『 僕と迷宮工師 』
【 セツナ 】
祭りの最終日ということで、ハルの町全体が賑わっている。
4年に一度開かれる、冒険者のみが参加できる武闘大会を皮切りに、
祭りは昼夜通して三日間続いていた。
祭りの一日目は、これまでにないほど静かな夜だったと、
オウカさん達が話していたのだが……。
二日目からは昼夜問わず、未だかつてないほどの賑わいをみせていると、
これまたオウカさん達が、ため息をつきながら話していた。
賑わいの理由が、精霊達が植えた古代神樹であることはいうまでもなく……、
大人も子供も精霊への感謝を口にしながら、
今回の奇跡ともいえる事象を受け入れ楽しんでいるようだった。
そんな喧噪から離れた場所で、僕は明らかに人間ではない何かと対面している。
その姿は闘技場で見たときと同じで、
執事のような印象を受ける服をピシリと着こなし、
右目に片眼鏡をつけている初老の男性だ。
シルバーグレイの髪は今日も綺麗にまとめられていた。
そして、あの時も思ったけれど、やはり彼は人間ではないようだ。
ここまで近づいてみて、彼に肉体がないことがわかった。
しかし、セリアさんのように体が透けているわけではなく、足もあるのだが、
微かに体が空気に滲むように揺らいでいた。
彼みたいな幽霊もいるのだろうか? 僕が彼の正体を思案していると、
落ち着いた声がこの場に響いた。
「守護者のご帰還を、心よりお喜び申し上げます」
ここ数日で嫌というほど聞いた言葉で思考が途切れ、別のことが脳裏によぎる。
彼もリシアの民なのかもしれないと……。
「わたくしの正体は、後ほど詳しくお話しするとして……。
守護者様をわたくしの住処へとご招待したいと思います。いかがでしょうか?」
「ご迷惑でなければ」
住処に招待される、それは彼が支配する領域へ足を踏み入れるということだ。
普通ならば、彼が何者かもわからない状態で招待に応じることは止めるべきだ。
だけど、僕は即答する。目の前の人物が危険な者であるのならば、
僕と出会うことはないだろう。
なぜならば、その前に、かなでが対処しているはずだから。
執事の姿をした彼は軽く表情を緩ませ、彼は呟くように何かを口にした。
すると、体が地面へと沈んでいく。
転移魔法での移動を想像していたために、かなり驚いた。
このまま土に飲まれても大丈夫だろうか?
呼吸が出来ないのは困るなと思ったけれど、なるようになるかと考え直し、
自分の体が沈んでいく不思議な感覚を味わっていた。
地中を経由してたどり着いた場所は、温かみのある過ごしやすそうな部屋だった。
暖炉のそばに配置されているソファーに、
一緒に地面に沈んでいたはずの人物が座って目を閉じていた。
そして、僕が話しかけようと近づくと、そっと目を開き僕に視線を合わせる。
穏やかに微笑みながら立ち上がり、
彼は綺麗な礼と共に先ほどの台詞をもう一度口にした。
「守護者のご帰還を、心よりお喜び申し上げます」と。
勧められるままにソファーへと座ると、
彼はすぐに温かい紅茶を入れて僕の前にお茶菓子と共に置いた。
今の彼には肉体があるように思えるが……その気配がやはり人間ではないように思える。
「冷めないうちにお召し上がりください」
色々と疑問は尽きないが、僕のために入れてくれた紅茶を飲むために、
手を伸ばし口をつけた。
「美味しい」
思わずこぼれ落ちた言葉に、自分の分のお茶を用意してから、
先ほどと同じ場所に腰を下ろした彼が「よろしゅうございました」と穏やかに笑った。
特に何も話すことなく、体を温めるために入れらた紅茶を飲みながら、
暖炉にくべられた薪がはぜる音を聞いていた。
ゆったりとした時間が流れているこの空間に……なぜか居心地がいいと感じる。
初めて来た場所なのに、以前にもここに来たことがあるような……と考え、
花井さんかかなでが、この場所を好んでいたのかもしれないと思った。
「きっと、カイル様は貴方様に何もお伝えされていないのではないでしょうか。
わたくしの存在もこの場所のことも」
老人は、二杯目の紅茶を僕のカップに注ぎ、座り直してから口を開いた。
「どうしてそう思われるのですか?」
「カイル様が、にんまりと笑って『俺は何もしねぇ』と、
楽しそうにそう話しておられましたから」
返事をすることなく嘆息していると、
彼は浮かべていた苦笑を消し申訳なさそうに頭を下げた。
「この場所への招待の方法も、カイルの指示ですか?」
「いえ……わたくしの意思で行いました。
貴方様がどのように対処されるのかを見てみたかった。
なのに……貴方様は慌てもせず、
わたくしに敵意を向けることさえされませんでした」
かなり……驚いたのだけど、態度にはでていなかったようだ。
「貴方様は……」
僕から視線を外し、軽くため息をつきながら彼が話す。
「どうして……呼び出しに応じて下さったのですか。
どうして……乱暴ともいえる招待に、抵抗一つなさらなかったのですか?
