Chapter9-5
「なにを、」
「 火芒 」
しゃがれた声がエルミスの行動を抑制するように発せられるが、エルミスはまるでそんな声など耳に届いていないとばかりに詠唱を開始する。
突然の行動を起こす従業員に周りの従業員たちも少しずつざわつきを見せた。魔法を発動させるのか、という異様な視線を向けている。
「おっ…おい小僧、ここは魔法が使えんぞ」
「 束ねる炎の渦 熱を帯びし光の刃 途絶する全てを刺し貫け 」
一本の魔法文字がしっかりと浮かび上がる。
初級魔法の中でも上位にある魔法を一字一句しっかりと読み上げたエルミスに、赤く輝く魔法文字がしっかりと周りを回る。"魔法文字が出来ている"という光景に従業員だけでなく、老人までもが驚きの目を携えていた。
「 我が炎刃 汝を断ち切る者也!! 」
詠唱が締めくくられると同時に一本の魔法文字は纏まり、エルミスが立てている人差し指の先へと魔法陣が現れた。
ピュッ、と輝く緋色と黄金色と白の光線は、一気に天井に丸く、そして赤く火で爛れた穴を空けて天上と床を貫いていく。
「な、なぜ魔法が…ここは防魔法が掛かっておるんだぞ」
「さぁ、なんででしょーかね」
ここにいる全従業員の言葉を代弁するように老人が質問を投げかけた。防魔法は外からも、そして中からも安易に魔法を使用することが出来ない様になっている。
テロであったり、いたずらに魔法を使用するような従業員が居たら、機械や製品を壊してしまう可能性がある。防犯面として大切な防魔法は、この牢獄の様な地下工場だと"逃げられない枷"として機能している。じわじわと嬲り殺されて死ぬ――抵抗することも出来ない牢獄に、従業員を装った少年が穴を空けたのだ。
天へと上る炎の光が消えると、ジリリリリとけたましい音を立てて警報が一斉になった。これでリーコスとセリーニが入ってくるだろう、と考えつつ掲げていた右腕を下ろす。
疑問の表情を浮かべている老人に向けて、エルミスは左手をひらりと見せる。指にきらりと輝く指輪に、はっ!とした表情を浮かべた。
「そうか…!魔法文字の補正はその腕に付いているブレスレットで…そしてここで作った指輪に、ブレスレットで作った補正魔法文字と共に魔力を通して魔法を発動させたのか…!出力が指輪であれば…"自社製品"であれば外部魔法として認知されない!だがなぜ…その指輪は、」
「おっと、それ以上口を滑らせちゃだめだぜ。…この指輪はオレが"使える様"にした」
老人のしゃがれた声に感心の声色が乗る。だが作った本人が"闇属性"が付いた指輪の特性を理解しているのだろう、更なる疑問が口から零れる前にエルミスが言葉を遮った。
それ以上言えば誓約による命の危険だってあるかもしれない。エルミスへと聞きたいであろう質問を予測し言葉にすれば、益々意味が分からないとばかりに眉間の皺を更に深める老人の表情が見える。
非常ベルの騒動に応じて多くの従業員が一斉に外へと続くドアへ殺到する。一目散に階段へと向かい上っていく音が聞こえるが、老人はその場から動くことはない。
人でごった返している場所に向かって怪我をするからだろうか、と考えていると、人の流れに逆らう様に工場内に入ってきた二人にエルミスは軽く手を上げた。
なんでそんな恰好をしているのか、という二人の疑問は同時に浮かび上がったが、謎のカプセルに入っている五人を解放するためカプセルの蓋を上げると、手足を縛る縄を切って逃がす。
「二人ともサンキュ」
「他に警報機を鳴らす方法は無かったのか」
「それがな、ここに警報装置がなくてなぁ。魔法を使って天井ぶち抜いたら、上に居るやつが押すと思って」
「はぁ…」
「エルミス、その服は一体どうなさったんです?」
「おう!あ、これか?身ぐるみはがしてきた」
エルミスの言い訳にリーコスはため息を一つ付くも、結局警報機はなった為良しとするか、と考えエルミスの隣に居る老人の目を見る。アルキ・マヒティース本人である事は一目で理解したが、その瞳には様々な誓約が掛けられている事を見ると、"視線を外さない様に、"とだけ言う。
「 王族権限 」
「 我、第一王子リーコス・フィーニクスが、汝アルキ・マヒティースを縛る誓約魔法を全て破棄し、汝の自由を約束する 」
「っ…、感謝する第一王子…」
アルキの瞳に渦巻いていた誓約魔法陣が消滅すると、どっと身体から力が抜けたのかしゃがれた声を更に掠らせて深々と頭を下げ礼を言う。これで家族の命を脅かす存在は無くなった安心感に、肺に溜まる濁った空気を吐き出して肩の力を抜く。
「アルキさんですね。ご無事で何より…、お孫さんお二人からあなたを助けてほしいとのお願いで来ました。…体調のほどはいかがですか?」
