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刹那の風景 第四章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カンガルーポー : 驚き 』

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11/43

『 僕とフェルドワイス 』

【 セツナ 】


朝の訓練が終わり、朝食をとるとすぐにアルトが庭に続く窓から外に出て、

酒肴に割り当てられている家に駆けていった。

そこから転移魔法を使い酒肴の店の中庭へいき、

友人達と合流し、酒肴の店の中庭から古代神樹に向かい早朝の探検をするようだ。


僕も誘われたが、

午前中はフェルドワイスの蜂蜜を取りにいこうと考えていたので断った。

精霊へのお礼と蒼露様に飴を作りたいと思ったから。


でも早朝の景色に興味はあったので、

アルト達が起きる前に一人で古代神樹を見にいったのだが、

早朝の景色もまた素晴らしかった……。


アルト達はきっと、新しく見つけたものを僕にも教えてくれるだろうから、

アルト達の報告を楽しみにしながら、僕も出かける準備を始めた。


準備が終わり食堂兼リビングになっている部屋へと戻ると、

セリアさんが一人で浮いていた。

彼女は僕がいないと古代神樹には近づけないため、僕と共に出かけることになる。

アルト達と冒険にいきたいかと聞いてはみたが、

一日中指輪の中にいるのも疲れるから、

午前中は伸び伸びしたいといわれたため、気にすることなく出かけることにした。


同盟を組んでいる人達には出かけることは伝えてあるが、

どこに何をしにいくかまでは伝えていない。

食に貪欲な酒肴の人達に知られると、連れていけといわれるのは目に見えている。


かなでが何か(・・)手を加えている場所に、

初見で連れていくのは止めた方がいいと僕の勘が告げていた。

そして、その勘は外れることはないのだ……。



「どれぐらいの年月……ここを放置していたの?」


思わず声に出してしまうほど、

かなでの記憶を頼りに転移した場所は酷いことになっていた。


この場所がどの国のどの辺りになるのかはさっぱり分からない。

時間ができた時に歩いてみようとは思うが、結構深い森の中なのは確かだ。

かなでが作った養蜂所を守る結界の外には、

大型の魔物がうようよとしている気配がする……。

さらに、超大型の魔物もいるような気配が漂っていた。

その気配の元を悠長に探る暇はなかったけれど。


猛毒の蜂が集める蜂蜜を採取しにきたことから、

蜂に襲われても大丈夫なように自分の体に結界を纏ってはいたが、

転移してここにたどり着いた瞬間……。

体全体に猛毒を持つ小さな蜂が群がってきたため前方が全く見えなくなっていた。

僕は溜息をつきながら、

頭の先から足のつま先まで幾重にも群がっている猛毒を持つ小さな蜂を、

風の魔法を使って殺さない程度に吹き飛ばした。

ただ、あまりの多さに辟易としてくる。

少し減らしてもいいかもしれない……。

セリアさんは小さな悲鳴を上げたあと、とっくに指輪の中に戻っている。


体にまとわりついていた小さな蜂を吹き飛ばし視界が開けたけれど、

数秒も経たないうちに、また集まりだしてくる。

吹き飛ばしてもきりがないので、

こちらに向かってきた蜂を結界の中に閉じ込めていくことにした。


しばらくすると、上空に蠢く蜂達をまとめた巨大な物体が完成した……。


「おぞましいワ」


セリアさんが指輪から顔を覗かせて呟くのを、本当にと内心思いつつ、

その物体から視線を外し改めて周りを見渡すと、

あちらこちらに養蜂箱と思われるものが置いてあることが確認できる。

養蜂箱には魔法が刻まれており、フェルドワイスの蜂蜜が自動的に、

ここから見える小屋の方へ集められるようになっているようだ。



そしてその養蜂箱の周りには、増えた蜂が作った巣も、

ひしめくように地面に点在していた。


この蜂の巣は円形の支柱のような形をしている。高さは2メルぐらいで、

横幅は直径半メル……だいたいマンホールぐらいの大きさだと思う。


この場所にあるモノをざっと確認してから、少し奥にある小屋へと視線を向けた。


「あの小屋の中……どうなっているのだろう」


僕の呟きにセリアさんが恐る恐る指輪から出てきて、彼女の意見を伝えてくれた。


「ろくなことになっていないとおもうワ」


「……」


僕もそう思う。そう思いながらもここで立っているわけにもいかないので、

小屋の方へと歩いていく。

小屋に近づくにつれてフェルドワイスの花が増えていき、

辿りついたそこから見える花園は、

見渡す限りフェルドワイスが咲き乱れ、

肉眼ではその果てが分からないほどだった……。


かなでが魔法を構築したこの場所は、

年中フェルドワイスの花を咲かせるよう調整されてあった。

花にとって、いい環境が整っていれば、

野に咲く花は生命力が強いものが多いため、

世代交代しながら増えていった結果だろうと思う……。


「綺麗……」


セリアさんがため息とともにそう呟いたあと、彼女が息をのむ音が耳に届いた。


「セツナ」


セリアさんの呼ぶ声に、彼女の方に視線を向けると。

彼女が視線を下に落とし微かに目を見張っている。


「幻の結晶が沢山落ちているワ……」


「……」


セリアさんの視線の先を見ると……幻の結晶といわれているものが、

あちらこちらに落ちている。

幻の結晶とは、フェルドワイスの花が結晶化したモノのことをいうらしい。

どうして花が結晶化するのか、

どのようにして変化していくのかは解明されていない。

フェルドワイスの蜂蜜よりも見つけるのが困難なため、

幻といわれているようだ。


「全部! 持って帰りたいワ」


「え? 全部?」


どう考えても無理でしょう?

