『 僕と故郷 : 後編 』
前編・中編を読んでから、後編を読んで下さいませ。
【セツナ】
話が落ち着いたところで、
僕は鞄から椅子とテーブルを取り出し配置する。
ハイロスさんは楽しげに笑いながら、お茶をいれてくれてた。
どこから取り出したのか、
もしくは呼び出したのかはわからないけれど、
まったく不思議に思わなかった。
初めてカイルにあった時も、
同じようなことがあったからだろう。
「カイル様がお好きだった、リョクチャというお茶です」
急須で湯飲みにいれられたお茶に口をつけると、
懐かしく優しい味がした。
ラギさんがいれてくれたことがあるお茶とは、また違うようだ。
「いい忘れていましたが、この領域のみであれば、
アルトさんをお連れになってもかまいませんよ。
ただ、迷宮のことは本国籍を取得するまで、
秘密でお願いいたします」
「はい。機会があれば連れてこようと思います」
ハイロスさんに頷いてから、田園へと視線を戻す。
月明かりに照らされた緑の海の上を、
柔らかな風が通るたびに揺れる稲の葉が綺麗で……、
いつまでも眺めていたくなる。
黙って景色を眺めている僕に、
ハイロスさんの小さく笑う声が届く。
何か面白いことでも見つけたのかと顔を向けると、
彼が苦笑しながら「すみません」と告げた。
「何かありましたか?」
「セツナさんは、
このまま満足してしまいそうだと思ってしまいました」
「満足?」
ハイロスさんは、周囲を見渡しながらいった。
「カイル様の創られた場所を見ている姿が、
あまりにも満ち足りていましたので」
この丘の周りは、
カイルの領域と同じように一面に田園が広がっている。
「……」
彼の指摘に反論することができない。
なぜなら、僕もこのままでいいかもしれないと、
思っていたから。
時々、こうやってこの景色を眺めることができれば、
それで……。
あぁ……でも、アルトを連れてきたら、
これだけだと退屈してしまうかもしれないな。
きっとアルトのことだから、
自分も何かを育てたいといってくるに違いないだろう。
トゥーリとクッカが洞窟で薬草を育てているのを、
うらやましそうにしていたから。
それに、釣りができる小川も望みそうだし、
ムイムイのような友達を欲しがるかもしれない……。
そう考えだしたら、このままというのは、
あり得ない気がしてきた。
「セツナさんに差し上げた場所なので、
好きに使っていただければと思います」
そんな僕を見て何かを察してくれたのか、
柔らかい表情でそういってくれるハイロスさんに頷く。
「カイル様は次から次へと要望を口にし、
わたくしはずっとその対応に追われながら、
管理しておりました……」
「僕も、何か提案した方がいいですか?」
「いえ、思いついたときで結構ですよ」
それなら、いつかアルトと相談しながら決めようか。
「正直……あのカイル様のお弟子さんですから、
無理難題をいわれるのではないかと、
戦々恐々としておりましたが、
わたくしの想像がはずれて安堵してしまったのです」
どこかからかうような彼の口調に、
不本意だと伝えるように僕はため息をついた。
そして、僕のことから話をそらすために、
ハイロスさんとかなでが、
今までどんな迷宮を創ってきたのかを聞くことにした。
僕の質問に、お茶菓子をテーブルの上にのせながら、
想像できないほど広く深い迷宮のことを語ってくれた。
上手くいったこと失敗したこと、
そのときの状況と、彼の感情や感想を織り交ぜての話は、
とても面白く飽きることがなかった。
だけど、その話が終わり冷静になってみると、
二人の無茶とも無謀ともいえる行いのせいで、
リシアの地下は凄いことになっているのではないかと、
僕は気付いた……。
「セツナさんなら、
どこにいかれても大丈夫だとは思いますが……、
カイル様が、呪われた魔道具を配置した、
酷く悪質な部屋もありますので、お気をつけください」
「……撤去すればいいのでは?」
「どのような部屋も……、
意外に使い道があるものなのですよ」
ハイロスさんは、腹に一物のある表情で笑っていた。
リシアの民が見たら、
まるでジャックのようだというに違いない……。
そんな僕の感想をよそに、
ハイロスさんはカイルとの思い出話を再び語り始める。
「カイル様は……あれこれと口を挟むだけはさみ……。
色々とかき回したあと、わたくしに手伝わせたあげく、
ご自分は数年間音信不通になることが、
多々……いえよくありました」