あの日の闘技場で、一方的に日時と場所を指定して、
わたくしは貴方様を呼びだしました。きっと、貴方様ならあの段階で、
わたくしが人間ではないことにも気が付いていたでしょうに……」
彼から心話で連絡があったのは、大会途中でかなでの残した魔法で隔離され、
ヤトさんに諭されてから闘技場に戻り、誰かの強烈な視線を感じた直後だった。
確かにあの時の僕は彼が人間ではないと気が付いていたし、
一方的な呼び出しに、不快な気持ちにもなっていた。
しかし、時間が経って、落ち着くとその感情は無くなった。
だから、今日ここにきた理由も、先ほど抵抗しなかった理由も、単純なものだ。
興味が惹かれたというのもあるけれど、一番の理由は……。
「カイルの導きかもしれないと思ったので」
ただ、それだけだった。
「……」
カイルを偲んでなのか、彼は軽く奥歯をかみしめ目を閉じてから、
片手で目元を隠すようにして話す。
「わたくしは、カイル様以外のお方にお仕えする気はありませんでした」
それはとても静かな拒絶だと思った。
だけど……過去形で終わっていることから、
何かしらの心変わりがあったのかもしれない。
閉じられた目が見ているものは……かなでとの日々だろうか。
何かを思い出すように語っていく彼の話に僕は黙って耳を傾けていた。
「貴方様がリシアの結界を越えたときから、
カイル様を継ぐ者であろうことを存じておりました」
彼は目を開き手を下ろすと、僕と椅子の間に挟まっている鞄に視線を向けた。
「その日から、今日まで……わたくしはずっと、貴方様を見ていました」
「僕が、カイルの後継者として相応しいかを見定めていたんですね」
「そうです」
鞄から僕へと目線を上げ、彼は迷いなく頷いた。
「カイル様は誰よりも強い意志で……この国を守ってこられた。
わたくしは、カイル様に命を救われ、ハルに居場所を与えられたときから、
ずっと……そのお姿を見てきました」
彼は一瞬、僕を射貫くように見た。そしてすぐに、その視線を手元へと落とした。
その眼差しを見て、かなでの後継者として相応しくなかった場合……、
彼は僕を排除しようとしたかもしれないと感じた。憶測でしかないけれど。
「わたくしは、この国を陰から守るという役目を仰せつかっております。
総帥一族とは違う視点でこの国を守れと。
カイル様が見誤られ、この国を蝕もうとする者が入り込んだ場合は、
わたくしの裁量で排除することを認められております」
まるで僕の思考を読んだかのような言葉に、思わず彼を見た。
「だから……総帥の一族が早々に貴方様を認めていたのを知りながらも、
わたくしは、貴方様がどのような人間なのかを、ずっと観察しておりました」
「……」
「貴方様がこの国にとって、有益な存在か否か。
そして、わたくしの存在を明かすか否か……」
「僕に存在を明かすと決めたのは、武闘大会を見てですか?」
「はい。カイル様も大概なお方でしたが……貴方様はその上をいくようです」
「え?」
(かなでほど酷くはないと思うのだけど?)
僕が不満に思う心の声が聞こえたのか、彼が苦く笑いながら首を横に振った。
「理由があったとはいえ、国にいる全員に精霊の審判を受けさせた人間は、
この先、貴方様以外に現れることはないでしょう」
そのあとに、ずっと語り継がれると断言されたことに、
僕は深くため息をつかざるをえなかった。
「それで、僕を認めていただけた理由は何ですか?