管理することを放棄されたこの花畑が、

何処まで続いているのかもわからないのに、

一つ一つ歩いて拾っていくことなどしたくない……。


「そうね。全部は無理ネ」


否定的な僕の言葉に、

セリアさんが反論することなく頷いてくれたことに安堵する。

まぁ……それでも……。

彼女の願いである程度は拾って持って帰ることは決定していた。


セリアさんが満足するまで、

フェルドワイスの花の結晶を集めてから小屋へと入る。

小屋の中はとてもきれいに保たれていたが……。

僕もセリアさんも小屋の中にあるものを見て、しばらく言葉が出なかった。


「この、へんてこなものは何かしラ?」


部屋の中央に、何ていっていいのか分からないけど、大きな機械が鎮座していた。

この世界にこんな機械は存在しない……はずだ。

よくよく観察してみると機械の形を模した魔道具のようだ……。

かなでの趣味で創られたモノだと思うけど、

この形にした理由が……いまいちよく分からない。


「さぁ……。僕も初めて見たのでわかりません」


「私も初めてみたワ」


「考えるだけ無駄なような気がします」


「そうネ……。あの、ジャックだものネ」


あのジャックだからで納得されるのがすごいと思う。



それでも、しばらくそれを眺めていたら、巨大な機械が何か分かってきた。


天井には転移魔法陣が刻まれ、転移してきた蜂蜜が雨のように落ちている

おそらく、かなでが設置した養蜂箱に蜂蜜のみを転移させる転移魔法陣が刻まれているのだろう。

落ちてきた蜂蜜をすぐ下で、直径3メル程の巨大な漏斗が受けている。

その漏斗の先端がハカリのような機械につながっていて、

ハカリについた巨大な針が重量によって時計周りに回った。

そして針が一周した時点でチーンと音がして、ハカリから蜂蜜が詰められた瓶が落ちる。


新しい瓶は、多分かなでの能力と魔法の応用で創り出されているのだろう。

その瓶はベルトコンベアで受けられ、そのまま部屋の隅に運ばれる。

そして、なだらかに下るベルトコンベアの先で、

床に置かれた四角い木のお盆に滑り落ちた。


「瓶に詰められた蜂蜜はこのあとどうなるのかしラ?」


その疑問もすぐに解消されることになった。

ちょうど12個目の瓶が流れ木のお盆に並んだ時点で、

部屋の壁にある小型犬が通れるぐらいの大きさの扉が開かれ、

そこから黒子の人形がとてとてと木のお盆まで歩きつく。

そしておもむろに手を伸ばして瓶をつかむと、

口を大きく開けてごっくんと丸飲みにした。

続けて、もう一つ、さらにもう一つと、

たちどころにすべてを瓶ごと飲み干してしまった。


「セツナ、あれは何かしラ、何かしラ!」


セリアさんの声に反応したのか、仕事を終えた黒子の人形がこちらにやってくる。


「私は黒子のブラックン」


……黒子の黒とごっくんを掛けた名前だということに、

セリアさんは気付いていない。この世界に黒子はいないから……。

まぁ……気が付かなくてもいいことだとは思う。

僕も気が付きたくはなかった。


ブラックンは、話し続ける。


「蜂蜜をご入用でしたら、ご主人様からご購入ください。それでは」


そういい残すと、扉の方へと戻っていく。

僕はもしやと思って、かなでから貰った鞄を見る。

いや、今までフェルドワイスの蜂蜜が欲しいと思って、

鞄を探ったことはなかったけど……。

僕の視線の先に気付いて、セリアさんがぼそっと呟く。


「見てみたい気もするし……見たくない気もするワネ」


「同感です」


まぁ……。そんなことをいいながらも、鞄に手を入れることは決まっている。

一つ、二つ……瓶詰めされたフェルドワイスの蜂蜜が、

