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Chapter11 旧友

挿絵(By みてみん)



 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ――

 三、九、十八、四十五――




 鎚を振る度増えるマナの路。色が混ざり透明へと変化していく金属板。



 鎚を握る手は己のものとは少し違う。長い指は振動をしっかり受け止める様に肉が付いており、豆があった場所はすでに硬い皮膚で盛られている。金属板を押さえている鉄ばさみを持つ左手の薬指には、細かな傷が有れどしっかりと輝いている指輪があった。

 迷いのない手は鎚を振り下ろし、的確にマナの路を作り上げながら金属板を透明にしていく。


 割れる、


 あと少しで割れてしまう、


 そう思った時だった。鎚を叩く手が止まり、己の魔力が溢れるのが分かった。






「………ゆめ…?」



 目を開ければ仄かに薄暗い天井がエルミスの視界を埋め尽くしていた。いつもはマットへと沈んでいる右手は浮いており、小さな目覚まし時計が握られている謎の寝相に、寝ぼけ顔の眉間に皺を寄せながら持ったままの目覚まし時計で時間を確認する。

 七時十分――目覚ましベルが音を立てる時刻よりも五分早く目覚めたエルミスは、後ろのつまみを弄って鳴らない様切り替えて軽く身体を伸ばす。



「んんーっ…、はぁ…しっかし…妙なリアル感があったな」



 夢の内容について感想を言いながらパジャマを脱ぎ、いつもの作業着であるシャツとつなぎを着て作業ベルトを巻き部屋を出る。とん、とん、と階段を降りてリビングキッチンに顔を出すと、机の上には祖父の書置きがあった。

 "ラグダーキに行きます"と書かれているそれにエルミスは"珍しいな、"と軽く呟きながら洗面所に向かうと、顔を洗い歯を磨き始める。



「あら、おはようエルミス。早いわね」

「おふぁようふぁあふぁん。ひょうははやおふぉひふぁっふぁ」

「ふふ。早起きだった息子には朝食のベーコンを一つ追加しておこうかな~?」

「ふぁっふぃー」



 おはようかあさん、今日は早起きだった。と歯を磨きながら言っても、母親はしっかりと聞き取れているのか、顔を洗い軽く肌ケアをしながら小さな褒美を提案している。ラッキーと言った後口を濯いで髪の寝ぐせを櫛で直した後、歯を磨く母親と場所を交代し、庭に来る小鳥に餌をやる為洗面所から出ると縁側へと移動する。



「あれ…?おじいちゃん珍しいわね、朝のラグダーキに行くなんて…」

「爺さんって今まで朝にラグダーキ行った事あったっけ?」

「一応十年ぐらい前までは朝のモーニング頼んでたのよ。ただエルミスが三歳になった時、お母さんが職員復帰で忙しくなるから代わりにエルミスの世話をするっておじいちゃんが言ってくれてね、そこからぱったり行かなくなったのよ」

「へぇー…」

「まっ、もう今はエルミスのお世話は必要なくなったし、おじいちゃんも久しぶりにモーニング食べたくなったんじゃない?」



 ベーコンの焼ける音と匂いを耳と鼻で感じながら、庭に植わっている木の枝にとまっている小鳥たちを確認して専用の餌を庭へと撒く。

 一斉に降りてくちばしを器用に使って餌を食べ始める小鳥の群れを眺めながら、世話をしてくれた祖父の有難さを感じていると、一番遅起きになってしまった父親が階段を降りて洗面所へと向かう音が生活音に溶け込み始めた。目玉焼きを作る為のカパンッという卵の殻を割る特有の音が聞こえたところで小鳥の餌をもう一度撒くと、エルミスは腹の虫を黙らせるために再びリビングへと戻った。






 家を出てシゼラスに到着すると、工房のドアを開けて開店準備をする。


 空気を入れ替えて魔法炉に異常がないか確認するのは必須と言ってもいい。外のカウンターで父親が客と話しているのか、話し声が聞こえてくるのをエルミスは魔法炉のチェックをしながら日常生活音の一部としようとしたところで、脳内で華麗にタップダンスを踊るような喧しい声を発する"魔族"がやってきた事に気付いた。



 魔法炉のチェックを終えたエルミスは工房のドアを閉めようとしたとき、勢いよく工房のドアをがっちりと掴んで完全に閉じない様魔族が妨害してきた。こうなると面倒くさい事をエルミスは良く知っている。



