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Chapter10-2

挿絵(By みてみん)




「強い匂いのする女は好きだゾ」

「っ!!」




 一瞬だった。




 魔族の男の隣に居たはずが、瞬き一回でセリーニの懐へと入った魔人亜種の女に、セリーニは目や脳で剣を持つ腕を"動かす意識"が追い付かなかったが、身体は瞬時に腹を裂くであろう鋭く大きな爪を防いでいた。


 身体が瞬時に反応していなければ、きっと鎌の様な爪は腹などあっという間に切り裂いて腸を撒き散らしていただろう。

 強い力を剣で受け止めたまま、セリーニは硬く鋭い爪を剣で弾き凶悪な手を斬るべく剣を振るう。


 手首や腕を重点的に攻めるが逆に爪で弾かれ、弾かれたかと思えば剣をそのまま振るわそうと避ける。


 "手慣れている、"とセリーニは考えながら流されかけた剣身を斜め上へと振り上げると、思ってもみなかった剣の軌道に驚いた魔人亜種の女が一歩飛び下がった。



「お前、魔法をあまり使わないナ?」

「……!」

「珍しいナ。でも強くていイ。殺すのはもったいないガ」

「っ…!!」



 アスタリスク形の瞳を携えた金の目がセリーニを見つめている。魔法を使いながら戦っているリーコスと魔族の男とは違い、魔法が飛び交わないセリーニの戦いに魔人亜種の女が感心の声色を乗せた。殺すのはもったいない、と言いながらもアスタリスクの瞳が輝き、魔法文字が一文字ずつ魔人亜種の女の前に書かれていく。




 まずい、とセリーニは飛びかかる様に一歩踏み込み剣を振って魔法文字を壊す。ぐぐっ、と魔力を多く消費するほどの正確な制御が掛かっている魔法文字を壊した事で、一瞬だけ魔人亜種の女が驚きの表情を見せつつも、そのまま身体を切り刻まんとばかりに的確な一撃を食らわす剣先を爪で受け止めた。



「魔力量がすごイ。それだけあって魔法を使わないなんテ…、うェ!?」

「目くらましぐらいにしか、使えませんが…っ!!」

「っぐ…!!」



 セリーニが身に着けている魔法道具が青白く輝いたかと思えば淡い薄緑へと色を変えると、突然魔人亜種の女の目を風が襲い思わず目を瞑ってしまう。


 こんな簡単な風の初級魔法であっても、目に強い風が入れば反射的に目を瞑ってしまうのは当然。


 剣を押さえている爪がギリギリとブレて力が一定に入っていない間に、剣で爪を受け止めたまま下へと振り下ろし、横っ腹へと強烈な蹴りを入れた。



 強い蹴りを受け横へと吹っ飛ばされていく魔人亜種の女を、リーコスと戦う視界の端で捉えた魔族の男は、やってきた一撃を剣で受け止めはじき返し、するりと横をすり抜けて壁へと激突寸前の女の首根っこをがしりと掴む。――それと同時だった。




「二人とも!ここにあった生命は戻した!永久停止の手順も済ませたぞ!」


「遅かったカ」

「……老人を狙え」

「…りょうかイ」



 エルミスの声が工場全体を包む。機械から離れていく赤と青の灯が、地上へと上がっていくのが視界に入った。


 リーコスとセリーニは"二人を護りながら外へと出て騎士団員達と協力し、二人を退治する"事に目標をシフトするが、魔族側は"魔法炉を永久停止させた作業員を排除する"事にシフトした。


 荷物であろう老人を魔人亜種の女に攻撃を仕掛けさせ、ひ弱そうな作業員を魔族の男が狙う。



 一斉に地から消えた魔族たちをリーコスとセリーニは目で捉える。突撃する魔人亜種の爪は老人を捉えており、リーコスは身体的にその距離まで一瞬で行けるはずもなく、詠唱短縮魔法陣が刻まれた剣を光らせて炎の矢を魔人亜種の身体に打ち込ませるが爪で薙ぎ払われてしまった。