「孫のためにか、そりゃあありがたい話だが…そろそろ限界だ。孫の笑顔を見てまだ気力を保って居られていたが…ココに来ると世界が変わる。人は物、儂は機械の一部…正気を保ってられねぇヤツの叫び声を無視するだけで命が削れる…」
セリーニは機械を動かしているエルミスからアルキへと近付く。顔色の悪さをしっかりと把握しつつ孫の願いとして来ている事を伝えると、孫という単語にお爺さんの一面を見せつつも、濁った瞳が工場全体を見回し、非常な世界の一片を語る。
アルキの身体を纏う闇属性の魔力。魔法文字が出てきていない所を見ると、闇属性の魔力に中てられているのか、とリーコスは一瞬考えたが、そもそもどこに闇属性の魔法が掛けられているのか分からなかった。必ずどこかに闇属性の魔法文字が回っている筈だと考えて、ふと気付く。
「――そうか、」
「…?どうしましたリーコス隊員」
「いや、中々大規模な魔法を使っているものだな、と思ってね…。セリーニ隊員、エルミスとアルキ氏を頼む」
「はい…!」
なぜ魔法文字は見えなかったのか、という答えは案外簡単に導き出せたリーコスは、工場内の中央部に移動し鞘から剣を抜く。黄金に輝く剣身を床に軽く刺しつつポケットからストッカーを取り出すと、カチ、と音を軽く立ててスロットへと挿した。
『 神言 』
リーコスの言葉と共に黄金の魔法文字が形成される。緑の床を黄金の輝きが照らしており、アルキは初めて間近で見る光属性の魔法の美しさを感じた。
『 我が聖なる断罪の剣 神の名代として意思を唱えよ 』
『 悪しき呪いを絶ち向き 包む光は闇を葬る 』
二本目の魔法文字が完成し、パキン、とストッカーが割れて魔力の補充をすると、リーコスは三本目の魔法文字を作る為、集中力を乱すことなく流れる様に唱える。
『 闇の力を纏う者よ 神の光を持って闇の楔を打ち砕く 』
三本目は完成する。セリーニもアルキ同様初めて間近で第一王子の光属性の魔法を見たが、眩い輝きはエルミスが使用したモノとほぼ同様だった。
『 全てを 神の意志を代行する者也 』
呪文が締めくくられると同時に三本の魔法文字は重なり合うと、剣を刺していた部分を中心に魔法陣が現れた。
ぶわりと吹き上がる魔力にリーコスの髪が流され上がる。セリーニとアルキには輝く黄金の魔力が魔法陣から吹き上がっている様に見えるだけだが、リーコスとエルミスからは"闇属性の魔法が掛かった地下工場全体"の魔力を分解し、魔法陣に吸い寄せている状態だ。
闇属性の魔法が掛かったものには、必ず黒い魔法文字が見える。だがこの地下工場部分全体に闇属性の魔法が掛かっているとなると、対象物が建物の為、魔法文字が現れるとなれば建物の外ということになる。
(建物全体が対象であれば、魔法文字は外にのみ現れ見えることはない…)
闇属性の魔法文字がどのような効果をもたらすかは分からないが、情報通りならば指輪同様、衰弱と発狂による自殺をもたらすのだろう。全ての闇属性の魔法を吸い取った魔法陣はさらりと消え、リーコスは刺していた剣を抜く。
「ご気分は、」
「…良いな、どういったからくりかは分からないが」
「アルキさん、顔色が少し良くなっていますよ」
「おぉそうか…嬢ちゃんがいうならそうなんだろうさ」
振り向きアルキに向かって質問を投げかけたリーコスに、心なしか気分がそれほど悪くない事を伝える。アルキの顔を確認したセリーニが、先ほどの生気のない顔色とは違い色味が蘇った事を伝えると、しゃがれた声で返事を返した。
「エルミス、何をしている」
「機械の機能を永久停止させてる途中」
「……機械系詳しかったか?」
「いんや。ただスキャニングしてどこ弄ればいいか分かるぐらい」
灰白色の瞳が薄く青みを帯び輝いているエルミスの元へとやってきたリーコスは、専用のパネルに指を滑らせ操作している手元を見つつ、浮かび上がっている複雑なホログラムを見る。これがスキャニング出来ない人間であれば、機械は瞬く間にエラーを出しているはずだ。
「永久停止だと、行政と騎士団の立ち合い検証の時になにが行われていたか見れなくなるか?」
「永久停止後でもログだけ残る仕様になってる、行政公認のスキャナーを連れてけ」
「そうか、ならいい」
「いいや、それは良くない」
工場内に響く声の主は、エルミスの真上からやってきた。音もなく降りてきた人物に、セリーニとリーコスは同時に危害を加える為の殺気を纏う相手へと剣を抜き突き刺さんとエルミスの頭上へと振り上げる。
キンッ――!二人の剣は同時に一本の剣を阻み、後ろへ勢いを付けて押し込み飛ばす。
ふわりと宙で一回転し着地した男を見た老人とギルド隊員二人の目に映るのは、真っ赤な目の中心にアスタリスク形の瞳を携えた"魔族"だった。
あとがきやらあらすじ絵やら入れる前にエンター押してしまう悲劇。
次からchapterが更新されます!ので、21時スタートです~!