「……」
「ヘラヘラと笑いながらお戻りになったと思ったら、
気に入らないからやり直せとのたまう……。
よくわからない生き物を拾ってきて、
わたくしに世話を押しつけていく……」
ハイロスさんは途中まで、
楽しそうに話していたのだが……。
話が進むにつれて愚痴が増えていき、
そして最終的に彼の苦労話になっていた。
「綺麗な花だから育ててみろといわれ、小さな領域を創り、
いただいた種をすべてまき育てたこともありました」
「綺麗ではなかったんですか?」
「いえ、確かに……。確かに花はとても綺麗でした。
それは、ドリエルクという名の花ですが、
一見の価値はあったと思います……」
ノリスさんの花屋では扱ってなかったなと気になり、
僕はドリエルクを調べる。
その結果が、ハイロスさんの話と被るように、脳裏に浮かぶ。
「ですから、その花がものすごい悪臭を放つことがなければ、
わたくしはカイル様にお礼をいったと思います……」
ドリエルクの花は一輪咲いているだけで、
吐きけや頭痛をもよおすといわれるほどの、
悪臭を放つ植物として恐れられている。
不幸にも出会ってしまった場合、
身につけていた服や持ち物は、
すべて処分しなければいけないほど、
匂いが残ることでも有名。
「……」
そして、僕は相槌も打つことができず、
悶絶しながら後悔していた。
実際の匂いが僕の鼻腔に再現されたから……。
「小さい領域に創ったとはいえ……、
ほとんどの花が開きましたので、
しばらくの間……体に悪臭が染みついているようで、
嫌な思いをいたしました」
彼は首を横に振った。
それはきっと……。
思い出さなければよかったという意味だろう。
なぜそうだと思うのかといえば、
その苦痛が僕にはわかるから……。
「あまりにも頭にきましたので……」
いままで、頭の中で物事を調べただけでは、
内容がわかるだけでその事象が再現されることはなかった。
それは、当然の事だと思う。
毒のことを調べたら、
毒を吸収した状態になりましたとなったら、
調べることなんてできない。
「気が付かれないようにこっそりと、
カイル様のお気に入りの領域と入れ替えておきました」
明らかにカイルのいたずらだと僕が思った瞬間、
脳裏にカイルの声が響く。
『お前がこの花を調べる瞬間がきっとあると思って、
仕込んでおいた。
たまには、こういうのも楽しいだろ?
もし、目の前に変な紳士がいたら、
よろしくと伝えておいてくれ』
「リオウ様とサクラ様に、
臭いから近づかないで欲しいと懇願され……」
ハイロスさんが話しているあいだ、
徐々にその悪臭は自然に消えていく。
「そして、避けられていたカイル様のお姿を見ることができ、
溜飲が下がりました」
本当に晴れやかな表情で笑うハイロスさんは、
よほど腹に据えたのだろう。
僕も完全に匂いが消えたことに安堵しつつ、
仕返しができたらよかったのにと激しく思った……。
ハイロスさんの話は尽きることがなさそうだったが、
切りがよかったのか、彼は満足そうに微笑んで話を打ち切った。
「これほど話したのは……本当に久しぶりでした……」
その瞳を少し寂しそうに揺らしながらそう告げる。
「オウカさん達は、ハイロスさんの存在を知らないんですか?」
「人ではない何かが、
この場所を管理していることはご存じのはずですが、
わたくしは初代の一族と面識はございません」
「どうしてですか……?」
「カイル様と相談してそう決めました。
お互いの領分を、きっちりとわけていたほうが、
いいだろうと……。
その他にも理由は多々ございますが、
一番の理由はわたくしの存在を、
認めることができる人は少ないのです」
長いときの中で試行錯誤しながら、
存在を隠匿する形に落ち着いたのかもしれない。
そう思いつつも、
僕はハイロスさんがあまりに寂しそうだったので、
声をかけずにはいられなかった。
「今の初代の一族の方々ならば……、
さほど気にすることなく受け入れてもらえそうですが」
「確かに、そうかもしれません」
セリアさんを見ても動じることなく、
オウルさんとマリアさんはセリアさんに遊ばれている……。
「紹介しましょうか?」
「魅力的だとは思いますが、
本体を壊さなければ生き続けるわたくしに……、
人の寿命は短すぎるのです。
どこかで情報が上手く伝わらないときがきます。
そのときに費やした労力は、正直思い出したくもありません」
「それは……」