上位精霊を呼び出したことが、決め手となったのですか?」
「確かに、それも一つの要因ではありますが、それだけではありません。
一つは、カイル様が守ってきた物を、
そのままの形で守っていく決意を示していただけた点。
次に、種族に関係なく、幽霊さえも大切にしておられる点。
それらを踏まえて……人間ではないわたくしの存在を受け入れ、
この国を共に守っていくことを是としてもらえるかもしれないと……、
判断いたしました」
(人間ではないか……)
「本心からいえば……わたくしは潜んでいようと思っていたのです。
カイル様が後継に選ばれた方に間違いはない。
しかし……人間以外の存在を受け入れることが出来るかは、
別の話だと思っておりましたので。
カイル様もそのことは承知して下さり、姿を見せるか見せないかは、
わたくしに任せると。……それに……」
彼はそこで言葉を句切り、
その先の言葉を告げるかどうかを逡巡しているようだった。
「貴方にとって、この国の守護者はカイルしか認めたくなかった……?」
今までの、かなでを想う彼の言動に、そうだろうなと思ったことを伝えると、
彼は軽く目を見張ったあと、どこか寂しそうに笑った。
「お気を悪くされましたでしょうか?」
「いえ。正直……この国の人達の感情の方に、僕は戸惑いを覚えていたので」
リシアの守護者として、僕はこの国の民とどう向き合っていくべきなのか、
その答えは未だ出ていない。
「貴方様から見れば、不思議に思われるのは当然のことかもしれません。
しかし……この国の民は、心から貴方様を守護者として受け入れておりますよ」
「ありがたいと思っています」
「カイル様はかなり長い年月を生きておられた。
年若い貴方様が戸惑いを覚えるのは当然のこと。
すぐに、あの方と同じことができるはずもない。
表では総帥の一族が……そして裏ではわたくしが、
貴方様をお支えいたします。
なので、ゆっくりと受け入れていかれるとよいのではないでしょうか」
僕を守護者として認める言葉に、思わず問い返す。
「僕が、守護者でいいんですか?」
「カイル様が守護者であろうとなかろうと、
水辺にいかれたとしても……わたくしの唯一に変わりはないのだと、
貴方様が教えて下さいましたので……。
貴方様は私の小さなこだわりを打ち消してしまわれた」
「僕がですか?」
「はい。武闘大会で、僕達の庭を荒らすものを絶対に許さないと宣言なされた。
僕達のと……」
「……」
「貴方様はこの国を好きにすることが出来る権力を手にしていながら、
僕のとはいわれなかった。そのときに思ったのです。
貴方様となら……よい関係を築けるのではないかと」
目尻にしわを寄せながら穏やかに笑う彼に、僕も笑い返した。
認めてもらえないよりは認めてもらえる方がいい。
僕がこの国の守護者として立つことは、もう覆ることはないのだから。
「セツナ様。これからよろしくお願いいたします」
ソファーから立ち上がり綺麗な礼をした彼に、僕も立ち上がり礼をする。
「こちらこそよろしくお願いいたします。
それから、僕のことはセツナと呼んでください。
様を付けるのはカイルのみの方が、僕も嬉しいです」
「……承知しました。では、セツナさんと呼ばせていただきます」
「はい。……貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
彼は僕の言葉に少し困ったような顔をした。
そして、口を開いて何かを告げたようだが、
僕にはその音が聞き取れなかった……。
「わたくしの名前は、この世界の住人には聞き取れないようなのです」
この世界の住人? 今、彼はこの世界の住人といった。それは……。
「わたくしは……この世界の生まれではなく、
異なる世界で顕現し、神によってこの世界に召喚されました」
息を詰めて彼を凝視していると、何かおかしいことがあったのか彼が小さく笑う。
「申し訳ありません。
セツナさんの反応が……カイル様とそっくりだったので、
思わず笑ってしまいました」
ひとしきり笑ったあと、懐かしげに目を細めて僕に座るように促しながら、
彼も座った。
「カイル様もそうでしたが……セツナさんも否定なさらないのですね。
まるで……異なる世界が存在していることを認めていらっしゃるかのようだ」
「……」
「あの日も……。そう、カイル様に、わたくしという存在を語った時も、
セツナ様と同じように黙して何もお答えいただけませんでした。
なので、お答えいただく必要はございません……。
わたくしの言葉を信じてもらえれば、それでよいのですから」
信じるも何も……僕達もそうなのだ。
ただ……彼は神によって召喚されたといった。
だけど、蒼露様は、神々は眠りについていると話していた。
(彼はいつ召喚されたのだろうか?)
