Chapter15-2
暗い部屋を仄かに照らす外の街灯を頼りにスイッチを探して電気を付けると、デザートの乗った皿を机の上に置いて作業場を確認する。
ドアを開けて部屋の電気を付けつつ、軽く顔だけを出し見渡すと、待機状態になった携帯魔法炉と、別の鍛冶屋が持ってきた研磨機が見えた。どうやら使ったのか、ほんの少しだけ研磨機の周りに鋼の粉が残っているのが分かる。
電気を消してドアを閉めたエルミスは、備え付けの小さな冷蔵庫から炭酸水の瓶を取り出して蓋を開けると、置いてあったコップに注ぐことなく直接一口飲む。ことん、と静かに机に置いて、レースカーテンを開けて窓を開けると、涼やかな夜風が自然の空気を運んできた。
「すずし…」
寝間着に着替え"さて、持ってきたデザートを食べよう"と、椅子に座って使っていたフォークを手に持ち、何から食べようと考えていたところでドアのノックがエルミスの手を止める。
ここで普通のノック音ならば、誰だろうという考えを浮かべながら出迎えるのだが、関係者のノック音に無言で立ち上がって鍵を開ける。
「や、」
「……もしかして逃げてきたか?」
「失礼な。セリーニ隊員の居ない状況で努力した方だよ」
「すげーかわいいねーちゃんが身に着けてる香水の匂いがする」
「君は浮気を疑う妻か」
「女の子に囲まれてよく頑張ったなって褒めてんだよ」
にっこり笑顔でやって来たリーコスの隊服へと鼻を近付けて匂いを嗅ぐエルミスに、何とも言えない渋い顔をしたリーコスはそのまま部屋へと入る。
「寝酒ならぬ寝デザートか。家族が羨ましがっていたよ、"食べても太らない身体を分けてほしい"とね」
「リーコスも食う?」
「美味しいと思ったものを一口貰おう。…ところで、」
エルミスは机の上に置いていた作業ベルトをベッドの上に放り投げて机の上に座り、リーコスはエルミスが先ほど座っていた椅子へと腰掛けつつ、互いに窓から見える夜の森を眺める。小さく聞こえてくる隊員や団員たちの賑わいと市民の楽しそうな声が夜風に乗って、二人の耳を微かに撫でた。
再びフォークを持ったエルミスは小さなチョコレートケーキを半分に切り、崩れない様ゆっくりと挿して口に持って運べば、もったりとした濃いチョコクリームの味わいと、ほろ苦いスポンジの味に"うまい"と感想を呟き、そのまま半分をリーコスの口元へと持っていけば、何かを言いかけつつチョコレートケーキを口に含んだ。
「……うまいな。ところで、メリシア管理官夫婦を見て、何か思い耽っていたが…どうした?」
「…オレそんなにスゲー顔で見てた?」
「あぁ。それはもう"気になります"と顔に書いてあるぐらいにな」
エルミスが空けた飲みかけの炭酸水の瓶を持って一口飲んだリーコスが、時計塔のバルコニーから消えていくメリシアとネイドの背中を見るエルミスの表情を見抜いていた。
紅茶の生クリームを使ったロールケーキを半分切って口に含んだエルミスは、リーコスの言葉に自分の顔をぺたぺたと触って表情に出ていたのかと問うと、肩を竦めて"見抜いている"という表情と共に言葉が紡がれた。
「あの夫婦の結婚指輪がな、魔法道具だったんだ」
「…?それが引っ掛かったのか?」
「そう。珍しいと思ってな。結婚してる指輪職人の左薬指だって、普通の指輪が嵌ってんだ…なんか理由でもあると思ってなぁ」
適度に咀嚼をしてふわふわの生クリームから香る茶葉の香りと味わいに"うまい"と一言付け足し、そのままリーコスの口元に残りのロールケーキを放り込む。
咀嚼をしているリーコスは、ほんの少しだけ驚いたという表情を浮かべると、ごくりと飲み込んで口を開いた。
「あれは普通の結婚指輪に見えたが?」
「そう見える様にしてあるだけだ。オレがセリーニに作ったブレスレットみたいに、魔法道具でありながらスロットがない道具を作ることだってできるからな。デザインさえそれっぽくすりゃあ、普通の結婚指輪と大差ない」
エルミスはそう言って口に残る甘さを炭酸水で流し込み、高さと厚みがあるシフォンケーキをフォークで切って一口含む。もふり、と空気を含んだそれを咀嚼しつつ、チョコレートと紅茶の複雑な香りと味わいに目を見開いて美味しさを表現する。
「俺の父上も母上も、結婚指輪は普通の素材だったな…。余程珍しいならば、エルミスの目に留まるのも理解できる。もし欲しいなら贈るが?」
「いらねぇよ。指輪はアルキさんのストックで充分」
「残念だ、んぐっ……」
冗談を叩くリーコスの口に残りのシフォンケーキを詰め込んだエルミスは、空になった皿にフォークを置いて炭酸水を飲むと、口いっぱいに含んだシフォンケーキを咀嚼するリーコスに瓶を渡して窓の外を見る。
(だが、なんか引っ掛かるんだよな…)
決して珍しいだけではない。エルミスは"なぜ結婚指輪を魔法道具にしたのか"という所にあった。
縁起が悪いと言われているものをわざわざ身に着けずとも、普通の指輪と魔法道具を両方身に付ければ良い話で。態々"結婚指輪を魔法道具にしなくてもよい"のだ。
「まだ何か考え事か?」
「……いや。案外流行るかもしれねぇぜ?結婚魔法指輪」
「ははっ、トレンドの先取りということか。なら流行る前にエルミスに贈っておかないとな」
「結婚魔法指輪だって言ってんだろーが」
空き瓶を机の上に置いたリーコスは冗談を一つ口にすると、椅子から立ち上がって窓から見える夜の森を見る。さわさわ、そよそよ。夜風は変わらず部屋に森の香りを運んでおり、レースカーテンを緩く揺らしている。
「さて、そろそろテントに戻るよ」
「おう。明日から気合入れていけよ」
「そうさせてもらう。エルミスも出来るだけ安全に行動するように」
「母さんみたいなこと言うなよ…。おやすみリーコス」
「おやすみエルミス」
廊下へと足を踏み入れたリーコスを見送る為、ドアノブを持ったまま軽いやり取りをしたエルミスは、心配の言葉を添えるリーコスに軽口を叩きつつも受け止めれば、互いに就寝の挨拶をしてリーコスは廊下を歩き進んでいく。
角を曲がるまで見送ったエルミスは、見えなくなる手前で手を振る相手に軽く手を振り返して部屋に戻ると、持ってきた荷物から歯磨きセットを取り出した。
「夫婦で結婚指輪を魔法道具にするって……本当に変わってるな」
変わり者夫婦に見えないからこそ、左薬指に納まる存在が浮いている。あれを魔法道具と認識している者は、鍛冶屋を抜いてあまりいないだろう。
不思議な事もあるものだ、とエルミスは考えながら、歯磨き粉の乘った歯ブラシを口に含んだのだった。
ダイエットしている身体にケーキの描写はきついよ!!
ざまんざい見てます。流れ星って関西では全然見ないんですけど、実力あって面白いです。あれは関西でも売れるし東京でも売れる。




