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Chapter1-5




 壁の向こうはエルミスたちが読めないと言っていた文字が壁に刻まれており、尚且つ文字が青白く光っている。マナが魔力と結びついて光る為、壁一面魔法によって魔力が込められているのだろうと考えたエルミスは、刻まれている文字は魔法文字の可能性がある事を第一に置いた。


「道、続いていますね…」

「…オレはこのまま行く。セリーニはどうする」

「……エルミスの護衛として私も行きます。役に立てるのは剣業だけなのですが…」

「充分だ。よし、とりあえずトラップには気を付けようぜ」


 人が並んで約三人分ほどの道幅をエルミスとセリーニは床や壁を注意深く見ながら進んでいくと、セリーニが一つ気付いたことを口にする。


「ここ、見学の場所よりも随分と造りが綺麗ですよね」

「む、そうだな…向こうはどちらかと言えば岩盤を削って壁にしたような感じだったが、こっちは壁となる素材をくみ上げた感じだな…」

「後から造られた場所なのかもしれません。雰囲気も随分違いますからね…」


 かつん、こつんと靴音をたてて歩きつつ内部の造りを見る二人。遺跡内部はエルミスが言った通り、嘗て巨大な森の中をくり抜いて作られた遺跡のため内部は削られた跡が多くある。だがここは平らな面が綺麗なブロックの様なモノが積み上げられ壁となっており、明らかに魔法の手が加えられている。


「…この本と関係あるんだろうな。きっと」

「家宝、でしたっけ。でしたらエルミスのご先祖様がお造りになられたのでしょうか…」

「うーん…建築なんて言い伝えねぇしなぁ…」


 未だ淡く光る本を見つめるエルミスは、この本が導く結果がこの場所だったという事に、少なくとも家宝として護れと言った先祖の言葉を思い出してぽつりと呟く。先祖の話は祖父から聞いてはいるが、こういった巨大な魔法建築の類に誰かが携わっていたという話を聞いていない為あまりピンとくるものはない。そのまま廊下を歩き進める事約五分、遠くの方で水の流れる音が聞こえてきたと思えば段々と水の音が大きくなると共にシルエットも見えてくる。


「…なんでしょう?」

「…、…おい、やべぇぞ。あの水、"こっちに来る"」


 来る、という表現は正しい。上から下まで水という水が覆いつくし、壁となって迫ってきているのだ。点で見えていたものはこちらに勢いよく迫ってくる。あんなものに飲み込まれたらどうしようもないが、今更入口の壁へ引き戻るには"遠すぎる"と思うほどに水の壁が迫るスピードが速い。二人で一先ず回れ後ろをした後、全速力で走り出した。





 走る。走る。踵から地に付けつま先で飛ぶように。だが水の壁が迫る音は無情にも大きくなる。



 考えろ。考えろ。エルミスは頭をフル回転してどうすればあの水の壁を対処できるか、喉の奥で血の味がし始めても構うことなく足を動かし考えながら魔法の組み合わせを決めれば、片手で作業ベルトの細長いポーチからストッカー一本に風の魔法陣が刻まれたスイッチストッカーを取り出す。


「ハッ…!ハァッ…!おいっ、セリーニ!これ持っててくれッ!」

「わっ…!」


 エルミスが持っていた家宝の本を走りながら投げる。バラバラとページが宙で捲れる本をセリーニが同じように走りながらキャッチするれば、ナイスキャッチ!というエルミスの言葉が返ってきた。セリーニは魔獣の類であれば剣業で"対処"できるが、相手は無機物である水の壁。生きているものではないため"どうしようもない"とセリーニは自分自身で不甲斐無さを感じつつ、一先ずエルミスの走るスピードに付いていきながらエルミスの行動を祈るように見る。


「 破裂 」


 その呪文の始まりにセリーニは思わず渡された家宝の本をギルド制服の中に仕舞う。これから"来る"魔法で必ず濡れる可能性があるからだ。紙とペンで形作られた本を出来るだけ濡らさぬように、セリーニが今出来うる精一杯の対策をとってエルミスの魔法文字完成まで走り続ける。


「 猛烈たる豪火の柱 裁断するは凄惨の水壁 」


 一本目の魔法文字が完成しエルミスの身体を中心にくるりくるりと回り始める。


「 "変転"! 」


 もはや機械のように足を動かしながらエルミスは持っていたストッカーと風のスイッチストッカーを使う為に呪文を唱える。パキンッ!と風のスイッチストッカーが弾け、淡い緑光を放っていた満タンのストッカーは中身が半分になる。

 属性切り替えの単語にセリーニは少なくとも驚きの目をエルミスへと向けた。中級の魔法である呪文に他の属性を重ねて魔法を完成させようとしている――魔法学校の卒業必須項目であり、決して簡単に出来る代物ではないものを十三歳の少年が"中級魔法の重ね掛け"を、さも"出来る事を前提"でやろうとしているのだ。


