『 僕と故郷 : 中編 』
前編を読んでから、中編を読んで下さいませ。
【セツナ】
「セツナさん」
「はい」
「大丈夫ですか?」
心配そうに僕を見るハイロスさんに、
本音も真実もすべて自分の中に隠して大丈夫だと伝える。
「どうしてここまで感情が揺さぶられたのか……、
わかりませんが、少し楽になりました」
「この場所はわたくしを除くと、
カイル様しか入ることができない場所でした。
そのため、カイル様の気持ちが色濃く反映されている場所です。
カイル様の原風景とでもいうような……。
わたくしの推測ですが、
セツナさんの魂に刻まれた記憶は、
カイル様のその想いと共感したのでしょう」
「この美しい場所が、
僕の魂の記憶に深く刻まれていたのなら……、
そのときの僕は幸せだったのでしょう。
きっとそこは……僕にとって、
光さす場所だったに違いないと思います」
「……」
「ハイロスさん?」
じっと僕を見つめる彼に、どうしたのかと問う。
「……魂に刻まれた記憶というものが、
少し羨ましく思えました。
死して忘れることになってしまっても……、
引き継がれていくものがある。
この世界の理の外で生きているわたくしには、
縁のないものでしょうから……」
「ハイロスさんは……この世界が好きですか?」
どこか寂しそうに笑う彼に、思わずそう尋ねてしまう。
「そうですね……。
当初はこの世界の神を怨んでおりましたよ。
ですが、今はもう昔のこととなりました……」
そう語る彼の瞳は、
どこまでも静かな光をたたえていた。
僕は……この世界で生まれ変わりたいとは一欠片も、
望んではいないけれど、彼は違うのだろう。
彼のような境地に……僕もいつか至れる日が、
くるだろうかと考え、すぐに否定の言葉が僕の胸に渦巻いた。
胸に渦巻いたモノを鎮めるように、ハイロスさんに話しかける。
「……魂に刻まれた記憶は消えないのだとしたら、
この迷宮の景色に対してリシアの民は、
きっと心のどこかで懐かしさと安堵を、
覚えるのではないでしょうか。帰ってきたと……。
自分が愛した国に、自分の故郷に帰ってきたのだと……。
それは、死して忘れてしまった前世の記憶の残滓なのでしょう」
「……」
「そして、僕は思うのです。
それを呼び起こしたこの風景は、
リシアの民にとってこの世界そのものなのではないかと」
「……っ、この世界の理から外れたわたくしが……、
この世界の住人の故郷になる」
ハイロスさんは俯き、微かに体を震わせながら自分の手を見た。
「カイル様は寿命のないわたくしに……リシアの一部になれと、
帰る場所になれと……いわれていたのでしょうか?
美しいものは、それだけで記憶に焼き付く……。
この田園風景がカイル様の記憶に焼き付いていたように、
忘れられぬ故郷の風景だったように……。
わたくしがリシアの民のために創る迷宮もそうであれと……」
大切なものをこぼれ落とさないように、
ハイロスさんは言葉にして、自分の考えをまとめているようだった。
「わたくしは今の今まで、リシアを守ることが、
わたくしの存在意義だと思っておりました。
美しいものを創れというのは、
カイル様の趣味趣向なのだと考えておりました。
しかし、この場所だけではなく、
迷宮全体を美しくしろ……妥協するな、手を抜くな、
お前の存在意義だろうと、
わたくしに口うるさくいっていたのは……」
そして、彼は本当に嬉しそうに笑った。
「リシアの民の帰る場所となれと、
いうことだったのですね。
そして、誰かの故郷になれたのならば……、
わたくしもこの世界の一部として認識された……、
この世界の理から外れているこのわたくしが、
受け入れられたということ……。
そう仰りたかったのですね。セツナ様とカイル様は」
自分の感情を抑えるように、
ハイロスさんが深く息を吐き出した。
「どうせならば、もっと早く知りたかった。
水辺に旅立たれたあとでは、お礼をいうこともできません。
カイル様は、肝心なことはいつも話さなかった。
わたくしが気付くのはすべてが終わってからでした。
死してなお、わたくしを驚かせるとは本当に人が悪い。
本当に……」
ハイロスさんは寂しく笑い呟いてから俯いた。
しばらくして、顔を上げたハイロスさんと視線が合う。
「守らなければ……。
より一層この国を守らなければなりません。
わたくしを故郷と思い旅だった者達が、
いつ帰ってきてもいいように。
リシアは末永くここにあらなければなりません。
セツナさん、改めてよろしくお願いいたします」
その口調はとても静かなものなのに、
そこに込められた想いはとても熱いものだった。
「ハイロスさんと同様に、
僕もこの国を守っていきたいです」
花井さんの血を受け継いだ子供達が迷わぬように。
故郷をなくさぬように。
ハイロスさんと目が合い笑いあう。
すると、どこからか優しい風が吹き、
