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Chapter15-6

挿絵(By みてみん)





 その日は唐突に来た。まだ雪が降り積もり、専門学校が短期休みの時、いつものようにセリーニが起きて自室からリビングに行くと、朝から両親が慌ただしくしている珍しい風景を見た。



『おはようございますお父さん、お母さん。どうしました?』

『おはようセリーニ!ちょっと呼び出し、今からすぐ行かなきゃ…あなた、これ。えぇっと、ご飯は出来てるから、レヴァンが起きたら食べてね!!あなたいくわよ!』

『おはようございますセリーニ。あぁ、ごめんね。またすぐ戻ってくると思うから、ゆっくり待っててくださいね』



 大荷物を持って長身の父親を引き摺りながら出ていく母親を玄関まで見送ったセリーニは、寒い風が入るドアを閉めて暖かなリビングに戻る。


 随分と急いでいたのか、いつもは片付いているキッチンのシンクがそのままだった為、とりあえず洗い物を済ませようと腕捲りをして取り掛かる。



『――皆さまおはようございます。今日のナノスの天気は曇りのち雪、早朝のニュースをお伝えします。今朝未明、北西の森、外周付近の内周にて少女の遺体が発見されました。第一発見者は見回りをしていたギルド隊員によるもので――』

『……防魔法壁がぎりぎり届かない外ですね。魔物に襲われたのでしょうか――っ、いたっ』



 ぼんやりと脳内でナノスの形を浮かべ、防魔法壁の行き届いていない森を思い浮かべていると、突然の痛みがセリーニの指を襲う。思わず手を上げると、人差し指の腹に切り筋が出来ており、じわりと血が濡れた指を伝って落ちてきた。


 少し濁った水と泡の中から、包丁の鋼が見える。あれで切ってしまったのだろかと考え、唐突に脳内にいつかの光景が思い出された。



 "でも、弱い人でも扱い方をしっかり理解してれば、刃物は助けになるもの。そういう物でしょ?"包丁とか、まさにそうだよね"




 ざわり。と、なぜか背筋に悪寒が伝う。




 風邪か、と勘違いするほどに。ぽたり、と落ちてしまった血をそのままに、絆創膏を取りに行こうと水を止めたセリー二は、よりクリアになったラジオの音に意識が向く。



『――…遺体は顔の判別は出来ないものの、学生書を所持しており、専門学校生であることが判明しているほか、事故と事件の両方で操作するとナノスギルド支部が報告しています。次のニュースです――』



 なぜか嫌な予感がしたのだ。セリーニは消毒する過程を飛ばして絆創膏を指に巻くと、並べられた食事の傍に弟へのメモを残し、寝巻の上からコートとマフラーを付けて外へと飛び出す。






 水を含んだ雪が弾けてセリーニの足元を濡らすが、そんなことを気にするほど余裕がないほどに走り込んだ。縺れる脚、滑る道、とにかく走る。


 走って、走るほどに人が多くなる。その度嫌な予感が大きくなっていく。




 "第六感を大切にしなさい。脳は働かずとも、身体が訴え反応し、脳を動かす"――師匠である祖父がそう言っていた。第六感は自分の危機であり、守る者に異変があった時だと。その時に行動するのが身体で、後々脳が追い付いてくると言っていた。



 早朝でありながら人混みが増えた。北西の森ではなく、北東の道に人が増えていく。この道は何度も通い、そして共に語り合いながら歩んだ道だ。


 そんなはずはない、あってほしくない、きっと今回限りは第六感も間違っているかもしれない、誰だって間違いは――






 セリーニは初めて課題プリントを渡しに行ったことを思い出した。あまり面識もなく、ただただ同じクラスの、特定の曜日で休む子だと思っていた子に、課題プリントを渡すために地図とにらめっこしながら歩いた事を。

 ドアから小さく顔を出すあの用心深さとは裏腹に、知り合いだと分かると笑顔で迎え入れる人懐っこさを、思い出した。




 今、その玄関には、多くのナノス支部のギルド隊員と研究員がおり、いつもは元気な笑顔で迎え入れてくれるネリアの母親が、顔を手で覆い隠して泣き叫んでいる。



『――――っ』



 セリーニは察した。察したけれど認めたくは無かった。近くで野次馬の対応をしているギルド隊員に近付いたセリーニは、対応を拒否される覚悟で問う。



『あの、ここの、』

『あーごめんね。正式に発表があるまで待っててね』

『……は、はい…』



 そんなことを言われても、あの元気が取り柄だと言わんばかりの両親の状態を見れば分かってしまうものだ。寒さか、あるいは現実を受け入れないがための冷えが身体の感覚を奪い、視界が狭まる。


