Chapter12-6
午後は思った通り、手間のかかる道具を中心とした作業ばかりだった。エルミスは魔法炉の調整をしながらも、そろそろ自分が手伝える魔法道具が少なくなってきたな、と考えつつ炉に浸かった鎧の一部を引き上げて父親に渡す。
カン、カン、と鎚を振り鉄が鳴る音が、ラジオのバラエティ番組に混ざって響く。散らばったままの不純物を父親の邪魔にならない様に箒で掃いて綺麗にしながら、父親の手つきをしっかりとスキャニングで確認しながら見ていると、汗を拭った父親が"よし、"と一言呟いて鎧を組み上げていく。
「さて…こんなものかな。エルミス、この鎧のタグ処理をして地下書庫に入れておいて」
「ほーい。なぁ父さん、今日はこれでおしまい?」
「…?うん、あとはもうお父さんが手を加えるだけの物ばっかりだから…どうした?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって」
聞きたいことが、と言いながら地下書庫に通じるドアを開けて階段を降りていくエルミスは、タグの処理を終えた鎧をゆっくりと所定の位置に置いて埃が掛からない様に布を被せて工房へと戻る。
「聞きたいこと?」
「ん。…こう…、うーん…魔法か何かで、マナの路や物質の変化を固定したりする技術って…ある?」
「マナの路と物質の変化を固定…、……」
地下書庫から上がってきたエルミスへ父親の優しい声色が返ってくる。こくりと頷いたエルミスは自分の作業机へと腰を凭れさせながら、両手を広げた後きゅっ、と固める仕草をして質問をする。その一連の動きを見ながら父親は顎に指を掛けてじっくりと考えると、少し目を見開いて皮手袋の嵌っている手でぱんっ、と軽く合わせた。
「あぁ…!あるある!」
「…!あるのか…!どんな魔法!?」
「ふふっ…丁度それが記載されている本が地下書庫にあるよ。ちょっと待てよ…」
自信を持って言葉にする父親に、エルミスは机に凭れていた腰を正すどころか前のめりになって父親の言葉に舞い上がった。これで一歩前進する、という安心感と嬉しさを抑えながら、父親が地下書庫へと降りていくのを見つつ一体どんな魔法なのだろうか、と考えた。
「あったあった…。はい、エルミス」
「……"初心者にも優しい鍛冶職人のススメ"…?」
「そう。それの二十六ページを開いてみて」
父親が手に持ってきたのは一つの本。
その本は相当古いのか、丁寧に修復された後のある物で、如何にも"古いですよ"と言わんばかりのタイトルロゴデザインがでかでかと表紙を飾っていた。父親の言われるがままにエルミスは少し厚い表紙を捲った後数枚ずつページを捲って二十六ページに到達すると、これまたでかでかとサブタイトルが書かれており、エルミスの視線を右から左へとじっくり滑らせるようなデザインだった。
「…魔力による物質固定法、…これだ!」
「どうやら望みの情報だったようだな」
「なになに……"火をくべた炉で鋼や素材を同時に溶かし、地脈から抽出したマナを流し込んで…"って、情報古っっっ!!」
「ハッハッハ!だってそれ五百年ほど前の知識だから、古くて当然!」
説明を声に出して読み始めたエルミスは、今とは全く違う手間のかかる製法の仕方に思わずびっくりしながら裏表紙の発行日を確認する。
驚きの言葉と発行日を確認する息子に声を上げて笑った父親は、発行日に視線を滑らせる息子にかぶせる様に発行日を言うと、驚いた表情を浮かべたままエルミスは裏表紙から該当ページへと視線を戻す。
「うちの地下書庫に施された保護魔法凄すぎだろ…。っと、それは置いといて…"抽出したマナを流し込んで、鎚でしっかり叩きましょう。熱いうちにしっかりと叩き、不純物を取り除きながらしっかり混ぜる事によって強度が増します"…ここまでは昔から変わってねぇんだな」
「肝心なのは次だね」
「……"しっかり叩いた鋼にマナの路が固定される様に、ここで魔力を鋼全体に流し固定しましょう。魔力は自分自身の魔力で構いません。マナだとせっかく鋼と結びついて固定されていくマナの路が柔らかくなり不安定になるのでやめましょう"…へー、魔力を全体に流して固定かぁ」
簡易的な図まで書かれているが、大体はその説明分だけで充分に理解出来たエルミスは、状態の良い古い本をぱらぱらと捲る。
なるほど、簡単な図と、簡単な説明分、そして簡単な道具作りの説明を見るに、本当に優しく初心者向けの本であることが分かる。だがなぜ古くからあるシぜラスという店に"初心者向け"の本があったのか、そこが気になった。
「この本、父さんがここで見つけたのか?」
「いいや。それは父さんが第四大陸で修業した時代に、師匠から"要らないからやる"って言われた本の一つなんだ。一通り目を通して、いつか使うかなぁと思って地下書庫に置いておいたんだよ」
"いやぁ、まさかエルミスに必要だったとは、"と言いながら笑う父親に、エルミスは思わず"それって要らねぇもんを処分するのがめんどくさくて押し付けられたんじゃあ…"という考えを浮かべて消す。
物持ちの良い父親の事だ、捨てておけと言われても勿体ないから持って帰ると言いそうだなと考えつつ、軽く目を通した本を閉じて作業机の邪魔にならない場所へと置いた。
「五百年前は魔法炉なんて無かったのかな?」
「いや、魔法炉が出来たのは確か千五百年前…丁度シぜラスも魔法炉を導入したのが千年前だし、有るにはあったらしい。でも高価だし、そもそも"機能を一緒にした道具を使うより、本物の火を使う方が良い"って職人も多かったみたいだからね…」
「あー…"手間をかけた方が良い"っていうアレか…」
一通り材料を魔法炉に放り投げたエルミスは、皮手袋を嵌めて特殊パネルを操作しつつ父親と会話を交わす。
あまり"歴史"というものに触れてこなかった為、博学である父親の話を聞いて初めてシぜラスの工房にある魔法炉が千五百年前という古い時代からあった事を把握する。そして五百年前までは便利な魔法炉を使わず、火を起こして地脈から溢れるマナを鍛冶用に生成する方法があった事を考えると、職人という者は今も昔も、"新しい物を積極的に取り入れるのを嫌う"ものなのだなと感じた。
なんか十九時更新って言ってるのに、毎回半ぐらいになっています。えへへ…。
うちの家族、私だけ栗ご飯好きなんですよね。他は全員栗がいらない、ご飯に味がないと…なんでや!栗ご飯おいしいやろ!!