月明かりにほのかに照らされた緑の絨毯を、
柔らかく揺らしていった。
「いつか、カイル様も……」
かなでも生まれ変わり戻ってきて欲しいと、
彼の切実なほどの想いに胸が痛んだ。
きっとそう考えているのは、ハイロスさんだけではない。
カイルをジャックを慕うリシアのすべての人が、
そう思っているはずだ。
「そうですね」
「はい。いつか出会えると信じております」
穏やかに笑うハイロスさんに、
それが叶わぬことだと知っていながら……僕はまた一つ嘘を重ねた。
「セツナさん」と声をかけられハイロスさんを見ると、
僕に何かを渡そうとしていた。
手のひらで確かに受け取ったはずなのに、
それが何かを確認する前に空気に溶けるように消えてしまっていた。
「消えてしまいました」
「セツナさんの体の中に吸収されたのでしょう」
「吸収?」
「はい。今お渡ししたものは、
この迷宮の鍵となります。鍵の種類は何種類かありますが、
セツナさんにお渡ししたものは、
わたくしが管理するほとんどの部屋の扉を開けるものです。
開けない場所は、わたくしの生活空間となりますのでご容赦ください」
「え?」
自分の家の鍵を簡単に渡すのはどうかと思う。
「おそらく……カイル様はセツナさんに、
迷宮の鍵もお譲りする予定だったと思います。
しかし……カイル様が水辺へと旅だったあとすぐ……、
わたくしはわたくしの権限で、その鍵を破棄しました」
どこか居心地が悪そうにハイロスさんがそう告げたが、
僕でもそうすると思う。
「カイルのためだけに用意された鍵を、
知らず知らずのうちに使わなくて良かったと思います」
「……」
「だとすると、今いただいた鍵は、
僕のための鍵なんですね」
僕の言葉に、
ハイロスさんが「そうともとれますね」と苦笑した。
ゆっくり歩き出す彼の後ろを僕もついていく。
舗装されていない土の道を歩きながら、
周囲を観察するように眺めていた。
澄んだ水が流れる用水路には、
様々な生き物が住んでいるようだ。
あぜ道に咲く花や生き物は、この世界のものもあるけれど、
この世界にないものもあった。
それらはすべて魔法で創られた幻影だろう……。
かなでの記憶の中に強く残ったものかもしれない。
「この領域の植物はこれ以上成長しないように、
時の魔法がかけられています」
「カイルが好きな季節の風景を閉じ込めたんですね」
「はい」
ハイロスさんが返事と同時に、足を止め振り返り僕を見た。
そこは小高い場所に建てられた、
こぢんまりした日本家屋風の家の前だった。
ハイロスさんが懐かしそうに視線を細めながら一点を見つめる。
その彼の視線の先を僕も追った。
部屋には明かりが灯っていて、
柔らかい光が縁側を照らしていた。
縁側は……とても居心地が良さそうで、
人の気配などしないのに、奥の部屋からは今にも……、
誰かがでてきそうなそんな錯覚を覚えた。
「カイル様は……時折、この家で過ごされていました」
「……」
「リョクチャと名付けたお茶を飲みながら、
縁側に寝転がり、ここから望む景色を、
飽くことなく眺めておられました」
きっと……あの縁側から見る景色は、
絶景なのだろうと確信する。
「カイル様がどのような気持ちで、
この風景を見つめておられたのかは、
わたくしにはわかりかねます。わかりかねますが……、
ここが、あの方にとって心安らぐ場所の一つであったことが、
わたくしはとても嬉しかったのです」
かなでは……何を思いながら過ごしていたんだろう。
「……」
ハイロスさんはそこで一度言葉をくぎり、
深く息を吐き出してから言葉を紡いでいった。
「もし……自分が水辺へと旅立ったあとに、
リシアに守護者を継ぐものが現れたときは、
その人をこの場所を案内するようにと、
わたくしに託されていました。
その人物に自分が持ちうるすべてのものを、
譲るつもりだからと。それは、この場所も例外ではないと……」
ハイロスさんが縁側から僕へと視線を向けて笑った。
どうして笑えるんだろう。
この場所は……彼にとってもかけがえのないもののはずなのに。
「カイル様から譲り受けられたのが、
セツナさんで本当によかった」
彼が本気でそう思ってくれていることが、
僕にも伝わってきた。
「入りましょうか」
だから。だからこそ……僕は……、
この場所に足を踏みいれてはいけないと、
想ってしまったんだ。
僕がここに一歩でも踏み入れてしまえば、
そこは僕の色に染まっていくだろう。
それは嫌だと思った。
この領域の風景は、かなでの色に染まってるからこそ美しい……。
「セツナさん?」
動こうとしない僕にハイロスさんが軽く首をかしげた。
「いえ、僕は譲り受けようとは思えません」
「……わたくしを慮ってでしょうか?」
「違います。僕が嫌だと感じたんです」
