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Chapter12 温故知新

挿絵(By みてみん)






 鈍色を叩く鎚の音が脳内にゆっくりと響く。振ろうと腕を動かしているわけではないが、己の視界には金属板を鎚で叩く手のみが見えている。



 またこの夢か。そう気付いた時、声を発していた。




"最後まで完成させる事が、まだできないんだ"




 時間の焦りは無いが、それでも出来ない事へのもどかしさは心の中であった。誰に言っているのか分からない、もしかしたら自分自身に言い聞かしているのかもしれない夢の中で、己の声が工房内に響いた気がした。



"焦るな。まだ知らない知識がお前には沢山ある"



 ――女の声だった。受け答えをしたその声色は、どこかで聞いたことがあったような気がする、と夢の中でぼんやりと感じた。知らない知識…それは確かにあるかもしれない。まだ十三年しか生きていない己は、全ての知識を持ち得ていない事は確かだ。



 "昔は常識としてあった技術が、今では不要になることだってある"――…と、女の声が優しく語り掛けた。かさついて、ささくれの多い左手の薬指には、相変わらず傷だらけの指輪が光り輝いている。

 しっかりと鉄ばさみを握っているため指先が赤白くなっており、鎚を持つ右手が今一度振り下ろされる。増えるマナの路と、鈍色に輝く金属板が透明色になる工程と同時に強い衝撃が腹へとやってきた。






「っ……てぇ…」



 無理やり覚めてしまった眠気に付いていかない瞼を無理やり上げながら、エルミスは腹にある己の手と目覚まし時計に痛みの原因を悟る。またこの夢か、そう思いながら軽く身体に刺激を与える様に伸びをすると、上体を起こして布団に転がった目覚まし時計を確認した。



「四時……まじかよ…」



 早起きさ三文の徳とは言うが、いくら何でも早起き過ぎるとエルミスは目覚まし時計のスイッチを切ってベッドの上に置くと、痛む腹を擦ってベッドから降りた。




 シャツとツナギ、そして作業ベルトをしっかりと付け、ポーチに下巻の書を入れようとしたところで今一度夢の中での事を思い出す。あの夢を見始めてから一週間ほど、ずっと同じ夢ばかり見るようになってしまったエルミスだが声を発したのは初めてだった。

 この本を読めるようになってから薄らぼんやりと同じ夢を見る様になった、最近"同じ夢ばかり見る機会が多い"と自覚してから初めて声を発した。色々不思議な事が起こっている…そう考えながらポーチに仕舞って自室を出た。





 身支度を整え、母親にラグダーキで朝食を食べるというメモを残し、日課である鳥の餌やりを終えて街中を歩く。


 星の姿はほとんど見えなくなってしまったが、それでもまだ薄暗い街中を街灯が照らしている中を歩くエルミス。開店準備をする店の食べ物の匂い、箒で玄関前を掃除する音、鳥の縄張り争い、色は静かでも音がある早朝の街中を歩きつつ、明かりのついているラグダーキのドアを開けようと手をドアノブに掛けようとしたところで、ふと中から珍しい音が聞こえてくる。




 カラン、と来客を伝えるベルが"ピアノ"の音と共に奏でられる。この時間帯は深夜上がりの仕事人、バーで飲み明かして眠っている常連、エルミスの様に早起きをした者がまばらに座っている。静かな子守歌の様な生演奏をこんな時間帯にやっているのか…とエルミスは考えながらカウンターに座ると、にっこり笑顔のコラーリが出迎えた。



「おはようエルミスちゃん!」

「はよ、コラーリさん。いつもの、あと食後はアイス頼める?」

「あら珍しいじゃない。ついでにフロートにでもしちゃう~~?」

「おっ、それいいな…頼んだ」



 くあっ、とあくびを一つしながら、バチーン!とウィンクを決めるコラーリの提案に頷くと、妙に眠気を誘う優しいピアノの音に耳を傾ける。



 ラグダーキには一階のフロアに小さなピアノがある。昼や三時の休憩時、バーの時間帯などに弾いて、演奏料を稼ぐ者がいるのだが…深夜から早朝のこの時間帯にピアノを弾いている者は、エルミスが知る中では初めてだ。



「上手でしょう?」

「ん…あんま音楽は知らねぇんだけど、聞きやすいってのは分かるぜ」



 バーの時に出していたつきだしの余りを小鉢に入れてエルミスの座るカウンター前に出したコラーリは、ちらりとピアノを弾く黒い背中に視線を送ったあとエルミスの方へと視線を向ける。小鉢に盛られたトマトとフレッシュチーズのマリネをフォークで掬い口に入れながらこくりと頷いたエルミスは、酸味とまろやかなチーズの味を味わいつつピアノを弾いている者の背中をちらりと見た後視線を戻す。



 それにしても随分とコラーリの機嫌がいい、とエルミスは咀嚼しながら分厚いベーコンを切る女装筋肉の顔色を見る。


 いつも笑顔を絶やす事は無いが、今日はまた特別鼻歌が聞こえそうなほど機嫌も良く、尚且つ化粧の気合が凄まじいと感じたエルミスは、ごくんと喉を鳴らして口にあるものを飲み込んで来店時に出された水を一口飲んだ後口を開く。



