた魔道具を配置した、

 酷く悪質な部屋もありますので、お気をつけください」


「……撤去すればいいのでは?」


「どのような部屋も……、

 意外に使い道があるものなのですよ」


ハイロスさんは、腹に一物のある表情で笑っていた。

リシアの民が見たら、

まるでジャックのようだというに違いない……。


そんな僕の感想をよそに、

ハイロスさんはカイルとの思い出話を再び語り始める。


「カイル様は……あれこれと口を挟むだけはさみ……。

 色々とかき回したあと、わたくしに手伝わせたあげく、

 ご自分は数年間音信不通になることが、

 多々……いえよくありました」


「……」


「ヘラヘラと笑いながらお戻りになったと思ったら、

 気に入らないからやり直せとのたまう……。

 よくわからない生き物を拾ってきて、

 わたくしに世話を押しつけていく……」


ハイロスさんは途中まで、

楽しそうに話していたのだが……。


話が進むにつれて愚痴が増えていき、

そして最終的に彼の苦労話になっていた。


「綺麗な花だから育ててみろといわれ、小さな領域を創り、

 いただいた種をすべてまき育てたこともありました」


「綺麗ではなかったんですか?」


「いえ、確かに……。確かに花はとても綺麗でした。

 それは、ドリエルクという名の花ですが、

 一見の価値はあったと思います……」


ノリスさんの花屋では扱ってなかったなと気になり、

僕はドリエルクを調べる。


その結果が、ハイロスさんの話と被るように、脳裏に浮かぶ。


「ですから、その花がものすごい悪臭を放つことがなければ、

 わたくしはカイル様にお礼をいったと思います……」


ドリエルクの花は一輪咲いているだけで、

吐きけや頭痛をもよおすといわれるほどの、

悪臭を放つ植物として恐れられている。


不幸にも出会ってしまった場合、

身につけていた服や持ち物は、

すべて処分しなければいけないほど、

匂いが残ることでも有名。


「……」


そして、僕は相槌も打つことができず、

悶絶しながら後悔していた。


実際の匂いが僕の鼻腔に再現されたから……。


「小さい領域に創ったとはいえ……、

 ほとんどの花が開きましたので、

 しばらくの間……体に悪臭が染みついているようで、

 嫌な思いをいたしました」


彼は首を横に振った。

それはきっと……。

思い出さなければよかったという意味だろう。


なぜそうだと思うのかといえば、

その苦痛が僕にはわかるから……。


「あまりにも頭にきましたので……」


いままで、頭の中で物事を調べただけでは、

内容がわかるだけでその事象が再現されることはなかった。

それは、当然の事だと思う。


毒のことを調べたら、

毒を吸収した状態になりましたとなったら、

調べることなんてできない。


「気が付かれないようにこっそりと、

 カイル様のお気に入りの領域と入れ替えておきました」


明らかにカイルのいたずらだと僕が思った瞬間、

脳裏にカイルの声が響く。


『お前がこの花を調べる瞬間がきっとあると思って、

 仕込んでおいた。

 たまには、こういうのも楽しいだろ?

