Chapter16-5
病院の待合室で腕を組んだまま待っているレヴァンに荷物を返したエルミスは、ストッカーポーチから魔力の入ったストッカーを取り出す。通常のマナの輝きではなく、魔力特有の青白い輝きを帯びるストッカーを眺めるエルミスに、レヴァンがちらりと視線を向ける。
「……なんか分かるか?」
「魔力が異常に反応してる。暴走と言ってもいいな」
「暴走……、原因は?」
レヴァンが原因は、と声を出したのと同時だった。待合室に看護師と、私服に白衣を重ね着している研究員らしき人物がやって来た。
「あなたがフローイ君と一緒に居た子たちね。代表からストッカーを回収して、検査に出してほしいと言われているの」
「あ、これです」
「有難う。じゃあ後は看護師さんが案内してくれるから、フローイ君に会ってあげて」
研究員に持っていたストッカーと、もう一本満タンのストッカーをポーチから取り出して渡すと、看護師と数回会話をした後研究員はその場から去っていく。
そのまま言葉通りに看護師の案内で病室の前に立った二人。レヴァンがドアを開けるとベッドに身体を寝かせているフローイの姿があった。
「やぁレヴァン。迷惑かけてごめん」
「気にすんなよ。身体が痛いって言ってたけど…大丈夫か?」
「うん。痛くないよ。えっと…隣の子は?」
「エルミス。昨日喋ってた、王都から来たスゲーやつ」
「あぁ、君がエルミスさん……なんか、色々ごめんね」
「さん付けはいい。無事でよかったぜ」
互いに握手を交わす二人を見ながら、レヴァンは傍にあったパイプ椅子を二つ広げてどっかりと座る。"さんきゅ"と軽く礼を言いながらエルミスも椅子に座ると、レヴァンが事情の知らないエルミスに、改めて状況を整理する為に言葉を紡ぐ。
「エルミスは知らねぇと思うが、ナノスでは顔をズタズタに裂いた痛みと出血多量のショックで死ぬっていう謎の事件があるんだ」
「……随分物騒な話だな。でもその症状が軽く出てたのが今回のケースか」
「そうだ。一年とちょっと前、初めてその死体が発見されたときは…、…自殺で処理されたんだ」
少し間を開け、視線を伏せて思いつめるレヴァンの表情に、エルミスは"知り合いの類"に居たのだろうと予測を立てる。だが話を折るわけにもいかない為、黙って続きを聞く。
「そんで、一見目のケースから約半年後、同じように顔をズタズタに裂いた死体が何件も上がってな…。その時割と発見の早かった死体を調べたら、中毒症状が出たって話だ」
「……中毒症状なぁ」
中毒症状と言っても多くある。医学知識はあまりないエルミスでも、中毒症状には細かな分類があるということぐらいは理解しているが、それでもどういった症状で"顔を裂く"行為になるのか、そこが不思議だった。
ごそごそとストッカーポーチに手を入れて半分ほど溜まっているストッカーを取り出したエルミスは、改めてスキャニング魔法を掛ける。
くるりとエルミスの周りを回る魔法文字。魔力特有の青白い輝きと共に、エルミスの脳内に情報が流れ込んでくる。
「魔力の異常反応…暴走してるって言っただろ?」
「おう。その原因も分かるのか?」
「分かる。原因は"魔力と結びついている物質が、魔力を攻撃している"って事だ」
「魔力を攻撃……」
とんでもない事を言い出した。そんな表情を浮かべるレヴァンとフローイは互いを見た後、エルミスへと再び視線を戻す。
「魔力は体力と違って、直接的に肉体へと負担を掛ける事はあんまりない。魔力がほとんど無くなっても"まぁまぁ疲れた"ぐらいの認識だ。でも、」
「……」
「自分の魔力が"自分の意思とは関係なく攻撃されている"と勘違いする状態を作れば、身体は流石に"おかしい"と反応をする」
「それが"痛み"に繋がるのか」
レヴァンの答えに、エルミスは静かに頷く。だがまだ分からない事も多い。
「痛くて病院に行こうとしたのに、なんで身体は関門の外に向かってたんだろう…」