そんなことを考えながら、紅茶を飲む彼を眺めていると、
カップが微かに揺れていることに気が付く……。
そういえば、蒼露様は『神々の歴史』を話すことは出来ないといっていた。
彼の顔色が少し悪い気がする……指の震えといい……もしかしてと考え、
疑問に思ったことを口にした。
「……神々の歴史を語ることを、禁じられているのではないのですか?」
驚きからだろうか、彼の体が一瞬こわばり僕を凝視したまま言葉を落とした。
「どうして……そのことをご存じなのですか」
「精霊達との会話で知りました」
「ああ……セツナさんは、精霊に愛された存在ですからね」
納得したように何度も頷いているが……僕はそんな彼からそっと視線を外した。
確かに精霊は好意を寄せてくれてはいるが……、
僕を監視しているし利用してもいる。
そして、僕も彼女達を利用している部分もあるので、お互い様なのだけど。
……果たしてそれを愛といってもいいものなのだろうか?
「精霊達からは、口にしてはいけない忘れるようにと、
再三、注意されましたが……」
「そうでしょうな……」
微かに震える自分の指先を眺めながら、彼がぽつりと呟くように話す。
「話してはいけないことは、
話せないようにされているので大丈夫なのですが……。
あの日の畏怖と恐怖と絶望の記憶は……色あせることなく、
心に刻まれてしまっているのです」
震えを止めようとするかのように、
ぎゅっと拳を握ったがその震えは止まっていない。
彼は……一体何を見たのだろう……。
そう考えたときに、自分の脳裏によぎったものに思わず眉根を寄せそうになるが、
それを打ち払うように軽く頭を振りそれを消し去る。
「無理に話していただかなくても大丈夫ですよ?」
思い出したくもないことを思い出す必要はない。
そう告げると、彼は苦笑しながら首を横へと振った。
「いえ、わたくしは、カイル様からこの国を託された一人だと自負しております。
……願わくば、セツナさんにもわたくしを認めていただきたいのです」
「僕は……」
無理に話してもらわなくても、
認めることができると伝えようとした僕の言葉を、彼は遮った。
「わたくしがセツナさんを知ろうとしていたように、
セツナさんもわたくしを知る必要があるのではないでしょうか。
お互いが理解し合わなければ、
有事の際に背を任せることなどできるはずがございません」
彼の言葉にハッとする。様々な物を曖昧にしたまま、
守ることなどできるはずがないと思い、僕は深く頷いた。
それに、彼を取り巻く様々なものも気になっている。
僕はソファーに体を預けながら、
まだ、震えが止まっていない彼が落ち着くのを待った。
時が経ち、ゆっくりと息を吐いたあと、彼は目を伏せながら言葉を紡ぎ始めた。
「わたくしの名前とカイル様から託された役割を先に述べると、
少々、話がわかりづらくなってしまいますので、
まず、迷宮についての話をさせていただき、
次に、わたくしがここにいる経緯を話したあとに、
それらを述べさせていただきます」
「わかりました。どうぞ、続けてください」
「セツナさんは、迷宮やダンジョンと呼ばれる物のことはご存じですか?」
その問いに、知っている情報を頭の中で纏めながら彼に伝える。
「貴重な宝物を盗まれないように隠し、望まざる者がきた場合に備えて、
迷いやすい構造をしていたり、
人を排除するための罠が設置されている建造物と認識しています。
冒険者はその宝物を目当てに、迷宮に入っていくといった感じでしょうか」
「カイル様から最初に聞いた話でも同じことを聞かされました。
おそらく、この世界の者はおおむねそのような認識なのでしょう」
「……それでは、貴方の仰る迷宮とはどのような物なのですか?」
「その話をするために、
少し話が横道にそれてしまうのですが、よろしいでしょうか?」
特に急いでいるわけではなかったので、僕は黙って頷いた。
「そもそも、なぜわたくしが生み出されたかといいますと、
元の世界の神と神の遊戯のためです。
その遊戯とは、神は人を増やし、もう一方の神が人を狩るというものです。
遊戯上では、増やす側の神を守護神、狩る側の神を狩猟神といい、
一万年後に人の数が増えていれば守護神の勝ち、
減っていれば狩猟神の勝ちというくだらない遊びです。
そして、そのゲームの駒としての役割として創られたのが、わたくしです」