僕の手によって積み重ねられていく。

108個目で僕は、全てを取り出すことを諦めた。

そして、かなでの手紙のことを思い出したんだ。

『この鞄の中身だが、全部出そうとするのは止めておいたほうがいい。

 俺も、最初はわかりやすくまとめてはいたんだ。

 俺は几帳面なほうだからな。

 だが、この鞄は大きさ重さ関係なく何でも入る。

 そして、入れたときのまま維持される……。

 なので……500年あたりから、俺にもいったい何が入っ……。』

それはそうだよ、かなで……。

こんな無尽蔵に蜂蜜を作って、無尽蔵にしまっていればわからなくもなるよ……。


「すごい数ね……。ギルドに売ればきっと生涯遊んで暮らせるワ」


セリアさんの言葉で現実に引き戻され、そうですねと答える。

セリアさんは108個を見ていったのだろうけど、鞄の中の全量を売れば、

おそらく、フェルドワイスの蜂蜜は、二束三文になってしまうだろう。

そうなれば、冒険者の一攫千金の夢を一つ潰すことになるだろうな……。

とりあえず、使い道は色々あるし美味しいといわれている蜂蜜だから、

知り合いに配るくらいにしておこう。

そう決めて、鞄から出したフェルドワイスの蜂蜜をせっせと鞄の中に詰めてから、

僕達は小屋から出た。



小屋を出ると視界に黒い物体が蠢いているのが目に入ってきた。

余りにも増え過ぎた蜂を間引こうと思っていたことを思い出す。

かなでが設置した養蜂箱はこのままの状態でいいとは思うが、

増え過ぎた蜂が作った巣は間引いていくことにした。


蜂の巣を壊しながら、僕は思う。

蜂自体は毒を持っているけれど、

蜂蜜にも巣蜜にも毒は含まれていないはずだから、

持って帰れば、アルトが喜ぶかもしれない。

特に、フェルドワイスの巣蜜は珍しいから、

僕もアルトも口にしたことはなかった……。


一応念のため巣を解体しながら、一口食べてみたが何の問題もなかった。

フェルドワイスの巣蜜は、

今まで食べた巣蜜の中で一番おいしいと思えるものだった。


古代神樹の花の蜜のように苦みも酸味もなく、

口の中に強烈な甘さが残ることもなく、

唯々柔らかい味わいの甘さが口の中に残り続け、

最後にフェルドワイスの花の香りを感じることができた。


きっとアルトの好きな味だ。


花畑の上を楽しそうにフヨフヨと飛んでいるセリアさんを横目に、

僕は黙々と巣蜜を採取していった。


余りにも集中していたせいか、昼食の時間が過ぎていることに気が付き慌てる。

急いで片づけをしてセリアさんを呼び戻し、転移魔法で酒肴のお店に戻る。

僕が戻るとアルトが駆けつけてものすごく怒った……。


第一声がどこにいっていたのだった。

昼前には戻るつもりでいたから、アルトにも行き先を告げていなかった。

行き先を教えると、友人との約束より僕といくことを選びそうな気がしたから。


「蜂蜜を取りに?」


「俺もいきたかった!」


少し拗ねたような表情を作りながら、アルトがそう告げた。


「友達と約束があったでしょう?」


「そうだけど……」


「探検は終わったの?」


「お昼ご飯を食べるために戻ってきて、師匠を呼びにきたらいなかった」


酒肴のお店にアルトだけではなく、アルトの友人やその家族達もここにいた。


「なるほど……」


昼食の時間に遅れたことを周りに人に謝罪すると、

昼食の準備が整ったのはついさっきだから気にすることはないと、

バルタスさんにいわれる。


数人のグループに分かれて、昼食のために屋台巡りをしていたようだ。

昼食は、古代神樹の中に用意されているらしい。


「昼からは出かけない?」