フローイの言葉は、レヴァンにとっても大いに疑問として挙がっていたものだ。どの死体も森の外で発見されていた。その過程をフローイが実際に行動として表していたのだが、なぜそうなったのかという疑問は被害者である本人にもさっぱり分かっていない。
「防魔法だよ」
「……ナノスの、防魔法壁か?」
「そう。例えばだが、密度の濃いマナを過剰に浴びて、魔力が通常よりも多く体内に入ってしまったとする。その時は自分で魔力を放出することが出来る」
エルミスは軽く人差し指を上げて自分の魔力で編んだ蝶を出して魔力を放出する。青白く輝く魔力蝶は、ふわふわと羽を二、三回ほど羽ばたかせてさらりと流離になって消えた。
「でも、攻撃されて、過剰に反応している魔力を放出しようとすると、防魔法が"人を攻撃している魔法"としてカウントするんだろう。だから放出しようにも出来ないし、ナノス代表はその考えがあったから、空のストッカーを持ってた」
「……その防魔法壁の外に出る為に、身体が勝手に動いてたって事、か?」
「反射行動だ。身体は対処の仕方を知ってるからな。ただ、防魔法の外に出たらおしまいだぜ。過剰に反応した魔力の枷が外れて、今まであった痛みがさらに広がって……痛みに耐えきれずに顔をやっちまうんだろう」
"ただそれを引き起こす原因まではわかんねーけどな、"と付け足したエルミスに、レヴァンは充分だと言わんばかりに納得の頷きを小さくする。自らの頭皮を爪で引き裂こうとしていたフローイは、まだ血の残る爪を見つつ、身体が無意識に外へと行っていた恐ろしさを改めて実感した。
「…なぁフローイ、心当たりとかないか?なんか食わされたりとか、飲まされたりとか」
「いいや。特には…むしろ最近こんなことが起こるとは思わないぐらい調子よかったし…」
「そっか…。…なぁ、よけりゃの話なんだけど、」
病室を後にしたレヴァンとエルミスが向かったのは、キャスター移動の老婆が運営する喫茶店だ。
"ちょっと上に行く"と言ったレヴァンの後を付いていくと、一つの扉を開けたレヴァンが"入れよ"と言いつつ暗い部屋をライトで照らした。
様々な実験器具が並んでいるその一室は、例えるならば"研究室"だろう。他の大陸から輸入したであろう魔力器具もあるその一室、凄く沢山あるな、とエルミスはぐるりと見渡しつつ、レヴァンが部屋の窓を開けて薬品漂う部屋の換気をし始める。
「いいのか?勝手に人の血なんて採血して」
「許可は取った!」
「そういう問題かよ……」
謎の良い笑顔を見せつつレヴァンは制服の内ポケットから採血管を二本取り出す。この部屋を"使い慣れている"のか、キャスター付きの椅子にどかりと座ったレヴァンは、エルミスの良く分からない機械に採血管をセットしている。
「なんだよそれ」
「分離機、これで血の中の成分を分けるんだ。第三大陸、クラティラス産のいいやつだぜ」
「ほー…って、なんでこんなところにこんなもんがあんだよ」
エルミスのツッコミの様な疑問に、レヴァンはまぁ座れよと言わんばかりにもう一つのキャスター付き椅子をエルミスへと滑らせる。背凭れを手で受け止めてそこに座ったエルミスは、窓の外を眺めるレヴァンへと視線を向けた。
「ここ、先生の研究室だったとこ」
「だった、って…今はあのお婆さん使ってねぇのか?」
「おう。もう使う事もなくなったからって、おれに貸してくれたんだ」
「ふぅん…そういやレヴァンはあのお婆さんのこと、"先生"って呼んでたな。研究者なのか?」
研究者であれば個々で研究室を持っているのも納得するため、予め研究者として仮説を立てて質問をしたエルミスに、レヴァンは外を眺めていた視線をエルミスへと戻しつつ、きぃ、きぃと小さな音を立てて椅子を微弱に左右へと回す。
「薬校の先生だったんだ。良い歳だから辞めるって言って、辞めた後に喫茶店始めたんだよ。先生って呼ぶ奴は、元教え子か、おれみたいに過去問とか教えてもらう現生徒だな。客は殆ど教え子ばっかだから、エルミスみたいなガチ客は珍しいんだぜ」