人を狩る遊びといわれると、正直、気持ちがいいものではない。
その点、今いるこの世界の神は、ましだと思う。
人を助けることはないが害すこともなく、眠りについているので。
精霊達の様子から当分目覚めることはなさそうだが、神が目覚めれば、
この世界はどのように変化するのだろう……。
そんなことを考えつつも、感情を表にださず、話を聞き続ける
「私の役割は、迷宮を作り迷宮内に魔物や罠を配置し人を狩るというもので、
そのために、迷宮を造る能力を授けられました」
この世界の迷宮は、人を排除するための罠が仕掛けられていたり、
隠した物を守るために魔導師などが作り出した、
宝を守る何かがいることもあるといわれているが、
魔物が出現するという話は聞いたことがない。
彼の世界の迷宮とこの世界の迷宮は、様相が違うものなのかもしれない。
「わたくしはその当時は疑問に思うことなく、
その役割を誇らしく思っていたような気がいたします。
人を狩り尽くす方法を考え、
どのような迷宮を創るのかに思いを巡らせておりました」
僕に話すことで、遠い遠い昔を思い出したのだろうか、
彼は小さな声で言葉を足していた。
異なる世界というものが……どれほど存在しているのかは知らない。
知らないけど……抗うことが出来ない存在がいる世界で、
干渉を受けながら生きるのは窮屈そうだと感じた。
でもそれが、啓示なら誇らしいと感じるのだろうか?
喉を整えるかのように、彼が小さく咳をしたことで自分の思考から戻る。
「ですが、この世界に召喚されたことで、
わたくしは元の世界の理から外れてしまい、
わたくしの有する能力のほとんどが役に立たないものとなってしまったのです」
「役に立たなくなったというのは、どういうことです?」
抽象的すぎてよくわからなかったので、僕は彼に聞いてみる。
「失礼しました。そうですね、
『役に立たない』ではわかり辛いかもしれませんので、
事象をそのまま、説明申し上げましょう。
例えば、私には迷宮内に住む魔物を造りだす能力があります。
今もこの能力は持っているので、発動は出来るのです。
ただし、魔物は現れません。
つまり、能力を発動しても結果が生じないのです。
その他にも、人間を誘いこむための宝の類も創ることが、
できなくなっていまし……」
次々と上げられる能力に僕はなるほどと頷きながらも、
迷宮を造る本質的な能力には影響が無く、
人に危害を加える能力ばかりがでてくるので、
あまり、同情する気にはならなかった。
しかし、人間を狩るための魔物ではなく、
自身を守るための魔物さえ創ることができないと知ったときは、
絶望したのだと語ったときは、少し哀れさを感じた。
「わたくしも、魔法を使うことができますので、
そう簡単には殺されはしませんが……。
さすがに、限度というものがありますし、当時、迷宮を創ったとしても……、
きっと生きながらえることはできなかったでしょう」
確かに、それは……絶望するかもしれない……。
「今、セツナさんに話したことと大体同じようなことを、
カイル様にも報告しました。意気消沈しながら話したわたくしに、
カイル様は『お前……それは別に迷宮を造る上で何も関係ないだろが』と、
力いっぱい笑われました……。
そのことを、わたくしは生涯忘れることはいたしません」
さすがに酷い。もっと他に言い様はあるよね、かなで……。
「そのあと……。
カイル様からは『気の毒なやつ』認定をしていただけましたが……、
嬉しくはございませんでした」
それはそうだろう……。
「では、まとめますが、まず迷宮の話をさせていただいたのは、
わたくしが迷宮を造るために生まれてきたことを、
知って欲しかったからです」
「貴方の元の世界での役割がよくわかりました」
僕の言葉に彼は満足そうに頷いた。
「次に、この世界にいる経緯を話しましょう。
わたくしは、エディアールが存在していた時代に、
神がとある一族を召喚した際に巻き込まれる形で、この世界に呼ばれました」
「巻き込まれて?」
「そうです……。その時の私は元の世界で形成されたばかりで、
ちょうど……その一族の子供に拾われて壊されそうになっていたところでした」
「……」
何かあり得ないことを聞いている気がするが、
とりあえず……とりあえず、最後まで聞こうと思い、疑問は胸の中にとどめる。