「なぁ、この時間帯にピアノって珍しくねぇか?」

「そうなのよ。彼の希望でね?夜の十二時から五時まで、雇ってくれないかって…休憩二時間、まかない一食付きで雇っちゃったのよん♡」

「ふぅん…まぁ、ピアノ演奏っていつも昼とかが多いし、夜から朝にあるのって新鮮だな」

「そぉ~なのよぉ!!おまけにピアノを弾くのがイケメンっていうのが…♡」



 ケチャップライスが女装筋肉の幸せとリンクするようにフライパンの上で踊りまわっている。そうだ、この女装筋肉達磨は、顔が良い男というものに極端に弱い事を思い出したエルミスは、もぐもぐと小鉢の中身を食べながら呆れた表情を浮かべていた。


 だがコラーリの審査基準は厳しい。エルミスもリーコスという幼馴染ははっきり言って男でもかっこいいと思う部類な為、コラーリの審査基準をクリアしている。

 ちなみにエルミス自身はというと、"エルミスちゃんはママに似てかわいいほうなのよねぇ…"と、少し残念そうにため息を吐いて評価が返ってきた。女装筋肉の評価なので何となくホッとした様な、男としてその評価はどうなのか…と考えた事もあったが…。



 あっという間に出来たケチャップライスを皿に盛り、キッチンペーパーで汚れを取った後、たっぷりのバターを投入し菜箸でぐるぐると固形のバターを回しながらくねくねと身体を揺らしているコラーリに、背中を見せてピアノを弾いている男の顔は相当良いのだろうとエルミスは考える。

 小鉢を全て平らげフォークを紙ナプキンの上に置き、カウンターに肘をついて頬杖にするとエルミスは呆れた表情を浮かべたまま卵液を箸で掻き混ぜるコラーリになんのタメにならない質問をする。



「ピアノの男とリーコス、どっちの方が顔が良いんだ?」

「えっ!?そうねぇ…比べるには系統が違いすぎるわっ…!」

「け…系統…?」



 断言したコラーリはバターの海に卵液を投下する。しゅわしゅわ、じゅわじゅわと焼ける音を立てつつボウルを綺麗にしたスパチュラでフライパンの卵液を掻き混ぜながら語る口を止めない。



「そう、まず王子さまはクール系統の顔なのよ。切れ長の目元、スッ…と通った鼻筋、薄い唇…だからこそ笑顔を見せるととっても素敵でたまらないのよぉん…♡」

「そ…そうかよ…」


「そして彼はね、セクシー系統の顔なのよ。目じりがスッとしていて、まつ毛の長さ、眉毛の形、ふっくらとした下唇…あぁん…♡」

「………」



 質問しなきゃよかったな、とエルミスは水を飲みつつ後悔する。なるほど、女よりも女らしい、そして男よりも男らしいこの女装筋肉のストライクゾーンなんだな、と考えていると、ケチャップでハートが書かれたオムライスがカウンターの上に置かれた。


 スプーンを包んでいる紙ナプキンを取り、とろりとした卵と一緒にケチャップライスを口に放り込んで咀嚼すると、丁度ピアノの演奏が終わったのか椅子から立ち上がる音が聞こえてきた。特に気にせずエルミスは皿の上で暖かい湯気を立てるオムライスを食べていると、小鉢を回収したコラーリがピアノ奏者へと声を掛けた。



「お疲れ様ぁん♡今日はもうまかない食べておしまいよぉん♡」

「……まかないのついでに、家に居る奴の為に持ち帰りを一人前…お願いできますか。玉ねぎと、チョコレートさえ使わなければ、なんでも…」

「はぁ~い、いいわよぉん!まっかせて頂戴!!」



 エルミスの隣へと座ったピアノ奏者はそうコラーリに頼むと、軽く息を一つ吐いてコラーリのまかないを大人しく待っている。



 コラーリがそれほど熱を上げる顔なのだ、一度だけしっかりと見ておこうとエルミスは隣をちらりと見る。



 黒い衣装に身を包む男の胸元から上へと視線を上げていくと、ばちりと赤い目と視線が合う。特徴的なアスタリスク形の瞳に、己の瞳が逃げる事を忘れるほど視線を逸らす事が出来ない。がち、と思わずスプーンを齧ってしまうのはもはや仕方ないと思うぐらい、エルミスは驚きで声を出す事が出来なかった。




皆さんたい焼きはあんこ派?カスタードクリーム派?


前にSAでミルフィーユたい焼きってやつ食べたんですけど、なぜか上あごがめちゃくちゃ痛くなったんですよね。味に関してはうーん、まぁ普通でした。普通のたい焼きと普通のミルフィーユ、別々に食べた方がいい。

それよりもメロンパンアイスが美味しい。あれは太る。おいしいと美味しいが合体した悪魔の甘味。

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