「それに、わたくしは自由に姿を変えることもできますので、
迷宮内にあるお店の一つを経営していたりするのですよ」
「え?」
「子供達に大変人気のある店ですので、
退屈はしませんし、寂しくもありません」
「そうなんですね」
「はい。ですから、そんな顔をしないでください。
わたくしは大丈夫ですから」
「……」
「しかし……。そう、時折……。
セツナさんのお時間のあるときでいいので、
こうしてわたくしとこの場所でお茶を飲みながら、
カイル様の愚痴などを聞いていただければ嬉しいですね」
「僕でよければ、喜んで」
目を細めて笑うハイロスさんを見て、色々なことを乗り越え、
そして受け入れてきたのだとわかった。
そして彼のそばには……かなでがいて支えていたのだろう。
僕が彼に抱く感傷など……、
彼にとってはもうとっくに消化し終えたものなのかもしれない。
ハイロスさんとかなり長く話していたような気がする。
ハイロスさんは少し疲れたような感じがしていたし、
僕も少し疲れてきていたので、
そろそろ「お開きにしましょうか」と僕は口を開いた。
「そう……ですね」
肯定しながらも、
どこか歯切れの悪い彼の様子が気になった。
「何か気になることが?」
話すか話さないかを思案するように、
何度か口を開こうとするが思いとどまるといったことを、
ハイロスさんが繰り返している。
それなので、僕は結論がでるまで待つことにする。
しばらくして心が定まったのか、彼は話し始めた。
「闘技場で貴方に話しかけたあの日から、
心に決めたことがありました」
「どのようなことですか?」
「数年かけて、貴方と親しくなろう、
そう考えておりました」
「……長期計画ですね」
彼の告白に少し驚く。
「わたくしというものを知っていただき、
信頼を得てから……、
お願いしようと思っていたことがあったのです」
「……」
「しかし……事情も変わってきましたので、
話をさせていただきます」
ハイロスさんが、
申し訳なさそうに一度頭を下げてから、話を続けた。
「先日、古代神樹様がわたくしに語りかけてくださいました」
「え……」
「迷宮の一部を壊したことを、謝罪していただきました……」
そういえば、地下を壊してごめんと謝っていた。
地下というのは、この迷宮のことだったんだと気付いた。
「巨大な木の根が、
迷宮の一部を突き破ったことも驚きでしたが、
わたくしの存在を感知して、
話しかけられたことに凄く恐怖を覚えました」
生きた心地がしなかったと、
ハイロスさんが顔色を悪くして呟いた。
「そして、もう一つ……。
わたくしが保護している子供達の魂が消えかかっていると、
さほど長く持たないと教えてくださいました」
「子供達ですか?」
「はい」
「詳しいことは話せません……。
話すことができないようにされています」
「それは……。神々の歴史に関わる事柄だからですか?」
ハイロスさんは真剣な顔をして頷いた。
「なので、セツナさんに曖昧な説明しかできません。
それでも、わたくしは子供達を助けたい。
セツナさんの力がどうしても必要なのです」
「ああ、だから……。
だから、時間をかけて親しくなろうと思われたんですね」
曖昧な説明しかできないから、
時間をかけて親しくなって、
僕の信用を得ようとしてくれたのか。
「虫がいい話だと思います。思いますが……、
どうか、どうか、わたくしを助けていただけませんか?」
「承知しました」
ハイロスさんの願いに頷き即答すると、
彼は少しあっけにとられたような表情を浮かべて僕を見た。
「よろしいのですか?」
「ハイロスさんは新しい領域まで創って、
僕の希望を叶えてくれたじゃないですか」
新しい領域は、
一年に一度しか創れないものだと話していたのに。
それに……。
『君がこれから出会うことになる、
悲痛に嘆く子供達の魂を……できるなら救ってあげて欲しい。
彼らは……の犠牲者だから……』と古代神樹からも願われた。
きっと、ハイロスさんが守る子供達のことを、
話していたのだと思う。
「話せることだけで結構です。
お力になれるかなれないかは、
話を聞いてみて判断したいと思います。
それでもよろしいですか?」
「はい……はい。よろしくお願いします……」
ハイロスさんはほっと息をつくと、
僕と視線を合わせ嬉しそうに微笑んだ。
6月5日(土)にドラゴンノベルス様より、
『 刹那の風景2巻 』が発売されました。詳しくは活動報告にて。