 もし、目の前に変な紳士がいたら、

 よろしくと伝えておいてくれ』


「リオウ様とサクラ様に、

 臭いから近づかないで欲しいと懇願され……」


ハイロスさんが話しているあいだ、

徐々にその悪臭は自然に消えていく。


「そして、避けられていたカイル様のお姿を見ることができ、

 溜飲が下がりました」


本当に晴れやかな表情で笑うハイロスさんは、

よほど腹に据えたのだろう。


僕も完全に匂いが消えたことに安堵しつつ、

仕返しができたらよかったのにと激しく思った……。



ハイロスさんの話は尽きることがなさそうだったが、

切りがよかったのか、彼は満足そうに微笑んで話を打ち切った。


「これほど話したのは……本当に久しぶりでした……」


その瞳を少し寂しそうに揺らしながらそう告げる。


「オウカさん達は、ハイロスさんの存在を知らないんですか?」


「人ではない何かが、

 この場所を管理していることはご存じのはずですが、

 わたくしは初代の一族と面識はございません」


「どうしてですか……?」


「カイル様と相談してそう決めました。

 お互いの領分を、きっちりとわけていたほうが、

 いいだろうと……。

 その他にも理由は多々ございますが、

 一番の理由はわたくしの存在を、

 認めることができる人は少ないのです」


長いときの中で試行錯誤しながら、

存在を隠匿する形に落ち着いたのかもしれない。


そう思いつつも、

僕はハイロスさんがあまりに寂しそうだったので、

声をかけずにはいられなかった。


「今の初代の一族の方々ならば……、

 さほど気にすることなく受け入れてもらえそうですが」


「確かに、そうかもしれません」


セリアさんを見ても動じることなく、

オウルさんとマリアさんはセリアさんに遊ばれている……。


「紹介しましょうか?」


「魅力的だとは思いますが、

 本体を壊さなければ生き続けるわたくしに……、

 人の寿命は短すぎるのです。

 どこかで情報が上手く伝わらないときがきます。

 そのときに費やした労力は、正直思い出したくもありません」


「それは……」


「それに、わたくしは自由に姿を変えることもできますので、

 迷宮内にあるお店の一つを経営していたりするのですよ」


「え?」


「子供達に大変人気のある店ですので、

 退屈はしませんし、寂しくもありません」


「そうなんですね」


「はい。ですから、そんな顔をしないでください。

 わたくしは大丈夫ですから」


「……」


「しかし……。そう、時折……。

 セツナさんのお時間のあるときでいいので、

 こうしてわたくしとこの場所でお茶を飲みながら、

 カイル様の愚痴などを聞いていただければ嬉しいですね」


「僕でよければ、喜んで」


目を細めて笑うハイロスさんを見て、色々なことを乗り越え、

そして受け入れてきたのだとわかった。


そして彼のそばには……かなでがいて支えていたのだろう。

僕が彼に抱く感傷など……、

彼にとってはもうとっくに消化し終えたものなのかもしれない。



ハイロスさんとかなり長く話していたような気がする。

ハイロスさんは少し疲れたような感じがしていたし、

僕も少し疲れてきていたので、

そろそろ「お開きにしましょうか」と僕は口を開いた。


「そう……ですね」


肯定しながらも、

どこか歯切れの悪い彼の様子が気になった。


「何か気になることが?」


話すか話さないかを思案するように、

何度か口を開こうとするが思いとどまるといったことを、

ハイロスさんが繰り返している。


それなので、僕は結論がでるまで待つことにする。

しばらくして心が定まったのか、彼は話し始めた。


「闘技場で貴方に話しかけたあの日から、

 心に決めたことがありました」


「どのようなことですか?」


「数年かけて、貴方と親しくなろう、

 そう考えておりました」


「……長期計画ですね」


彼の告白に少し驚く。


「わたくしというものを知っていただき、

 信頼を得てから……、

 お願いしようと思っていたことがあったのです」


「……」


「しかし……事情も変わってきましたので、

 話をさせていただきます」


ハイロスさんが、

申し訳なさそうに一度頭を下げてから、話を続けた。


「先日、古代神樹様がわたくしに語りかけてくださいました」


「え……」


「迷宮の一部を壊したことを、謝罪していただきました……」


そういえば、地下を壊してごめんと謝っていた。

地下というのは、この迷宮のことだったんだと気付いた。


「巨大な木の根が、

 迷宮の一部を突き破ったことも驚きでしたが、

 わたくしの存在を感知して、

 話しかけられたことに凄く恐怖を覚えました」


生きた心地がしなかったと、

ハイロスさんが顔色を悪くして呟いた。


「そして、もう一つ……。

 わたくしが保護している子供達の魂が消えかかっていると、

 さほど長く持たないと教えてくださいました」


「子供達ですか?」


「はい」


「詳しいことは話せません……。

 話すことができないようにされています」


「それは……。神々の歴史に関わる事柄だからですか?」


ハイロスさんは真剣な顔をして頷いた。


「なので、セツナさんに曖昧な説明しかできません。

 それでも、わたくしは子供達を助けたい。

 セツナさんの力がどうしても必要なのです」


「ああ、だから……。

 だから、時間をかけて親しくなろうと思われたんですね」


曖昧な説明しかできないから、

時間をかけて親しくなって、

僕の信用を得ようとしてくれたのか。


「虫がいい話だと思います。思いますが……、

 どうか、どうか、わたくしを助けていただけませんか?」


「承知しました」


ハイロスさんの願いに頷き即答すると、

彼は少しあっけにとられたような表情を浮かべて僕を見た。


「よろしいのですか?」


「ハイロスさんは新しい領域まで創って、

 僕の希望を叶えてくれたじゃないですか」


新しい領域は、

一年に一度しか創れないものだと話していたのに。


それに……。

『君がこれから出会うことになる、

 悲痛に嘆く子供達の魂を……できるなら救ってあげて欲しい。

 彼らは……の犠牲者だから……』と古代神樹からも願われた。


きっと、ハイロスさんが守る子供達のことを、

話していたのだと思う。


「話せることだけで結構です。

 お力になれるかなれないかは、

 話を聞いてみて判断したいと思います。

 それでもよろしいですか?」


「はい……はい。よろしくお願いします……」


ハイロスさんはほっと息をつくと、

僕と視線を合わせ嬉しそうに微笑んだ。



6月5日(土)にドラゴンノベルス様より、

『 刹那の風景2巻 』が発売されました。詳しくは活動報告にて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