「そのとき……大きな魔力のうねりを覚えた瞬間、
今度は暴力的なほどの神力を間近に感じました。
気が付いたときは、この世界に召喚されていたのです。
そして、そのことが、結果としてわたくしを救いました。
わたくしを壊そうとしていた子供が、
そのことで、このような天変地異が起きたのだと誤解し、
壊すことを止めたのです」
「……壊すですか?」
そこは殺されるではないのだろうか。 言葉の意味がわからず、僕は首を傾げた。
「……見ていただいた方が早いでしょう」
彼はそばにある棚に手を伸ばし、何かを取り出すとそれをテーブルの上に置いた。
「これが私の本体になります」
「……」
本体?彼の言葉の意味が理解できなくて、
無言でテーブルの上に置かれているものを見つめる。
「正確にいえば……疑似本体ですが」
疑似本体? さらに訳がわからなくなってくる……。
本体は……今の肉体じゃないんですか? と問おうとしたその時、
彼がクツクツと声を出して笑った。
揶揄われたのかなと思ったのだけど、どうやら違うようで、
丁寧に解説をし始めてくれた。
「この疑似本体とは、本体と全く同じ形をし、
生き延びるための身代わりをする物です。
わたくしの作り出した迷宮は、
本体が迷宮内に存在しないと壊れてしまうのですが、
それだと、わたくしの存在は迷宮内だと特定され、
わたくしが壊されてしまう危険性が高いのです。
それを解消するための能力が疑似本体作成で、
疑似本体を迷宮内に置くことで、
わたくしが迷宮内から外に身を隠しても、
迷宮は維持することが出来るようになるのです。
カイル様はこれを見て、
知恵の輪だと話されていましたが……知恵の輪はご存じですか?」
「……知ってはいますが……」
そう、彼がテーブルの上に置いたものは……、
どこからどう見ても知恵の輪のように見えた。
「今でこそ……様々な形のものが連なっておりますが、
最初は一つのみでした。そのときは迷宮はありません。
一年経つたびに輪を一つ増やすことができるようになり、
輪が一つ増えていくたびに迷宮が一層増えるのです。
逆に輪を一つ外すと、階層も一つ減ります」
「そうなんですね」
話が突飛すぎて、僕は相づちを打つことしか出来なかった。
「わたくしは特定の条件下でしか、
人のような肉体を持つ能力を使うことが出来ないのですが……、
その特定の条件を満たすことができず、
この世界に巻き込まれて召喚されてからしばらくは……、
指輪として生活しておりました。
なにせ……わたくしは、本来移動できるようには出来ておりませんので」
どう返事をしていいのかがわからない。
確かに……テーブルの上に置かれている、
無機物のようなものに手足はついていない。ついていないが……。
「召喚された当初は何が起こったのかは理解できていませんでしたが、
長い時を経て、自分に起きたことを知ることが出来ました。
ことの顛末を知り……色々と思うことはありましたが……、
愚痴になるので止めておきましょう」
彼が小さくため息をつき、紅茶で喉を潤してから、続きを話し始める。
「以上が、わたくしがここにいる経緯でございます」
僕自体が勇者として召喚されている身でもなければ、
到底、信じられない話だったが、
彼をカイルが受け入れていたこともあり、
僕は、疑うことはせず信じることにした。
「それでは最後に、
わたくしの名前とカイル様から託された役割を述べさせていだきましょう」
僕は、軽く頷く。
ここまできて、荒唐無稽すぎるなどの横やりをいれて、
話の腰を折るつもりはなかった。
「カイル様には知恵の輪だといわれましたが、
本体の正式名称は*******となります。
それがわたくしの名前になります。
まぁ、聞き取れなかったと思いますが」
「聞き取れませんでした」
頷きながら正直にそう伝えると、そうでしょうというように彼が首を縦に振る。
「もし、新しい守護者が現れ、わたくしのことを説明するときがきたら、
こう伝えろといわれていますので、その通りお話しします。
『こいつは、迷宮を創造し管理することが出来る者だ』ということだそうです」
迷宮の管理者? ということはこの場所は迷宮の一部ということなのだろうか……。
どう見ても普通の部屋のように見えるのだけど……。
「カイル様に名乗ったときに、