どこか不安そうなアルトの目を見て、

アルトの精神状態はまだ不安定なのだと知る。


「いかないよ。昼からは古代神樹の中でのんびりする予定」


「うん」


僕の予定を聞いて満足したアルトが次に気にしたのは蜂蜜だった。

とてもアルトらしい。

とりあえず、精霊達も食べるだろうから古代神樹へ移動しようと告げ、

酒肴のお店の中庭に刻まれた転移魔法陣で移動した。



所狭しと机の上に並べられた料理を見て、子供たちが歓声を上げていた。

僕も酒肴のニールさんにお箸とお皿を渡されたので、並べられている料理を見る。

アルトと子供達が僕の傍に来て、それぞれのお勧めを教えてくれた。


彼らに勧められるままに料理を食べていく。

時々、自分でとっていない料理がお皿の上にあるのは、

精霊のお勧めなのだろう……。

僕のお腹も周りの人達のお腹も満たされ、

酒肴の人達が食後の紅茶を入れるというので、

全員分の紅茶を用意して欲しいとお願いする。


酒肴の人達が紅茶を準備してくれている間に、

新しい机を鞄から取り出して置き、

その上に蜂蜜の入ったガラスの瓶を並べていき、蜂蜜の瓶のふたを開ける。


あたりに漂う蜂蜜の香りに、アルトや子供達の目が輝きだした。


周りの大人達はそんな子供達の様子を微笑ましそうに眺めていたが、

フェルドワイスの蜂蜜だと説明し始めると、

彼らの視線が、子供達ではなく蜂蜜の方へと向けられていく……。


フェルドワイスの蜂蜜だと伝えた時に、体を揺らしたのはミッシェルで……。

その不自然な動きにアルト達がどうしたのかと尋ね、

ミッシェルが軽くつばを飲み込みながら、

この蜂蜜が世間一般でどういった評価を受けているのかを話し、

フェルドワイスの蜂蜜を見るのも初めてなのだと興奮していた。


「小さなスプーン一杯が金貨一枚?」


ミッシェルの説明にアルト以外の子供達が机から少し距離をとった。

僕が蜂蜜の瓶を机に積み上げていっている間に、

酒肴の人にお願いして、紅茶の中に蜂蜜を入れてもらっていたが、

酒肴の人達の動きも完全に止まり蜂蜜に目が釘付けになっている……。


確かに高価で貴重な蜂蜜なのだけど、かなでが作ったあの場所を見た後では、

全くそのありがたみを感じることができなかったが、

彼らの反応からその感覚を反省し、

取り出すのは蜂蜜だけにして巣蜜を出すのはやめておいた。


「師匠、これ全部蜂蜜?」


これほどの量の蜂蜜を見るのはアルトも初めてのことで、

目を丸めながら積み上がっている蜂蜜の瓶を見つめている。


「そう。僕が午前中に出かけていた場所は、

 ジャックがフェルドワイスの蜂蜜を生産するために作った場所だよ」


「ジャックさんが蜂蜜を作ったの?」


ジャックが蜂蜜を作ったという言葉に軽く笑い、

先ほどまでいた場所を簡単に説明する。

その説明に、アルトがやっぱり俺もいきたかったと愚痴をこぼし、

機会があったら連れていくことを約束させられた。


説明をしていくうちに皆の表情が呆れたものへと変わる。

「ジャックだからな……」という言葉で最後は締めくくられた。

彼らから紡がれたその言葉の響きは、彼らの呆れた表情とは打って変わり、

どこか楽し気に揺れていた。


「ジャックだからな……」の言葉に詰めこまれた、

かなでに対する彼らの愛情を……僕は確かに感じることができた。


そして、それでも手を付けずにいる皆の姿と、

皆のかなでへの想いを見て、スクリアロークスと同じようにすることに決める。


なぜか……『一生旅をしてもいいけど……人と関わっていけよ刹那』と

あの時のかなでの声が僕の脳裏に再び蘇った。