「ちょいちょいちょいちょい待ち待ち待ちぃや!!」

「るっっっ…せぇ!ちったぁ声のボリュームを落とす練習ぐらいしろって毎回言ってるだろーが!!」

「ひっど!これでも五パーは落としてんねんで!!」

「たったの五パーかよ…!!」



 ぎぎぎ、と工房のドアノブが壊れるのではないかと思うほど力強く前後に引っ張られている。これではドアノブがお陀仏になってしまう、というところで諦めたエルミスはぱっ、と手を離すと、勢いよく後ろへと転がってしまった魔族を改めて見る。



 奇抜な服装と髪型は誰もが一度目を向けるほど派手であり、決して人違いを起こすような見た目をしていない。尖った耳を飾る無数のピアスは、エルミスが出会う度に種類が変わっている為お洒落には厳しいのだろう。白をベースにし、黄、桃色へと染まっている派手な髪に付いてしまった土埃をぱっぱと手で掃いながら立ち上がった魔族は、エルミスの顔と身長を見るなりわしゃわしゃと頭を撫でまわした。



「エルちゃん~デカなったなぁ~。えぇ?前は急用でおらなんだし、その前も腹痛でトイレに篭っとったし、その前は休み言うてたし、一年と三ヶ月見ぃひん間にこないデカなるやなんて…」

「(オメーが来る日に合わせて予定入れてたに決まってるだろーが…)おい、あとボリュームを十パー下げてくれ…」

「エルちゃん鼓膜弱すぎちゃう?」

「オメーの声帯が異常に丈夫すぎんだよスピーサ!」



 なでくり回される頭に響き渡る声色がエルミスの思考を鈍らせる。スピーサと呼ばれた魔族の男はぐしゃぐしゃに乱れてしまったエルミスの頭をぽん、と軽く撫でて喉に手を当てると数回擦って声のボリュームを調節し始めた。

 あー、あー、と確認する度に音量が下がっていくのが不思議なのだが、この魔族の男はそういった特徴を持っており、だからこそ"商人"という役職で声を武器に渡り歩いていると言っても過言ではない。



「こんなもんでええ?」

「……初めからそうして来てくれたらオレもわざわざ用事入れる事もねぇんだぜ」

「なんか言うたか?」

「なんでもねー。しっかし、予定より二週間ほどアステラスに寄るのが早いぜ?なんかあったのか?」



 エルミスへと確認を取ったスピーサに、ぼそぼそとエルミスは独り言を言いつつ首を縦に振る。聞き返したところを見ると聞こえていなかったのか、そのまま話を流し壁に掛けてあったカレンダーを見た。二週間と二日後に赤字で"商人来店予定"と書かれているのだが、予定していたよりも早い到着にエルミスは首を傾げる。



「ん、あぁ。急遽材料が欲しいいうて旧友から連絡入ってん。丁度アステラに居るやつやったし、ワイの持っとる客の分は全部揃とったさかい爆速で来たっちゅーわけや」

「へぇ。スピーサの旧友なぁ…すげー煩そうだな」

「親子揃っておんなじ事言うてるやん」



 どうやらカウンターに座って作業をしている父親と同じ会話をしたのだろう。無理もない、派手な魔族の"旧友"と聞かれたら、親子以前に皆同じことを思ってしまうのは予想が付く。この後も他の店に素材を渡しに行くはずだが、ほぼ確実に同じ返しをする者は現れるだろう。



「せやけどワイより煩ぁないねん。物静かぁ~で、喋らんかったら居るんか分からんぐらい気配があらへん。喋りもせえへんし連絡もここ七百年ほど寄越さへんかった奴からの依頼や、爆速で来るんも無理ないやろ?」

「ななひゃっ……!?…そりゃあ爆速で来るのも納得だぜ」

「せやろ?まぁあいつのところに行くんは最後て決めてるんや。とりあえず依頼されとった品を出すで」



 旧友の特徴を聞いたエルミスは、時間も仕事もきっちり熟す奇抜な魔族の商人がなぜ二週間も早くアステラスの地へ足を踏み入れたのか理解した。最後に向かうと決めているところを聞くと積もる話もあるのか、ゆっくりと話をするために先にアステラスの顧客に商品を届けるのだろう。エルミスは友人想いの商人に感心しつつ、準備を始める様子を眺める為椅子に座った。


はっぴーじゅういちがつ~!!ハロウィンなんてなかった!!

明日は19時にアップ予定です。いつものやつ。

最近はちみつをスプーンに乗せて食べるという、はちさんありがとうごめんね習慣をやってしまっています。おいしい。ごめんね。

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