「 大々な風の助勢 …っ、はぁ…!突貫するは火焔の突風…! 」


 一本目の上に二本目の魔法文字が完成し、エルミスの持つ魔力とストッカーにの補助によって綺麗に綴られた魔法文字は、セリーニが見ても完璧と言わざるを得ない。濁流が流れているような音が聞こえ、セリーニはちらりと後ろを振り返れば水の壁はもうすぐそこまで迫っていた。ザザザッ!!とエルミスは勢いよく足を止めて振り向き、二本の魔法文字を重ねる、


「 我が焔の渦 汝を熱し弾く者也!! 」


 呪文完成と共に重なった魔法文字は魔法陣へと変化すれば、飛び出した炎の渦は水の壁にドンッ!!と勢いよく突き刺されば瞬く間に蒸発し始める。その凄まじい光景にセリーニは目を逸らすことなく迫りくる水の壁を蒸発させる火柱を眺め、そして他属性の重ね掛け魔法を完成させたエルミスの"魔法技術の高さ"を知る。ごうごう、ごうごう、ゆらりと揺らめく炎は水を舐める様に掬い、巻き取り、そして蒸発する。全面を埋め尽くしていた水の壁が全て蒸発すると、炎の渦はエルミスが完成させた魔法陣と共に消えた。


 熱せられた水蒸気が道を隠し、ぱらぱらと降り注ぐ水の壁だった残滓に打たれつつ、エルミスは走りによって乱れた息を整えながらセリーニの方へと駆け寄る。


「セリーニ、大丈夫か!?」

「は、はい…」


 大丈夫です、と言いながら頷くセリーニ。蒸し暑くなった道に少しでも熱を逃がそうとギルド制服のボタンを二つほど外しながら小雨がもう降ってこない事を確認すると、懐から家宝の本を取り出して返せば、ありがと、という言葉と共に受け取るエルミスとまた再び同じ道を歩き直し始めた。


「魔法…だったんでしょうか」

「だろうな…水路でもねぇし、おまけにここは森の中だ。入ってきた奴に問答無用で作動する事になっているんだろう」


 ぱちゃん、と浅い水たまりを靴で踏みつつ歩き進めていく。全速力で走った結果かなり戻されてしまったが、水に飲まれてもがき苦しむよりは何倍も良い。注意深く遠くを眺め、これ以上なにも起きないでくれと思いつつエルミスは歩いていると、セリーニがエルミスに向けてハンカチを差しだした。


「流石に蒸し暑くとも、濡れていると風邪を引きますから…」

「ん、すまねぇ…」

「…エルミスはあれほどの魔法技術があるというのに、王都魔法学校に入学しなかったんですか?」

「あぁ、"鍛冶学"がないからな」


 セリーニの疑問にあっさりとエルミスの答えが返ってきた。確かに王都魔法学校には鍛冶学がないため自然とエルミスの選択に入らなかった。"鉱山と鍛冶の国"と呼ばれる第四大陸イガンダス国には鍛冶を学ぶ有名な巨大学園がある事を思い出したセリーニは、もう一つの選択肢を出してみる。


「イガンダス国はありますよね?」

「母さんも『そこにいくか?』って言ってた。でもオレ、王家専属鍛冶師の技術が詰まってる父さんの技術をしっかり学んでから、それでも行きたくなったら行くって言ったんだ」

「まぁ…!ふふ、手本が目の前にあるという事ですね」

「おう、そういうこった。これ、洗って帰す」


 エルミスは顔と頭に掛かった水を受け取ったハンカチで拭き、適度に濡れてしまったそれをしっかり綺麗にして返す事を伝えてつなぎのズボンポケットに仕舞うと、水蒸気で熱せられていた空間から水がほんのりと張ったままの水道までやってきた。空気は次第に蒸し暑さから緩やかながらも涼しさを感じており、どうやら奥まで進んできたのだろうと分かるほど水蒸気の道が後ろの方で薄らと見える。



ぱしゃり、ぱしゃり。動かぬ小川の様な道を歩く事三分、大きな二枚扉の前に立ち止まった二人に、重厚な扉はうんともすんとも言わずただただその場に留まっていた。


「これも、もしかして本を持ったまま入るのでは?」

「…見掛け倒しって事か」


 セリーニの言葉にエルミスは念のためまずは一人で手を近付けてみる。指先が軽く触れる感覚に"通り抜けと違うのか…?"と思わず手を引っ込めようとするが、セリーニがエルミスの様子に気付く前に本を持ち同じように手を扉へと付ける。


「わっ…」

「おぉ…」


 ぺたりと手の平が付くところから勢いよく体中の魔力を吸い取る扉にセリーニは驚きの声を上げれば、その様子を見たえエルミスも同じように手の平を当てて魔力を吸い取る感覚を受ける。ゴウン、と重厚な音を立てた扉は二人の魔力を吸い取り淡く輝き始め、土埃を落としながら二枚扉はゆっくりと左右に開いた。