「だから最初にああ言ってたのか……」
新しい客だと言われた事を思い出す。代り映えのしない客層であれば、新客はさぞ目立っただろう。引退して喫茶店を営んでいるのは分かるが、なぜ引退した後まで研究室を作ったのだろか。その疑問を言葉として形作る前に、言いたいことは分かると言わんばかりにレヴァンは再び窓の外を見ながら口を開く。
「ここは、先生の孫を治すための研究室だったんだ」
「……孫、」
「そう、孫。……昔から身体が弱くて、原因も分かってなかったらしい。先生は孫の状態を考慮しながら、特効薬やら原因物質の特定等やってたみたいなんだが……」
「…………」
レヴァンの沈黙で、エルミスは"どうなったんだ"と聞けるほど馬鹿ではない。必ずその先に語られるのは"死"だ。
「今日、おれのダチが頭掻きむしりそうになってただろ。そんで病院で説明した、顔をズタズタにしてショック死するやつが続いてるって」
「…?おう、」
急に話が変わったな、とエルミスは考えつつ、思わず言葉を詰まらせながら相打ちを打つ。
「……一年ほど前、初めてその死体が発見されたのが、先生の孫なんだよ」
「……!!」
エルミスは思わず言葉を失う。まだ"病で助からなかった"と言われた方が、納得していただろう。
「……最初は自殺で処理されたって言ってたな」
「あぁ。先生も家族もすげー大反論。そんな子じゃないって言ってたけど、発見の遅かった死体から何も反応が無かったし、傷以外は正常だった。魔獣や凶暴な動物にやられたような傷でもないし、自分の爪で裂いてることから自殺判定だ」
ギルドや研究員からの正式な発表は自殺という簡単な単語だけだったが、レヴァンは姉から詳細を聞いたのだ。
あの日、朝起きたらだれも居らず、窓の外は変わらない雪景色を眺めながらラジオを聞いていた時、玄関のドアが開く音が聞こえ、足元の寝巻の色が変わっている姉が目を腫らして帰ってきた。感動して泣く姿は有れど、外から帰ってきた姉が寒さで赤くなった頬に涙の痕を付けているのを見て、タダならぬことがあったと気付いて駆け寄ると、姉は眉を下げながら己の頭を撫でた。
『―――…ネリアが、ね、…森の外で、』
姉の言葉と共に流れてくるラジオニュース。森の外で少女の遺体が発見された、という情報に、その少女が姉ととても仲が良かった人物であるという事が当てはまってしまった。
レヴァンは決して姉と同等の時間を、あの優しい年上の女性と過ごした訳ではない。だがたまに姉と共に勉学を教えてもらったり、他愛もない話をした。優しく、博学で、そしてなによりも姉ととても仲良く語り合っていた様子を鮮明に思い出す事が出来る。
冷えているであろう身体を温めてきてほしいと言えば、"先生のところでお茶を頂いたので大丈夫"と返ってきた。ネリアさんのお婆さんか…と独り言を言いつつ、コートを脱いだ姉から詳細を聞いた後、正式に自殺としてラジオで発表されてしまった。
既にその判定を知っているのか、取り乱す事はない姉の目が、他の誰よりも否定的な色を灯していたのを、弟である己は見逃さなかった。
「――その先生の孫、ねーちゃんの友人だったんだ。すげー、仲の良かった、」
「……!!」
重い、重い一言が、ナノスの優しい自然の風と共にエルミスの耳を撫でた。
分離機が動作を止めると、そんな重い一言を掻き消す様にレヴァンが椅子から立ち上がり作業を始める。その後姿に、エルミスはなぜかセリーニの姿が重なって見えた。
M-1だあああああああああああ!!!!!
なんだかんだ言って、毎年M-1見てます。優勝した組は実力があるのは当然ですが、そもそもM-1の舞台に立てるコンビの殆ど実力ありますから、その後色んな番組で活躍しているのを見てほっこりします。個人的に好きなコンビは中川家、サンド、霜降り、そしてダイアン。
ゴイゴイスーッ!!!!




