Chapter9-4
出来るだけ足音を立てない様に階段を降りていく。階段を照らす光はあるが、エルミスの目に映るのは黒い靄が漂っているだけの廊下だ。
踊り場を二歩歩き、数段の階段を降り切った先、エルミスを出迎えたのは一つの扉だった。ドアノブをゆっくりと捻り、背を屈めて中に入ると、エルミスは思わず作業服の袖で口を覆う。出そうになった悲鳴を無理やり外から閉ざさないと、震える唇から声が漏れそうになるからだ。
(なんだ、この…えげつねぇ光景は…っ!!)
扉を開けた先は、エルミスの想像以上だった。
状況をゆっくりと理解するには隠れなければいけない。扉をゆっくりと閉め、サンプル等保管しているシェルフ棚の間をすり抜け、乱雑に積まれている出荷用空箱まで移動し、身体を縮こませて様子を窺う。
真っ先に見えるのは"人がカプセルに入っている"という事だ。
五つのカプセルに繋がっている先は機械、それを操作しているのは腰が曲がっている作業員。エルミスはカプセルに入っている人間から、紅く灯る輝きと、青白い輝きがホースを通り機械へと吸収されていく場面が目に映る。機械を操作している作業員が魔法機械を操作すると、三本の黒い魔法文字が現れた。三本の魔法文字は重なって一本の魔法文字となり、魔法炉に浮かぶ無数の指輪へと刻まれていく。
(重なって出来た一本の魔法文字は…リーコスとスキャニングした時に現れたやつか)
するりと指輪へと溶けていく闇属性の魔法文字。完成された指輪は沈み、自動でコンベアに出来立ての指輪が乗せられていた。
コンベアに流れる指輪を数人の従業員がトレーに収めて別室へと移動していくのをエルミスが目で追うと、闇属性の掛かっている指輪を身に着けて魔法が発動するかどうかのテストをしているようだ。使用回数ゼロ、というスキャニング結果は出ていた為、どうやらテスト段階はカウント数に入らないらしい。
「それはもう使えん、新しいのを持ってこい」
「はい……」
老人の声だ。ひどくしゃがれている。受け答えをした従業員も声に生気がない。
真ん中とその左のカプセルを開けた従業員達は、中に居る人上半身と下半身を担当するように持ち上げ別室へと持っていく。運ばれている人の顔は、生きている人間の顔色ではなかった。
祖母が死んだときの顔色とよく似ている、と思った時には、胃の中から酸っぱいものがこみ上げきた。
「いやだ!いやだああああああ!!!」
「はなせ、まだしにたくな、やめっ」
「ごめん…ごめん…」
「ごめんな…でもこうしないと…ごめん…」
断末魔が聞こえる。複数人に運ばれてきた二人は暴れたくても暴れられないのか、腕を上体に固定するように縄が掛かっており、脚も枷が付いていた為芋虫の様にもがくばかりだ。ごめんと謝る人の顔は怯えの色を見せている。
あのカプセルはきっと、人の生気を吸い取るものだと予想する。その生気によって闇属性の道具が作られているのかと、エルミスは夢であってほしいほどの非現実的方法に青ざめていく視界を何とか保つために必死だった。
使い手の命を奪う道具は、人の命によって作られている。決してあってはならない方程式が、目の前で実際に起こっている。
カプセルの中に入れられた人間二人は、カプセルの蓋が降りるまで叫び、もがき続けた。ガコン、と音を立ててカプセルの蓋が降りていく。
完全に閉じたカプセルからくぐもった叫び声が十秒ほど聞こえてきたが、次第に抵抗することをあきらめていく二人に、とうとうエルミスは我慢が出来なかった。
出荷用空箱の山から出て、機械を操作する従業員の隣へと立つ。エルミスよりほんの少し背が低く、そしてどことなく祖父にそっくりの背丈に"アルキ・マヒティース"本人である事を悟る。突然隣へとやってきた従業員をちらりと横目で見た老人は、そのまま機械を操作する手を止めず言葉を紡ぐ。
「なんだ。要件があるなら言え」
「じいさんアンタ、なんでこんなことしてんだ」
「……」
てっきり業務内容を語るのかと思いきや、全く真逆の、そしてこの異常な空間で唯一まともであり、そして異質な質問を投げる隣を、老人は改めて見る。
「……本来、成分表と設計図さえ機械にぶち込んでおけば、じいさんがそこに立っていなくても物は出来る。魔法文字だって機械に登録されているものを使えばいい」
深く帽子は被られているが、つばで影となった目元には、嘗ての商売仲間の面影を感じてしまう。こいつは誰だ、という疑問よりも、"儂のやっている事を分かっている"という言葉が浮かんだ。
「だが、機械にも登録されていない、"記号の様な魔法文字"を刻むためだけに、指輪に魔法文字を刻むことが難しいから、最も優れた職人であったじいさん…あんたはここにいるんだろ」
"これは本当に魔法文字なのか"という言葉を、業務を始める前に質問したことがあった。"黙って従え"という言葉しか返ってこなかったが。
「なぁ、」
「……家族を護るためだ」
「…家族を?」
深く帽子をかぶっている従業員が、視線ではなく老人そのものを見た。影が差していた顔が老人にははっきりと見える。そう、昔に試作品を見せ合った、あの面影がはっきりと残る幼い顔だった。
ここまで来たのであれば、きっと分かるだろう。
老人の瞳が青く輝く。スキャニング魔法だと気付いたエルミスは、無言でスキャニング特有の瞳を魅せる老人の腕に触れてスキャニング魔法を掛ける。簡易ではあるが、対象物に触れているため精密度は少し上がっている。くるくると一本の魔法文字が浮かび、上から下へと落ちていく。
「……なんだよ、これ」
契約魔法の情報がエルミスの脳内へと入ってくる。"工場内で起きている全ての口外を禁止"――これは良くあるものだ。エルミスの母親にもそういった誓約書を書いて、機密を護っている。破れば誓約書を制作した者に伝わるものなのだが、どうやら老人の枷となっているものは優しいものではない。
"口外した場合、己と、己の血縁全ての命を代償とする"――脳内に入ってきた契約魔法の詳細は、こう書かれていた。
「小僧がどうにかできるもんじゃあない。今ならまだ他の野郎に見つかってねぇ…帰りな」
「生憎、オレはこの機械がクソほど許せなくてな。――ワリィが、オレはオレのやるべきことをやる」
――そう言い切ったエルミスは老人の傍から離れると、天井に向けて真っ直ぐ右腕を伸ばし、人差し指を一本天へと突きあげた。
前回のあとがきにのせた十人突破記念絵、たくさん見ていただき有難うございました:)
みんなおっπすきだな!!私もすきやで!!
明日からとうとう伝統の一戦、CSでまさか見れるとは思いませんでした。巨人ファンとして頑張っていただきたいのは勿論なのですが、阪神の勢いもこのまま見てみたい、そう思っています。たのしみだなぁ。