「あ…開きましたね…」

「…一定の魔力量が無いと開かねぇようになってるのか」


 神代の書物をポーチに仕舞い、ストッカー専用ポーチから半端に残っていたストッカーを取り出しマナを魔力に変えて身体に補充するエルミスは、意外にも多く体内の魔力を消費していたのかストッカーの半端なマナを全て魔力へと変えて補充すると、パキンと小さな破裂音と共に空になったストッカーが砂のように粉々になった。

 どういった仕組みで扉が反応して開いたのか気になったエルミスは扉に向けて手を翳しスキャニングする。多くの魔法文字が扉を囲み上から下へと流れ落ちると、複雑かつ理解不能な構造ではあるが、一部読み取れた魔法文字を見て仕組みを理解し納得すれば扉の向こうへと歩き始める。



 扉の奥に広がっていたのは、広い円形の空間だった。


 歩いてきた道と同じように文字が刻まれた壁に囲まれており、円の中心には台座の上に大きな"置物"と思わしき塊がある。塊を例えるならばつるりとした黒と紫が混じる鉱物だ。それ以外の目立つ物は何もない。


「ほかに扉は有りませんね…ここが何か家宝の本に関する最終着点なのでしょうか」

「……」


 セリーニは部屋の様子を見るため靴音が響く空間をゆっくりと歩きながら確かめていくが、二重扉以外の扉やドアは特別見当たらず、ならばこの広い空間があの長い道が誘った最終地点だと考える。天井や地面を見ても特別仕掛けがあるようにも見えないただの広い空間に、ある意味罠の仕掛けが無かったことに一安心しながらも、考え込むエルミスの様子を見て"やはりなにかあるのだろうか"と思ったセリーニはそのままエルミスの元へと戻り静かに待つ。



(わざわざ"魔法鍛冶師"の家系である先祖が、神代の書物を"家宝"と言ってなぜ守らせたのか…)


 エルミスの考えはまずそこにあった。守らねばならないものであるという事は分かるが、それならば最も強固で優秀な血筋である王家が持った方が一番安全だ。だが王家では"なにかダメだったから"こそ先祖が誰にも渡さず守れと"魔法道具鍛冶師"の血を引く子孫たちに伝えたのだろう。

 ならば考えは絞られる。"魔法鍛冶に関するものであり、魔法鍛冶師でなければこの空間を理解することが出来ない"ということに。

 エルミスは片手を地に付け目を閉じる。身体の中にある魔力をじわりと空間一帯に染み渡らせながら呪文を唱え始める。



「 同調 開始 」



 しっかりとこの空間をスキャニングする為に発せられた言葉と共に、エルミスの身体が青白く輝き始める。詠唱をしっかりと行うスキャニング魔法によって纏う魔力の輝き、広い空間に漂う光の粒が輝き消え、そしてまた新たな光が生まれている光景にセリーニは思わず美しさで息を飲む。


「 古き技術集めし空間 叡智の六属性 永遠と代償の間 」


 エルミスはこの空間に刻まれた特徴をスキャニングしながら掬い上げ読み上げていく。とてもではないが今のエルミスにとって"情報量の多すぎる空間"であり"読むことが出来ない単語が多い"ため、出来るだけ読める物を正確に、尚且つ特徴的な単語を拾い上げていく。


「 汝 我と同調せし者 互い 一つになりし者也 」

「わっ…!!な、なんですかこの魔法文字の量…」


 スキャニング魔法の詠唱を完了させれば、円形の広い空間は一斉に魔法文字が埋め尽くしていた。あまりにも多い情報量にセリーニは驚きの声を上げ、エルミスも浮かぶ魔法文字の数々を見回りながら脳内へと直接記録されていく情報の数々を確認していく。家宝の本と同じ様な読めない文字も脳内へ情報として送られていくが、意味がない為基本無視をしつつ浮かぶ魔法文字を指でスライドさせながら読めるものだけを読んでいく。


「読むことが出来ねぇ結果は除けるが、この空間は"装置"を起動させるためのモンらしい」

「装置を起動させるという事は…装置はまだ動いていないという事ですか?」

「ん、そういうこった。んで、その装置を起動させるためには…」


 "スキャニング"魔法後は必ず情報となる魔法文字は消え、魔法を使用した者の脳内へと記録されていくのが普通だ。だが今魔法文字は"浮かんでいる"ままだということ、そして空間を埋め尽くしつつ漂っていた魔法文字は、中央に置かれていた"鉱物"へと吸い寄せられていくようにするりと解けて消えていく。


「スキャニングしたこの空間の魔法文字を、あの中央にある"鉱物(そうち)"に喰わせた後――」


 ズズズ…と地鳴りの様な音が広い空間を震わせる様に響き渡る。




「…あれの動きを止めて、"鍵"を取り出すことが最終目的だ」





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