 そのままくるくると身体を回転させて老人に向かって爪を振り下ろす魔人亜種の女。老人の前に身体を滑らせたセリーニがその爪を剣で受け止めた。




 だが肝心のエルミスはノーガード。リーコスとセリーニがギリギリ目で追いつける速さに、一般人であるエルミスはとてもではないが追いつけるはずもなく、



「「エルミス!!」」


「…悪く思うな」

「――…!!」



 若い隊員二人の声が魔族の耳に入る。帽子によって隠れていた顔が魔族を見上げる為に驚きの表情で固まっていた。


 その灰白色の目に赤い目を持つ魔族の瞳孔がほんの少し細くなるも、剣を頭上から突き刺そうと落下するスピードは変わらない。




 終わる。




 終わってしまう。避ける余裕がない。




 でも避けなければならない。




 ほんの数秒、走馬灯ではなく、どう避けるかを全力で考えた結果、エルミスは後ろへと飛び退いた。



「っ!!」

「…!?……、」



 確かに剣は届いた。



 エルミスが身体を退けるよりも早く、頭ではなく移動に追いつかなかった身体へと確かに到着していた。だがその剣はエルミスの身体を突き刺すのではなく、まるで何かに阻まれたかのように剣が軌道を逸らし空振りしてしまったのだ。



 トッ、と軽く地面に着地する音が耳に小さく届く。痛みの来ない事に、目を瞑ってしまっていたエルミスはそろりと瞼を上にあげると、困惑の色を仄かに見せる魔族の男が立っていた。


 魔族の男の瞳はエルミスを見ているように感じるが、エルミス自身が感じているのはどこか遠くを見るような、ぼんやりとした瞳だった。



 一呼吸をする間にリーコスが走ってくる音が次第に大きくなってくる。



「……ロドニーティス…か、」

「…!!お前、なんでオレの名字を、」



 "知っているんだ"と続けようとしたが、魔族の男はそのままエルミスから距離を取る様に飛び退き、その側へと魔人亜種の女が着地する。



「いいのカ?」

「…本来の目的は回収のみ。無駄な事をしすぎた……帰るぞ」

「ほぉイ」



「待て、貴様らは関係者だろう。みすみす逃がすか…!」



 まるで家に居るかのようなのんびりとした会話をする魔族二人に、リーコスが距離を素早く縮めながら剣を構えると、魔人亜種の女の足元から再び魔法陣が現れた。ズズズ…と地に吸い込まれていく二人にリーコスは魔法陣を斬ろうと振りかかるも、剣先が床を傷つける頃には二人の姿と魔法陣は消えてしまった。



「チッ…。魔族を捉えるには現行犯でないといけない…逃がしたのは痛いな」

「大丈夫か二人とも。爺さんも怪我ねぇか?」

「小僧、お前さんこそ怪我はないのか」

「オレ?なんか知らねぇが大丈夫だぜ」

「……傷はありませんね。良かったです…」



 傷が付いた床を見ながら剣を鞘へ仕舞ったリーコスは、三人の元へ歩み寄る。セリーニはエルミスが本来剣で傷を付けられたであろう場所を確認しつつ、他の怪我がないか確認している。



 それを大人しく受けながら、エルミスは戦ったリーコスとセリーニ、そしてアルキの心配をするも逆に心配されてしまった。傷が付いていない事を確認できたセリーニは屈めていた身体をしゃんと伸ばして、アルキの身体もチェックを始める。



「エルミス、本当に大丈夫か」

「おう。セリーニのお墨付きだぜ、…信用ならねぇか?」

「いや。…とりあえず今から行政立ち合いの元、ギルドと騎士団の内部調査が入る。逃げるなら今の内だぞ」

「あ、そうだった…オレ不法侵入だったな!んじゃ…服は一番上のトイレで伸びてる奴に返しとくからそいつの回収頼むー!」



 ばたばたとその場を後にしたエルミスの背中を三人は見送る。



 その数分後にギルド隊員と騎士団員が降りて来たため、リーコスはその場に留まり、セリーニはアルキの身体を支えながら地上へと出た。




近畿地方なので、ちょこっとだけした暴風域に入っていませんが、直撃する関東の方、海沿いの方々、お気を付けてください。大事なのは命です。

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