「オウカさん。ここにあるフェルドワイスの蜂蜜とこれから渡す紅茶で、

 ハルの町の人全員に同じように紅茶を振る舞ってもらえませんか。

 ジャックから守護者を受け継いだ……僕からの挨拶のかわりに……」


オウカさんに渡す蜂蜜は、僕が採取した蜂蜜を渡そうと思う。

かなでの家には紅茶の茶葉も大量に保存してあったので、

問題なくハルの町の人にいき渡るだろう。

僕の提案に、オウカさんは呆れながらも頷いてくれた。


その返事を受けて、バルタスさんがため息を落としながら、

手際よく紅茶に蜂蜜を足していく。

そんなバルタスさんの姿を見て動きを止めていた人達も手を動かしていた。



ふと、僕の横からアルトが消えていることに気が付き視線で探すと、

アルトは僕から離れ今はバルタスさんの真横にいた……。


そして真剣な顔でじっと蜂蜜を見つめている……。

フェルドワイスの蜂蜜は鼻がいいアルトにとって、

ものすごく美味しそうな香りがするらしい。

獣人族で構成される酒肴の三番隊の人達も、

アルトと同じことを話していたことから、アイリとユウイにも送ることに決めた。

蜂蜜が好きなアイリはきっと喜んでくれると思う。


ぴったりと机にかじりついて離れようとしないアルトの様子に、

バルタスさんが苦く笑いながら、アルトと子供達に紅茶を渡す。


目を輝かせながら受け取ったアルト達が自分達の相棒であるリグシグの傍に座り、

酒肴のセルユさんやフリードさんが、お皿に綺麗に並べられたクッキーを手渡していた。


大人たちは配られた紅茶にまだ少し戸惑っているようだったが、

見えない精霊達によって消えていく蜂蜜の瓶を眺め、

減っていく傍から、僕が鞄から新しく蜂蜜を取り出し並べていく様子を見て、

苦笑を浮かべながら、紅茶に口を付けてくれていた。



午後からは、採取してきた蜂蜜を魔法を使ってせっせと飴を作り瓶に詰め、

ミッシェルと離れるのが寂しいとしょんぼりしている風の精霊を慰め、

瓶に詰めた蜂蜜と飴と巣蜜を蒼露様と光の精霊に渡してくれるように頼む。


他の精霊達にもと思い、どれぐらい持って帰るのかが分からなかったから、

せっせと飴を作っていたのだが……途中から減らなくなったために、

机の上には山ほどの飴の瓶が積み上がっていた……。


疲れた表情のオウカさん達が休憩に来た時に、

相場が下がらない程度に蜂蜜を買い取ってもらい、

この場に居る人達全員に作り過ぎた飴をお土産として持って帰ってもらった。


最初は余りにも高価すぎて受け取れないといわれたのだが、

飴の瓶を見て途方に暮れていると、僕の様子を見ていた周りの人達が笑いだし、

手分けして持って帰ってくれることになった。

その際に「セツナだからなぁ」という言葉があちらこちらで飛び交っていたのが、

不本意で仕方がない……。


そんな中……オウカさん達は在りし日の記憶を思い出していたのだろう。

かなでからフェルドワイスの飴を受け取った記憶を……。

オウカさん達は少し寂しそうな、それでいて懐かしそうな表情を浮かべながら、

飴を受け取ってくれたのだった……。



楽しい時間というのは、飛ぶように過ぎていくもので……。

子供達の楽しい時間が終わりを告げようとしていた。

きっとこの光景を誰もが予想していたと思う。

まぁ……子供だけではなく、大人達も自分の傍にいた生き物と離れがたいと、

寂しいと思っているのは一目瞭然で……。


僕にしても、僕から離れずにずっと寄り添うように傍にいてくれた魔犬に愛着を覚えていた。

ただ……それを見せるか見せないかの違いでしかない。

大人になればなるほど……そういった感情を隠すのが上手くなっていく。

素直に自分の感情を出せなくなっていく。