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「この場所を……この状態で維持できるのは、
ハイロスさんだけだと思うんです」
「……」
「最初からカイルに寄り添い、
彼と同じものを見て、ここまで創り上げたハイロスさんしか、
この独特な空気を守ることができないのではないかと……。
僕が、そこに一歩踏み込めば、僕という個が混ざってしまう。
そんな繊細な場所だと思うんです」
かなではきっと沢山悩んで、思い出して、こだわって、
こだわり抜いてここを創ったはずだ。
水辺の中にいる生き物一つ花一つ……、
自分の記憶の中にあるものすべてをつぎ込んだはずだ……。
そうでなければ、ここまでのものが創れるはずなどない。
あれほどの強い想いが僕の中に残るはずがない。
「僕は……ここが好きです。
壊れるとわかっていて、踏み込む気にはどうしてもなれない」
僕はもう十分すぎるほど、
かなでと花井さんの恩恵を受けている。
かなでの気持ちは嬉しいけれど、
僕がここを訪れれば訪れるほど、
静謐な空気が薄れていくかもしれない。
だから、こうすることが一番いいように思うんだ。
「カイルから譲り受けたこの場所を、
僕は貴方に譲ります」
ハイロスさんが驚きに目を見開き何かを告げようとしたが、
言葉がでてこなかったのかそのまま口を閉じた。
「どうか……今まで通り……この場所を遺こしてください。
カイルが求め……望んだ……そのままの形で。お願いします」
「セツナさん」
頭を下げた僕に、ハイロスさんは静かに僕を呼んだ。
そして、僕には聞き取れない音で、
何かを発動しているのだろう。
何をするのだろうと頭を上げると、その音に応えるかのように、
彼と僕の前に彼の本体が浮かび上がっていた。
「継いでください」
その言葉につられてハイロスさんを見た僕と、彼の視線が交わる。
その瞳の色は悲しんでいるような、
それでいて喜んでいるような、複雑な色を宿しているように思えた。
「継ぐ?」
意味がわからなくて首をかしげる僕に、
出来の悪い子供を見るような眼差しを彼が向けた。
「セツナさんも、この場所を好きだと仰った。
なのに、ここに二度と足を踏み入れない覚悟で、
わたくしに譲るとお決めになった」
「……」
「その気持ちはわかります。
わたくしもこの場所に手を入れることは、
ためらわれましたから。
ですが、カイル様はそうは考えないでしょう。
なぜなら、カイル様はここに戻ってきたときは、
いつも色々な場所に手を入れて、
少しでもこの場所を故郷に近づけたいと、仰っておりましたから。
ですから、その想いを継いで欲しいのです。カイル様のためにも」
「いいたいことは、わかります。
でも、やはり僕はこの場所を……、
カイルが最後に手を入れた状態のまま、
残しておいた方がいいと思うんです……」
「一人で悩んで決めないでください。
まず相談をしてみることです。
以外と簡単に解決策が見つかる場合もあるんですよ。
貴方はもっと周りを頼ることを学ぶべきです」
ハイロスさんが本体へと顔を向け何かを囁くと、
光が集まり一つの輪に新しい輪が連なった。
何が起こるのだろうと凝視している僕に、
彼は周りを見て欲しいと笑いながらいった。
それで視線を周りに向ける。
そこは……今までいた場所ではなかった。
「え……」
「カイル様の領域の隣に、
セツナさんの領域を創りました」
彼が指さす方へと体を向けると……、
眼下に広がっている景色は……一面の田園だった。
そして、すぐ隣の丘の上に、かなでの家が見える。
「この領域を差し上げます」
ぐるりと見渡してみるけれど、
今までの領域と同じように果てが見えないほど広い……。
いったいこの空間をどうすれば?
困惑している僕に、
ハイロスさんが楽しそうに声を響かせた。
「まずは……家を作ればよろしいかと。
ちょうどここに家を建てれば……、
ここから望む景色はとても素晴らしいものとなりますから」
「……いまいち要点が見えないのですが……」
「この場所を、カイル様が創られた場所に馴染むように、
手を入れられたら、カイル様の創られた場所に手を入れずとも、
カイル様の想いに応えられるでしょう。遠くから見た時に、
これからできる2つの家は一つの景色となるでしょうから」
「ありがとうございます」
「いいえ。お礼を告げたいのはわたくしの方です……。
守りたいものが同じだっただけです。
お礼など必要ないですよ」
彼はそういってお辞儀をすると、
宙を浮いていた知恵の輪は、スッと消えてしまった。
「また、お邪魔します」
ハイロスさんは、いたずらっぽく左目でウインクをして見せる。
どうやら、かなでの鞄の中にまた戻っていったのだろう。
僕もつられて少し笑ってしまっていたのだった。
6月5日(土)にドラゴンノベルス様より、
『 刹那の風景2巻 』が発売されました。詳しくは活動報告にて。