 不意に、コートを軽く引っ張る感覚に気付いてセリーニが振り返ると、先生と慕う老婆が自店の喫茶店に向けて顎をしゃくっている事に気付くと、人混みを抜けて歩き進める。先ほど来たよりも少しだけ疎らにはなっていたが、それでも何事かと見に行く人もいる様で、少し後ろを振り返ったあと、セリーニは再び前を向いて老婆の後ろを付いていく。



 カラン。と、誰も居ない店内に来客を告げる。暖炉に薪を入れてマッチで火を付けた老婆は、椅子を暖炉の近くに置いてセリーニに座れと顎をしゃくる。



『なんだい。寝巻姿で出てきたのかい』

『……あの、』

『セリーニの思ってる通りだよ。孫が死んだ』

『っ……』



 孫を失った老婆の声色は変わらない。セリーニは改めて先生と慕う老婆の顔を見ると、暖かくなっている店内とは裏腹に、顔にいっさいの温かみが無かった。生気が失っているという言葉が似合うほど、いつものやんちゃな老婆の笑顔さえ浮かんでいなかった。



『飲みな。女の子が身体を冷やしちゃならん』

『……ありがとうございます』



 ホットティーが入ったマグカップを受け取って一口飲む。無自覚だったが、空気の乾燥した外で走っていた為、思いのほか喉が渇いていた様だった。じんわりと暖かいホットティーを飲んで、様々な思い出が蘇る。



 出会った日からほぼ毎日の時間を、ネリアと共に過ごしていた。

 


 修業から帰ってきて、報告をするたびにキラキラした目で聞いていた事。

 老婆から出される課題を二人で一緒に取り組んだ事。

 クラスのお調子者がとても面白かったことを思い出し、二人で笑った事。



 狂暴な魔獣を退治して帰った時、心配してくれた事。

 紅茶の淹れ方を教えてくれた事。




 初めてネリアの紅茶を飲んだ事。




『なんて顔してんだい』

『……ごめんなさい。色々思い出して、』



 目に溜まった涙が、頬を伝ってひたすら流れる。鼻も詰まり鼻水も出る。紅茶を飲む度に震える歯が当たってカチカチとなる。


 老婆は剥き出しの木の根に腰を掛けると、セリーニの顔から暖炉の火へと視線を移す。熱気は当たっているというのに、何時まで立っても顔は青白いままだった。



『……あの子は、感謝してたよ』

『……』

『身体が弱かったからこそ、あまり同学年の子と遊ぶことが無かったからね。友人がいなかった。"学校は学ぶところだから"と言ってたけど、セリーニがあの子と会ってから、大人ぶってた子が一気に年相応になった』



 孫は賢かった。自分の身体を治したいと思う気持ちもあるが、健康な子供が遊ぶという時間に、ネリアは"勉学する時間"として割り振っていたからだ。要領も良く物分かりも良いネリアを、両親や祖母でさえ"大人びている"と思っていたほどだ。


 だがセリーニが来た時、久しぶりに勉学以外の話をしたのだ。"今日ね、同じクラスのセリーニちゃんがプリント持ってきてくれたの!すごくいろんなお話をしてね、明日学校でお話の続きするんだ"――と、大人びていない、年相応の笑顔を振りまいて語る姿を、両親と祖母が驚きながらも心が温まる思いだった。



『ちゃんとした友達が出来て、セリーニのお陰でクラスの子とも仲良くなった。でもなにより、身体が弱い事を分かってでも、側にいて接してくれたセリーニの事を、ずっと感謝してるとね』

『……私は、ネリアと出会ってまだ二年でした。それでも、親友の様に思っていたんです』

『……』



『……これほど、つらいとは、』




 思わなかった。そう言葉を続けようとしたが、涙と共に叫びそうになるのをこらえる様に、セリーニは唇を噛みしめたのだった。




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