わたくしは『このような名前で、申し訳ありません』と謝罪しました。
カイル様はひとしきりに笑ったあと、こういわれました。
『この世界にお前は、お前一人なのだから、好きに名乗ればいい。
それから……能力を説明するときに、
名称がないのは不便だろうから俺がつけてやる』と。
それならば、名前もつけて欲しいとお願いすると、
激しく嫌がっておられましたが、名も与えていただきました」
その時の嫌そうな表情に少し苛立ちが紛れましたと、
楽しそうに話す彼の表情から、
二人の関係が気安いものだったのだと知ることが出来た。
彼は笑みを浮かべたまま、僕を真っ直ぐに見つめた。
ソファーに座ってはいるがゆっくりと綺麗な礼をしてから……、
この世界での名前を僕に教えてくれた。
「改めまして、迷宮工師のハイロスと申します」
「迷宮工師?」
「はい。造語だと話されていましたが、わたくしにぴったりだと。
カイル様は『元の世界でなら造れた理想の迷宮が造れなくても、
この世界で迷宮を造れることには変わりがない。
お前の使えなくなった能力は、この世界の迷宮には不必要なものだったと思い、
割り切れよ。その代わり、俺がお前の存在意義をくれてやる』と……」
ハイロスさんは……静かにその続きを語った。
「『お前が創る迷宮は、人の命を奪う物ではなく、人を生かすための物となる。
だから……お前の新しい存在意義と共に胸を張って自分の能力を誇れ』と……。
このとき、名前と一緒に、わたくしは……この世界で生きる意味を、
カイル様からいただきました」
ハイロスさんがそこまで語り口を閉じた。
「なるほど、よくわかりました。
話し辛いことを伝えていただき、ありがとうございました」
僕の言葉に、彼は少し目を丸くしたあと、
どこか安堵したように表情を緩ませた。
「正直。もっと驚かれるか、否定されるかと思っていました……」
「十分驚きました。ただ、カイルが関わっているのなら、
そういうこともあるのかなと……」
リシアに来てから、かなでの噂には事欠かない……。
それに以前フィーが、
かなでは『ジャックは、消えゆく種族を守っていたこともあるから
セツナも、その生き残りに出会うことがあるかもしれないのなの~』と、
話していたことがあった。
……こんなにすぐに出会うとは思っていなかったけれど……。
「あぁ……なるほど。カイル様のせいでしたか」
そういって笑うハイロスさんはとても穏やかな表情で僕を見ていた。
どこか……孫を見るようなそんな笑みに……、
祖父とラギさんの笑みが脳裏をかすめた。
なんとなくその視線から逃れたいと思った瞬間、
僕は疑問に思っていたことを言葉にしていた。
「先ほど、疑似本体と話されていましたが、本物はどうされたのですか?」
テーブルの上に置かれてあるハイロスさんの本体に視線を向けると、
彼は先ほどの笑みとは逆の悪戯を思いつきましたというような笑みを、その顔に浮かべた。
「本体が壊されてしまえば、命を落としてしまいますので、
本物は絶対に破壊されないであろう場所にしまわれております」
「それはよかった」
その説明に本心からそう告げると、
ご心配ありがとうございますと彼は頭を下げた。
「本物はわたくしでも手に取るのが困難な場所にあるのですが、
あまりにも、私が創った迷宮から本体が離れてしまうと、
迷宮が維持できず崩れてしまうために、
その代わりとして疑似本体を創りました」
彼の話から、本物の本体はかなり離れた場所に保存されているのだろう。
「わたくしの本体の場所は……」
「いえ、教えていただかなくても結構です」
言葉を遮るようにそう告げたのだが……。
彼は口を閉じることなくその場所を口にした。
「セツナさんが持つ鞄の中にしまわれております」
「は?」
「カイル様に一番安全な場所はどこかと相談した際に、
『俺の鞄の中』と仰ったので、本体を鞄にしまっていただくことにしたのです」
……意味がわからない。本当に意味がわからない。
「……返しましょうか?」
「いえ、武闘大会をわたくしも見ておりましたが、
やはり、その鞄の中が一番安全だと確信いたしました。
そのままでお願いいたします」
その、迷いないその言葉に、
「僕が壊すとは思わないのか」という疑問をぐっとのみこんだ。
僕が質問するまでもなく……彼の目が僕を信用していると告げていた……。