それがいいことなのかは……僕には分からない……。


ここで出会った生き物の大半が、もうこの世界に存在していない。

精霊が創り出した幻だと知っていても、その幻が消滅してしまうことに、

寂しさを覚え、焦燥を抱いたのだろう……。


離れたくないと泣く女の子達を、自分達も寂しさを覚えているだろうに、

必死に慰めている男の子達がいじらしい。


リグシグに抱き付きながら、大泣きしているミッシェルの傍で、

風の精霊が内心オロオロしているのを僕と他の精霊だけが知っている。

風の精霊はこの結末を想像していなかったのだろうか……。


この場所は0時に消えると告知されているが、

子供達は22時までしかこの場に居ることができない。

あと30分ほどで強制的に酒肴のお店に戻されることになるだろう。

30分ずっと……別れを惜しむのもいいとは思うけど……。


ここ数日……家族のことを思い出す機会が増えていたせいか、女の子達の泣き顔に、

『私に魔法が使えたら……』と、僕のために涙を落とした鏡花の泣き顔がちらついた。


どうせなら、子供達も風の精霊も笑って過ごせるほうがいい。

消えることを悲しんでいるのなら……消えない魔法をかけようか。

鏡花が望んだおとぎ話の魔法使いのように、子供達の願いを叶えるのもいいかもしれない。

この世界には魔法があり……僕は魔導師なのだから。


風の精霊に思いついたことを心話で告げると、二つ返事で肯定の言葉を返してくる。

ここでは、魔法をあまり使うなといわれているために、魔法の構築は風の精霊に丸投げだ。


子供達の傍にそっと近づき、泣いている女の子達の頭を撫でていく。

僕が頭を撫でたことでリグシグの羽毛に顔を埋めていた、

女の子達が顔を上げて涙を落としながら僕を見た。


目を赤くしながら僕を見る彼女達に苦笑しながら、

僕は鞄の中から立方体のガラスの箱を子供達に渡していった。


ガラスの箱の大きさは、大人の両手のひらからはみ出るぐらいの大きさだ。

不思議そうに僕を見る子供達から視線を外し、

ミッシェルが抱き付いているリグシグをそっと撫でる。


リグシグが気持ちよさそうに目を細めて僕の手に頭を押し当てた。


「ここにいる生き物は、風の精霊様達が魔法で作りだしたというのは知っているよね?」


僕の言葉に女の子達が項垂れながら頷く。


「生きているわけではないことも理解しているね?」


女の子達が止まっていた涙をまた流しながら頷いた。


「……いきていないけど、友達に、なったから」


ミッシェルがつまりながら自分の気持ちを口にした。

そしてミッシェルに続けるように、エミリアとジャネットが、

「消えてしまうのが悲しい」と告げた。


「そうだね……」


女の子達の言葉を肯定すると、彼女達がコクリと頷く。


「なら、頼んでみてごらん。僕が渡したガラスの箱の中に入ってくれるか、

 友達になったリグシグに頼んでみるといい」


「え?」


「そのガラスの箱には精霊達の魔法を維持するための魔法を刻んであるから。

 リグシグが君達と共に居たいと思ってくれるなら、その箱に入ってくれると思うよ」



精霊達が創ったモノに意思や感情などはないけれど……。

子供達はそう思っていないようだから……その気持ちを否定することはしない。


僕の言葉に顔を見合わせ、女の子達が膝の上にガラスの箱を置き、

リグシグの顔を撫でながら「私と一緒にいこう?」と話しかけていた。

女の子達の心からの願いを聞いて、

風の精霊が必死にリグシグが自分からガラスの器に向かっていったように見せる魔法を構築していた。



リグシグがガラスの箱に触れると、一瞬でその姿が消えガラスの箱の中へと収まった。

ガラスの箱の中でちょこまかと動き回るリグシグに、女の子達が目を見張っている。


「何もない場所では可哀想だから、ガラスの箱に手をあてて、

 この子達が好みそうな場所を想像してみてくれる?」


僕の指示に女の子達が頷き、

ガラスの箱に手をあて目を閉じてリグシグのために、一生懸命何かを想像していた。


しばらくすると、ミッシェルの箱の中には草原が。エミリアの箱の中には花畑が。

そしてジャネットの箱の中には新鮮な藁がガラスの箱の中に出現していた。

女の子達のリグシグは、それぞれの環境に喜んでいるように見えている。


「時々そうやって、リグシグの環境を変えてあげるといいよ。

 外に出すことはできないし触ることもできないけれど……。

 君達が魔力を注ぎ込む限りリグシグが消えることはない」


「魔力を注ぎ込むには、どうすればいいの?」


エミリアの真剣な表情での問いかけに、

ひと月に一回程度、箱に手をあてるだけでいいと教える。

僕の説明に頷き、女の子達がガラスを指で突きながらリグシグを呼ぶと、

リグシグは嬉しそうに近づき返事をするように鳴いた。


箱に手をあてながら食べ物を出すと、リグシグが美味しそうに食べる。

魔法の構築は、以前かなでが悪戯で作ったであろう魔導具を参考にして組み立てた。

ダウロさん達が遊んでいて、バルタスさんに殴られかかったあの魔道具だ。


女の子達の顔に笑顔が戻り、男の子達も嬉しそうにガラスの箱を眺めている。

外に出せなくても、触れなくても……。

二度とその背に乗れなくても、消えないという事実が彼らにとって一番嬉しいことなんだろう。


その優しい気持ちを大切にしていって欲しいと思う。

満面の笑みでお礼を言ってくれた子供達に、

僕自身も満たされたような気持ちを抱きながら視線を外し後ろを振り向くと……。

僕の真後ろにカルロさんが怖いほど真剣な顔をして立っていた……。


彼が僕に何が言いたいのかなんて、誰にでも分かることだろう……。

机の上にこの場に居る人数分のガラスの箱を並べていき、風の精霊に心話であとはよろしくと告げると、

風の精霊が目を見張って僕を見ていたが、僕はそっと彼女から視線を外し、

自分に懐いてくれた魔犬をガラスの箱へと誘ったのだった。


子供達が帰宅時間となったところで僕も戻ることにした。

他の人達はギリギリまで居るようだ。

ジゲルさんと後日また会う約束をして別れる。


子供達と子供達の家族と一緒に酒肴の店へと戻り、

それぞれを転移魔法で自宅や孤児院まで送り届けたあと、アルトと共に僕達の家へと帰った。


寝る準備をしてから、ベッドの上で楽しそうに今日という日の思い出を語るアルトに、

相槌を打っていた。アルトはしばらく機嫌よく話していたが限界がきたのだろう。

あっという間に眠りに落ちていった……。


アルトが起きないように眠りの魔法を入れ、

セリアさんが入っている指輪を通してある鎖ごと机の上に置いた。


彼女も疲れたのだろう、アルトが眠ると同時に指輪へと戻っている。

その時にセリアさんにも眠りの魔法をかけていた。

朝まで目を覚ますことなく眠ってくれるだろう。

あとは……この部屋に誰も近づけないように、人除けの魔法をかけておいた。

人除けの魔法といっても、僕達が眠っているだろうから、

明日の朝出直そうと思わせるような軽い魔法だ。


準備が整い、僕は転移魔法を発動する。

転移魔法の行き先は……。

闘技場で会った、人ではない何かが指定した場所だった。



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